学位論文要旨



No 129527
著者(漢字) 漆原,祐介
著者(英字)
著者(カナ) ウルシハラ,ユウスケ
標題(和) メダカ突然変異体RIC1系統を用いたDNA二本鎖切断修復制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 129527
報告番号 甲29527
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第872号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 准教授 尾田,正二
 茨木大学 教授 田内,広
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

放射線やDNA複製過程等で生じるDNA二本鎖切断(Double-strand break: DSB)はゲノム情報の大規模な欠失や細胞分裂時の染色体分配の異常など、細胞に重篤な影響をもたらすため、生物はDSB修復機構を働かせ、速やかにDSBを修復している。DSB生成後、初期応答反応としてATM(Ataxia telangiectasia mutated)とDNA-PK(DNA dependent protein kinase)がいち早くDSB近傍のヒストンH2AバリアントであるH2AXを含む多くの修復因子のリン酸化を行い、活性化された多くの因子によってDSB修復機構が誘導される。DSB修復機構にはClassical Non-homologous end joining(C-NHEJ)、Homologous recombination(HR)、Alternative NHEJ(A-NHEJ)、ATM型NHEJの4経路の存在が報告されている。正常細胞ではHR、A-NHEJ、ATM型NHEJは抑制されていること、各修復経路の制御がDSB生成後の初期応答により行われていることが示唆されているが、その制御メカニズムについては明らかとなっていない。

メダカ突然変異体RIC1系統は、培養細胞を用いた解析によってγ線照射によるDSB生成後のH2AXリン酸化、DSB修復に異常を示すことが明らかとなっている。このことから、RIC1系統では初期応答におけるDSB修復制御機構の異常がこれらの原因であると考えられる。そこで、本研究では、RIC1系統胚由来培養細胞を用いた解析から初期応答におけるDSB修復制御機構の解明を目指した。

【結果と考察】

1.RIC1細胞のH2AXリン酸化異常、DSB修復遅延の原因解析

RIC1細胞におけるH2AXリン酸化異常の原因を明らかにするために、ATM阻害剤(KU55933)及びDNA-PK阻害剤(NU7026)処理後のH2AXリン酸化への影響を解析した。野生型(CAB)及びRIC1細胞に阻害剤を処理し、γ線照射後のリン酸化H2AX(γH2AX)のフォーカス数を計測したところ、野生型細胞では両阻害剤処理によってγH2AXフォーカス数が減少したが、RIC1細胞ではNU7026処理によるγH2AXフォーカス数の減少が見られなかった(図1A)。また、RIC1細胞はCAB細胞よりDNA-PK活性が低下していた(図1B)。これらの結果から、RIC1細胞ではDNA-PK活性低下がH2AXのリン酸化異常をもたらしていることが示唆された。

DNA-PKの欠損や活性低下によってC-NHEJが阻害されることがこれまで明らかとなっている。また、RIC1細胞ではDSB修復の遅延が報告されている。したがって、RIC細胞においてC-NHEJが阻害されることでDSB修復の遅延が生じていると考えられる。そこで、DSB各修復経路の修復能を解析した。各修復能の解析には特殊なコンストラクトとエンドヌクレアーゼI-SceIを使用するHRアッセイ、EJアッセイを用いた。I-SceIによる人為的なDSBの誘導後、HRアッセイではHRにより修復された細胞の割合を、EJアッセイではEnd joining(C-NHEJ、A-NHEJ、ATM型NHEJ)により修復された細胞の割合を調べることができる。その結果、RIC1細胞ではCAB細胞に比べてHR修復能が有意に低下していた(図2A)。RIC1細胞で見られたHR修復能の低下がDNA-PK活性の低下によるものなのかを検証するため、NU7026処理後のHR修復能を解析したところ、CAB細胞ではNU7026濃度の増加に伴ってHR修復率の低下がみられたが、RIC1細胞ではNU7026処理の影響が見られなかった(図2C)。これらの結果から、RIC1細胞ではDNA-PK活性の低下がH2AXリン酸化、HR修復率の低下をもたらしていることが示唆された。一方で、RIC1細胞ではDNA-PK配列、mRNA発現量、タンパク質発現量は正常であった。このことから、RIC1細胞はDNA-PK配列、発現量は正常であるがDNA-PK活性が低下している変異体であることが明らかとなった。

2.RIC1細胞におけるDNA-PK自己リン酸化、NBS1挙動解析

NickoloffらはDNA-PK活性低下がHRを阻害するメカニズムを提案している。DNA-PKはDSB生成後に、(1)DSB部位へといち早く結合する、(2)DSB部位と結合することでDNA-PKはリン酸化活性を持ち、数多くの標的因子のリン酸化を行う、(3)DNA-PKの標的因子にはDNA-PK自身も含まれ、DNA-PKの自己リン酸化が起こる、(4)自己リン酸化による構造変化によってDSB末端からDNA-PKが解離する、というステップでDSB末端と結合、解離する(図3)。このDNA-PKの解離が遅延するとHR修復に関わる因子のDSB部位への集積が遅延することが報告されている。これらの報告から、NickoloffらはDNA-PK活性低下時にはDNA-PK自己リン酸化が阻害され、DNA-PKの解離の遅延によってHRが阻害されていることを示唆している(図3)。

RIC1細胞においてもDNA-PKの自己リン酸化が阻害されているのかを解析するために、DSB部位から解離するために必要なDNA-PKの自己リン酸化部位である2609番目のスレオニンのリン酸化を、蛍光抗体染色法を用いて解析した。その結果、RIC1細胞ではDNA-PKの自己リン酸化フォーカス数がCAB細胞に比べて有意に減少していた(図4A)。次に、RIC1細胞におけるHR修復因子のDSB部位への集積に遅延がみられるかを解析した。NBS1(Nijmegen breakage syndrome 1)はHR修復の進行に伴ってDSB上でフォーカスを形成する。そこで、Venusタグを付けたNBS1を発現したRIC1及びCAB細胞におけるDSB後のNBS1フォーカス形成を比較した。その結果、RIC1細胞ではDSB後のNBS1フォーカス形成に遅延が見られた(図4B)。これらの結果から、RIC1細胞においてもDNA-PK自己リン酸化異常によるDNA-PKのDSB部位からの解離の阻害が、HR修復因子のDSB部位への集積を妨げ、HRの低下をもたらしていることが示唆された。

3.RIC1細胞における53BP1挙動解析

DNA-PKの解離はHRだけでなくC-NHEJの進行にも必要であり、DNA-PK活性低下時にはC-NHEJも阻害されていることが報告されている(図3)。しかし、RIC1細胞ではEJアッセイによって僅かなEJ修復率の上昇がみられた(図2B)。EJアッセイは、C-NHEJだけでなくA-NHEJ、ATM型NHEJを検出していること、またDNA-PKのDSB部位への結合がA-NHEJ進行を阻害することが報告されていることから、DNA-PK活性低下時にATM型NHEJが働くことで、HR低下をもたらしているという仮説を立てた。53BP1(p53 binding protein 1)は、

ATM型NHEJに関わる因子であり、DSB部位へと結合することが報告されていることから、RIC1細胞における53BP1の挙動を解析した。TagFP635タグを付けた53BP1を発現したRIC1細胞及びCAB細胞に、405nmのレーザー照射により核内の特定の場所にDNA損傷を多量に誘発し、損傷部位への53BP1集積を解析した。その結果、RIC1細胞ではDNA損傷部位への53BP1の集積量がCABに比べて有意に増加した(図5)。これらの結果から、DNA-PK活性低下時にATM型NHEJが強く働いていることが示唆された。p53は53BP1と結合する。また、p53はDNA-PKの有無、活性に依存せずにDSB末端へと結合し、リン酸化される。一方で、53BP1機能へのp53の寄与はこれまでに明らかとなっていない。したがって、p53がDNA-PKに依存せずに53BP1のDSB部位への集積を促すことで、DNA-PK活性低下時にATM型NHEJ能が上昇していることが考えられる。そこで、p53欠損細胞において405nmのレーザー照射後の損傷部位への53BP1挙動を調べた。その結果、p53欠損細胞では53BP1の損傷部位への集積量が野生型細胞に比べて有意に増加していた。これは哺乳類細胞でも報告のない知見である。これらの結果から、p53が53BP1を介してATM型NHEJを制御していることが示唆された。

【結論】

本研究によって、DNA-PK活性低下時にATM型NHEJ能が上昇していることが示唆された。また、これまでに53BP1のDSB部位への集積はDNA-PK欠損による影響を受けないことが報告されている。さらに、DSB部位からのDNA-PKの解離が遅延するようなDNA-PK活性低下変異体ではC-NHEJ、HR、A-NHEJが阻害されるが、DNA-PK欠損ではHR、A-NHEJによる修復が可能であることが報告されている。このことから、ATM型NHEJはDNA-PKの活性や有無に依存しない修復経路であるが、他の修復経路が働くことのできる状況下では抑制されていることが考えられる。また、p53欠損によって53BP1の集積量が増加した。p53はDNA-PKに依存せずに活性化され、DSB末端と結合することが知られていることから、本研究によりp53が53BP1を介してATM型NHEJを制御しているモデルが提唱される(図6)。

図1.(A)阻害剤処理後のγH2AX

フォーカス数。KU55933、NU7026処理後のCAB、RIC1細胞にγ線を10Gy照射し、照射15分後のγH2AXフォーカス数を示す。n>20。(B)DNA-PK酵素活性。CAB、RIC1細胞のDNA-PK活性をP53のリン酸化時のγ-(32)Pの取り込み量を測定することで定量化した。N=3 Errorbar=SEM、*P<0.05

図2.HR、EJ修復能とDNA-PK活性の関与

CAB、RIC1のHR修復率(A)及びEJ修復率(B)を示す。○は各クローンの修復率を示す。口は平均値を示す。

(C)NU7026処理によるHR修復率変化を示す。CAB、RIC1ともに6クローンの平均値をコントロール細胞(DMSO処理)の修復率を100とした相対値として示す。エラーバーはSEMを示す。*P<0.05

図3.DNA-PK自己リン酸化異常によるHR修復能低下モデル

図4.DNA-PK自己リン酸化とHR進行速度

CAB(□)、RIC1(■)へのγ線照射後の(A)DNA-PKのThr2609リン酸化フォーカス数(n>20)及び(B)NBS1フォーカス数(N=3)の経時変化を平均値で示す。エラーバーはSEMを示す。*P<0.05

図5.レーザー照射点への53BP1集積

405nmーザーを核内局所に照射後の照射点へのTagFP635-53BP1の集積量を、非照射時の蛍光強度を100とした相対値として示す。エラーバーはSEMを示す。n>20

図6 DNA-PK自己リン酸化と53BP1の関係

審査要旨 要旨を表示する

放射線などによってゲノム上に生じるDNA二本鎖切断(DSB)はDSB修復機構によって直されることが知られている。修復経路にはこれまでにClassical NHEJ、HR、Alternative NHEJ、ATM型NHEJの4経路が存在することが知られているが、その相互間制御機構については明らかとなっていない。しかし、ATMやDNA-PKが修復経路間の制御に重要な役割を持つことを示唆する論文がいくつか報告されている。メダカ突然変異体RIC1系統はこれまでに放射線照射後のヒストンH2AXのリン酸化異常とDSB修復遅延が報告されている。H2AXはATMとDNA-PKによってリン酸化されることから、RIC1系統ではATMもしくはDNA-PKの異常がDSB修復異常をもたらしていることが示唆されていた。そこで、本論文ではRIC1系統を用いてATM、DNA-PKによるDSB修復制御機構の解明を主テーマとして培養細胞を用いて放射線応答を解析した。

本論文は3章より構成されている。第1章では、まずRIC1胚由来培養細胞におけるH2AXリン酸化異常の原因を明らかにするために、ATM阻害剤及びDNA-PK阻害剤処理後のH2AXリン酸化への影響を解析した。その結果、RIC1細胞ではDNA-PKの異常がH2AXリン酸化異常をもたらしていることを明らかにしている。次に、RIC1細胞で報告されているDSB修復の遅延の原因を解析する為に、DSB各修復経路の修復能を解析して、RIC1細胞がCAB細胞に比べてHR修復能が低下していることを明らかにした。また、DNA-PK阻害剤処理後のHR修復能を解析した結果、RIC1細胞においてDNA-PKの異常がHR修復率の低下をもたらしていることを示唆された。

DNA-PK酵素活性測定によって、RIC1細胞はCAB細胞よりDNA-PK活性が低下していたことから、RIC1細胞ではDNA-PK活性低下がH2AXリン酸化異常、HR修復能低下をもたらしていることが示唆された。これまでにいくつかの論文においてDNA-PK活性低下によってHR修復能が低下することが報告され、DNA-PKによるHR修復制御モデルが提唱されており、RIC1系統ではこの制御の破綻によってHR修復能が低下していると考察した。

第2章ではDNA-PKによるHR制御モデルの検証を行った。DNA-PKによるHR制御モデルでは、DNA-PKの自己リン酸化によるDNA-PKのDSB部位からの解離によってHR修復因子のDSB部位への結合が可能となる。DNA-PK活性が低下するとDNA-PK自己リン酸化の低下によって、HR修復因子のDSB部位への結合が阻害されてHRの進行が阻害されている例が報告されている。そこで、RIC1細胞においてDNA-PK自己リン酸化とHR修復因子であるNBS1の挙動を解析し、RIC1細胞ではDNA-PK自己リン酸化異常が存在し、NBS1のDSB部位への結合も阻害されていることを明らかにしている。これらの結果から、RIC1細胞においてDNA-PKによるHR制御が破綻していることが示唆された。

DNA-PKによるHR制御モデルで、HR修復能低下をもたらす直接的な原因は提唱されていない。第3章では、DNA-PK活性低下がHR修復能の低下をもたらす直接的な原因を解析した。過去の報告からATM型NHEJは、DNA-PKの有無に影響されずに働いていることが示唆されている。そこで、DNA-PK活性が低下した時にはATM型NHEJがより強く働いている可能性を考え、ATM型NHEJに働く53BP1のDNA損傷後の挙動を解析した。その結果、RIC1細胞ではDNA損傷部位への53BP1の集積量がCAB細胞に比べて多いことを示した。これによってATM型NHEJがDNA-PK活性低下時により強く働くことを示唆している。

本論文においてDNA-PK活性低下時にATM型NHEJが強く働くことでHR修復能の低下をもたらされている現象を明らかにしている。DNA-PKは正常な状態ではp53のリン酸化を介して53BP1挙動を制御し、ATM型NHEJを抑制している可能性を新たに示唆しており、DNA2本鎖修復系路の制御解明につながる成果として評価されることから、論文提出者は学位授与に十分な資格および能力を有すると判断される。

UTokyo Repositoryリンク