学位論文要旨



No 129529
著者(漢字) 岡田,啓希
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ヒロキ
標題(和) 出芽酵母の高次元形態情報に基づいた細胞壁合成に関する遺伝学的解析
標題(洋) Genetic analysis of cell wall synthesis based on high-dimensional morphological phenotype of Saccharomyces cerevisiae
報告番号 129529
報告番号 甲29529
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第874号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 依田,孝司
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの細胞壁は、細胞を形作る細胞外マトリクスである。細胞壁は複数の構成成分が組み合わさったネットワーク構造体であり、各成分の合成が外部環境の変化や細胞周期に併せて制御されることで、細胞形態を適切に維持している (Cabib et al. 2001)。このように細胞形態の解析は、細胞壁の合成異常を直接モニターできると考えられるが、これまでの細胞壁研究においては、細胞形態の解析は一般的に定性的な観察に限定されていた。

酵母の形態を定量的に解析するために、当研究室では複数の細胞構造 (核、アクチン、細胞壁) を同時染色し得られる顕微鏡画像を基にしたイメージング解析手法を開発した (Ohya et al. 2005)。ここではCalMorphと呼ばれる画像解析プログラムを使用し画像から、501次元の高次元で大規模な情報を得ているが、このような情報はそのままでは多くのノイズを含んでおり、直接的に生物学的な意義や発見を得ることは難しい。ここから本質を抽出するためには、統計的な手法に基づくデータの分類や圧縮といったデータ処理が不可欠である (Ohnuki et al. 2007, and Ohnuki et al. 2012) 。

本研究では、細胞壁の異常をモニターするために出芽酵母の高次元形態情報に着目し、定量的な手法に基づいて解析を行った。具体的には、細胞壁の構成成分である1,3-β-グルカンの合成を触媒するFks1pに関して、複数のfks1条件致死変異株を形態情報から定量的に分類し、分子内機能を解明した。さらに、複数の細胞壁合成阻害剤を用いて、各成分の合成を阻害した際の形態的情報に主成分分析を応用しデータ圧縮を行い、形態情報に基づく阻害剤の効果の評価や作用機序に関して解析した。

【結果と考察】

1.高次元表現型解析による1,3-β-グルカン合成酵素の触媒サブユニットFks1pの分子解剖

1-1 複数のfks1変異株の細胞形態の定量化と分類

Fks1pは細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカンを合成する1,3-β-グルカン合成酵素 (GS) の触媒サブユニットである。Fks1pはグルカン合成とは無関係にエンドサイトーシスの異常も引き起こすことから (deHart et al. 2003)、多機能タンパク質であると考えた。Fks1pの機能を分類し理解するために以前に当研究室で単離した10種類のfks1温度感受性 (fks1-ts, fks2Δ) 変異株を解析対象に選び、その細胞形態を定量化し分類することにした。ここで予期せぬ突然変異による細胞形態への影響を抑えるために、1倍体変異株を掛け合わせてホモ2倍体の株を作成した。作成した全ての2倍体株を25℃で培養したのちに、増殖が阻害される温度条件 (35.5℃, 図1) にて4時間培養、固定、染色を行った後に、蛍光顕微鏡画像を繰り返し撮影した (1回につき200細胞以上、野生型株20回、変異株5回)。得られた画像を基に、CalMorphを用いて細胞構造 (細胞壁、核、アクチン) に関する501種類の定量的な情報 (501パラメータ) を取得した(図2)。得られた値を基に形態の類似性に基づくクラスター分析を行ったところ3つの変異株クラスが検出された (図3)。興味深いことに、各クラスでは、温度感受性の原因となる変異の位置が互いに近接していた (図4上)。このことはFks1pが機能ドメインをもちそれぞれに異なる機能を持っていることを示唆していた。

1-2 fks1変異株クラスごとに特徴的な表現型の解明

示唆されたFks1pの機能ドメインについて、各クラスにおける形態以外の表現型と比較することで特徴づけを行った。クラス1に分類された2つの変異株は、in vivoでのグルカン合成基質の取り込み量が低下していたことから、細胞内におけるグルカン合成に異常を示すことが明らかになった。クラス2に分類された3つの変異株は、アクチンの脱局在および大きく丸い細胞形態を示し、アクチン細胞骨格と非依存的に制御されるタンパク質Spa2pの脱局在が見られたことから、細胞極性の喪失が示唆された。クラス3に分類された4つの変異株はin vitro およびin vivoでGS活性が低下していた。以上のようにfks1-ts株クラスの表現型を基にFks1pの複数の機能ドメインを同定した。

2.細胞壁合成に関する化学遺伝学的解析

2-1 細胞壁の構成成分の合成阻害剤処理による濃度依存的な形態変化の評価

高次元形態情報を適用して細胞壁に関する表現型解析を行うために、まずは細胞壁の各成分の合成を阻害した場合の形態変化を評価した。阻害剤としてechinocandin B, tunicamycin, nikkomycin Zを野生型酵母 (his3Δ) に対して個別に処理することで、細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカン, マンノプロテイン, キチンの合成過程を阻害した。阻害剤処理の形態変化をより高精度に観察するために、5ないし6段階の濃度で酵母細胞を処理した際の形態情報を繰り返し取得し (濃度1段階につき200細胞以上、5回)、得られた形態情報に対し連続的な主成分分析 (Ohnuki et al. 2012) を適用することによって濃度依存的かつ独立に変化する形態成分を抽出したところ、3つの阻害剤間の全てに共通するものはなかった。

2-2 阻害剤処理による形態的および生理学的効果の解析

3つの阻害剤間の全てに共通する形態成分が見つからなかったことから、阻害剤処理による形態変化の特異性は、その作用機序の特異性を反映する可能性を考えた。そこで異なる阻害剤処理による形態変化の特異性を表すために、主成分分析により算出される変数である主成分負荷量に着目した。この値は、薬剤処理により濃度依存的に変化する第一主成分に対する各パラメータの相関係数である。この値の符号を基に二つの異なる薬剤処理に対して同/逆方向に変化する2種類のパラメータ(同方向/逆方向パラメータ)を定義して501パラメータを二つに分類した (図5A)。得られた分類に沿って主成分分析を行うことで二つの軸ならびにそれらから成る平面を設定しechinocandin Bとtunicamycin処理のデータに適用したところ、期待通り二つの薬剤処理による形態変化は濃度依存的に異なる方向に展開された (図5B)。さらにこの平面上にechinocandin Bのアナログであるmicafungin処理による結果をプロットすると明らかにechinocandin Bと類似していたことから、この平面は形態変化のみでなく作用機序の類似性も同時に反映していた。

2-2 阻害剤の細胞内標的および作用機序に関する解析

今回使用した阻害剤は、細胞内の作用標的が既知であるが、標的分子の機能阻害が形態上に反映されているかを知るために薬剤の処理濃度依存的な形態変化と非必須遺伝子破壊株の形態変化の類似性評価法 (Ohnuki et al. 2010) を適用した。その結果tunicamycinとnikkomycin Zに関しては既知の細胞内標的 (ゴルジ体マンノース転移酵素複合体、キチン合成酵素) をコードする遺伝子破壊株との有意な類似性が見つかったが、一方でechinocandin Bでは標的であるFKS1およびFKS2破壊株との有意な類似性が見られなかった。この結果の原因としてこれら二つの遺伝子の機能的な重複が、単独の遺伝子破壊による表現型を相補することが考えられるため、1-1で取得したfks1-ts株 (fks1-ts, fks2Δ) の形態と比較することにした。ここではfks1-ts株の形態情報を基に主成分分析を行うことで得られた変異株クラスを分ける平面上にechinocandin Bの濃度依存的な形態変化をプロットすることで比較した (図6)。

Echinocandin Bを含むキャンディン系薬剤は真菌の1,3-β-グルカン合成阻害剤であり、その処理による形態変化は1,3-β-グルカン合成触媒機能に異常のあるクラス3変異株と当然類似すると想定していたが、驚いたことに細胞極性に異常のあるクラス2と類似していた。この類似性からechinocandin B処理は細胞極性の異常を引き起こすという仮説を立て、薬剤処理時におけるSpa2pの局在を観察した結果、出芽した細胞においてSpa2pが局在する細胞の割合が有意に低下していた (図7)。ここでキャンディン系薬剤に抵抗性となる遺伝子変異の位置 (Hotspot) とfks1-ts変異株の変異位置を比較したところ、hotspotはクラス2とクラス3の変異部位を挟むように存在した (図4下)。以上の結果からechinocandin BはFks1pのhotspot部位と相互作用することで、近接するクラス2と3の二つの異なる機能ドメインを阻害するという作用モデルを考案した。

【結論】

本研究では、出芽酵母の高次元形態情報に基づいて細胞壁の合成過程に関する解析を行い以下のような結果を得た。 (1) 1,3-β-グルカンの合成を触媒するFks1pの分子機能を解明するために、複数のfks1条件致死変異株を形態上の類似性により分類し、分子生物学や生化学的な表現型との関連解析を行うことで分子内機能ドメインを同定した。(2) 細胞壁の各成分の合成を阻害した際の形態的変化の特徴を抽出することで、阻害剤において、その効果を評価する手法の開発や新たな作用機序の提案を行った。

図1.fks7-ts変異株の温度感受性

図2.fks 1変異株の蛍光顕微鏡画像による細胞形態の定量化

全ての変異株を25。Cで対数増殖期まで培養し、その後35.5℃で4時間培養の後に回収、撮影した。一度の撮影ごとに200細胞以上を撮影し、それを5回(変異株)あるいは20回(野生型株)繰り返すことで得た画像を画像解析プログラムCalMorphを用いて定量化した。

図3.tks 1変異株の細胞形態の類似性に基づくクラスター分析。マルチスケールブートストラップ法(p>0.95)

図4一予測されたFks 1p機能ドメインのモデル図

斜線を含む灰色の長方形は細胞膜、黒い曲線はFks 1p、曲線上のシンボルはfks 1変異株の変異の位置またはEchinocandinsに抵抗性を示す変異の位置、黒い破線は予測された触媒ドメインをそれぞれ示している。

図5.(A)Echinocandin BとTunicamycin処理時の主成分負荷量の分布を主成分負荷量プロットした。阻害剤処理時の形態情報を用いた主成分分析で求める第一主成分に対する主成分負荷量をプロットした。値0を閾値として設定しパラメータを同方向パラメータ(黒シンボル〉と逆方向パラメータ(白シンボル)として定義した。(B)Echinocandin B、Tunicamycin、Micafungin処理による濃度依存的な形態変化の分布。(A)で定義した同方向/逆方向パラメータを用いて、各阻害剤の形態情報に対して個別に主成分分析を行い、第一主成分に対する主成分得点を求めて2軸にプロットした。シンボル中の色(白→黒)は処理濃度(薄→濃)を示す。

図6.EchinocandinB処理とfksf変異による形態への影響の類似性。繰り返し実験により得られた形態情報(EchinocandinB処理細胞25回[濃度5点x5回)、欣sア変異株5回、FKSf野生型株20回)のデータを順位和で正規化したのちに、主成分分析により主成分得点を算出した。三chinocandinBのシンボル中の色(白→黒)は処理濃度(薄→濃)穿示している。

図7.EchinocandinB処理が与えるSpa2-GFP局在への影響(A)出芽酵母(BY4741Δsρa2,[SPA2-GFP,URA3,CEN)をechinocandinB(1μg/ml)または溶媒DMSOを添加したSD-U液体培地中において25℃で培養し、4mMpropidium iodideで死細胞を染色したのちに生細胞におけるSpa2-GFPの局在を観察した。矢頭:Spa2-GFPが局在していない芽。Bar=5μm.(B)Spa2-GFPの局在している細胞の割合。計測は一回につき300細胞以上、3回の繰り返し実験から得た。*:有意な変化(t検定、Bonferroni補正後の有意水準5%未満)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章では高次元表現型解析による1,3-β-グルカン合成酵素の触媒サブユニットFks1pの分子解剖、第2章では2.細胞壁合成に関する化学遺伝学的解析について述べられている。

出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの細胞壁は、細胞を形作る細胞外マトリクスである。細胞壁は複数の構成成分が組み合わさったネットワーク構造体であり、各成分の合成が外部環境の変化や細胞周期に併せて制御されることで、細胞形態を適切に維持している (Cabib et al. 2001)。このように細胞形態の解析は、細胞壁の合成異常を直接モニターできると考えられるが、これまでの細胞壁研究においては、細胞形態の解析は一般的に定性的な観察に限定されていた。

酵母の形態を定量的に解析するために、既に複数の細胞構造 (核、アクチン、細胞壁) を同時染色し得られる顕微鏡画像を基にしたイメージング解析手法が開発されていた (Ohya et al. 2005)。ここではCalMorphと呼ばれる画像解析プログラムを使用し画像から、501次元の高次元で大規模な情報を得ているが、このような情報はそのままでは多くのノイズを含んでおり、直接的に生物学的な意義や発見を得ることは難しい。ここから本質を抽出するためには、統計的な手法に基づくデータの分類や圧縮といったデータ処理が不可欠である (Ohnuki et al. 2007, and Ohnuki et al. 2012) 。

本論文では、細胞壁の異常をモニターするために出芽酵母の高次元形態情報に着目し、定量的な手法に基づいて解析を行った。具体的には、細胞壁の構成成分である1,3-β-グルカンの合成を触媒するFks1pに関して、複数のfks1条件致死変異株を形態情報から定量的に分類し、分子内機能を解明した。さらに、複数の細胞壁合成阻害剤を用いて、各成分の合成を阻害した際の形態的情報に主成分分析を応用しデータ圧縮を行い、形態情報に基づく阻害剤の効果の評価や作用機序に関して解析した。

【結果と考察】

1.高次元表現型解析による1,3-β-グルカン合成酵素の触媒サブユニットFks1pの分子解剖

1-1 複数のfks1変異株の細胞形態の定量化と分類

Fks1pは細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカンを合成する1,3-β-グルカン合成酵素 (GS) の触媒サブユニットである。Fks1pはグルカン合成とは無関係にエンドサイトーシスの異常も引き起こすことから (deHart et al. 2003)、多機能タンパク質であると考えた。Fks1pの機能を分類し理解するために以前に当研究室で単離した10種類のfks1温度感受性 (fks1-ts, fks2Δ) 変異株を解析対象に選び、その細胞形態を定量化し分類することにした。ここで予期せぬ突然変異による細胞形態への影響を抑えるために、1倍体変異株を掛け合わせてホモ2倍体の株を作成した。作成した全ての2倍体株を25℃で培養したのちに、増殖が阻害される温度条件 (35.5℃) にて4時間培養、固定、染色を行った後に、蛍光顕微鏡画像を繰り返し撮影した (1回につき200細胞以上、野生型株20回、変異株5回)。得られた画像を基に、CalMorphを用いて細胞構造 (細胞壁、核、アクチン) に関する501種類の定量的な情報 (501パラメータ) を取得した。得られた値を基に形態の類似性に基づくクラスター分析を行ったところ3つの変異株クラスが検出された。興味深いことに、各クラスでは、温度感受性の原因となる変異の位置が互いに近接していた。このことはFks1pが機能ドメインをもちそれぞれに異なる機能を持っていることを示唆していた。

1-2 fks1変異株クラスごとに特徴的な表現型の解明

示唆されたFks1pの機能ドメインについて、各クラスにおける形態以外の表現型と比較することで特徴づけを行った。クラス1に分類された2つの変異株は、in vivoでのグルカン合成基質の取り込み量が低下していたことから、細胞内におけるグルカン合成に異常を示すことが明らかになった。クラス2に分類された3つの変異株は、アクチンの脱局在および大きく丸い細胞形態を示し、アクチン細胞骨格と非依存的に制御されるタンパク質Spa2pの脱局在が見られたことから、細胞極性の喪失が示唆された。クラス3に分類された4つの変異株はin vitro およびin vivoでGS活性が低下していた。以上のように本論文ではfks1-ts株クラスの表現型を基にFks1pの複数の機能ドメインを同定した。

2.細胞壁合成に関する化学遺伝学的解析

2-1 細胞壁の構成成分の合成阻害剤処理による濃度依存的な形態変化の評価

高次元形態情報を適用して細胞壁に関する表現型解析を行うために、まずは細胞壁の各成分の合成を阻害した場合の形態変化を評価した。阻害剤としてechinocandin B, tunicamycin, nikkomycin Zを野生型酵母 (his3Δ) に対して個別に処理することで、細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカン, マンノプロテイン, キチンの合成過程を阻害した。阻害剤処理の形態変化をより高精度に観察するために、5ないし6段階の濃度で酵母細胞を処理した際の形態情報を繰り返し取得し (濃度1段階につき200細胞以上、5回)、得られた形態情報に対し連続的な主成分分析 (Ohnuki et al. 2012) を適用することによって濃度依存的かつ独立に変化する形態成分を抽出したところ、3つの阻害剤間の全てに共通するものはなかった。

2-2 阻害剤処理による形態的および生理学的効果の解析

3つの阻害剤間の全てに共通する形態成分が見つからなかったことから、阻害剤処理による形態変化の特異性は、その作用機序の特異性を反映する可能性を考えた。そこで異なる阻害剤処理による形態変化の特異性を表すために、主成分分析により算出される変数である主成分負荷量に着目した。この値は、薬剤処理により濃度依存的に変化する第一主成分に対する各パラメータの相関係数である。この値の符号を基に二つの異なる薬剤処理に対して同/逆方向に変化する2種類のパラメータ(同方向/逆方向パラメータ)を定義して501パラメータを二つに分類した。得られた分類に沿って主成分分析を行うことで二つの軸ならびにそれらから成る平面を設定しechinocandin Bとtunicamycin処理のデータに適用したところ、期待通り二つの薬剤処理による形態変化は濃度依存的に異なる方向に展開された。さらにこの平面上にechinocandin Bのアナログであるmicafungin処理による結果をプロットすると明らかにechinocandin Bと類似していたことから、この平面は形態変化のみでなく作用機序の類似性も同時に反映していた。

2-3 阻害剤の細胞内標的および作用機序に関する解析

今回使用した阻害剤は、細胞内の作用標的が既知であるが、標的分子の機能阻害が形態上に反映されているかを知るために薬剤の処理濃度依存的な形態変化と非必須遺伝子破壊株の形態変化の類似性評価法 (Ohnuki et al. 2010) を適用した。その結果tunicamycinとnikkomycin Zに関しては既知の細胞内標的 (ゴルジ体マンノース転移酵素複合体、キチン合成酵素) をコードする遺伝子破壊株との有意な類似性が見つかったが、一方でechinocandin Bでは標的であるFKS1およびFKS2破壊株との有意な類似性が見られなかった。この結果の原因としてこれら二つの遺伝子の機能的な重複が、単独の遺伝子破壊による表現型を相補することが考えられるため、1-1で取得したfks1-ts株 (fks1-ts, fks2Δ) の形態と比較することにした。ここではfks1-ts株の形態情報を基に主成分分析を行うことで得られた変異株クラスを分ける平面上にechinocandin Bの濃度依存的な形態変化をプロットすることで比較した。

Echinocandin Bを含むキャンディン系薬剤は真菌の1,3-β-グルカン合成阻害剤であり、その処理による形態変化は1,3-β-グルカン合成触媒機能に異常のあるクラス3変異株と当然類似すると想定していたが、驚いたことに細胞極性に異常のあるクラス2と類似していた。この類似性からechinocandin B処理は細胞極性の異常を引き起こすという仮説を立て、薬剤処理時におけるSpa2pの局在を観察した結果、出芽した細胞においてSpa2pが局在する細胞の割合が有意に低下していた。ここでキャンディン系薬剤に抵抗性となる遺伝子変異の位置 (Hotspot) とfks1-ts変異株の変異位置を比較したところ、hotspotはクラス2とクラス3の変異部位を挟むように存在した。以上の結果からechinocandin BはFks1pのhotspot部位と相互作用することで、近接するクラス2と3の二つの異なる機能ドメインを阻害するという作用モデルを考案した。

本論文をまとめると次のようになる。即ち出芽酵母の高次元形態情報に基づいて細胞壁の合成過程に関する解析を行い以下のような結果を得た。 (1) 1,3-β-グルカンの合成を触媒するFks1pの分子機能を解明するために、複数のfks1条件致死変異株を形態上の類似性により分類し、分子生物学や生化学的な表現型との関連解析を行うことで分子内機能ドメインを同定した。(2) 細胞壁の各成分の合成を阻害した際の形態的変化の特徴を抽出することで、阻害剤において、その効果を評価する手法の開発や新たな作用機序の提案を行った。これらの研究は、細胞壁を有する生物における普遍的な細胞壁合成の役割と増殖制御機構に関する知見に貢献すると期待できる。

なお、本論文第1章の一部は阿部充宏、浅川雅代、平田愛子、門田裕志、森下加奈、大貫慎輔、野上識、大矢禎一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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