学位論文要旨



No 129515
著者(漢字) 本間,直彦
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,ナオヒコ
標題(和) 空力環境に適応する可変形状柔軟構造エアロキャプチャ衛星の最適設計
標題(洋) Design Optimization of Spacecraft for Aerocapture with Aerodynamic-Environment-Adaptive Flexible Aeroshell
報告番号 129515
報告番号 甲29515
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第860号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 小紫,公也
 東京大学 准教授 宮本,英昭
 東京大学 客員准教授 藤田,和央
 東京大学 客員准教授 川勝,康弘
内容要旨 要旨を表示する

一般に,探査機を惑星間軌道から周回軌道に投入するためには非常に大きな減速量が必要である.推進剤重量を低減できる方法として,探査機を直接大気に突入させることで減速を得るエアロキャプチャ技術が期待されている.エアロキャプチャの技術的課題として次の2点が挙げられる.1)空力加熱環境が過酷であること.信頼性が高く,かつエアロキャプチャの重量メリットを相殺しないような軽量な熱防御系が必要とされる.2)不確定要素に対応するための自律制御系が必要であること.実際のミッションには火星大気密度変動,突入飛行経路角(FPA)誤差など幾つかの不確定要素が存在する.想定よりも密度が濃い場合は深いFPAでの突入に,想定よりも薄い場合は浅いFPAでの突入に相当するので,成功するFPAの幅が広いほど不確定要素に対してロバストとなりこの幅をCorridorと呼ぶ.またCorridorと最大加熱率とはトレードオフ関係となる.Corridorを広く確保するには,機体の加速度をセンシングしながら空気力ベクトルを制御する方法が有効とされ,従来RCSや操舵翼などが検討されているが,センサやCPU,制御機構等で構成される高度な自律制御系が必要である.しかしこのような精緻で複雑なシステムは可動部を持つため故障リスクが避けられない.そこで本研究では,次のような要求を満たす新しいコンセプトのエアロキャプチャ衛星の可能性を探ることとした.1) 空力加熱の低減が可能.2) 能動的な空力誘導制御系は不要とし,ただし無制御の場合よりCorridorを広く確保可能.3) 1)2)を達成するための方策は重量を余計に増加させないこと.このような要件に対する解として,『空力環境に適応する可変形状柔軟構造エアロキャプチャ衛星(Spacecraft for Aerocapture with Aerodynamic-Environment-Adaptive flexible aeroshell:SA-AEA)』を提案する.このコンセプトの特徴は,軽量性・可変性を有する膜材をエアロシェルに用いることにある.第一の利点は,柔軟・軽量性により弾道係数が小さくなり加熱回避が可能になることである.ただし,高高度ほど大気密度の変動は顕著になるので,何らかの制御機構が必要である.そこで,膜面の第二の利点である「動圧に対する適応的可変性」を適用する.火星大気において最も重要で予測が難しいものがダストであり,ダスト時には地表付近の熱力学により高高度の密度が上昇することが知られている.このような場合,想定よりも動圧は高くなるが,膜面は動圧に適応的に変形できるので,このとき抗力係数が効率的に低下するような変形がなされればよい.また本システムは重量を余分に増加させる危険性も低い.これは生物が想定外の環境に適応できるような特徴から着想を得たシステムであり,「動的な」生物模倣をエアロキャプチャの設計に適用するものである.機体そのものが柔軟・軽量で,加熱回避とCorridor拡大の多機能を有し,センサ・CPU・アクチュエータが無く本能的(非知的)であり,シンプルな構造を有すため故障リスクが低く,膜面自体がソフトでありハードでもある,などという点が生物とのアナロジーである.本研究の目的は次の2点である.1) SA-AEAが無制御剛体エアロキャプチャよりも空力加熱およびCorridorにおいて優れることを示す.2)システムの成立性を検討するために,想定するモデルが最大限発揮できる性能を求め,制約条件,設計変数の指標を求める.

論文の構成としては,第1章は序論であり,上記の詳細を説明している.第2章は本研究の問題設定に関して述べている.ミッションの設定,火星大気モデル,惑星間飛行解析モデル,火星大気圏内の飛行解析モデル,エアロキャプチャ後の軌道調整方法,SA-AEAの機体モデル,最適化問題の設定,重量推算方法など,本研究で想定するエアロキャプチャミッション全般に関するモデル化を行なっている.要約すると,ミッションとしてはオービターを高度300kmの火星周回軌道に投入することである.火星大気は想定通りの場合とダスト発生時の場合を考慮する.機体モデルは,数多くの利点を有する軸対称型薄膜と膨張式フレームで構成されるモデルを用いる.目的関数は,淀み点加熱率の最大値の最小化,Corridorの最大化,構造重量の最小化などが考慮され,拘束条件は膨張式フレームの破壊条件,膜面の破断条件が考慮される.設計変数は機体の各部サイズや膜材料の剛性率とする.第3章は計算モデルに関して述べている.変形を導入することにより,空力・構造・軌道・重量が密接に関わる複雑系となり,また評価項目も多岐に渡るため,多分野多目的の設計問題となる.そこでこれらを相互に干渉させたシステム解析による性能評価が必要になるので,その統合的解析モデルの提案を行なっている.具体的には,飛行軌道の各点で空力構造解析を行うことは非現実的であるので,変形形状が動圧と膜材の剛性と設計変数値によって定まるとし,複数の初期解を用いて空力構造特性の応答曲面モデルを近似し,最適化計算時にはその近似値を用いることとした.空力構造連成解析については多粒子系膜モデルを用いる.空力解析モデルとしては,極超音速域を飛行することに着目してニュートン流を用いる.理論解との比較によって膜構造モデルの検証を,また極超音速風洞実験データやCFD解析結果と比較して空力構造連成解析の妥当性を検証している.応答曲面モデルとしてはKriging法を,最適化手法としては多目的GAを用いる.更に,Kriging法による応答曲面近似精度についてもその妥当性を検証している.第4章は結果,第5章は結論である.本研究の結果の要約は次の通りである.

柔軟・軽量な膜面を用いることで,飛行中に能動的な姿勢制御を行うこと無く,無制御でありながらも,空力特性一定の無制御剛体エアロキャプチャよりも,空力加熱回避性能および大気密度分散・突入角誤差に対するロバスト性能(Corridorを拡張できること)に関して優れることが示された.これにより,本研究が提案するSA-AEAの有効性が示された.具体的には,最大加熱率とCorridorとはトレードオフとなるが,多目的最適化の結果,パレート面を無制御剛体エアロキャプチャの場合よりも最良方向へと前進させることができた.無制御剛体エアロキャプチャ衛星と能動的制御の無いSA-AEAとを比べたときに,同じ程度の最大加熱率を受けるならばSA-AEAの方がCorridorは9~12%程度広くなり,一方,同じ程度のCorridorを達成できるのであればSA-AEAの方が最大加熱率を20~40%程度低く抑えられることが示された.したがって,エアロキャプチャの最適設計に対して「動的な」生物模倣の適用を行うことができたと言える.逆に,これまでに適用例が少なかった「動的な」生物模倣の一例としてSA-AEAを提案することができた.更に,解集団の特性や制約条件などを検証した.具体的には,1)設計変数の自由度としては,ヤング率が最も低く,次いでフレア角,エアロシェル半径の順であった.本解析で用いたモデルの場合,初期弾道係数が15~30kg/m2程度,ヤング率が106Paオーダーの範囲で解が分布する.2)全ての解に関して,ヤング率はある最適値を持つが,これは,剛性が大きすぎる場合は変形しないため無制御剛体のように振る舞い,一方,剛性が小さすぎる場合は,空気力の影響が顕著になっても抗力係数変化の感度が鈍るような空力特性であるため無制御剛体のように振る舞うためである.3)温度環境については,得られた解のほとんどは,淀み点輻射平衡温度が1000degC程度以下となり,軽量で管理の容易な金属TPSを選択することができる.またエアロシェルが耐えるべき温度としては,フレーム部は650~1100degC程度まで,膜面フレア部は400~800degC程度までである.4)膜面強度については,歪は最大で60~80%程度発生し,これより大きな破断歪をもつ膜材が必要とされる.発生する歪を制約条件とした場合,歪の許容値を厳しくするほどパレート解は後退する.5)構造重量に関する目的関数や制約条件を考慮しない場合,エアロキャプチャの重量メリットを侵す解が含まれてしまう.重量を目的関数および制約条件に含めた最適化の結果,代表的な解では,Conventional Aerobrakingと比較すると10.5%程度の重量メリットを持つ.したがって,柔軟構造特有の構造重量がエアロキャプチャの重量メリットを侵すことはないことが示された.初期重量をより小さくした場合,加熱率最小化を重点化させる解はエアロシェル系およびガス系重量比率が過大に,Corridor最大化を重点化させる解はTPS重量比率が過大になるため,パレート面の両端部が削り取られるような分布となる.6)得られた解の条件に近い特性を持つ既存材料としては,シリコンゴムが挙げられるが,ゴム類の使用可能温度は300degC程度までであり,また高温下では弾性率が変化することから耐熱性の観点から成立性は高くはない.それ以外の材料候補として,シリコンゴムと同程度の弾性率を有し,かつ,-193~1000degCまでの極環境下でも性質を変えずに粘弾性を保つようなカーボンナノチューブが開発されている.この素材は,ヤング率・最大歪・温度に関して本研究で得られたパレート解を満足させるものであり,また,材料分野の発展は日進月歩であるため,今後の研究開発の発展が待たれる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「空力環境に適応する可変形状柔軟構造エアロキャプチャ衛星の最適設計(Design Optimization of Spacecraft for Aerocapture with Aerodynamic-Environment- Adaptive Flexible Aeroshell)」と題し、本文5章および付録3項から成っている。

第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。惑星探査において、探査機を惑星間軌道から周回軌道に投入するためには大きな減速を必要とし、それをロケット噴射で行うと、燃料重量が観測機器への重量配分を圧迫してしまう。惑星間軌道から大気圏に直接突入し、その際の空気抵抗で減速を得て、周回軌道に入るエアロキャプチャ衛星は、必要な搭載燃料を大幅に減らし、ペイロードを増やすものと期待されている。しかし、1)大気圏飛行中の空力加熱対策、2)大気密度など不確定要素がある中での高い成功率確保などの技術課題があるため、実現には至っていない。筆者は、この問題を解決するため、風圧に応じて柔軟に変形できる膜構造をエアロシェルに用いた「空力環境に適応する可変形状柔軟構造エアロキャプチャ衛星(Spacecraft for Aerocapture with Aerodynamic-Environment-Adaptive flexible aeroshell: SA-AEA)」を提案している。SA-AEAが、1)軽量大面積の膜構造エアロシェルにより弾道係数が低下して、高高度での減速が実現され、空力加熱が低減する、2)大気密度が増加しても風圧の増加に従って膜面が伸びて機体全体の細長比が増え、逆に抵抗係数は減少するため、空気抵抗変化が緩和される、ことから上記技術課題を解決できると述べている。SA-AEAは、大気圏飛行中の軌道を制御する付加的装置を必要とせず、環境適応型デザインを惑星探査機に用いる先駆的提案と言える。

本研究では、火星到着時1200kgの探査機を高度300kmの火星周回軌道に投入するミッションを対象にしており、詳細な機体最適設計によりSA-AEAの有効性を示している。第2章では具体的な問題設定と数値解析モデルの詳細が述べられている。火星大気モデルとその不確定性、大気圏飛行の力学モデル、大気圏離脱後の軌道修正法、機体重量推算法などを説明している。柔軟構造エアロキャプチャ衛星の形状には、シンプルさや空力的安定性などに加え、飛行実験による実績から軸対称フレアを選択し、設計変数を定義している。不確定要素への対応能力は、Corridorと呼ばれるエアロキャプチャ成功のために許容される大気圏突入経路角の幅で評価できる。目的関数はCorridorの最大化、最大よどみ点空力加熱の最小化、エアロシェル重量の最小化とし、フレア膜面の強度とその外枠であるインフレータブルトーラスフレームの強度を拘束条件に設定している。

第3章では、飛行軌道、空力特性、柔軟構造エアロシェルの変形などを統合した多目的GAによる最適設計手法が詳細に説明されている。構造変形と連成した複雑な空力特性変化をKriging法による応答曲面モデルで精度よくかつ効率的に表現している。

第4章は得られた結果を説明している。空力加熱低減とCorridorの拡大はトレードオフ関係にあるが、変形のない剛体の機体に比べ、SA-AEAではパレート面が最良方向に前進、すなわち、同一の加熱率ではCorridorが広がり、同一のCorridorでは加熱率が低減されることが示された。解集団の特性や制約条件の影響等も詳細に調べられており、1)設計変数の自由度はエアロシェル半径、フレア広がり角、膜材料のヤング率の順で狭くなること、2)膜面の最大歪み量に対する制約を厳しくすると機体性能が下がること、3)膜材料について最適なヤング率が存在し、最大歪みや耐熱性を向上させることでSA-AEA機体の性能も向上すること、などエアロキャプチャ衛星設計に有用な知見を得ている。重量も含めた最適設計により、SA-AEA機体が従来法に比べて重量メリットを生むことを明らかにしている。

第5章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめている。

以上要するに、本論文は柔軟膜構造の空気ブレーキを用い、少ないロケット燃料消費で周回軌道に入ることのできる火星探査機の最適設計研究を行い、軽量かつ弾性変形可能な膜面の利用で、空力加熱の緩和と大気密度不確定性に対するロバスト性増大が実現されることを示した点で、先端エネルギー工学、特に深宇宙探査学に貢献するところが大きい。

なお、本論文の第2章から第4章は鈴木宏二郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク