学位論文要旨



No 129538
著者(漢字) 鍵山,侑希
著者(英字)
著者(カナ) カギヤマ,ユウキ
標題(和) c-Kitの活性化変異と融合遺伝子AML1-ETOによる白血病発症モデルの作成とその解析
標題(洋)
報告番号 129538
報告番号 甲29538
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第883号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 村上,喜則
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 特任准教授 大津,真
内容要旨 要旨を表示する

c-Kitは細胞外領域に5つのimmunogloblin-likeドメインを有し、細胞内領域にはjuxtamembraneドメイン及び2つのkinaseドメインI/IIを持つレセプター型チロシンキナーゼであり、PDGFRα/β、Flt3などとサブクラスを形成している。c-KitはレセプターとしてそのリガンドであるSCFを介して二量体を形成すると互いをリン酸化することで活性化し、下流へとシグナルを伝えることで細胞の増殖や生存に寄与している。c-Kitの発現は造血幹細胞 (HSC)、肥満細胞、生殖細胞、メラノサイト、及び腸管の蠕動運動に関わるカハール細胞に主に認められ、事実、c-Kitの機能欠損マウスとして知られるW/Wvマウスは低形成性貧血、肥満細胞、生殖細胞、メラノサイト、カハール細胞の欠損が認められる。一方で、c-Kitは血液疾患との関連性が高く、骨髄増殖生疾患 (MPN) や急性骨髄性白血病 (AML) 患者の骨髄細胞において活性化型変異がしばしば認められる。c-Kitの変異部位は様々な箇所で認められているが、とりわけkinaseドメインIIに位置する816番目のAspに集中して認められる。この816番目のAspはキナーゼの活性化ループに位置しており、Tyr、His、Asn、Valと置換の種類が多く、肥満細胞白血病、マストサイトーシス、急性骨髄性白血病など様々な疾患に関係している。

AMLは骨髄系の造血細胞が腫瘍化し、分化障害を引き起こす血液疾患である。近年、t(8;21) 転座により生ずる融合遺伝子であるAML1-ETOを認めるAML患者の46.8%にc-Kitの強発現が有意に検出される例が報告されている。AML1は造血を司る転写因子であり、主にHSCからの細胞分化を規定する一方、ETOはNervy homology region (NHR) ドメインを介しmSin3-NCoR-HDAC複合体と会合し転写活性を負に制御する因子である。融合遺伝子の形成はAML1の転写活性化ドメインが欠失しETOのNHRドメインは保たれていることから、AML1-ETOはAML1の転写活性及びそれに伴う細胞の分化に対し抑制的に働くことが知られている。

AMLの発症には細胞の増殖に関わるクラスI遺伝子、細胞の分化に関わるクラスII遺伝子の両変異が協調的に働いて進行していくという2段階仮説が提唱されており、実際にクラスII遺伝子変異であるAML1-ETOのノックインマウスはそれ単独では血液疾患の発症に至らないことが分かっている。また、クラスI遺伝子変異であるc-Kitの活性化変異は細胞に異常増殖をもたらす変異として知られていることから、マウスc-Kitの活性化変異がAML1-ETOと共存してAMLの発症を引き起こすということは、ここ一年で徐々に明らかになりつつある。

本研究では、c-Kitの活性化変異 (Kit(D814V)) とAML1-ETOをレトロウイルスベクターにより同時に骨髄細胞に導入しマウスに移植するBMTモデルの作成を行い、このモデルマウスがAMLまたはMPNを発症する事を確認した (平均発症日数23.5日±7.8日: n=8)。一方で、Kit(D814V)を単独で骨髄細胞に導入し移植したマウスはMPN (平均発症日数 29.9 日±4.8 日: n=8)、T細胞性白血病 (平均発症日数 77.5 日±13.6 日: n=4) 及びB細胞性白血病 (平均発症日数 49.7 日±6.3 日: n=3) と様々な疾患の発症を呈した他、同じAML1の変異でありAML1-ETOと同様に分化抑制をもたらす変異体として知られるAML1(S291fsX300)とKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウスはAMLを発症せず全てのマウスにおいてMPNの発症を呈した (平均発症日数 17.3 日±4.2 日: n=9)。発症マウス骨髄中の腫瘍細胞をフローサイトメトリーによって解析したところ、AML1(S291fsX300)とKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウス骨髄ではCD11b/Gr-1の強発現する成熟した骨髄系細胞の集積が認められる一方で、AML1-ETOとKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウス骨髄中ではCD11b/Gr-1の発現は低く、細胞形態的にも幼若な細胞の集積が認められた (図)。このように、AML1-ETOとKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウスは分化障害を伴って早期にAML/MPNの発症をもたらす一方で、AML1(S291fsX300)とKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウスでは同様に協調して顕著に早い期間で発症をもたらすものの、AML1という同じ遺伝子から生じた変異であるにもかかわらずAMLにみられるような骨髄細胞に分化障害が認められないことから、AML1-ETOの特徴的な構造がこの種のAMLでみられる分化障害に重要であることが改めて分かる結果となった。更に、AML1-ETOとKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウスにおいて、腫瘍化した骨髄細胞はserial transplantationにおいて継続的な白血病の発症をもたらすという結果から、発症マウスの骨髄中に腫瘍細胞を供給するとされる白血病幹細胞 (LSC) の存在が示唆される。そこで、腫瘍細胞中のLineage+細胞とLineage-細胞そしてKSL細胞をそれぞれソーティングしてマウスに移植したところ、Lineage-細胞とKSL細胞はLineage+細胞と比較しLSCの濃縮が認められた。現在のところ、AML1-ETO陽性AMLにおいて確立されたLSCの同定には至っていないため、本研究では細胞表面タンパクを中心にLSCの同定を試みるというアプローチから、腫瘍中のKSL細胞と正常KSL細胞の遺伝子発現プロファイルの作成を行い、いくつかの因子を候補に挙げた。その中の因子でも、CD200R1の発現は定量的PCRの結果、正常骨髄細胞や正常HSC、そして白血病骨髄細胞全体の発現量と比較し、白血病骨髄内に部分的に存在する幼若な細胞分画に限局して高い値を示すことが分かった。即ち、この因子は発症マウス骨髄中の幼若な腫瘍細胞に特徴的な発現パターンを有している可能性が示唆される。次にCD200R1の抗体を利用し、発症マウス骨髄のフローサイトメトリー解析を行ったところ、Lineage-の細胞分画にCD200R1の発現が高い細胞が存在し、この発現はSca-1の発現と相関していることが分かった。一方で、こうした発現パターンは正常骨髄内では認められなかった。

更に、AML1-ETO以外の種々の白血病関連遺伝子変異 (Kit(D814V)、AML1(S291fsX300)、AML1(D171N)、FLT3-ITD、BCR-ABL、MOZ-TIF2) を導入したKSL細胞のCD200R1の発現解析を行ったところ、CD200R1はこれら遺伝子変異では発現が誘導されず、その発現誘導はAML1-ETO特異的であることが分かった。また、既に報告されているFLT3-ITDとAML1-ETOとを同時に骨髄細胞に導入することで発症するAMLのモデルマウスの骨髄では、AML1-ETOとKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウス同様CD200R1の特徴的な発現上昇が認められ、この発現パターンはMOZ-TIF2を骨髄細胞に導入し移植してできるAMLモデルマウスには認められなかった。従って、CD200R1はマウスレベルにおけるAML1-ETO陽性AMLに特徴的な発現上昇を示すことが分かった。この結果を受け、limiting dilution assayによって白血病細胞中のCD200R1の発現細胞からLSCの濃縮が可能かどうかを検証したところ、Lineage-の細胞分画におけるCD200R1の発現が高い分画と低い分画のLSC frequencyに大きな差を認めることは出来なかった。従って、CD200R1の解析からLSCの同定を試みたが、CD200R1が有用なLSCマーカーとなり得る結果を得ることは出来なかった。

本研究では、AML1-ETO陽性AMLにおける有力なLSCマーカーの同定に至る事は出来なかったものの、マウスにおいてCD200R1の発現がAML1-ETO陽性AMLを特徴づける一因子であることを明らかにした。AML1-ETOによって発現誘導されるCD200R1はAML1(S291fsX300)、AML1(D171N)などの違うタイプのAML1変異に対し発現誘導が起こらないことから、AML1へのETOの付随に伴う何らかのエピジェネティックな発現調節が関わっている可能性があるが、現時点では明らかではない。AMLは多数の白血病原因遺伝子によって引き起こされ、本研究ではそのうちの一つの遺伝子変異セットにより生じるAMLの解析に過ぎない。本研究の更なる展開には、ノックアウトマウスを用いた解析やAML1-ETO陽性AMLにおいてヒト白血病検体で検証しCD200R1の発現解析を行うことが必要である。

図. AML1-ETOとKit(D814V)を同時に骨髄細胞に導入し移植したマウス骨髄は分化障害により幼若細胞の集積が認められる

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、急性骨髄性白血病の発症モデルの作成および治療モデルの確立に向けた白血病幹細胞マーカーの同定を目的とした研究である。論文の構成は、研究で用いる変異遺伝子の分子細胞学的解析から行い、in vivoによるAML1-ETOとc-Kitの活性化変異によってもたらされるAMLモデルマウスの解析、白血病幹細胞の同定を試みる為の遺伝子発現解析、そして挙がってきた因子の検証となっている。また口頭審査においては、本研究の動機や研究経緯を論理的に発表した。

論文の目的は、AML1-ETOが白血病の原因遺伝子であるにもかかわらず、それ単独で骨髄細胞に導入しマウスに移植を行っても、白血病の発症は起こらないという問題から始まっている。更に、AML1-ETO陽性AMLにおいてc-Kitの活性化変異がしばしば認められるという臨床報告があり、モデルマウスにおける検証がされていないことが研究動機となっている。これを受け本研究は、用いる変異遺伝子の分子細胞学的な特徴を調べるところから始まっており、基礎的な解析をしっかり行っていることが伺える。

また、モデルマウスを作成することでAML1-ETOとc-Kitの活性化変異が協調してAMLの発症をもたらすことを示し、この発症マウスから繰り返し移植によって白血病幹細胞の存在を見出した。現在、白血病幹細胞の存在は細胞表面タンパクを中心に特異的マーカーが盛んに同定されている。本研究では、発現解析によって白血病細胞の未熟な分画に発現している分子を数種類同定し、そのうちCD200R1に注目して研究を行った。この発現解析において、口頭審査では条件検討の不足が議論されたが、白血病幹細胞の薬剤耐性能を利用したin vitro実験を更なる発現解析の条件に加えるなどの回答をしており、問題を受けよく考えて討論を行っていたといえる。

残念ながら、CD200R1は目的とした白血病幹細胞マーカーとしては使用できないことが示されたが、AML1-ETOの下流で発現が高まることが判明した。CD200R1が白血病幹細胞マーカーかどうかを実証するために、細胞形態、細胞周期、幹細胞マーカー及びマウス発症率と、様々な角度から実験を行った。また、CD200R1がAML1-ETOの下流で発現することについても、in virto、in vivo両面から検証しており、本論分は幹細胞研究として十分な検証がなされていると考えられる。

また、AML1-ETO陽性AMLにおいてc-Kitの活性化変異以外にしばしば認められるFLT3-ITDとAML1-ETOを同時に骨髄細胞に発現させ移植したマウスでは、CD200R1の発現パターンが異なっていた。このマウスでは、未熟な細胞分画においてCD200R1の発現量が高い細胞がメジャー集団であり、限定的ではあるが、更に解析を試みる余地があると考えられる。今後、本実験系を利用し、白血病幹細胞の特徴に基づいて幹細胞マーカーの同定が成功することが期待される。

尚、本研究の発現解析の部分は東京大学先端科学技術研究センターの油谷浩幸先生、CD200R1のコンストラクトは理化学研究所の佐藤克明先生との共同研究によって提供していただいたものであり、研究主体は論文提出者本人による分析、検証を行ったものであると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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