学位論文要旨



No 129542
著者(漢字) 小谷,哲也
著者(英字)
著者(カナ) コタニ,テツヤ
標題(和) 哺乳類ミトコンドリアリボソームの生合成におけるGタンパク質の機能解析
標題(洋)
報告番号 129542
報告番号 甲29542
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第887号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 富田,野乃
 東京大学 教授 伊藤,耕一
 東京大学 教授 津本,浩平
 産業技術総合研究所 研究グループ長 富田,耕造
 東京大学 教授 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

1.背景・目的

ミトコンドリアには、核DNAとは異なる独自のDNA(mtDNA)がある。そのmtDNAにコードされた13個の蛋白質を翻訳するため、ミトコンドリアには独自の蛋白質合成系が存在し、独自のリボソームがある。哺乳類ミトコンドリアリボソームの沈降係数は55Sであり、39S大サブユニットと28S小サブユニットで構成される。核DNAにコードされたリボソーム蛋白質とmtDNAにコードされたリボソームRNA (rRNA)が組み合わさってミトコンドリアリボソームは形成されるが、その生合成機構については、アセンブリーの機序をはじめとして細胞周期とどのように連動しているかなど、あまり理解されていない。近年、ミトコンドリアリボソーム蛋白質の変異によるパーキンソン病などの神経変性疾患の発症が報告されており、その中にはミトコンドリアリボソームの生合成に異常があると示唆されているものがある。そのような疾患の発症機構を理解するには哺乳類ミトコンドリアリボソームの生合成機構の解明が必要である。

リボソームの生合成ではrRNAのプロセシングや修飾とリボソーム蛋白質の組み込みが協調的に行われている。これらの過程はhelicaseや修飾酵素、GTPaseなどの様々な生合成因子によって制御されている。本研究ではヒトのGタンパク質であるObgH1とMtg1に注目した。ObgH1はObg familiyに属しており、バクテリアのObgはリボソームの後期のアセンブリーに関与することが示唆されている。また、ObgH1はミトコンドリアに局在し、大腸菌のObg欠損を相補できることが報告されている。Mtg1はYlqF/YawG familyに属しており、バクテリアのYlqFはリボソームの後期のアセンブリーに関与することが示唆されている。酵母Mtg1は、ミトコンドリアに局在しており、欠損によりミトコンドリアの翻訳異常やミトコンドリアのrRNAの分解が見られていることから、ミトコンドリアリボソームの生合成に関与することが示唆されている。ヒトMtg1については、ミトコンドリアに局在することや酵母Mtg1の機能を相補することが報告されている。本研究ではObgH1とヒトMtg1の機能について解析を進め、哺乳類ミトコンドリアリボソームの生合成機構についての知見を得る事とした。

2.実験結果

ObgH1、Mtg1のミトコンドリアでの局在

これまでの免疫染色法による局在解析により、ObgH1とMtg1はミトコンドリアに局在することがわかっている。そこで、ObgH1、Mtg1がミトコンドリアのどの部分に局在するのかを調べた。ミトコンドリアを外膜、膜間、内膜、マトリクスに分画し、Western blottingでObgH1とMtg1を検出すると、ObgH1とMtg1はミトコンドリアの内膜に局在することが分かった。

ObgH1、Mtg1とミトコンドリアリボソームの相互作用

ObgH1、Mtg1が属するObg family、YlqF/YawG familyの蛋白質はGTP依存的にリボソームの大サブユニットと相互作用することが知られている。そこで、ObgH1、Mtg1がミトコンドリアのリボソームと相互作用するかを解析した。精製した55Sリボソームと精製したObgH1、Mtg1を様々な種類のGNP存在下で混合し、ショ糖密度勾配(SDG)により分離した。その結果、図1に示すようにObgH1、Mtg1が39S大サブユニットと相互作用し、55Sリボソームとは相互作用しないことが分かった。ObgH1はGTPやGTPの非加水分解アナログであるGDPNP存在下で39S大サブユニットと相互作用していた。それに対し、Mtg1はGDPNP存在下でのみ39S大サブユニットと相互作用していた。さらに、培養細胞から調製したミトコンドリアの抽出液においてもObgH1、Mtg1は39S大サブユニットと相互作用することが分かった。

Mtg1と39S大サブユニットが結合することがわかったので、Mtg1の大サブユニット上での結合部位に関する知見を得るために、クロスリンクを行った。精製した39S大サブユニットとHis-tag付Mtg1をGDPNP存在下で混ぜ、sulfo-MBSを用いてクロスリンクした。サンプルを超遠心することでfreeのMtg1を除き、SDSによりMtg1結合39S大サブユニットをバラバラにした後、Ni精製することでMtg1とクロスリンクしたものを回収した。LC-MS/MSによりクロスリンクした蛋白質を同定した結果、Mtg1はC10orf46とクロスリンクすることが分かった。

ObgH1、Mtg1のノックダウンの影響の解析

ObgH1、Mtg1をRNAiにより一過的にノックダウンした時の細胞に与える影響を調べた。まず、ミトコンドリアのrRNAについて解析した。RNAi処理した細胞からtotal RNAを抽出し、Northern blottingによりミトコンドリアのrRNAについて解析した。その結果、ObgH1、Mtg1をノックダウンしてもミトコンドリアのrRNAの量に変化は見られず、また、前駆体の蓄積も観察されなかった。このことはObg family、YlqF/YawG family蛋白質がrRNAのプロセシングに関与することと対照的であった。

次にパルスラベル法によりミトコンドリアでの翻訳活性を調べた。ObgH1をノックダウンするとミトコンドリアでの翻訳パターンが変化することがわかった(図2)。ほとんどの蛋白質合成は大きな変化がないのに対し、ATP6とATP8の合成量が上昇していた。それに対し、Mtg1をノックダウンすると、ミトコンドリアの翻訳活性が全体的に低下することが分かった(図2)。

さらに呼吸鎖複合体への影響を調べた。まず呼吸鎖複合体のサブユニットの定常レベルについて解析した。ObgH1をノックダウンしてもそれほど大きな変化は見られなかった。それに対し、Mtg1をノックダウンすると、核DNAにコードされたサブユニットは変化がなかったが、mtDNAにコードされたサブユニットの量は減少していた。次に呼吸鎖複合体のアセンブリーについてBlue Native PAGEにより解析した(図3)。Mtg1をノックダウンすると、Complex IとIVの量が減り、それに伴ってComplex I, III, IVで形成されるsupercomplexの量も減少していた。さらに、Complex Vについてもアセンブリーに欠陥が生じ、異常な複合体の蓄積が見られた。ObgH1をノックダウンするとComplex Vのアセンブリーのみが異常となり、異常な複合体が蓄積した。このことはObgH1をノックダウンした時に、Complex VのサブユニットであるATP6とATP8の翻訳量が上昇していることと関係していると考えられる。核DNAにコードされた蛋白質のみで形成されるComplex IIに関してはObgH1やMtg1をノックダウンしても変化はなかった。

ObgH1、Mtg1のGTPase活性

Obg蛋白質は低い内因性のGTPase活性を有していることが報告されている。また、YlqF/YawG蛋白質はリボソーム依存的なGTPase活性も持っていることが知られている。そこで、ObgH1とMtg1のGTPase活性について解析を行った。ObgH1についてはこれまでの報告と同様に内因性のGTPase活性を有することがわかった。それに対して、Mtg1は内因性のGTPase活性は有していなかったが、39S大サブユニットもしくは55Sリボソーム依存的なGTPase活性を持つことがわかった(kcat = 0.031 ± 0.001 min-1)(図4)。また、ObgH1のリボソーム依存的なGTPase活性は検出されなかった。

3.まとめと考察

本研究によりObgH1とMtg1は39S大サブユニットに結合し、ミトコンドリアの翻訳活性や呼吸鎖複合体のアセンブリーに関わっていることがわかった。

Mtg1は39S大サブユニットによりGTPaseが活性化される。さらに、39S大サブユニットとの結合はGDPNPの存在下のみ検出可能で、GTPやGDP存在下では検出できなかった。このことからMtg1は39S上でGTPを加水分解すると39Sから解離すると考えられる。このことはバクテリアのYlqFでも見られ、Mtg1はYlqFと同様に大サブユニットの生合成に関与していると考えられる。Mtg1をノックダウンしたときに見られるミトコンドリアの翻訳活性の全体的な低下は、Mtg1をノックダウンすることでリボソームの生合成が異常になり、成熟したリボソームが減少しているためだと考えられる。

ObgH1はGTPやGDPNP存在下で39S大サブユニットと結合していた。また、リボソーム依存的なGTPase活性は検出できなかった。ObgH1もMtg1と同様にGTP結合型でリボソームに結合し、GTPの加水分解を伴ってリボソームから解離すると考えられるが、そのメカニズムは分かっていない。他の因子がObgH1の解離に関わってくる可能性も考えられ、さらなる解析が必要である。ObgH1をノックダウンすると、呼吸鎖複合体のComplex VのサブユニットであるATP6やATP8の翻訳活性が上昇する。さらに、Complex Vのアセンブリーにも影響が生じ、異常な複合体が蓄積する。このことから、ObgH1がミトコンドリアの翻訳や呼吸鎖複合体のアセンブリーに関与していることはわかった。しかし、ObgH1の詳細な役割に関してはさらなる解析が必要である。

Mtg1とクロスリンクしたC10orf46は細胞周期にかかわっている因子として知られており、核や細胞質に局在すると言われている。これまでにC10orf46がミトコンドリアに局在して機能するという報告はなく、C10orf46がミトコンドリアに局在し、さらにはリボソームと関係のある因子であるかさらなる解析が必要である。

図1 ObgH1、Mtg1とミトコンドリアリボソームの相互作用

図2 ミトコンドリアの翻訳活性

図3 ミトコンドリアの呼吸鎖複合体 (Blue Native PAGE)

図4 Mtg1のGTPase活性

審査要旨 要旨を表示する

本論文はヒトミトコンドリアに局在するGタンパク質であるObgH1とMtg1の機能解析について述べられている。

ミトコンドリアには、核DNAとは異なる独自のDNA(mtDNA)がある。そのmtDNAにコードされた蛋白質を翻訳するため、ミトコンドリア内には独自の蛋白質合成系が存在し、独自のリボソームがある。ミトコンドリアリボソームは核DNAにコードされたリボソーム蛋白質とmtDNAにコードされたリボソームRNA (rRNA)が組み合わさって形成されるが、その生合成機構の詳細については、あまり理解されていない。近年、ミトコンドリアリボソームの生合成の異常と神経変性疾患との関連が示唆されており、このような疾患の発症機構を理解するには哺乳類ミトコンドリアリボソームの生合成機構の解明が必要だと考えられる。そこで論文提出者はバクテリアや酵母ミトコンドリアでリボソームの生合成に関わると言われているGTPaseのホモログでヒトのミトコンドリアに局在するObgH1とMtg1の機能解析をすることで、哺乳類ミトコンドリアリボソームの生合成機構についての知見を得ることを目指した。

論文提出者はまずObgH1、Mtg1のミトコンドリア内での局在の解析を行った。その結果、ObgH1やMtg1はミトコンドリアの内膜にマトリクス側から相互作用していることが示唆された。また、ミトコンドリアリボソームとの相互作用の解析により、ObgH1もMtg1もGTP型でリボソームの大サブユニットと特異的に結合することを明らかにした。Mtg1に関してはミトコンドリアリボソームの大サブユニット依存的なGTPase活性を持つことも明らかにした。このことからMtg1はGTP型でミトコンドリアリボソームの大サブユニットに結合すると、GTPを加水分解し、GDP型になるとリボソームから解離することがわかった。Mtg1とミトコンドリアリボソームの大サブユニットとのクロスリンク実験により、Mtg1が細胞周期に関わるC10orf46と相互作用することが示唆された。

次に、ObgH1、Mtg1をRNA干渉法によりノックダウンした時のヒト培養細胞への影響について解析した。ObgH1やMtg1をノックダウンした時のミトコンドリアリボソームのrRNAやリボソーム蛋白質についての変化は検出されなかったが、ObgH1をノックダウンすると呼吸鎖複合体のComplex VのサブユニットであるATP6やATP8の合成量が特異的に上昇し、また、Complex Vのアセンブリーも異常になることが明らかになった。それに対して、Mtg1をノックダウンすると全体的にミトコンドリアの翻訳活性が低下し、さらに呼吸鎖複合体のアセンブリーも全体的に異常になることがわかった。

本論文で得られた結果からObgH1、Mtg1ともにGTP型でミトコンドリアリボソームの大サブユニットに結合し、ミトコンドリアにおける翻訳や呼吸鎖複合体の形成に関与していることが示唆された。Mtg1はミトコンドリアの翻訳の全体的な活性や多くの呼吸鎖複合体の形成に関与することが示唆されたので、ミトコンドリアリボソームの生合成に関わっている可能性が高い。ObgH1はノックダウンするとComplex Vのサブユニットの翻訳活性の上昇やComplex Vのアセンブリーの異常といったComplex Vに特異的な影響が出ており、Complex Vに特異的に働く因子である可能性が考えられる。

近年、哺乳類ミトコンドリアリボソームの生合成の異常とヒト疾患の関連が指摘されており、本研究は哺乳類ミトコンドリアリボソームの生合成に関する新たな知見を与えるとともに、今後の疾患の発症機構の研究の基盤となる重要なものであると言える。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク