学位論文要旨



No 129507
著者(漢字) 住吉,篤郎
著者(英字)
著者(カナ) スミヨシ,アツロウ
標題(和) アルカリ金属六方晶BN層間化合物の創製
標題(洋)
報告番号 129507
報告番号 甲29507
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第852号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,薫
 東京大学 教授 高橋,敏男
 東京大学 客員教授 高田,昌樹
 東京大学 准教授 高木,紀明
 兵庫県立大学 准教授 小林,本忠
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

六方晶BN(h-BN)はグラファイトと同じ蜂の巣格子状のBN原子層の積層構造の物質である。この二つの物質はほぼ同じ結晶構造、格子定数を持つが、グラファイトは半金属でh-BNはEg=6 eVの絶縁体である1)。このような積層物質では層間に他の原子や分子を挿入(インターカレート)し、層間化合物を作製できる場合がある。グラファイト層間化合物(GICs)はアルカリ金属、アルカリ土類金属GICで金属化や超伝導が知られている。

一方でh-BN層間化合物(h-BNIC)の研究例は少ない。h-BNはBとNの極性に由来するイオン性のために層間の相互作用が強くインターカレートが困難であると考えられてきた。h-BNICの明確な成功例としてアクセプター型のSO3F-h-BNICがあり、層間距離の増大、金属的電気伝導が報告されている2)。ドナー型ではK, Cs-h-BNICの研究例3, 4)があるが、どちらもGICと同様の約500Kでの蒸気拡散法を用い、インターカレーションは局所的に留まっており、化合物の存在に不明瞭さが残っている。

最近の第一原理計算による理論研究では、アルカリ金属GIC構造のK, Li-h-BNICは金属だと予測されている。K-h-BNICは安定であると指摘されている一方、Li-h-BNICは生成熱が正であり最安定でないと報告されている5, 6)。また、希薄なインターカレーションによる半導体特性制御の可能性も報告されている。

アルカリ金属六方晶BN層間化合物には金属化などの基礎的な物性面からの関心と、新たなワイドギャップ半導体材料としての関心とが寄せられているが、理論的な研究が先行しており実験的には存在自体に不明瞭な部分が残されている。

2. 目的

本研究ではアルカリ金属BN層間化合物の創製を目的として、先行研究で検討されていない実験条件を探索し、XRD, TEM観察から層間層内方向の構造の特徴を、電気伝導率測定とTEM-EELS測定から電子状態や電子物性の特徴を調査した。

3. アルカリ金属h-BN層間化合物の安定性・合成条件の探索と創製

第一原理計算パッケージWIEN2kを使用し、アルカリ金属GIC, h-BNICと原料のアルカリ金属固体または気体、母相グラファイト、h-BN間のトータルエネルギー差を計算し、h-BNICの安定性を検討した。結果、MC8構造でアルカリ金属気体が原料のとき、Li, K, Rb, Cs-h-BNICのトータルエネルギー差が負となり化合物の安定性が示唆された(図1)。

試料合成のため、アルカリ金属源として(Li, Na, K, Li3N)と粉末h-BNをAr雰囲気でのアーク溶接によりステンレス管に溶接封入し電気炉で熱処理した。

KとNaでは仕込み組成Na, K/BN<3.0, 熱処理温度1000-1600Kの条件の範囲で化合物は得られなかった。Li/BN系ではLi/BN<1.0、熱処理温度800-1600KでLi-GICと酷似したXRDパターンのLi-h-BNICと考えられる相が得られた。一方で生成物の収率とLi-h-BNIC相の再現性は低かった。Li3N/BN系では、Li3N/BN<1.0、熱処理温度710-1500Kの領域で、Li3BN2との混相としてLi-h-BNIC相が再現性よく生成した。図2と図3にLi/BN系、Li3N/BN系での仕込み組成比と熱処理温度における生成相の概略図を示した。

アルカリ金属GICではアルカリ金属原子のイオン化エネルギーが小さいほどグラファイト層へ容易に電荷移動しGICを生成しやすい。イオン化エネルギーではLiは不利だが、原子半径が小さいためにGICを生成する。対照的に、本研究のアルカリ金属-h-BNではイオン化エネルギーが小さいKで化合物ができず、LiとBNで他の化合物との混相中にLi-h-BNIC相が存在した。このことから、電荷移動で安定化するGICモデルはh-BNに当てはまらない可能性が示唆される。

4. Li-h-BNの構造解析

Li-h-BN試料のTEMによる電子線回折図形観測、Li/BN系h-BN, Li-h-BNIC混相試料について放射光XRD(SPring-8 BL02B2)データのRietveld解析を行った。生成したLi-h-BN相の構造を検討した。電子線回折で図4(a)の[0001]入射のLi-h-BN相の回折図形はBN原子層構造に由来する6回対称性は残存しつつデバイ環状に変化しており、Li-h-BN相はブロードな回折図形が主に観測された。図4(b)は一部で観測された分裂スポット状の回折図形である。h-BNの2層周期性に由来する禁制が崩れていることが分かった。分裂スポット間の面間隔は10-10の約7.9倍であり、incommensurateな周期性の存在が示唆された。

図5に放射光XRDのRietveld解析の結果を示す。TEM観測の結果を踏まえLi-h-BN相の構造モデルとして格子定数が増大した1層周期のBN構造を使用した。結果、BN原子面内方向に2.48(1)%, 積層方向に12.86(1)%伸張した構造で比較的よくフィッティングできた(表1)。層間の伸び率はステージ1のLi-GICと同程度で、面内の伸び率はLi-GICより大きい。1層周期BNモデルから予測されるLi-h-BNIC 002反射は実験データには観察されず、更なる構造モデルの検討が必要である。以上から、Li-h-BNICはステージ1の構造で、BN原子層の乱層化や層間のLi配列の乱れから、原料h-BNの2層周期積層構造は失われていると考えられる。

5. Li-h-BNの物性解析

Li/BN系のLi-p-BN(高配向バルクBN)ICについて、室温-20Kの範囲でvan der Pauw法で電気伝導率を測定した(図6)。電気伝導率はh-BNの10-14 Ω-1cm-1に対してLi-p-BNICは10-7 Ω-1cm-1オーダーであり7桁向上した。電気伝導率の温度依存性は可変領域ホッピング型で半導体的であった。

Li3N/BN系Li3BN2, Li-h-BNIC混相のSPS焼結体を作製し、van der Pauw法により室温-600Kの範囲で電気伝導率を測定した。試料の電気伝導率と活性化エネルギーはイオン伝導体であるLi3BN2の文献値に一致した(図7)。つまり、混相試料の電気伝導を担っているのはLi3BN2でありLi-h-BNIC相は島状に分布して伝導率に寄与していないと考えられる。

Li-h-BNIC相のTEM-EELS測定を東北大寺内研に行っていただいた。図8のLow-Lossスペクトルではh-BNからオンセットの1 eV程度の低エネルギーへのシフトが観察されたがバンドギャップは依然存在した。図9のB-K Core-LossスペクトルではFermi Edgeは観測されなかった。また1s→π*遷移ピークに3つの新たなサテライトピークが現れた。WIEN2kによるLiを挿入したモデルでのスペクトルシミュレーションを行ったがサテライトピークは再現されず、Nの点欠陥が存在している可能性が示唆された。以上から、本研究のLi-h-BNICは半導体で、金属でないと考えられる。

6. まとめ

第一原理計算による化合物安定性の検討結果を踏まえ、金属管反応容器を使用して先行研究より駆動力の高い封入熱処理でLi, Na, K, Li3Nとh-BNの化合物を探索した。結果、KとNaでは化合物は得られず、Li/BN, Li3N/BNの系で混相としてではあるが、Li-h-BNIC相を発見した。

TEM観察、XRDとRietveldフィッティングによる構造解析から、BN原子層の面内、積層方向への伸張を観測し、ステージ1のLi-h-BNIC生成を確認したが、同時に積層の乱れ、層内Li配列の乱れから原料h-BNの2層周期性は失われていることが分かった。また、Li-h-BNICの一部で面内方向にincommensurateなBN原子層と層間Liの周期性が示唆された。

電気伝導率測定ではLi-pBN試料で電気伝導率が7桁向上したが温度依存性は可変領域ホッピング伝導的であった。Li-h-BNIC相のTEM-EELS測定では、Low-Lossスペクトルでh-BNより約1 eV小さいバンドギャップを観測し、B-K吸収端 Core-LossスペクトルでFermi Edgeは見られなかった。また、N点欠陥の存在が示唆された。物性解析の結果から、本研究のLi-h-BNICは金属ではないと考えられる。

以上から、本研究ではバルクスケールの周期構造をもつ初めてのアルカリ金属h-BN層間化合物であるLi-h-BNICを創製し、構造物性解析からそれを確認した。

1. K. Watanabe, et al., Nature Materials 3, 404 (2004).2. C. Shen, et al., Journal of Solid State Chemistry 147, 74 (1999).3. G.L. Doll, et al., Journal of Applied Physics 66, 2554 (1989).4. M. Sakamoto, et al., Journal of Materials Research 1, 685 (1986).5. S. Okada and M. Otani, Physical Review B 81, 3 (2010).6. B. Altintas, et al., The European Physical Journal B 79, 301 (2011).7. H Yamane, et al., Journal of Solid State Chemistry 71, 1 (1987).

図1. MC8構造でのアルカリ金属GIC, h-BNICのトータルエネルギー差

図 2. Li/h-BN系での作製条件とLi-h-BNIC生成領域

図 3. Li3N/h-BN系での作製条件と生成相

図 4. (a)Li-h-BNIC[0001]入射のブロードな電子線回折図形

(b)Li-h-BNIC[01-10]入射のスポット状電子線回折図形

図 5. h-BN, Li-h-BN混相のRietveldフィッティング

表 1. Li-h-BNICとLi-GICの面内面間結合距離の変化

図6. Li-pBNの電気伝導率のVRHプロット

図7. Li3BN2. Li-h-BNSPSバルクの電気伝導率のアレニウスプロット

図8. Li-h-BNICのLow-Lossスペクトル

図9. Li-h-BNICのB-K Core-Lossスペクトル

審査要旨 要旨を表示する

本論文はグラファイトと同じ積層構造で、ワイドギャップ半導体である六方晶窒化ホウ素(h-BN)にアルカリ金属をインターカレートしたアルカリ金属六方晶BN層間化合物を創製することを目的とし、Liのインターカレーションに成功したことを構造解析と物性測定により明らかにしたものである。微視的でない大きさのアルカリ金属六方晶BN層間化合物として初めての例であり、h-BNの機能材料としての検討を可能にするものである。

本論文は5章からなる。第1章は序論であり、h-BNおよびその層間化合物への関心と研究の現状について概観し、本研究の目的、本論文の構成について述べている。h-BNはグラファイトと同じBN原子層の積層構造をもつワイドギャップ半導体である。h-BNは単結晶からの紫外蛍光特性が報告されており、化学的熱的に安定な光学半導体材料への可能性について関心が向けられている。アルカリ金属のインターカレーションは第一原理計算から光学機能材料としての半導体特性制御と、層間化合物としての金属化などの興味深い基礎物性の可能性が指摘されているが、実験的にはインターカレーションは局所的で不明瞭であった。以上をふまえ、本論文の研究目的は、h-BNへのアルカリ金属インターカレーションを実証するため、層間化合物の構造の特徴、電気伝導率の温度依存性やTEM-EELS測定による電子状態や物性の特徴を明らかにすることと設定している。

第2章は、第一原理計算による化合物安定性の予測と、試料作製の実験について述べている。第一原理計算パッケージWIEN2kを使用してMC6、MC8型アルカリ金属GIC, h-BNICと原料の母相およびアルカリ金属固体、孤立原子とのトータルエネルギー差を計算した結果、アルカリ金属-h-BNICが安定となる可能性を見出している。計算結果をふまえ、Li, Na, K, Li3Nと原料h-BNをSUS等の金属容器に封入し1600 Kまでの温度範囲で熱処理することで、石英管を使用した先行研究よりも蒸気圧、温度のインターカレーション駆動力が大きい条件での試料作製を試みている。試料の粉末XRDでの評価から、Li/h-BNとLi3N/h-BNの両方の系で、h-BNの層間距離が増大したと解釈できる未知相を発見している。

第3章は、第2章で得られた未知相の構造解析で、TEM観察および放射光XRDデータのRietveld解析を行った結果を述べている。TEM観察では試料の電子線回折図形は全体的に散漫であり、Li配列の非周期性、BN原子層の乱層化、Li濃度の分布による層間距離の不均一が観測されている。Rietveld解析からは、Liのインターカレーションによるh-BN原子層の層間距離と面内結合距離の増加を明らかにしている。以上から、h-BNへのLiインターカレーションを確認している。現時点で未解決なことは次の2点である。XRDでh-BNモデルの101, 004反射の消失からLi-h-BNの基本構造が原料h-BNから変化している可能性がある。また、試料の一部でincommensurateな周期構造を示す回折図形が観測されており、BN原子層と層間のLiの間で非整合な周期をもつ相の存在が示唆されている。

第4章は、物性解析としてLi-h-BNの電気伝導率測定、TEM-EELS測定とWIEN2kによるB-K Core Lossスペクトルシミュレーションを行った結果を述べている。高配向バルクBNと金属Liの封入熱処理で作製した試料で、電気伝導率の絶対値は原料のh-BNより7桁向上した一方で温度依存性は可変領域ホッピング(VRH)的であった。Low-Lossスペクトルからh-BNより1eV程度小さいバンドギャップの観測と、B-K吸収端Core-LossスペクトルでFermi Edgeが観測されなかったことから、作製したLi-h-BNは金属でないことを確認している。Core Lossスペクトルの1s→π*遷移の高Energy Loss側に観測された3つのサブピーク構造は、層間にLiを挿入したモデルでのシミュレーションでは説明できず、Nサイトの欠陥生成に由来する可能性が述べられている。

第5章は結論である。

なお、本論文第2章は、兵藤宏、木村薫との、第3、4章は、兵藤宏、佐藤傭平、寺内正己、木村薫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、本論文はh-BNへのインターカレーションについて、アルカリ金属のうちLiの層間化合物について先行研究よりも明瞭に実証した。これは新たなワイドギャップ半導体光学機能材料としての可能性等に繋がる成果であり、物質科学の発展に寄与するところが大きく、よって博士(科学)の学位を授与できると認める。

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