学位論文要旨



No 129537
著者(漢字) 内山,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,ナオキ
標題(和) ボラノホスホトリエステル法によるリン原子の立体を制御したボラノホスフェートDNAの合成
標題(洋)
報告番号 129537
報告番号 甲29537
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第882号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 教授 野崎,京子
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 泊,幸秀
 東京大学 准教授 鈴木,穣
内容要旨 要旨を表示する

<1. 諸言>

ボラノホスフェートDNAは、天然型DNAのリン酸ジエステル結合の非架橋酸素原子のうちの一つをボラノ基 (BH3) に置換した誘導体である (Figure 1)。ボラノホスフェートDNAは、生体内に存在するヌクレアーゼ耐性に優れ、さらに、アンチセンス法などの遺伝子発現抑制法にも応用可能であることから、癌などの遺伝関連疾病の治療を目的とした「核酸医薬」として極めて有望な核酸類縁体として注目されている。そのため、ボラノホスフェートDNAの大量入手が可能な化学合成法を開発することは、今後の医学および薬学の発展のためにも大きな意義をもつ。

これまでに数多くのボラノホスフェートDNAの合成法が報告されてきたが、未だに解決されていない課題として、ボラノホスフェートDNAの構造中に含まれる不斉リン原子の立体制御が挙げられる。ホスホロチオエートDNAなど、ボラノホスフェートDNAと同様に不斉リン原子を有する核酸誘導体は、不斉リン原子の絶対立体配置によって物理化学的および生化学的性質に差が生じることが知られている。そのため、ボラノホスフェートDNAの不斉リン原子の絶対立体配置も、核酸医薬の分子設計を行なう上では極めて重要な要素になると考えられている。

このような背景から、本研究では、これまでに成し得ていない、リン原子の立体を制御したボラノホスフェートDNAの合成法を確立し、今後の当該分野の発展に貢献することを目指すこととした。

<2. 合成戦略>

当研究室で開発したオキサザホスホリジン法は、不斉リン原子を有する種々のリン酸部位修飾型核酸の立体制御を可能とする手法であるが、本手法はボラノホスフェートDNAの合成には適さない。その最大の原因となっているのが、ホスファイト誘導体に対するボラノ化の際に進行する副反応である (Scheme 1)。核酸塩基の環外アミノ基に導入されたアシル系保護基に対して、ボラノ化工程の際に還元反応が進行することが確認されている。したがって、オキサザホスホリジン法で合成可能なボラノホスフェート誘導体は、オリゴチミジル酸に限られてしまう。

このような問題を解決する手法として、ボラノホスホトリエステル法に注目した (Scheme 2)。当研究室で開発されたボラノホスホトリエステル法は、リン原子の立体制御は行なえないものの、核酸塩基部位への副反応なく、A、C、Gを含むオリゴマーを効率的に合成可能な手法である。本手法の縮合反応に立体選択性を発現させることに成功すれば、リン原子の立体を制御したうえで効率的なボラノホスフェートDNAの合成が可能な、極めて魅力的な手法になると考えられる。

ボラノホスホトリエステル法に立体選択性を発現させる手法として、リン酸部位に不斉補助基を導入することを考えた (Scheme 3)。ジアステレオマー混合物の出発物質を縮合剤によって活性化し、不斉補助基が分子内不斉求核触媒として作用することで反応系中に存在する複数の反応中間体および遷移状態にエネルギー差が生じ、最も活性化エネルギーの低いTS(trans)を経由した縮合反応が優先して進行することで、立体選択性が発現すると考えた。本研究では、Scheme 3に示す反応機構による不斉リン原子の立体制御を期待し、検討を行なったので、その結果を報告する。

<3.実験結果>

不斉補助基の骨格、縮合反応に用いる求核触媒をそれぞれ検討し、立体選択性および縮合効率の最適化を行なった。

3-1. 不斉補助基の骨格の検討

ボラノホスフェート結合の酸素原子に結合する炭素原子上に種々の置換基を導入した不斉補助基を用いて、縮合反応の立体選択性を見積もった。その結果、i-Pr基やt-Bu基といった嵩高いアルキル鎖を導入することで立体選択性が向上することを見出した。Scheme 3の機構から考察すると、嵩高い官能基が導入されることで、TScisが立体障害により不安定化し、TS(trans)を経由する縮合反応がより優先して進行したために立体選択性が向上したものと考えられる。

一方、3-nitro-1,2,4-triazol-1-yl-tris(pyrrolidin-1-yl)phophonium hexafluorophosphate (PyNTP) を縮合剤とすると、i-Pr基を有する1aからの縮合反応は速やかに進行したが、t-Bu基を有する1bからの縮合効率は35%に留まった (Scheme 4)。

3-2. 求核触媒の検討

3-1の検討で良好な縮合効率および立体選択性を示した1aを出発物質とし、種々の求核触媒A–Gを用いて、立体選択性の向上を試みた。これらの検討から、縮合反応に用いるアゾール系求核触媒の求核性の高さが縮合効率を、アゾリド中間体からのアゾールの脱離能の低さが縮合反応の立体選択性を向上させることを見出した。

このような傾向から、比較的酸性度が低く、求核性にも優れている3-cyanotriazole (4c) を縮合反応に用いたところ、優れた立体選択性および縮合効率を発現させることに成功した。得られた二量体2aから不斉補助基および他の官能基の保護基を定量的に除去し、得られた3に対して逆相HPLCによる分析を行なうことで、生成物のジアステレオマー比をRp : Sp = 88:12と算出した (Scheme 5)。

さらに、PyNTPでは縮合効率の低かった1eを出発物質としても、3-cyanotriazole (4c)を用いて反応を行なうと速やかに縮合反応が進行し、立体選択性も96:4以上と優れたものであることが確認された (Scheme 6)。

<4.結論>

本検討により、従来、立体制御のなされていなかったボラノホスホトリエステル法に立体選択性を発現させることにはじめて成功した。本手法は、既存の手法では合成困難であった、シチジン、アデノシン、グアノシンを含み、かつリン原子の立体を制御したボラノホスフェートDNAの合成も可能になると考えられる。今後、シチジン、アデノシン、グアノシン誘導体への応用を試みる予定である。

1. Naoki Uchiyama.; Toshihiko Ogata; Natsuhisa Oka; Takeshi Wada. Nucl. Nucl. Nucleic Acid, 2011, 30, 446 – 456.2. Koichiro Arai; Naoki Uchiyama; Takeshi Wada. Bioorg. Med. Chem.Lett. 2011, 21, 6285 - 6287.

Figure 1.

Scheme 1. オキサザホスホリジン法

Scheme 2. ボラノホスホトリエステル法

Scheme 3. ボラノホスホトリエステル法による立体選択性発現機構

Scheme 4.

Scheme 5.

Scheme 6.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ボラノホスホトリエステル法を用いた、立体化学的に純粋なボラノホスフェートDNAの合成について述べたものであり、三章からなる序論及び本論より構成されている。

第一章では、核酸医薬の実用化におけるボラノホスフェート核酸の有用性及び不斉リン原子の立体制御の重要性を概観し、現状でのボラノホスフェート核酸の立体選択的合成法の課題点を明確にしている。そして、これらの課題を克服するための新規不斉リン原子構築法の合成戦略を述べている。

第二章では、立体選択的なボラノホスホリル化反応の条件検討について述べている。まず、立体化学的に純粋な種々の1,2-アミノアルコールを合成した後、H-ホスホネートモノエステルと脱水縮合し、得られたH-ホスホネートジエステル誘導体をボラノホスフェートに変換することで、種々の不斉補助基が導入されたモノマーユニットの合成を達成している。さらに、H-ホスホネートジエステルのシリル化をtrimethylsilyl chloride (TMSCl) で行なうことで、副反応を伴わないモノマーユニットの合成も達成している。得られた種々のモノマーユニットと、5´水酸基遊離のチミジン誘導体を、3-nitro-1,2,4-tria- zol-1-yl-tris(pyrrolidin-1-yl)phosphonium hexafluorophosphate (PyNTP) とN,N-diisopropylet- hylamine (DIPEA) を用いて縮合し、立体選択性を算出することで、i-Pr基、t-Bu基を含む、立体障害の大きい不斉補助基を導入したモノマーユニットを用いた際に、高い立体選択性が発現することを見出している。さらに、求核触媒の検討から、4-nitroimidazole (NI)、5-cyano-1,2,4-triazole (CT) などの比較的酸性度の低い求核触媒を用いた際に高い立体選択性が発現することを、塩基の検討から、塩基性度の十分に高い塩基を用いた場合には、塩基性度と立体選択性には相関がないことを、反応溶媒の検討から、反応溶媒の極性が立体選択性に影響を及ぼし、極性の高い溶媒を用いると、立体選択性が向上する一方で、過度に高い極性の溶媒を用いた際には、縮合反応中の不斉補助基の脱離が起こり、縮合効率が低下するということを見出している。

第三章では、ここまでの検討によって確立された立体選択的な縮合反応条件を用いた、シチジン、アデノシン、グアノシンを含むボラノホスフェート二量体の立体選択的合成について述べている。まず、予め不斉補助基の導入された新規ボラノホスホリル化剤の合成について述べている。ジフェニルホスホン酸をホスホニル化剤としたボラノホスホリル化剤の合成は、総収率10%に留まったが、2-chloro-4H-1,3,2-benzodioxaphosphorin-4-oneをホスホニル化剤とすることで、総収率22%で目的物を得ている。得られた新規ボラノホスホリル化剤を用いて、チミジン、シチジン、アデノシン、グアノシンの、L-prolineから誘導した不斉補助基を導入したモノマーユニット、およびD-prolineから誘導した不斉補助基を導入したモノマーユニット、計8種類のモノマーユニットの合成を達成した。次に、8種類のモノマーユニットと、5'水酸基遊離のチミジン誘導体とを縮合し、4,4´-dimethoxytriryl (DMTr) 基、不斉補助基およびアシル系保護基を除去し、シチジン、アデノシン、グアノシンを含んだジヌクレオシドボラノホスフェートの立体選択的な合成に成功したことを述べている。

以上のように、リン酸部位に不斉補助基を導入し、縮合反応効率と立体選択性に関わる種々の因子を明らかにし、ボラノホスホトリエステル法による立体選択的な縮合反応を初めて達成し、従来の手法では困難であった、シチジン、アデノシン、グアノシンを含み、かつリン原子の立体を制御したボラノホスフェートDNAの合成が可能であることを示した。

この成果は、有機合成化学、核酸化学、医学、薬学などの諸分野の発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は、博士(生命科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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