学位論文要旨



No 129540
著者(漢字) 菅野,敦夫
著者(英字)
著者(カナ) カンノ,アツオ
標題(和) Toll-like receptor 7の局在と機能の連関についての解析
標題(洋)
報告番号 129540
報告番号 甲29540
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第885号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 川口,寧
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

免疫系は自己と非自己を認識し、非自己を選択的に排除する役割を持った生体機能である。免疫系は獲得免疫系と自然免疫系が備わっている。獲得免疫系は遺伝子再構成により多くの非自己に対する抗原を認識することが可能である。一方、自然免疫系は抗原の構造をパターン認識する免疫担当分子で構成され、無脊椎動物からヒトを含む脊椎動物まで保存された生体防御機構である。この自然免疫担当受容体のうち、Toll-like receptor(以下、TLR)は重大な発見であった。

哺乳類のTLRは約10種類からなり、認識するリガンドの種類と局在によりTLRの分布が大きく異なる。TLR3,TLR7,TLR8,TLR9は細胞内部に局在しているとされており、ウイルスや病原体由来の核酸を認識する。しかし、これらTLRは外来病原体の感染を防御する一方で、自己に由来する物質が内因性リガンドとなり慢性的な炎症を引き起こす可能性が指摘されている。実際に、全身性エリテマトーデス(以下、SLE)モデルマウスの病変は核酸タンパク複合体がTLR7やTLR9を活性化させ、核酸に対する自己抗体の過剰な産生が要因とされている。また、SLEモデルとして知られているMRLlpr/lprマウスをTLR7欠損させた場合、抗核抗体の1つである抗Sm抗体の産生量が減弱し、脾腫も改善することが報告されている。このように生体は相同性の高い核酸を認識するTLRを厳密に制御する必要がある。

TLR7の応答性はRNaseやUnc93 homolog B1(以下、Unc93B1)、cathepsinによって適切に制御されている。しかし、TLR7応答の制御機構は細胞株に強制発現もしくはTLR7欠損マウスを用いた報告が大多数であり、内在性TLR7がどのように応答性を制御されているのか解析されていない。

本研究において私は内在性TLR7を検出するために、抗TLR7モノクローナル抗体の作製を試みた。そして、私は世界で初めて実用的な抗TLR7抗体を2クローン樹立した。これら樹立した抗TLR7抗体は内在性TLR7をフローサイトメトリーや免疫沈降で検出でき、共焦点顕微鏡による観察もできる。この特性をもつ抗TLR7抗体により、以下のような新たなTLR7の機能と分布を明らかにした。さらに、TLR7を標的とする臨床応用への新たな可能性を示した。

(1)ジスルフィド結合を有したTLR7は切断され、その切断がTLR7応答に重要である

(2)内在性TLR7は細胞表面にも分布している

(3)樹立した抗TLR7抗体はTLR7応答を抑制する

以下、上記3点の結果と考察を示す。

結果と考察

(1)ジスルフィド結合を有したTLR7は切断され、その切断がTLR7応答に重要である

樹立した抗TLR7抗体はTLR7のN末端アミノ酸領域を認識する。しかし、抗TLR7抗体で免疫沈降した内在性TLR7は切断型TLR7のN末端タンパク質だけではなく、C末端タンパク質も検出された。そこで、私はTLR7N末端側フラグメントとTLR7C末端側フラグメントの結合に関わる要素としてジスルフィド結合の可能性を検討し、非還元処理下によるTLR7検出を行った。その結果、切断型TLR7は検出されなかった。したがって、内在性TLR7がTLR7N末端タンパク質とC末端タンパク質でジスルフィド結合していることが示唆された。ジスルフィド結合のシステイン残基を精査するために、4つのシステイン残基(C98、C445、C475、C722)を候補として挙げ、これらシステイン残基をセリン残基に置換した変異体(C98S、C445S、C475S、C722S)を作製した。その結果、C98SおよびC475Sでは切断型TLR7は検出されず、そのTLR7応答も消失した。しかし、これらシステイン変異型TLR7の細胞内分布は野生型TLR7と比較して差はみられなかった。したがって、C98SおよびC475Sがタンパク分解酵素に抵抗性をもつ可能性が示唆された。

この抵抗性の要因はTLR7の立体構造の変化が推測される。つまり、C98およびC475が本来のTLR7の立体構造を保持するための重要なアミノ酸であり、これらシステイン残基を変異させたTLR7は本来の立体構造を維持することができないためにタンパク分解酵素の認識を免れている可能性が考えられる。また、切断型TLR7とTLR7応答の関連性に焦点をあてた場合、私はTLR7の切断アミノ酸領域を欠損させた変異型では、切断型TLR7は消失し、相関してTLR7リガンド刺激による応答性も欠失することを見出した。上述したように、C98SおよびC475Sはタンパク分解酵素に耐性をもっている可能性があり、その応答性は消失している。つまり、細胞外ドメイン領域内のTLR7切断はTLR7の機能に必須な役割であることが示された。

(2)内在性TLR7は細胞表面にも分布している

核酸認識系TLRは定常状態で小胞体に分布していると考えられている。しかし、私は骨髄細胞から誘導した骨髄系樹状細胞(以下、BM-cDC)の内在性TLR7が小胞体外に局在していることを観察した。そこで、私は抗TLR7抗体で内在性TLR7の発現および分布を種々の細胞群で検討した。その結果、従来では、小胞体に局在しているとされていたTLR7が正常な脾臓の形質細胞様樹状細胞や骨髄系樹状細胞、骨髄細胞から誘導したマクロファージ(以下、BM-MΦ)、RAW264.7細胞株で細胞表面に発現していることが検出された。

細胞表面に発現したTLR7は細胞内部と同様に機能しているのだろうか。私は正常なBM-MΦの細胞表面に発現したTLR7が切断されていることを検出している。TLR7応答にはTLR7が切断されることが必須なため、細胞表面に発現したTLR7が機能を持ち合わせている可能性が推測される。近年、病原体センサーの認識機構の解明が進むにつれて、病原体センサーは自己由来の内因性リガンドにも応答し、恒常的な炎症反応を誘導している可能性が考えられている。このような概念に基づいた場合、細胞内部のみならず細胞表面に発現したTLR7も外来病原体由来のリガンド認識だけではなく、定常状態において自己核酸を内因性リガンドとして認識し、生体内の恒常性を保っているのかもしれない。

また、細胞表面に発現したTLR7は切断されているため、エンドライソソームに存在しているcathepsinの影響を受けていることが推測される。そのため、小胞体に局在したTLR7はエンドライソソームへ移行した後に細胞表面へ分布していると考察される。私は核酸認識系TLRを小胞体からエンドライソソームへ移行させるUnc93B1やProtein associated with TLR4 (以下、PRAT4A)が細胞表面のTLR7発現に依存していることを見出している。これらの分子がTLR7をエンドライソソームから細胞表面へ分布させているのだろうか。抗PRAT4A抗体によりPRAT4AはBM-MΦの細胞表面に発現しないことが報告されている。そのため、直接的にTLR7をエンドライソソームから細胞表面へと運搬している可能性は低いと考えられる。また、抗Unc93B1モノクローナル抗体は樹立されていないため、細胞表面にUnc93B1が分布しているのか明らかにされていない。一方、Unc93B1が細胞表面に発現したTLR7と関連していない可能性も考えられる。TLR7が細胞表面へ分布するための機構を解明するために、私はRAW264.7細胞のcDNAライブラリーをTLR7が細胞表面に存在しない細胞株に遺伝子導入し、TLR7が細胞表面へ移行した細胞株を単離することで得られる分子をクローニングしようと考えている。

(3)樹立した抗TLR7抗体はTLR7応答を抑制する

近年、臨床応用としてモノクローナル抗体による抗体医薬分野が盛んに研究されている。そこで、私は抗TLR7抗体によるTLR7応答の抑制効果について検討した。その結果、抗TLR7抗体はBM-MΦ、BM-cDCや骨髄細胞から誘導した形質細胞様樹状細胞でTLR7リガンド刺激によって産生されるIL-6、TNFα、RANTESおよびI型IFNを特異的に抑制し、脾臓B細胞のTLR7応答増殖活性も抑制した。さらに、私は生体への抗TLR7抗体による影響を確かめるために、TLR7応答依存的な病態増悪を引き起こすMRLlpr/lprおよびUnc93B1 D34A変異マウス(以下、D34A変異マウス)へ抗TLR7抗体を投与した。その結果、MRLlpr/lprマウスの表現型である抗Sm抗体の産生量が抗TLR7抗体投与群において減少する傾向が示唆された。また、私は血小板減少を呈したD34A変異マウスへの抗TLR7抗体投与を実施し、コントロール抗体と比較して有意な血小板減少の改善を認めている。

なぜ今回樹立した抗TLR7抗体はTLR7応答を阻害できるのだろうか。阻害効果を抗体の観点から考察すると、抗TLR7抗体の認識部位が重要になるだろう。抗TLR7抗体のエピトープはTLR7N末端アミノ酸配列であることから、TLR7応答を特異的に阻害するためには、抗体がTLR7のN末端アミノ酸配列を認識する必要性が考えられる。

細胞表面にTLR7が存在していることが細胞あるいは生体にとってどのような生物学的な意義をもつのか、あるいは、抗TLR7抗体によるTLR7応答の阻害と細胞表面のTLR7発現がそれぞれどのように関与しているのか解明されていない。今後、私はこれらを研究課題として有用な知見を得ていく。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は世界で初めて抗TLR7モノクローナル抗体を樹立したことで、新たなTLR7の機能と分布の可能性ついて述べられている。

TLR7は核酸認識系TLRの1つであり、生体防御機構に重要な分子である。しかし外来病原体の感染を防御する一方で、全身性エリテマトーデスモデルマウスはTLR7応答依存的に病態増悪を誘発することが報告されている。それゆえ、生体内にとってTLR7応答は厳密に制御されなければならない。TLR7の応答性はRNaseやUnc93 homolog B1(Unc93B1)、cathepsinによって適切に制御されている。しかし、これらの報告は主にC末端にTagを付加させたTLR7を用いて示されてきた。TLR7のシグナルはC末端に存在するToll/IL-1R homology(TIR)ドメインを介して細胞内へ伝えられる。それゆえ、C末端にTagを標識されたTLR7はTagの存在が障害となる可能性がある。

本論文では、C末端にTagを付加させたTLR7はTagを付加させないTLR7と比較して、TLR7の応答性が低いことが示されている。これはTagを標識させたTLR7と内在性TLR7が一致した機能性を有していない可能性がある。そこで、本論文提出者は内在性TLR7をタンパク質レベルで検出するために、世界で初めて実用的な抗TLR7モノクローナル抗体を樹立している。新規に樹立した抗TLR7抗体の特徴はTLR7をフローサイトメトリーや免疫沈降で検出でき、共焦点顕微鏡による観察もできる。これらの特性をもつ抗TLR7抗体を用いて、内在性TLR7がN末端側フラグメントとC末端側フラグメントのシステイン残基を介してジスルフィド結合していることを見出した。また、一部のシステイン変異型TLR7では切断されたTLR7が検出されず、そのTLR7応答も消失した。しかし、切断型TLR7が検出されなかったシステイン変異型TLR7の細胞内分布は野生型TLR7と比較して差はみられず、このシステイン変異型TLR7はタンパク分解酵素に抵抗性をもつ可能性が示唆された。また、定常状態において、野生型TLR7の分布は小胞体のみならず、小胞体以外にも局在が観察された。そこで、本論文提出者は抗TLR7抗体を用いて、定常状態における内在性TLR7タンパク質の発現および分布を種々の細胞群で検討した。その結果、従来では、小胞体に局在しているとされていたTLR7が骨髄細胞から誘導したマクロファージで細胞表面に発現していることが検出された。次に、本論文提出者はこれら細胞表面に発現しているTLR7の機能性を検証するために、抗体による阻害効果を試みている。その結果、抗TLR7抗体がTLR7リガンド刺激によって産生される炎症性サイトカインやI型インターフェロンを抑制する効果を持ち合わせていることを見出している。しかし、抗TLR7抗体はTLR7が細胞表面に発現していない骨髄細胞から誘導した骨髄系樹状細胞や形質細胞様樹状細胞に対してもTLR7応答を阻害する。したがって、細胞表面に発現したTLR7と抗TLR7抗体による阻害効果の関連性は未解決である。TLR7が細胞表面に発現する機構やその生物学的な意義を解明するための今後の研究が期待される。さらに、抗TLR7抗体によるTLR7応答の抑制効果はTLR7応答依存的に病態増悪を引き起こす自己免疫疾患の治療に期待される知見であり、臨床応用に向けて生体への抗体投与実験の研究成果が望まれる。

なお、本論文で示されたTLR7のジスルフィド結合部位であるシステイン残基が及ぼすTLR7応答への影響は、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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