No | 129506 | |
著者(漢字) | 浅井,華子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アサイ,ハナコ | |
標題(和) | イオン液体を溶媒とする高強度ゲルの合成と構造解析 | |
標題(洋) | Synthesis and Structural Analysis of High Performance Gel Containing Ionic Liquid | |
報告番号 | 129506 | |
報告番号 | 甲29506 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第851号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 物質系専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 イオン液体(IL、常温溶融塩)は、イオンだけで構成されているにもかかわらず室温で液体の物質である。ILは導電性、不揮発性、難燃性など従来の溶媒とは異なる特徴を持つが、それを構成するカチオンとアニオンの組み合わせを変えることによって無限にその物性を変えることができることも大きな特徴の一つである。このようなILの特性を活かす研究は非常に広い範囲で行なわれている。例えば、ILが不揮発性であることを利用して繰り返し使用できる反応溶媒としての応用や、電解質としての利用、さらには反応触媒としての利用に関する研究などが挙げられる。1992年にWilkesらによって空気と水分に対して安定なILであるイミダゾリウム系ILが発表されて以降[2]、飛躍的に上述のような利用に対する研究が行われるようになったが、その中の一つとして、高分子と組み合わせて固体化することで、より扱いやすくする研究も行われるようになった。 ILを溶媒としたゲル(イオンゲル)は1990年代後半にFullerや渡邉らによって初めて報告され[3,4]、最近に至るまで様々なイオンゲルが開発されている。例えば、poly(methyl methacrylate)を骨格とし、1-ethyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethanesulfonyl)amide ([C2mIm+][TFSA-], Figure 1)をILとして含む系等が挙げられる[5]。しかし、これまでのイオンゲルは、ゲルの骨格を形成する高分子の濃度を高めなければ自立ゲルを得ることができず、これが応用展開への最大の問題点であった。高分子濃度が高くなるほどIL含有量が減少するため、ILが持つ特性を十分に発揮することができない。したがって、今までは、ILの不揮発性、低融点、不燃性、導電性などの特性を生かした、厳しい環境(高温・低温、高圧・低圧)でも機能を失わない環境適応型イオンゲルを作成することが困難であった。本研究では、低い高分子濃度でも高い力学物性を持つゲルをIL中で作成することを検討し、その基礎的知見や特異性について構造研究を軸として調べた。 Tetra-PEGハイドロゲル[6, 7]は、非常に低高分子濃度(ca. 3 wt%)でも高い力学物性(i.e. 圧縮強度28 MPa)を持つことが既に知られている。本研究では、ILをTetra-PEGゲルの溶媒として用いることで、高力学物性とILの特性の両方を保持したイオンゲルを合成することを試みた。さらに、溶液状態とゲル化後の構造特性を小角中性子散乱(SANS)測定により調べ、既報のTetra-PEGハイドロゲルと比較・検討を通じて、網目形成における溶媒依存性やIL系での特徴について議論した。高エネルギーX線回折(HEXRD)測定によってさらに小さなスケールでの構造(ILのPEGへの溶媒和構造)を研究した。IL/ポリマー系では応用面での研究は多くなされているが、構造研究はほとんど行われておらず、本研究によって初めて水溶液系での構造との違いが明らかとなった。 2. 実験 2-1. Tetra-PEGイオンゲル試料の作製 Tetra-PEGイオンゲルは、分子量20 kg/molのtetra-amine-terminated poly(ethylene glycol) (TAPEG)とtetra-NHS-glutarate-terminated poly(ethylene glycol) (TNPEG)を同濃度になるようにそれぞれILに溶解させ、それらを混合することによって作製した。ここで、NHSはN-hydroxylsuccinimideの略である。ILとして、1-ethyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethane sulfonyl)amide ([C2mIm+][TFSA-], Figure 1に構造を示す)を用いた。 2-2. 小角中性子散乱(SANS)測定 SANS測定は韓国原子力研究所(KAERI)のHANAROで室温下にて行なった。中性子線波長は6 Å、試料-検出器間距離は3 mと17.5 mを使用した。試料として、10 kg/mol、20 kg/mol、40 kg/molの分子量を持つTAPEGマクロマー溶液と、対応するイオンゲルを作製した。ポリマー濃度はそれぞれの分子量で5点ずつ変量した。ILは部分的に重水素化したd8-[C2mIm+][TFSA-]を用いた。 2-3. 高エネルギーX線回折(HEXRD)測定 HEXRD測定は大型放射光施設SPring-8に設置のBL04B2ビームラインで室温下にて行なった。X線波長は0.2 Åであった。試料として線形PEG (分子量600、2000、4600 g/mol, TAPEG(10 kg/mol)の[C2mIm+][TFSA-]溶液を用いた。 3. 結果と考察 3-1.Tetra-PEGイオンゲルの合成とその物性評価 3-1.Tetra-PEGイオンゲルの合成とその物性評価 Tetra-PEGイオンゲルは、ポリマー濃度6 wt%という非常に低濃度であってもMPaオーダーの圧縮強度を持ち、引張弾性率も約7.7 kPa持つことがわかった。Figure 2にTetra-PEGイオンゲルの引張試験結果を示す。また、Figure 3に導電率の温度依存性測定結果を示す。導電率はポリマー濃度6 wt%の試料でも、純粋なILの約90%程度の導電率を保っており、ILの高導電率と力学物性の両方を兼ね備えたゲルを作製することに成功した。さらに、熱重量分析によって、tetra-PEGイオンゲルはPEGの分解温度である約330℃までは熱に対して安定であることを確認した。以上より、tetra-PEGハイドロゲルにはない新たな機能を持ち、従来のイオンゲルよりも力学物性の高いイオンゲルを作製することに成功した。 一方、引っ張り弾性率からMiller-Macosko理論を用いて評価したゲル化の反応率は、ポリマー濃度6 wt%の試料で81.0 %であることがわかったが、これは対応するtetra-PEGハイドロゲル(反応率90 %[6])と比べて低い値であった。IL中と水中とで、同じ網目構造が形成されているのであれば、同じ反応率となるはずである。そこで、次にSANS測定を用いてTAPEG/IL溶液とtetra-PEGイオンゲルの構造を調べ、既報のtetra-PEGハイドロゲルの場合と比較することで詳細にIL系と水系との比較を行なった。 3-2. SANS測定による構造解析 3-2-1. TAPEGマクロマーのSANS Figure 4にそれぞれ分子量(a)10 k、(b)20 k、(c)40 kg/molのTAPEGマクロマー溶液のSANSプロファイルの濃度依存性を示す。ここで、図中の点線および実線はそれぞれ以下の星型高分子を仮定したDebye関数(eq 1)とOrnstein-Zernike関数(OZ関数、eq 2)によるフィッティング結果である。これらのフィッティング関数は、各溶液の濃度を基準として選択された。すなわち、10 kの試料は測定した全ての濃度点が重なり濃度(c*)未満の希薄系であり、20 k、40 kの試料に関してはほぼc*以上の準希薄系であることが粘度測定の結果から得られており、それぞれeq 1より回転半径Rg、eq 2より相関長ζを構造パラメータとして評価した。 ここで、Δpは散乱長密度の差(3.65 x 10(10) cm(-2))、NAはアボガドロ数、Zは重合度、fは星型高分子の分岐数、uはu≡Za2q2/6の関係を持つ変数であり、RgはRg2 = (3f-2)Za2/6f2である。また、Kosは溶液の浸透弾性率、qは散乱ベクトル、V1とV2はそれぞれ溶媒と溶質のモル体積である。Figure 5(a)にフィッティングで得られたRgとζのマクロマー濃度依存性を示す。希薄系(10 k)ではRg~ φ(-1/8)のベキが観察されたが、準希薄系(20 k、40 k)ではζ ~ φ(-3/4)のベキが見られた。これはマクロマーが準希薄濃度領域ではIL中で相互侵入し合っていることを示している。一方、既報の水溶液系では、Rg~ φ(-1/3)というベキが観測されている(Figure 5(b))。これは水中ではc*以上でもマクロマー同士が相互侵入せずに存在していることを示している[7]。 3-2-2. Tetra-PEGイオンゲルのSANS 一方、ゲルのSANSプロファイルは全て次のOZ関数を用いて行なった。 ここでM(os)はゲルの浸透弾性率、Ainhomは網目構造の凍結された不均一性を表す係数、Eは網目不均一性の大きさに相当する相関長である。ゲル化後の網目の大きさ(ζ)の濃度依存性には、イオンゲルとハイドロゲルとの間に大きな違いは見られなかった。また、準希薄溶液から生成したイオンゲルでは、ゲル化前後で散乱プロファイルに変化がほぼ見られず、マクロマーが相互侵入し合った状態のままでゲルになっていることが示唆された。以上より、イオン液体中では、c*以上の準希薄濃度ではマクロマー同士が相互侵入した状態のままゲル化するが、水中では、準希薄状態でも相互侵入が起らず、ゲル化するという特殊なゲル化が起っていることがわかった。 3-3.線形PEG/IL溶液の溶媒和構造 Figure 6にHEXRD測定から得られた各分子量のPEG (20 wt%)の動径分布関数(g(r))を示す。このように、HEXRD測定範囲内の長さスケールでは、分子量による違いだけでなく、線形PEGとtetra-PEGの違いもほとんど現れないことがわかった。そこで、HEXRD測定を行なった中で最も分子量の小さい600 g/molの線形PEG/[C2mIm+][TFSA-]溶液に対して全原子分子動力学(MD)シミュレーションを行なうことによって、その結果をtetra-PEGマクロマーを含む高分子量PEG/[C2mIm+][TFSA-]溶液にも適用し、詳細な溶媒和構造に関する知見を得ることを試みた。MDシミュレーションは、力場としてOPLS-AAを用い、298 K、1 atm (NPTアンサンブル)で平衡状態になるまで行なった。その結果、MDによって得られたg(r)はHEXRD測定で得られたg(r)をよく再現できたので、さらにMDによる解析を行なった。 Figure 7にMDシミュレーションの結果から抽出した各ポリマー濃度でのPEG-アニオン間とPEG-カチオン間のg(r)を示す。アニオンはカチオンよりもPEGより遠く(約5 Å以上)にほぼ均一に存在することがわかったが、一方でカチオンのg(r)は複数のピークを持つことから、周期性をもってPEGに対して配位していることがわかった。 次に、イミダゾリウム環上のC2位のプロトンの酸性度が他の位置のプロトンよりも高いことがよく報告されていることから、イミダゾリウム環上のC2、C4、C5の位置とPEGのO原子間のg(r)をMDから抽出し、PEG-カチオン間に水素結合などの特殊な相互作用が存在するのかどうかについて調べた。その結果、C2位-PEG間ではO原子間の距離が0.1 Å程度短いことがわかった。これは、C2位のプロトンがPEGのO原子に対して水素結合をしていることを示している。 4. 総括 低ポリマー濃度でも高い力学物性を持つことが知られているTetra-PEGハイドロゲルの溶媒をイオン液体としたTetra-PEGイオンゲルの作製を行い、各種物性測定およびゲル化前後での構造の違いを比較した。その結果、従来のイオンゲルよりも力学強度を向上させることに成功しただけでなく、これまで応用研究がほとんどであったイオンゲル系に関して、ハイドロゲル系とのナノスケールの構造の違いが初めて明らかにすることができた。 Figure 1. [C2mIm+][TFSA-] Figure 2. Stretching stress-strain curves for 3 wt% and 6 wt% Tetra-PEG ion gels. Figure 3. Temperature dependence of ionic conductivity for Tetra-PEG ion gels together with the pure IL. Figure 4. SANS profiles of TAPEG macromer/IL solutions for (a) 10k, (b) 20k, and (c) 40k. The broken lines in (a), and the solid lines in (b), (c) indicate the fitting results with star-polymer function (eq 1) and OZ function (eq 2), respectively. Figure 5. (a) Variation of Rg and ζ of 10k, 20k, and 40k TAPEG macromers/IL solution against φ. The inset shows the corresponding log-log plots. (b) Variation of Rg for corresponding aqueous solutions [7]. Figure 6. Molecular weight dependence of the radius distribution functions (g(r)) obtained from HEXRD experiments. Figure 7. g(r)s for PEG-cation and PEG-anion, obtained from MD simulations against various PEG concentration. | |
審査要旨 | 本論文は、4分岐poly(ethylene glycol)から成る網目とイオン液体を溶媒とする高強度ゲル(tetra-PEGイオンゲル)を合成し、溶媒和構造から網目構造に至る幅広い長さスケールでの構造解析を行った研究についてまとめたものであり、5章より構成される。第1章では研究背景と目的、第2章では得られたtetra-PEGイオンゲルの各種物性測定の結果、第3章から第6章では光・中性子・X線散乱・分子動力学シミュレーションを主体とした構造解析の研究について述べられている。各章の概要は以下のとおりである。 第1章では、序論としてイオン液体やTetra-PEGゲルなど本論文で扱う物質についての研究背景、さらに本論文中で使用した実験装置や考察に用いた理論の解説など、本研究に関する基礎的な知見がまとめられている。 第2章では、Tetra-PEGイオンゲルの合成手順およびTetra-PEGイオンゲルの各種物性測定結果について記述されている。Tetra-PEGイオンゲルは骨格であるPEGの熱分解温度まで熱に対して安定であり、数wt%程度の低ポリマー濃度であっても4倍程度まで伸長でき、その引張り強度は数kPaに達した。さらに、導電率は純粋なイオン液体の約90 %程度を保つことができ、イオン液体由来の物性と、Tetra-PEG網目由来の高強度性の両方を充分に併せ持つイオンゲルを合成することに成功した。 第3章では、時分割動的光散乱測定を用いたTetra-PEGイオンゲルのゲル化過程のダイナミクス変化について記述されている。重なり濃度付近でのイオン液体中でのゲル化反応過程を水中での結果と比較することによって、イオン液体中ではtetra-PEGマクロマーの拡散が遅く、そのためにゲル化反応が進行しづらくなっていることが明らかとなった。 第4章では、小角中性子散乱(SANS)を用いたtetra-PEGイオンゲルの網目構造解析について記述されている。イオン液体中と水中とでは形成されるTetra-PEG網目がどのように異なるのかを、Tetra-PEGマクロマーの分子量と濃度を変量させることによって詳細に考察している。Tetra-PEGマクロマー/イオン液体溶液のSANS測定結果から、Tetra-PEGマクロマーは重なり濃度以上では互いに侵入し合っているような構造をとることがわかった。これは、既報の水溶液系とは異なる結果であり、Tetra-PEGイオンゲル/ハイドロゲルの網目構造の違いに大きく影響していることが示唆された。 第5章では、広角X線散乱(LAXS)測定と、分子動力学シミュレーション(MD)を用いた線形PEGへのイオン液体の溶媒和構造解析について記述されている。LAXS測定によって、イオン液体/PEG溶液の溶媒和構造はPEGの分子量や形状(tetra-/線形)に依存しないことが明らかとなった。すなわち、LAXS測定した中で最も小さい分子量である600 g/molの線形PEGへの溶媒和構造をMDで解析することによって、その結果をtetra-PEGにも拡張できることがわかった。このことは、本論文の第2章から第4章までと組み合わせることによって、溶媒和構造だけでなく、ナノメートルオーダーの網目構造に至るまでの非常に大きな長さスケールに及ぶ系統的な結果を得ることができたことを示しており、未だにほとんど研究例のないイオン液体のポリマーへの溶媒和構造に重要な知見を与える。詳細なMD解析の結果、イオン液体のカチオンがPEGに対して第1溶媒和圏として存在し、その溶媒和数はカチオン-アニオン間のクーロン相互作用が弱いほど多くなることがわかった。また、今回使用したイミダゾリウム系イオン液体は2位のプロトンの水素結合性が高いことが一般的に知られているが、本研究によってアニオン種が大きくなるほど水素結合による溶媒和への寄与が小さくなることが示唆された。 なお、本論文第2章は藤井健太、上木岳士、酒井崇匡、今泉暁、鄭雄一、渡邉正義、柴山充弘との共同研究、第3章は西健吾、廣井卓思、藤井健太、酒井崇匡、柴山充弘との共同研究、第4章は藤井健太、上木岳士、酒井崇匡、鄭雄一、渡邉正義、Young-Soo Han, Tae-Hwan Kim, 柴山充弘との共同研究、第5章は藤井健太、西健吾、酒井崇匡、小原真司、柴山充弘との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。 | |
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