学位論文要旨



No 129517
著者(漢字) 服部,真季
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,マキ
標題(和) 圧電性PZT素子型宇宙塵検出器の新規解析方法を用いた検出面積拡大化の研究
標題(洋) A study on the analysis method of waveform signal for the development of large area cosmic dust detector using piezoelectric lead-zirconate-titanate (PZT)
報告番号 129517
報告番号 甲29517
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第862号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉田,精司
 千葉工業大学 上席研究員 小林,正規
 東京大学 教授 田近,英一
 東京大学 准教授 江尻,晶
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

宇宙空間に存在する高速ダスト微粒子のその場計測は1960年代初めのロケット実験に始まり,地球周回の人工衛星,さらに地球周回軌道を離れて月周回軌道,惑星間の航行軌道での観測へと進んでいった[1].様々な検出器の中で圧電セラミックであるPZT(チタン酸ジルコン酸鉛:PbZrxTi1-xO3)素子(以下PZT)はコンパクトで高圧電源が不要,キュリー点が約320度付近にありキュリー点の半分の150度くらいまでならば,脱分極する事なく安定して使用できる.そのため,太陽光およびプラズマの影響を受けずに観測できるという優れた特徴から今後,惑星間塵,星間塵,惑星周辺塵などの観測に重要な検出器である.最近ではBepiColombo missionのMercury Magnetospheric Orbiter衛星にPZT素子を使用した宇宙塵検出器Mercury Dust Monitor(MDM)が採用されている[2].

近年,小型ソーラーセイル実証機IKAROSに搭載されているPVDF(ポリフッ化ビニルデン)を使用した大面積のダスト計測器Arrayed Large-Area Dust Detection in Interplanetary space(ALADDIN)が打上げられた.ALADDINの特徴は0.54 m2の大面積の検出面積を持つため,空間密度の低い宇宙塵の空間密度flux計測を0.72から1.08AUにて効率よく計測を行った[3].空間密度が低い宇宙塵の空間分布を計測するには,大面積で人工衛星に容易に搭載できる検出器が必要と考えられる.

PVDFでは個数のみの計測しか出来ないため,運動量の計測ができ熱環境にも強いPZT素子型宇宙塵検出器の大面積化を踏まえた研究を提案した.しかし,PZTは比誘電率が非常に大きいため(1300-1700),板状のPZT素子の静電容量は非常に大きくなる.そのため電気的と機械的との変換能力を表す係数である電気機械結合係数が大きなPZTであっても,読み出しの回路に気をつけないとS/N比が小さくなり,信号を読み出せない可能性がある.そのため読み出し電極をPZT検出器の有効面積よりも小さくして読み出しアンプの負荷を軽減してS/N比を向上させる.読み出し電極の面積を小さくすることで,電極に衝突する場合とそうでない場合のイベントが発生し,衝突位置依存性の問題が示唆される.

本研究では,衝突位置依存性を実験的に確認し,衝突位置依存によるPZT素子からの出力応答の変化の問題を解決する.本論文では,第一章ではPZT素子を用いた宇宙塵検出器の背景を述べる.第二章及び第四章で,衝突位置依存性の実験をYAG-laserとVan de Graaff型静電加速器実験[4]で行った結果及び,第二章では新規解析方法を用いた分析法を述べる.第三章ではMDMと同様のPZT素子を用いてVan de Graaff型静電加速器を用いた実験結果を述べる.第五章では第二章から第四章とは異なる解析方法を用いた結果を述べる.最後に第六章で本研究の総括を述べる.

第一章 Introduction

本章では1960年代から使用されているPZT素子を用いた宇宙塵検出器の背景を述べている.また,近年打上げが行われ宇宙塵計測をしているIKAROSのALADDINについて述べ,大面積で計測する意義を述べ,本研究の目的を述べる.

第二章 Van de Graaffを用いた衝突位置依存性の実験

本研究では,東京大学大学院工学系研究科原子力専攻 重照射研究設備(HIT)のVan de Graaff型静電加速器を使用して微粒子(直径0.01から10 μm)を加速し,衝突位置依存性の実験を行った.

図1に示すPZT素子を使用した.静電加速器からの微粒子のビームラインをPZTの中心と中心から10 mm離した位置に設定し微粒子を照射した(ビーム径は直径10 mm[5]).これまでは出力波形の振幅電圧を目視で読みとっていたが(例えば[6]),本研究では波形信号のFFTスペクトルにおいて,2 mm厚のPZT素子の共振周波数のピーク値を採用して分析を行った.その結果,集電極(図1のbacksideのelectrode)上に衝突する場合,集電極から外れた領域よりも出力が一桁大きい事が判明した.また,ビームラインを中心に設置した場合,5 × 5 mm2の電極よりも直径10 mmのビーム径の方が広いため,電極に衝突した場合としていない場合がある.その場合,出力された波形のFFTスペクトル中の共振周波数の高調波に着目した.その高調波に着目した解析の結果,電極に衝突した場合としてない場合の分別が可能になった.つまり,宇宙空間で実際に計測した場合宇宙塵の衝突位置が分らないが,この方法を使用する事で衝突位置を判別することが可能になり宇宙塵の運動量を計測する事が可能である事を示すことができた.

第三章 熱対策のためにPZT表面に塗布されたポリイミド製塗料の影響

人工衛星が地球よりも内惑星を探査する場合は太陽に近づくため,宇宙塵検出器のように太陽光に曝される機器は高温の環境下におかれる.PZT素子のキュリー点は約320度付近にありキュリー点の半分の150度くらいまでならば,脱分極する事なく安定して使用できる.水星探査ミッションBepiColomboでは,PZT素子の表面に60 μmのポリイミド製の白色塗料を塗布し[6],温度上昇や急激な熱環境変化を防ぐ熱設計になっている.

しかし,白色塗料を塗布した場合のPZT素子からの出力応答の影響はこれまでほとんど知られていない.そのため第二章で述べた静電加速器を用いて,衝突位置依存の実験を行った.実験方法は第二章と同じである.出力された波形のFFTスペクトルの,2 mm厚のPZT素子の共振周波数(1.1MHz)のピークを用いて解析を行った.図2の中のIは白色塗料を塗布し中心にビームラインを設定した実験結果を示し,IIは白色塗料を塗布し中心から10 mm離した位置にビームラインを設定した実験結果を示している.IIIとIVは第二章の実験結果で,IIIは中心にビームラインを設定した場合,IVは中心から10 mm離した位置にビームラインを設定した場合の実験結果である.電極上に照射した場合,白色塗料無しの実験(III)に比べて白色塗料有りの実験(I)では,感度は約一桁下がっていた.さらに,白色塗料有りの場合,衝突位置依存は顕著に現れなかった.白色塗料を塗布する事で感度が低下するが,読み取り電極が小さくなったにも関わらず衝突位置依存がなくなり利便性が良くなった事を示すことができた.

第四章 YAG-laserを用いた衝突位置依存性の実験

微粒子の超高速衝突実験は宇宙塵検出器の開発には欠かせない実験である.しかし,Van de Graaff型静電加速器はマシンタイムの関係があり,常時使用が出来ないため,室内実験を行える環境が必要であった.そこでYAG-laserを使用した実験を行った.微粒子が衝突した時に発生する衝突応力を模擬するために,パルスレーザーを検出器の検出面に照射して光圧によって圧力を発生させた.厳密には,運動エネルギーによる圧力と,物質が熱によって蒸発して膨張するときに発生する圧力は異なるものではあるが,微粒子衝突を模擬する程度の圧力ならば,0.050 mJ程度のパルスレーザーを照射することで,電荷有感型増幅器を介してPZT素子からの出力は約1 Vの出力があった.また,パルスレーザーのビーム径は0.1 mm程度で,正確な位置に照射することが可能なのも特徴である.静電加速器では粒子の照射スポットを絞る事ができず,広がりを持つため,正確に位置依存性を調べる事はできない.そのためYAG-laserを使用して衝突位置依存性の実験を行った.その結果,電極にパルスレーザーを照射した出力電圧と,電極から約5 mm離れた照射位置の出力電圧が約一桁減少する事が判明した.また,電極から約5 mm離れた所からPZTの出力電圧が顕著に変わらなくなった事がわかった(図3).第二章で示した静電加速器の位置依存性の実験結果から,中心に照射した場合と中心から10 mm離れた位置で照射した場合も約一桁の感度差があった.また,パルスレーザーの発生時刻とPZTから出力した信号時刻の遅延時刻を計測した結果,PZT内での信号伝播速度が4.7 km/sという事が分った.

本実験の結果からYAG-laserを用いて,衝突位置依存によるPZTからの出力応答のメカニズムを示す事が出来た.

第五章 縦波の共振周波数以外の領域を用いた分析法

第二章および第三章では,2 mm厚のPZTの共振周波数を使用して解析を行ってきた.しかし,第二章では衝突位置による出力の変化が現れた事が報告された.本章では,PZT素子の横方向の振動の基本周波数に着目し,第二章と第三章で取得した実験データを用いて解析を行った.出力波形をFFT解析し,横方向の振動の基本周波数に着目した.横方向の振動の基本周波数に着目する際に注意する点がある.本研究で使用したPZT素子は40 × 40 × 2 mm3の正方形で中心から横方向を考えると最短20 mm,最長28 mmと伝播距離が変化するため,波形を解析しても大きな1つのピークは存在しなかった.先行研究[5]から横方向の音速は3km/sと求められている.これを元に,横方向の振動の基本周波数を算出した.基本周波数に加え,それらの高調波も視野に入れ,0.1 MHzから1.0 MHzの範囲の連続スペクトル成分の総和を解析に採用した.この値は感度の顕著な位置依存性を示さなかった.

この研究の結果はPZT素子の大面積化をするにあたり,読み取り電極が小さくても衝突位置依存によらず運動量を導出する事が可能になった事を示した.

まとめ

読み出し電極をPZT検出器の有効面積よりも小さくすることは,読み出しアンプの負荷を軽減しS/N比が向上する.しかし,読み出し電極を小さくすることで,PZT検出器の出力応答が衝突位置に依存するということが実験的に分かった.その現象の検証をするためYAG-laserを用いた実験で衝突位置依存性をより正確に明らかにした.さらに,これまで着目されなかった出力信号の周波数成分は衝突位置に依存しないことがわかり,PZT検出器の大面積化に道筋をつけることができた.

[1]向井正:「宇宙における固体微粒子」,J. Plasma and Fusion Res., Vol.82. No.2,pp77 (2006)[2] K. Nogami, M. Fujii, H. Ohashi, T. Miyachi, S. Sasaki, S. Hasegawa, H. Yano, H. Shibata, T. Iwai, S. Minami, S. Takechi, E. Gruen, and R. Srama: Planet. and Space Sci. 58. (2010) 108.[3] Yano H., T. Hirai, C. Okamoto, N. Ogawao, M. Tanaka, and The IKAROS-ALADDIN Team, "In-situ Dust Flux Measurement Inside 1 AU Heliocentric Distance by the IKAROS Solar Sail Spacecraft", 8th Annual Meeting AOGS 2011, Taipei, August 8 to 12, 2001, Article number PS02-A047[4] S. Hasegawa, Y. Hamabe, A. Fujiwara, H. Yano, S. Sasaki, H. Ohashi, T. Kawamura, K. Nogami, K. Kobayashi, T. Iwai, and H. Shibata: International Journal of Impact Engineering. 26 (2001) 299.[5] T. Miyachi, G. Kuraza, A. Nagashima, M. Fujii, N. Hasebe, N. Yamashita, K. Nogami, T. Iwai, H. Ohashi, H. Shibata, S. Minami, S. Takechi, T. Onishi, E. Grun, R. Srama, and N. Okada: Jpn. J. Appl. Phys. 47 (2008) 3772[6] T.Miyachi, M.Fujii, N.Hasebe, M.N.Kobayashi, G.Kuraza, A.Nagashima, Y.Nakamura, K.Nogami, T.Iwai, S.Sasaki, H.Ohashi, S.Hasegawa, H.Yano, and H.Shibata: Adv. Space Res. 35 (2005) 1263.[7] UBE Ltd.: Private Tech. Report (2006)

図 1.PZT素子の構成

図 2共振周波数のピーク値vs. 運動量

図 3 出力電圧 vs. 電極からの距離

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなっていて、板状の圧電性PZTを利用した宇宙塵の運動量センサーの大面積化に関する研究について述べられている。

第1章は、宇宙塵のその場観測の意義、圧電性PZTによるダスト検出器の原理などの説明、そして本論文の目的が記されている。

第2章では、従来はセンサーの検出面全面に貼られる信号の読み出し用の電極を、大面積化のために中心部のみにしたときの、センサーの信号出力を調べた結果が述べられている。静電加速器による微粒子加速実験およびその結果、そして考察が述べられている。特に高速微粒子の衝突位置の依存性に着目して出力信号を調べていて、読み出し電極の位置に衝突する場合とそうでない場合ではっきりとセンサー感度が異なることを明らかにした。信号の解析に、従来の方法とは違い出力信号を高速フーリエ変換して得られる周波数スペクトルを使う方法を適用し、用いたセンサーの面外方向の共振周波数である1.1MHzのスペクトル強度に着目して解析を行っている点は従来の方法にくらべて画期的である。なお、この章の内容については、応用物理学会の論文誌に掲載されていて、学界においてある一定の評価を受けている。

第3章では、同じく小さい電極のPZT検出器の検出面に60ミクロンの樹脂製塗料の層がある場合のセンサー感度について、実験とその結果、および考察が述べられている。前章と同様に静電加速器による衝突実験の結果に基づいている。塗料が塗布されていると、塗布されていない場合に比べてセンサー感度の衝突位置依存性が著しく小さくなっていているという興味深い結果が得られている。そして、塗料の層を伝播する衝突による応力波の観点からこの現象に対する考察が述べられている。この章の内容も、応用物理学会の論文誌に掲載されていて、学界においてある一定の評価を受けている。

第4章では、前章、前々章とは異なりパルスレーザーをPZT検出器の検出面に照射した実験について述べられている。パルスレーザー照射によって発生する光圧によって照射位置からセンサー内部に伝播して広がる応力波を利用して微粒子衝突実験の模擬を行った実験である。レーザーを利用した実験は、微粒子の衝突位置を10mm以下に制御できない静電加速器の場合を異なり、衝突信号を発生させる位置の精度がよいため、よりはっきりとしたセンサー感度の位置依存性が明らかになっている。運動量センサーの研究および開発のためにパルスレーザーを用いる手法は前例がなく、独創性が高いと考えている。

第5章では、前章までに着目していた1.1MHzの共振周波数ではなく、0.1MHzから1.0MHzまでの周波数帯に着目し、その周波数帯のスペクトル強度を積分した値が、衝突した高速微粒子の運動量と相関があることが実験結果として示されている。また、その値には微粒子の衝突位置依存性がほとんど無いことも示されている。その原因について、0.1MHzから1.0MHzまでの周波数帯はPZT検出器の面内方向の共振周波数および高調波によって信号が励起されていることが考察結果として示されている。センサー検出面に微粒子が衝突した時の面外共振と面内共振のそれぞれの強度には相関があり、それから外れたイベントについては、検出面に物質が衝突したイベントではないものと判断ができるという着想であり、宇宙塵のその場観測において非常に重要な課題であるイベントの真偽判定の手法として、有効な手段の提案がなされている。

第6章は、全体のまとめが述べられている。

なお、前述のとおり共著論文出版されている本論文第2章および第3章は、小林、宮地、武智、奥平、岩井、杉田との共同研究であり、また第4章および第5章については小林、宮地との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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