学位論文要旨



No 129522
著者(漢字) 神尾,修治
著者(英字)
著者(カナ) カミオ,シュウジ
標題(和) 多点分光計測を用いた高ガイド磁場下の磁気リコネクションの研究
標題(洋) Studies of Magnetic Reconnection in the Presence of Strong Guide Field by Multi-channel Spectroscopic Measurement
報告番号 129522
報告番号 甲29522
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第867号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 複雑理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 井,通暁
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 教授 杉田,精司
 東京大学 准教授 江尻,晶
 東京大学 教授 小野,靖
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

磁気リコネクションは磁気圏物理や太陽物理の分野で盛んに研究されている現象であり、磁力線が繋ぎ変わる際に磁気エネルギーがプラズマの熱エネルギーに非常に短い時間内に変換される。プラズマ中のイオンは、繋ぎ変わった後の磁力線の張力によりX点から外側に向かってアルヴェン速度まで加速され、この加速されたイオンが熱化することにより、磁場のエネルギーがイオンの熱エネルギーに変換される。このプラズマ加熱現象は実験室プラズマでも、東京大学TS-3/4装置において磁気リコネクションを伴う球状トカマク(ST)合体実験により急速加熱が報告され[1]、英国カラム研究所MAST装置においても、センターソレノイド(CS)コイルの磁束を節約するため合体立ち上げ法の研究がおこなわれている[2]。

このように磁気リコネクションによる加熱は報告されているが、合体法によるST立ち上げをおこなう上で磁力線によるイオンの加速に関する物理を実験室で明らかにすることは非常に重要である。さらに、ガイド磁場が強く、粒子衝突頻度が小さい磁気リコネクションにおいてはX点近傍に発生するリコネクション電場により電子が効率的に加速されるというシミュレーション報告[3][4]はあるが、実際に観測された報告例はない。磁気リコネクション加熱を用いたST立ち上げを目標とする上で、また宇宙物理の観点からも、磁気リコネクション物理の解明は重要な課題である。

2.プラズマ合体装置UTST

図1 (a)に示すST合体実験装置UTSTでは、外部磁場コイルのみを用いるプラズマ合体法による磁気リコネクション加熱により高ベータSTの立ち上げを目的としている[5][6]。図1 (b)のように外部ポロイダル磁場(PF)コイルに流す電流を正から負に反転させたときに生じるフラックススイングによって誘導電場を加え、図1 (c)のようにPF電流を反転させた際に上下に孤立したプラズマを生成し、中央に押し付けることによってミッドプレーンで合体させる。UTST装置では、プラズマ合体の際に生じる磁気リコネクション現象を観測し、実験実証されていない物理を解明し、磁気リコネクションによる高ベータST立ち上げ法を確立するために、真空容器内部に多点磁気プローブ、ロゴスキーコイル、静電プローブが設置され、真空容器外部からは高速度カメラによるイメージング、イオンドップラー分光計測(IDS)が行われている。

3.8チャンネル時間発展IDSシステムの開発

本研究では磁気リコネクションの計測を行うため、IDSを用いた新たな計測システムを開発した[7]。

図2に、開発したシステム概要を示す。このシステムでは、8×8チャンネル光電子増倍管(PMT)アレイを用いることにより、波長方向に8チャンネル、空間8地点の時間発展計測を行うことが可能である。通常8地点の時間発展計測を行う際に8台の分光器が必要だが、このシステムでは1台の分光器で多点計測ができるので、安価で高時間分解能なシステムが実現できる。図2 (b)に示すように、出射側から出た光をレンズで拡大・集光することにより適切な位置へと焦点を結ばせ、PMTにより各チャンネルの光量を計測する。このシステムにより、図2 (a)に示すようなUTST装置内の8方向の温度・流速を同時に計測することができる。UTST装置のイオン温度は5~20 eVと比較的低い温度であるため温度によるドップラー広がりが小さく、流速によるドップラーシフトが相対的に顕著に現れるため磁気リコネクションによってアルヴェン速度程度にまで加速されると言われているイオンの流速計測をする上では都合が良い。そのため、倍率を適切に調節することで波長方向に8点の計測点であっても温度であれば5~50 eV、流速は40 km/s程度の流速を5~15 %の誤差で精度よく計測することができ、また波長16チャンネルPMTシステムを用いればさらに細かく調べることもできる。このシステムは、1μs以上の時間分解能を有している。また、このシステムを日大NUCTE-III装置のFRC流速計測にも応用することで、さらに幅広く運用できるシステムであることを示した。

4.磁気リコネクション電子加速実験結果

図3にUTSTプラズマ合体実験結果を示す。UTST装置が建設され初めてプラズマが点いてから5年余りになるが、コンデンサバンクやコイルの拡充や予備電離装置ワッシャーガンの拡張などを経て、上下対称で安定したST合体実験が可能となった。プラズマ電流はCSなしで60 kA以上を達成し、プラズマは、イオン温度・電子温度は15 eV程度、電子密度は3×1019 m-3というパラメータになっている。ポロイダル磁場の10倍以上の強いガイド磁場下でのリコネクション実験であり、STへの応用を視野に入れた磁気リコネクション加熱の研究を行っている。

図4 (b)に示すように、合体時にプラズマ電流と反対方向に駆動される電流シートの電流密度が観測された。この電流シートでは磁気リコネクションのX点付近において、ポロイダル磁束の急峻な変化により駆動された-100 V/m以上のトロイダル方向の電場が観測されている。合体時、2つのSTが近づく際にその間にトロイダル方向に流れる電流シートが形成され、STが近づいたことによる磁束の変化によって生じた電場を受け、ポロイダル磁場が0となるリコネクションX点において電子が加速され、電子加熱が起こると考えられる。このような低密度、最大で磁気軸0.2 Tのガイド磁場の存在下の磁気リコネクションでは、X点付近に存在した電子は電場の影響を受けてトロイダル方向に加速され続ける。

そのような中、今回開発したIDSシステムにより、プラズマ合体時にエネルギー準位の高いHeIIライン(468.58 nm)の発光が観測された(図4 (c))[8]。この発光はヘリウムプラズマ電子がN殻(51.0 eV)からM殻(48.4 eV)に落ちる時の発光で、静電プローブで計測した電子温度(図4 (a))では発光することはない。多チャンネル同時計測により求められた発光領域(図4 (d))から、磁気リコネクションX点において局所的に加速された電子による励起であると考えられる。

5.磁気リコネクションイオンアウトフローおよびイオン温度計測実験結果

STに対し垂直の視線のドップラー計測によりアルヴェン速度に近い流速が観測された[9]。しかしこの結果は視線積分データから得られたものであるため、速度の種類を限定するなどの仮定が必要であった。そこで、開発したシステムを用いて前章で観測したX点近傍の局所発光を用いてイオンの流速を測定したところ、径方向の視線においてのみ図5 (a)に示すようなドップラーシフトが観測された。この値は、シート電流が最大になる0.705 ms付近で最大40-50 km/sを観測し、この値はこの時間帯におけるアルヴェン速度50-60 km/sに近い値である。図5 (d)の発光位置が示すように、加速された電子による発光はX点よりわずかに外側で起こっていることが原因であると考えられる。また、この時間帯にイオンの温度上昇も観測された。この結果は接線方向の視線により得られた温度であるため、速度の影響ではなく、温度が上昇したと考えられる。UTST装置の通常のSTのイオン温度は10-20 eVであり、磁気リコネクションを介して初めて20 eV以上の温度を達成した。

6.結論

PMT2次元アレイを用いることで安価な8チャンネル同時時間発展計測が可能なイオンドップラー分光システムの開発に成功し、実際に運用することで一定の性能が得られた。プラズマ合体時に、高ガイド磁場下の磁気リコネクションにおける電子加速をイオン励起発光により初めて実験的に明らかにした。また、その発光を有効に用いることで磁気リコネクションにおけるイオンアウトフロー速度の局所計測、磁気リコネクション効果によるイオン温度上昇の計測に成功した。

7.参考文献

[1] Y. Ono et al., Phys. Plasmas 7, 1863 (2000)[2] A. Sykes et al., Phys. Plasmas 8, 2101 (2001)[3] Paolo Ricci et al., Phys. Plasmas 11, 4102 (2004)[4] P. L. Pritchett et al., J. Geophys. Res. 109, A01220 (2004)[5] R. Imazawa et al., IEEJ Trans. FM 130, 4 (2010)[6] T. Yamada et al., Plasma Fusion Res. 5, S2100 (2010)[7] S. Kamio et al., Rev. Sci. Instrum. 83, 083103 (2012)[8] S. Kamio et al., Electr. Eng. Jpn. 133, 4 (accepted)[9] S. Kamio et al., Plasma Fusion Res. 6, 2402033 (2011)

図1:(a)UTST装置の写真、(b)プラズマ合体生成に用いた外部PFコイルの典型的電流波形、および(c)UTST装置におけるプラズマ合体の概要。PFコイル電流を急激に立ち下げることにより、上下にSTを誘導生成し、中央に押し付けることでプラズマ合体をおこなう。

図2:(a)UTST装置z=0断面と計測視線例、(b)システムの概略図。分光器から出射された光は4枚のレンズにより拡大・集光される。

図3:(a)UTSTプラズマ合体実験における外部コイルの電流波形、(b)内部磁気プローブにより得られたSTの合体の磁気面。

図4:(a)電子温度Te、X点における(b)トロイダル電流密度jt、および抵抗η、 (c)He II 発光強度時間発展計測結果。(d)磁気プローブで計測した磁束密度および発光領域。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Studies of Magnetic Reconnection in the Presence of Strong Guide Field by Multi-channel Spectroscopic Measurement(多点分光計測を用いた高ガイド磁場下の磁気リコネクションの研究)」と題し、プラズマ合体法による高ベータ球状トカマクの非誘導立ち上げを実現するために、重要な素過程である高ガイド磁場下の磁気リコネクション現象について、実験的検証を行ったものである。新たに開発された二次元光電子増倍管アレイを用いた多点分光計測により、リコネクション点付近における電子・イオンの局所的な振る舞いの観測に初めて成功し、さらに二次元磁場計測結果との比較により非定常リコネクション過程とイオン加速・加熱との関連性を示す重要な実験結果を得た。

第1章は「Introduction(序論)」であり、研究背景としての核融合開発の必要性、経済的な核融合発電を実現するために不可欠な高ベータ閉じ込め方式としての球状トカマクに言及したのちに、球状トカマク型炉心プラズマの実現に不可欠とされる非誘導電流駆動法の一つであるプラズマ合体法のアイデアが説明されている。

第2章は「Magnetic Reconnection(磁気リコネクション)」と題し、プラズマ合体法において球状トカマクの高ベータ化を実現するための重要な素過程である磁気リコネクション現象について概説され、特に強いガイド磁場の下での無衝突磁気リコネクション研究の現状と、本研究の位置づけが述べられている。

第3章は「Experimental Setup(実験装置)」と題し、本研究で使用される球状トカマク合体実験装置UTSTの概要と、主要な計測についての概要が述べられている。

第4章は「Development of Multi-channel Spectroscopic Measurement System(多点分光計測システムの開発)」と題し、二次元光電子増倍管アレイを用いた、多点分光計測装置の開発の詳細が述べられている。申請者が提案した手法により、空間方向に8チャンネル、波長方向に8チャンネルを有する時間発展分光計測を、十分に良好な装置誤差の範囲内で実現できることを示し、実際に構築した分光計測システムの性能評価、測定例が示されている。

第5章は「Experimental Results of Magnetic Reconnection in UTST(UTST装置における磁気リコネクション実験結果)」と題し、申請者が提案した実験パラメータにおける活発なリコネクション現象について、主に磁場計測に基づいた実験結果が述べられている。従来の一般的なモデルとは異なり、リコネクション点および形成される電流シートの形状・位置は非定常であることが示されており、UTST装置における強いガイド磁場の下における無衝突リコネクションの描像を初めて実験的に明らかにすることを得た。

第6章は「Electron Acceleration at the Current Sheet(電流シートでの電子加速)」と題し、新たに開発・構築された多点分光計測システムによるヘリウムイオン発光線スペクトルの測定結果が示されている。静電プローブによる電子温度計測との比較により、この発光が少数の加速された電子による励起であるとする解釈が示された。

第7章は「Ion outflow and Heating by Magnetic Reconnection(磁気リコネクションによるイオン加速と加熱)」と題し、炭素不純物イオン発光線スペクトルならびに上記ヘリウムイオン発光線スペクトルの分光計測によって得られたイオン流速およびイオン温度の測定結果が示され、UTST装置の強いガイド磁場の下でリコネクション点近傍の局所領域におけるイオン加速・加熱を初めて実験的に観測すると同時に、第5章で述べられた非定常なリコネクション過程との関連性が議論され、磁場からプラズマへのエネルギー変換過程を解明するための重要な知見が示された。

第8章は「Conclusions(結論)」であって、本論文で得られた結論をまとめている。

以上を要するに、新たに提案した多点分光計測システムによって、磁気リコネクションという局所的かつ過渡的な現象についての新たな実験研究手法を開拓し、実際に球状トカマク合体装置UTSTにおける強いガイド磁場下でのプラズマ合体現象を観測することによって、非定常リコネクション発生時における局所的な電子加速、イオン加速、イオン加熱を観測し、リコネクション物理研究における重要な成果を得た。本研究は、プラズマ理工学、核融合工学への貢献が大きく、博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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