学位論文要旨



No 129541
著者(漢字) 栗原,京子
著者(英字)
著者(カナ) クリハラ,キョウコ
標題(和) サルエイズモデルにおいて誘導される細胞傷害性T細胞のT細胞受容体遺伝子に関する研究
標題(洋)
報告番号 129541
報告番号 甲29541
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第886号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 客員教授 間,陽子
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 准教授 松田,浩一
内容要旨 要旨を表示する

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)やサル免疫不全ウイルス(SIV)の複製抑制には、細胞傷害性T細胞(CTL)が中心的役割を担っており、ウイルス特異的CTLを誘導することはエイズワクチン開発において重要である。CTL誘導型予防エイズワクチンは、ワクチン接種により抗原特異的メモリー細胞を誘導し、感染した際の体内ウイルス量を減らすことで、エイズ発症や感染伝播を防ぐ目的で開発が進められている。このCTL誘導型ワクチンではウイルスベクターが有効な抗原デリバリーツールとして考えられており、所属研究室ではセンダイウイルス(SeV)ベクターを用いてビルマ産アカゲザルで効果的にSIV特異的CTLが誘導されることを確認している。

本研究では、ワクチン接種プロトコールの最適化に向け、SeVベクターを用いて有効な抗原特異的CTLを誘導することを目指して研究を行った。抗原特異的メモリー細胞を維持して、持続的に高い抗原特異的CTL頻度を維持する為には、ワクチンを複数回接種することが有効と考えられる。しかし、ウイルスベクターワクチンでは、事前のワクチン接種により誘導されているベクター特異的免疫反応が、その後のワクチン接種での免疫誘導効果を妨げる可能性が危惧される。そこで、本研究では、まずビルマ産アカゲザルにSeVベクターワクチンを複数回接種し、実験に使用した個体で同定されている主要なエピトープ(Gag(241-249))に焦点を絞り、複数回接種による抗原特異的CTL頻度の維持・上昇効果を確認した。また、抗SeV抗体の解析に加え、SeV特異的CTL反応についての解析も行った。

ワクチン開発において、誘導される抗原特異的CTLの頻度と同時に、ワクチン接種によりどのようなCTLが誘導されているのかについて解析を行うことも重要である。近年の報告では、誘導されるCTLのT細胞受容体(TCR)の種類がウイルス複製制御に重要である可能性が示唆されている。そこで、ワクチン複数回接種実験によりGag(241-249)特異的CTL頻度の維持・上昇効果が確認できたが、更に実際にワクチン接種により誘導されているCTLの種類(TCR遺伝子型)に関する情報を得ることが重要と考えた。しかし、本アカゲザルモデルにおけるTCR遺伝子型の情報解析系が無かった為、次に、このTCR遺伝子型情報解析に結びつけるべく、SIVエピトープ特異的CTLのTCR遺伝子クローン樹立系を確立することとした。

I.ワクチン複数回接種により誘導される抗原特異的CTLの頻度

ワクチン接種後にSIVを感染させ、ウイルス複製を制御してから1年以上が経過した主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHC-I)ハプロタイプ90-120-Iaを共有するビルマ産アカゲザル4頭を用いた。このハプロタイプを共有する個体では、SIVの複製制御にGag(241-249)特異的CTLが深く関与していることが知られている。本研究では、この4頭にGagあるいはGagの一部を発現するSeVベクターを3週間隔で経鼻接種と筋肉内接種を併用して3回接種し、Gag(241-249)特異的CTLの頻度を解析した。また、SeVベクターに対して誘導される免疫の影響も併せて考察することが重要と考え、ワクチン接種により誘導されたSeV特異的中和抗体と同時にSeV特異的CTLについても解析した。その結果、全ての個体においてGag(241-249)特異的CTLの頻度は2度目のワクチン接種後には最初のワクチン接種後と比較して維持・上昇していることが確認された。また、3度目のワクチン接種後も、同様にワクチン接種によるGag(241-249)特異的CTL頻度の維持・上昇効果を確認することができた。本研究ではSeVベクターに対して誘導される中和抗体とCTLについても解析したが、2度目と3度目のワクチン接種直前には、高いレベルでSeV特異的中和抗体が誘導されていることが確認された。また、各ワクチン接種から1週後のSeV特異的CTLの頻度もワクチン接種を繰り返すことにより維持・上昇していることが認められた。

CTL誘導型ワクチン開発において、持続的に抗原特異的CTLの頻度を維持することは重要であるが、Gagを抗原としたSeVベクターワクチンの単回接種では、Gag特異的CTLの頻度はワクチン接種から1週後辺りにピークに達し、数ヶ月後には検出できなくなる。その為、ワクチンを複数回接種しなかった場合は、最初のワクチン接種から週が経つにつれて抗原特異的CTLの頻度が低下することが見込まれた。しかし、ワクチン接種を繰り返すことによるSeV特異的中和抗体並びにCTLの誘導量の維持・増加が認められたものの、抗原特異的CTL頻度の維持・上昇効果も認められた。このことから、ワクチン複数回接種の有効性が示唆された。

II.SIV Gagエピトープ特異的CTLのT細胞受容体の再構築

MHC-Iハプロタイプ90-120-Iaを共有するSIVmac239感染サルの末梢血より分離したリンパ球からGag(241-249)ペプチド刺激により樹立されたSIV Gag(241-249)特異的CTLクローンを用いた。このCTLクローンからRNA全量を抽出し、SMART PCR cDNA Amplification Kitによる逆転写、更にPCRを行い、TCRのα鎖並びにβ鎖をコードしているcDNAを増幅した。各鎖のcDNAをクローニングし、可変領域に関してα鎖については12クローン、β鎖については9クローンについてシークエンス解析を行った。各々の塩基配列をImMunoGeneTicsデータベースに登録されているヒトTCR遺伝子情報を用いてホモロジー検索を行った結果、α鎖については2種類(6クローン:α鎖Group I、5クローン:α鎖 Group II)、β鎖については1種類あることが分かった。また、定常領域に関してはα鎖については1種類、β鎖については2種類あることが分かった。

その後、可変領域と定常領域の各α鎖とβ鎖からPCRにより全長のα鎖とβ鎖を得、全長のTCRα鎖又はTCRβ鎖をコードしているcDNAをIRES(Internal ribosome entry site)-GFP遺伝子が組み込まれたpMXs-IRES-GFPベクターに導入した。その後、パッケージング細胞であるPlatinum-E細胞にベクターを遺伝子導入し、48時間後に培養上清に含まれる組み換えウイルスを回収した。このウイルスを10μg/mlのPolybrene存在下でTCRを欠損したマウスT細胞株であるTG40細胞に感染させ、感染2日後にSIV Gag(241-249)特異的テトラマーを用いてSIV Gag(241-249)の発現をフローサイトメーターにより解析した。

この結果、α鎖Group IIとβ鎖を用いた組み合わせにおいて、SIV Gag(241-249)特異的テトラマー陽性と思われる分画が得られた。したがって、このα鎖Group IIとβ鎖は、Gag(241-249)特異的CTLのTCRを構成する遺伝子の一つであると考えられた。

以上のように、本研究ではCTL誘導型予防エイズワクチン接種プロトコールの最適化に向け、SeVベクターを用いて有効な抗原特異的CTLを誘導することを目指して研究を行った。まず、ワクチンの複数回接種により、SeV特異的抗体並びにCTLが誘導されるものの、抗原特異的CTLの頻度が維持・上昇することを確認した。更に、誘導されるCTLの機能に関与するTCR遺伝子情報の解析に結びつけるべくTCR遺伝子のクローニングを開始し、SIV Gag(241-249)特異的CTLのTCR遺伝子クローンの一つを同定した。

図CTLの抗原認識

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章はセンダイウイルス(SeV)ベクター複数回接種実験、第2章はビルマ産アカゲザルにおけるT細胞受容体の同定について述べられている。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)やサル免疫不全ウイルス(SIV)の複製抑制には、細胞傷害性T細胞(CTL)が中心的な役割を担っており、ウイルス特異的CTLを誘導することは予防エイズワクチン開発研究において重要である。CTL誘導型予防エイズワクチン開発ではウイルスベクターが有効な抗原デリバリーツールと考えられており、論文提出者の所属研究室ではSeVベクターを用いた研究が進められている。

本論文では、CTL誘導型予防エイズワクチンとしてのデリバリーシステムSeVベクターの最適化に向け、ワクチン接種により有効な抗原特異的CTL反応を誘導することを目指して研究を行った。第1章では、抗原特異的CTL頻度の維持を目的としてSeVベクターの複数回接種を行い、ベクター特異的免疫反応の評価と共に抗原特異的CTL反応の解析を行った。第2章では、ワクチン接種により誘導されるCTLの機能を考慮し、ワクチン抗原エピトープ特異的CTLのT細胞受容体(TCR)遺伝子の同定を行った。

第1章では、短期間隔でのSeVベクターワクチン複数回接種実験について述べられている。SeVベクター単回接種では、抗原特異的CTL頻度はワクチン接種から1週後にピークを迎えた後、減衰することが既に確認されている。一方、ワクチンの複数回接種は、抗原特異的CTL反応の維持に結びつく可能性が期待されるが、ウイルスベクターワクチンでは、ワクチン接種により誘導されるベクター特異的免疫反応が、2回目以降のワクチン接種の抗原特異的CTL誘導効果を妨げる可能性が危惧される。実際、以前のアデノウイルスベクターワクチンの臨床試験の結果では、抗ベクター抗体の阻害的影響を示す結果が得られている。本研究では、3週という短期間隔で複数回SeVベクターワクチンを接種し、2度目・3度目のワクチン接種直前には高いSeV特異的抗体価を確認したが、このようなベクター特異的抗体存在下でも、抗原特異的CTL頻度の維持若しくは上昇を示す結果を得た。また、SeV特異的CTL反応の解析から、SeVベクター特異的CTLと抗原特異的CTLとの間に免疫優位性の変化が生じないことも確認した。これらの結果は、SeVベクターワクチン複数回接種の有効性を示すもので、ウイルスベクターワクチンのデリバリーシステム最適化に結びつく新規の重要な知見である。

第2章では、ビルマ産アカゲザルエイズモデルにおいてCTLの機能解析に結びつけるべく、CTLのTCRの同定を行った。ウイルス複製制御能の高いエピトープ特異的CTL(Gag(241-249)特異的CTL)が発現しているTCRクローンが一つ同定されたが、今後、他のGag(241-249)特異的TCRについても同定できれば、ワクチン接種により誘導される各Gag(241-249)特異的TCR頻度の解析や各TCRを有するCTLの機能解析に繋げることが可能となる。ビルマ産アカゲザルエイズモデルでは、MHC-Iハプロタイプ共有群の樹立が進められており、本論文は、この独自性の高いモデルにおいて初めてTCRクローン樹立系を確立した点で高く評価される。

なお、本論文は、高原悠佑、野村拓志、石井洋、岩本南、高橋尚史、井上誠、飯田章博、原裕人、朱亜峰、長谷川護、守屋智草、俣野哲朗との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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