学位論文要旨



No 129532
著者(漢字) 早川,豪人
著者(英字)
著者(カナ) ハヤカワ,ヒデト
標題(和) Beet severe curly top virusのウイルス鎖にコードされる遺伝子の発現活性化機構の解析
標題(洋)
報告番号 129532
報告番号 甲29532
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第877号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 准教授 鈴木,匡
 東京大学 特任准教授 大島,研郎
 東京大学 客員准教授 中島,信彦
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

植物DNAウイルスであるジェミニウイルスは、マストレウイルス属、ベゴモウイルス属、クルトウイルス属、トポクウイルス属の4属に分類される。ウイルスゲノムは環状1本鎖DNAであり、塩基長は約3 kbで、植物の核内で2本鎖環状の複製中間体となる。ウイルス遺伝子のORFは、ウイルス鎖 (V鎖)と相同なmRNA (V-mRNA)と、V鎖の相補鎖 (C鎖)と相同なmRNA (C-mRNA)にそれぞれにコードされる(図1)。すべてのジェミニウイルスは、V-mRNAに粒子形成や細胞間移行など感染後期に必要となるタンパク質をコードし、C-mRNAにウイルスゲノムの複製や宿主細胞の細胞周期調節など感染初期に必要なタンパク質をコードする。ゲノム上には遺伝子をコードしていない遺伝子間領域があり、ベゴモウイルス属やマストレウイルス属では、この領域がV鎖、C鎖それぞれの遺伝子発現を調節している (図1)。

ウイルスの生存戦略において、感染時期に合わせ時期特異的に必要なタンパク質を発現することは重要である。ベゴモウイルス属では、C鎖にコードされ感染初期に発現するAC2タンパク質がV鎖遺伝子のプロモーターに作用し、感染後期にV-mRNA転写を活性化させることが報告されている。マストレウイルス属では、C鎖にコードされ感染初期に発現するRepAタンパク質が宿主のretinoblastoma related protein (RBR)と結合することで、転写因子E2Fを活性化し、E2Fが遺伝子間領域の配列と結合してV-mRNAの転写を活性化させるモデルが提唱されている。

一方、Beet severe curly top virus (BSCTV)を含むクルトウイルス属では、V鎖遺伝子発現の活性化機構は未解明であった。そこで本研究では、BSCTVのV鎖遺伝子の発現を活性化するウイルスタンパク質の同定と、発現活性化に関与するシスエレメントの特定を行った。

【結果と考察】

1.V-mRNAの転写開始点の解析

BSCTVのV鎖遺伝子の発現機構を解析するためには、各遺伝子のプロモーター配列を特定する必要があるが、各V-mRNAの転写開始点は不明であった。5'-RACE法を用いた解析の結果、V1, V2, V3-mRNAすべてに転写開始点が見いだされた。V2, V3-mRNAについてはそれぞれ約30塩基上流にTATA boxが存在したが、V1-mRNAの転写開始点上流にはTATA boxが認められなかった。

2.V鎖遺伝子発現を活性化するウイルスタンパク質の同定

(a) BSCTVによるV鎖遺伝子の活性化

V鎖遺伝子の発現を活性化するタンパク質がBSCTVに存在するかを解析した。各V鎖遺伝子上流配列 (図1)にホタルルシフェラーゼ (Fluc)遺伝子を接続したコンストラクトを作製し、BSCTV感染性クローンと共にアグロバクテリウムを用いてNicotiana benthamianaの葉の細胞に導入し、発現したFluc活性を3日後に測定した。その結果、BSCTV感染性クローンは、V鎖遺伝子上流配列に制御されるFluc活性を有意に上昇させた (図2)。

(b) V鎖遺伝子発現活性化に関与するウイルスタンパク質の同定

V-mRNAにはウイルス感染後期に必要となるタンパク質がコードされている。感染性クローンによってV鎖遺伝子発現が上昇したため、V鎖遺伝子発現を活性化するウイルスタンパク質は、感染初期に転写されるC-mRNAにコードされることが推測された。そこで、V鎖遺伝子上流配列にFlucを接続したコンストラクトと、各C鎖遺伝子をそれぞれ発現するコンストラクト (エフェクター)を作製し、エレクトロポレーション法を用いてタバコ培養細胞 (BY-2)プロトプラストへ共導入し、Fluc活性を16時間後に測定した。その結果、エフェクターとしてC1発現コンストラクトを共導入した場合にのみ、ネガティブコントロールであるGUS発現コンストラクトを共導入した場合と比較してFluc活性が有意に上昇した (図3A)。一方、BSCTVとは別のウイルスであるCauliflower mosaic virus (CaMV)の35Sプロモーター配列をつないだFlucコンストラクトでは、C1による遺伝子発現の活性化は認められず (図3B)、C1による遺伝子発現はBSCTVのプロモーター配列特異的であることが示唆された。

(c) 転写量の解析

V鎖遺伝子上流配列につないだFlucコンストラクトはC1によって発現が活性化されたが、これがmRNAの蓄積量増加によるかを検証するため、Fluc遺伝子のmRNA量をリアルタイムRT-PCRを用いて解析した。その結果、いずれのV鎖上流配列に接続したFlucコンストラクトにおいても、ネガティブコントロールを共導入した場合と比較して、C1を共導入した場合の方が有意にmRNAの蓄積量が高く(図4)、遺伝子発現の活性化はmRNA量の増加であることが示唆された。

(d) C1のRNAサイレンシングサプレス能の有無

多くの植物ウイルスは、宿主植物の防御応答のひとつであるRNAサイレンシングを阻害するサプレッサータンパク質をコードしている。C1によるmRNA蓄積量の増加が、RNAサイレンシングサプレス能によるmRNAの分解の抑制である可能性を検証するため、一過的にRNAサイレンシングを誘導する実験系を用いて、C1のRNAサイレンシングサプレス能を検証した。その結果、C1にはRNAサイレンシングサプレス能は認められず、mRNA蓄積量の増加はC1による転写活性化であることが示唆された。

3.V3上流配列のシスエレメント解析

(a) V3上流配列の欠失変異によるシスエレメント領域の解析

V鎖遺伝子上流配列をつなげたFlucコンストラクトはいずれもC1によって転写が活性化されたことから、各上流配列に転写活性化に関与する配列が存在することが予測された。そこで、各上流配列に共通するV3の上流配列について、転写活性化に関与する塩基配列の特定を試みた。まず、5'末端側から約50 bp単位で欠失領域を増やした欠失V3上流配列にFlucを接続し、Fluc活性を測定した。その結果、C1共導入によるFluc活性の上昇は、完全なV3上流配列コンストラクトではネガティブコントロールの約2.74倍であるのに対し、欠失塩基が50~250 bpのV3上流配列コンストラクトではいずれも約1.30倍であった。したがって、V3の上流配列5'末端側から約50 bp以内にシスエレメントがあることが示唆された (図5A)。

C1は、複製に関与するタンパク質として同定されたが、その知見では、V3遺伝子上流配列に含まれる遺伝子間領域にはC1が結合する塩基配列が2種類存在する。すなわち、ローリングサークル型のウイルスゲノム複製の起点となるnickサイトを含むステムループ構造を形成する塩基配列、そのステムループ構造の5'末端上流近傍に存在するTTGGGTGCTタンデムリピート配列である。また、シスエレメント予測ソフトであるPLACEを用いてV3上流配列を解析した結果、マストレウイルス属でRepAを介してV鎖遺伝子発現の活性化に関与すると推測される転写因子E2Fが結合する塩基配列が2つ推定された。そこで、以上3種類の塩基配列のうち、それぞれ1種類を欠失したV3上流配列にFlucをつないだコンストラクトを作製し、C1共導入によるFluc活性の活性化を測定した。その結果、TTGGGTGCTタンデムリピート配列を欠失したコンストラクトでは1.36倍、nickサイトを欠失したコンストラクトでは1.62倍、ステムループ構造全体を欠失したコンストラクトでは1.72倍であり、いずれも完全なV3上流配列コンストラクトの2.70倍よりも低かった。なお、タンデムリピート配列はV3上流配列の5'末端側の50 bp内に存在する。一方、E2F結合サイトを欠失したものについては約2.47倍であり、完全なV3上流配列と明瞭な差がなかったため、E2F結合サイトはC1による転写活性化には関与しないことが示唆された (図5B)。

(b) シス配列を35Sコアプロモーターに結合した場合の影響

ステムループ構造を形成する配列と、タンデムリピート配列が、C1によるV鎖遺伝子の転写活性化のシスエレメントとして機能するか調べるため、CaMVの35Sコアプロモーター上流に各シスエレメントを接続しFlucのプロモーターとしたコンストラクトを作製し、C1を共導入してFluc活性を測定した。その結果、ステムループを形成する配列とタンデムリピート配列の両方を含む配列をつないだコンストラクトでは、C1 を共導入した場合Fluc活性が有意に上昇した (図6)。一方、各々の配列を単独でつないだ場合ではC1による活性化が認められなかったため、C1による転写活性化にはこれら2つのシスエレメントが共に必要であることが示唆された。

【結論】

本研究では、クルトウイルス属のBSCTVゲノムのV鎖遺伝子発現をFlucを用いたレポーターアッセイによって解析し、C鎖にコードされるC1タンパク質が遺伝子発現を活性化することを明らかにした。さらに、リアルタイムRT-PCRによりmRNA蓄積量の増加を示し、RNAサイレンシングアッセイによってそれがmRNA分解ではないことを示した。従って、C1はV鎖mRNAの転写を活性化することが示唆された。

V3上流配列の詳細な解析により、5'末端側の50 bp領域に存在しC1が結合すると考えられているTTGGGTGCTタンデムリピート配列と、ローリングサークル型のウイルスゲノム複製時の複製開始点となるnickサイトを含むステムループを形成する配列が、共にC1による活性化に関与することが示唆された。一方、転写因子E2Fが結合すると予測された領域を欠失した場合では、V鎖上流配列の活性化に顕著な影響は認められなかった。以上の結果、クルトウイルス属のBSCTVは、ベゴモウイルス属やマストレウイルス属とは異なるV鎖遺伝子発現活性化機構を有することを明らかにした。

図1. BSCTVのゲノム構造,全長2926 bp

灰色の円;V鎖, 黒の円;C鎖, V1~V3 ; ウイルス鎖(V鎖)遺伝子, C1~C4 ; 相補鎖(C鎖)遺伝子, 円弧状の矢印はORFとその向きを示す

図2. 各V鎖上流配列をFlucについないだコンストラクトのBSCTV感染性クローンによる影響.

N ; ネガティブコントロール, B; BSCTV感染性クローン B; BSCTV感染性クローン * p<0.05, **p<0.01

図3. (A) BY-2プロトプラストへV鎖上流配列にFlucをつないだコンストラクト(V1~3)と各C鎖遺伝子発現コンストラクト(C1~4)を共導入後のFluc活性

(B) CaMVの35Sプロモーター配列にFlucをつないだコンストラクトとC1発現コンストラクトを共導入後のFluc活性,G; GUS, B; BSCTV感染性クローン **p<0.01

図4. リアルタイムRT-PCRを用いたFluc-mRNA蓄積量の測定, L-25 ; Nicotiana tabacumのリボソームタンパク質, ** p<0.01

図5. (A) V3上流配列の5'末端配列を約50 bpずつ削った配列をFlucにつないだコンストラクトでのFluc活性測定図, (B) V3上流配列の特定領域を欠失した配列にFlucをつないだコンストラクトのFluc活性の測定, 下の数字はGUSを共導入したFluc活性を1とした場合のC1を共導入したFluc活性の割合

図6. シスエレメント配列を35Sコアプロモーターにつないだ配列をFlucにつないだコンストラクトでのFluc活性測定図, *p<0.05

審査要旨 要旨を表示する

ウイルスの生存戦略において、感染時期に合わせ時期特異的に必要なタンパク質を発現することは重要である。本論文は、ジェミニウイルス科クルトウイルス属ウイルスのゲノム複製中間体DNAのウイルス鎖にコードされ感染後期にはたらく遺伝子群に着目し、その発現活性化に関わる遺伝子がウイルスゲノムの相補鎖にコードされるC1遺伝子であることを明らかにし、さらにはその活性化に関与するウイルス鎖遺伝子プロモーターのシス配列を明らかにしたものであり、クルトウイルス属ウイルスの感染機構の解明に大きく貢献するものである。

本論文は5章から成り、第I章は緒言、第II章はBSCTVのV鎖mRNAの転写様式の解析、第III章はV鎖遺伝子発現を活性化させるウイルスタンパク質の特定、第IV章はV鎖遺伝子の転写活性化に関与するシス配列の特定、第V章は統合考察となっている。

第I章では、研究の背景と目的を概観した。植物DNAウイルスであるジェミニウイルスは、マストレウイルス属、ベゴモウイルス属、クルトウイルス属、トポクウイルス属の4属に分類される。ウイルスゲノムは環状1本鎖DNAであり、塩基長は約3 kbで、植物の核内で2本鎖環状の複製中間体となる。ウイルス遺伝子は、ウイルス鎖(V鎖)と相同なmRNA (V鎖mRNA)上と、V鎖の相補鎖(C鎖)と相同なmRNA (C鎖mRNA)上にそれぞれコードされる。ジェミニウイルスは、V鎖mRNAに粒子形成や細胞間移行など感染後期に必要となるタンパク質をコードし、C鎖mRNAにウイルスゲノムの複製や宿主細胞の細胞周期調節など感染初期に必要なタンパク質をコードする。ゲノム上には遺伝子をコードしていない遺伝子間領域があり、この領域がV鎖、C鎖それぞれの遺伝子発現を調節している。Beet severe curly top virus (BSCTV)を含むクルトウイルス属では、V鎖遺伝子発現の活性化機構は未解明であった。そこで本研究では、BSCTVのV鎖遺伝子の発現を活性化するウイルスタンパク質の同定と、発現活性化に関与するシスエレメントの特定を行った。

第II章では、BSCTVのV鎖遺伝子の発現機構を解析した。そのためには、各遺伝子のプロモーター配列を特定する必要があるが、各V鎖mRNAの転写開始点は不明であった。5'-RACE法を用いた解析の結果、V1, V2, V3-mRNAすべてに転写開始点が見いだされた。

第III章では、まず、V鎖遺伝子発現を活性化する遺伝子がウイルスゲノム上にコードされることを明らかにした。次いで、V鎖遺伝子上流配列にFlucを接続したコンストラクト(レポーター)と、各C鎖遺伝子をそれぞれ発現するコンストラクト(エフェクター)を作製し、エレクトロポレーション法を用いてタバコ培養細胞(BY-2)プロトプラストへ共導入し、Fluc活性を16時間後に測定した。その結果、エフェクターとしてC1発現コンストラクトを共導入した場合にのみ、ネガティブコントロールであるGUS発現コンストラクトを共導入した場合と比較してFluc活性が有意に上昇した。一方、BSCTVとは別のウイルスであるCauliflower mosaic virus の35Sプロモーター配列をつないだFlucコンストラクトでは、C1による遺伝子発現の活性化は認められず、C1による遺伝子発現はBSCTVのプロモーター配列特異的であることが示唆された。さらに、この遺伝子発現の活性化がmRNA蓄積量の上昇によるものであること、mRNAを安定化させるRNAサイレンシング抑制能がC1には無くC1はV鎖mRNAの転写レベルを増大させる可能性が高いことを示した。

第IV章では、各V鎖遺伝子上流配列に共通するV3の上流配列について、C1による転写活性化に関与する塩基配列の特定を試み、V3の上流配列5'末端側から約50 bp以内にシスエレメントがあることが示唆された。C1は、複製に関与するタンパク質として同定されたが、V3遺伝子上流配列に含まれる遺伝子間領域にはC1が結合する塩基配列が2種類存在する。すなわち、ローリングサークル型のウイルスゲノム複製の起点となるoriを含むステムループ構造を形成する塩基配列、そのステムループ構造の5'末端上流近傍に存在するタンデムリピート配列である。以上の塩基配列のうち、それぞれ1種類を欠失したV3上流配列にFlucをつないだコンストラクトを作製し、C1共導入によるFluc活性の活性化を測定した結果、いずれもV鎖遺伝子上流配列の転写活性化に必要であった。

第V章では、C1による転写活性化に関与する宿主因子に関する考察、ジェミニウイルスの進化に関する考察等を行った。

なお、本論文の研究内容は、宇垣正志、鈴木匡、平塚和之、小倉里江子各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験のデザイン、実験の実施、結果の解釈、既存の知見との比較考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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