学位論文要旨



No 129543
著者(漢字) 五来,武郎
著者(英字)
著者(カナ) ゴライ,タケオ
標題(和) インフルエンザウイルスNS分節にコードされる蛋白質の機能への宿主因子の関与
標題(洋) Analysis of the Interactions between Host Systems and the Influenza Viral Proteins Encoded by the NS Segment
報告番号 129543
報告番号 甲29543
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第888号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 川口,寧
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 教授 俣野,哲朗
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

インフルエンザウイルスのゲノムRNAは、8本に分節化している。ゲノム分節の一つであるNS分節は、nonstructural protein 1 (NS1), nonstructural protein 2 (NS2)と呼ばれる二つの蛋白質をコードしている。これらのウイルス蛋白質と宿主細胞システムとの相互作用について、以下の研究を行った。

【第一部:NS1のSUMO化修飾とその病原性への関与】

インフルエンザウイルスのNS1は感染細胞内で発現する非構造蛋白質である。その代表的な機能は抗インターフェロン活性であるが、他にも宿主mRNAのプロセッシング阻害など、多くの機能が報告されている。

アミノ酸配列上にSmall Ubiquitin-like MOdifier (SUMO) acceptor site (SAS: ᴪ-K-x-D/E, ᴪ: 疎水性アミノ酸)を有する蛋白質は、可逆的にSUMO化と脱SUMO化を受けることにより、その機能に多様性を持つことが知られている。最近、NS1が感染細胞内でSUMO化を受けることが報告された。そこで、データベースに登録されているNS1のアミノ酸配列上にSASが存在するか否かを調べたところ、NS1の3カ所にSASのアミノ酸配列が存在していた(図1;SAS1-SAS3)。そこで、インフルエンザウイルス感染における各SASの生物学的意義を調べるために、以下の実験を行った。

SAS1:SAS1は主にヒトから分離されたウイルスのNS1で見られ、その96%がSAS1を有する。そこでSAS1に変異を導入し、ヒトの細胞におけるウイルス増殖、NS1の機能、さらに病原性に与える影響を調べた。野生型ウイルス(WSN)とSAS1を欠損させた変異NS1を発現するウイルス(WSN-K70R)を細胞に感染させ、感染12時間後に細胞溶解液を調整し、ウエスタンブロット法をおこなった。抗NS1抗体を用いたところ、WSN感染細胞ではNS1とNS1よりも10 kDa程度高い位置にシグナルが検出されたが、WSN-K70R感染細胞ではNS1以外にはシグナルが検出されなかった。NS1より高い位置のシグナルは抗SUMO抗体でも検出された。SUMOの分子量は10 kDa程度であることから、このシグナルはNS1にSUMOが結合したものであり、SAS1は実際にSUMOが結合する部位であると考えられた。次に、NS1の機能とSAS1の関係を明らかにするため、細胞にWSNあるいはWSN-K70Rを感染させ、経時的にtotal RNAと培養上清を回収し、qRT-PCRおよびELISA法によりIFN-βの発現および放出量を定量した。その結果、WSN-K70R感染細胞のIFN-βのmRNA量は感染12時間後にピークを示し、WSN感染細胞におけるそれよりも有意に高かった。また、感染24および48時間後において、WSN-K70R感染細胞が上清中に放出したIFN-β量はWSNのそれよりも有意に高かった。次に、マウスにWSNあるいはWSN-K70Rを感染させ、その病原性を比較した。50%マウス致死量(MLD50)を調べたところ、WSN-K70RのMLD50はWSNより10倍程度高く、WSN-K70R は弱毒化していた。それぞれのウイルスを感染させたマウスの肺を病理解析したところ、WSNを感染させたマウスの肺では抗原が広範に検出されたのに対し、WSN-K70Rを感染させたマウスの肺では抗原の分布が狭い範囲に限局していた。さらに、それぞれのウイルスを感染させたマウスの肺におけるウイルス増殖を比較したところ、感染3、6日目のウイルス量はWSN-K70R と比較してWSNの方が高く、NS1のSUMO化がウイルスの効率的な増殖に関与していることが示唆された。

SAS2:SAS2は主に2001年以降に分離されたH5N1亜型ウイルスのNS1に存在していた。H5N1ウイルスのヒトへの感染は現在も散発的に起こっており、その致死率は60%である。この非常に高い致死率は、季節性のインフルエンザウイルスとは異なる、H5N1亜型ウイルス特有の病原性発揮メカニズムが存在することを示唆している。そこでH5N1亜型ウイルスのNS1に存在するSAS2に変異を導入して実験をおこなった。まず、プラスミドトランスフェクションの系を用いて、SAS2がSUMO化を受けるか否かをウエスタンブロット法により確認した。その結果、野生型ウイルス(VN1203)のNS1はSUMO化されたが、SAS2に変異(K113R)を導入したNS1はSUMO化されなかった。次に、SAS2を欠損させた変異NS1を発現するウイルス(VN1203-K113R)を作出し、マウスに対する病原性をVN1203と比較した。その結果、VN1203-K113Rの50% マウス致死量 (MLD50) は、VN1203に比べて5倍程度高かった。また、感染6日目、VN1203は、すべてのマウスにおいて、脳を含む調べた臓器(脳、鼻甲介、肺、脾臓、肝臓)のほぼすべてでウイルスが検出されたのに対し、VN1203-K113Rは3匹中2匹において肺のみ、1匹において肺と脾臓のみからウイルスが検出された。この事から、SAS2がH5N1亜型ウイルスのマウスへの病原性に関与する事が示唆された。

SAS3:SAS3は主にイヌから分離されたH3N8亜型ウイルスで見られ、その99%に存在していた。イヌのH3N8亜型ウイルスはウマのH3N8亜型ウイルスに由来するが、ウマのウイルスのSAS3保有率はわずか1%である。この事から、SAS3はウマからイヌへのウイルスの適応に何らかの役割を担っていることが示唆された。実際、それぞれのウイルスを感染させたイヌ由来の培養細胞内では、イヌ由来ウイルスのNS1はSUMO化を受けたのに対し、ウマ由来ウイルスのNS1はSUMO化を受けなかった。この事から、SAS3上のSUMO化がウイルス感染細胞内で実際に起こることが確認された。

以上より、(1)インフルエンザウイルスのNS1には3種類のSAS (SAS1-3)が存在し、それぞれの位置は宿主生物種あるいは亜型特有であること、(2)NS1のSUMO化は抗インターフェロン活性に重要であり、病原性に関与することが示唆された。今後、インフルエンザウイルスのNS1と宿主生物種の関係、あるいはインフルエンザウイルスの病原性を理解していくうえで、本研究成果は重要な知見となると考えられる。

【第二部:nonstructural protein 2 (NS2)と相互作用する宿主蛋白質の同定と解析】

インフルエンザウイルスが細胞内に侵入すると、様々な宿主蛋白質が利用され、子孫ウイルスが複製される。したがって、インフルエンザウイルスの増殖に必要な宿主因子を同定し、その生物学的意義を明らかにすることは、ウイルス増殖の仕組みをより深く理解することに貢献するだけでなく、抗ウイルス薬の標的を見出すことにも繋がるため非常に重要である。近年、ゲノムワイドな探索研究により、インフルエンザウイルスが効率よく増殖するために必要な因子の探索・同定が成されてきた。しかし、感染細胞内におけるウイルス因子と宿主因子の相互作用については、未だ十分に理解されていない。そこで、ウイルス蛋白質―宿主蛋白質間の相互作用に注目し、ウイルス増殖に必要な宿主因子の同定を試みた。

FALG-tagを付加したNS2を発現させた細胞溶解液から、抗FLAG抗体を用いてNS2を免疫沈降し、共沈降してきた蛋白質を質量分析法により解析した。その結果、NS2と相互作用する宿主蛋白質として計37種類の宿主蛋白質が同定された。これらの宿主因子のうち、siRNAによる発現抑制によりインフルエンザウイルスの増殖を低下させる因子として、F1Fo-ATPaseを構成するサブユニット(αサブユニット[F1α]とβサブユニット[F1β])が同定された。これらの発現を抑制しても、水疱性口内炎ウイルス(VSV)の増殖には影響を与えなかったことから、F1αとF1βはインフルエンザウイルスの増殖に特異的に重要な因子であることが示唆された(図2)。

F1Fo-ATPaseは、哺乳類の細胞においてミトコンドリア内膜と細胞膜(特に脂質ラフト)に局在することが知られている。そこで、siRNAによる発現抑制が、各画分に存在するF1βの発現をどの程度低下させるかを細胞分画法により検証したところ、脂質ラフトに存在するF1βの発現低下は、ミトコンドリアのそれよりも顕著であった。このことから、ウイルス感染サイクルのうち、細胞膜で起こるステップにF1βが関与すると推察された。実際、電子顕微鏡観察において、F1βの発現が低下した細胞表面から形成されたウイルス粒子数は、コントロール細胞に比べて低下していた(図3)。

F1βは、F1Fo-ATPaseのATPase活性に重要なサブユニットとして知られている。そこで、ATPase活性を低下させたF1βを発現する細胞を用いてインフルエンザウイルスの増殖を調べたところ、ウイルス増殖は、野生型F1βを発現する細胞と比較して有意に低下していた。

これまで、HIVなど他のウイルスの研究では、ウイルス粒子形成に関与する宿主因子として他のATPaseが同定されていた。しかし、インフルエンザウイルスの粒子形成に関与する宿主因子は明らかにされていなかった。本研究により、(1)脂質ラフト上のF1βが効率的なウイルス粒子形成に重要である、(2)F1βのATPase活性がウイルス粒子形成に重要である、という新たな知見を得た。他のウイルスの粒子形成に関与する宿主因子と同様に、インフルエンザウイルスの粒子形成にもATPase活性を持つ因子が同定された点は非常に興味深い。

【結語】

ウイルスは宿主細胞の存在なしに自己複製することができないことから、宿主因子はウイルス因子の機能と密接な関係を持つことが示唆される。本研究では、インフルエンザウイルスのNS分節にコードされるNS1、NS2と宿主因子の相互作用を調べることで、両蛋白質の宿主因子依存的機能が見出された。今後、この知見がインフルエンザウイルスの更なる理解に繋がることが期待される。

図1.A型インフルエンザウイルスのNS1蛋白質に保存されたSASの位置。SAS;SUMO-acceptor site.

図2.F1α,F1βの発現を抑制した細胞において、VSV(黒)の増殖は低下しないが、インフルエンザウイルス(灰色)の増殖は低下する。

図3.F1βの発現を抑制したウイルス感染細胞におけるウィルス粒子形成。siRNAを導入した細胞にインフルエンザウイルスを感染させ、細胞表面を走査型電子顕微鏡で観察した。白矢印:ウイルス粒子。スケールバー:1μm.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、インフルエンザウイルスのNS1およびNS2の機能に対する宿主因子の寄与を明らかにすることを目的として行われた。

第1章:NS1のSUMO化修飾とその病原性への関与

1. データベースに登録されているNS1のアミノ酸配列上にSUMO acceptor site (SAS)が存在するか否かを調べ、NS1の3カ所にSASのアミノ酸配列(SAS1-3)が存在することを明らかにした。

2. ヒトから分離されたウイルスのNS1がSAS1 (69-72番目のアミノ酸残基)を有するという特徴を明らかにした。また、感染細胞内では、SAS1におけるNS1のSUMO化と脱SUMO化が感染後の時間経過とともに動的に変化することが示された。さらに、SAS1を欠損させた変異体ウイルス(WSN-K70R)感染細胞のIFN-βのmRNA発現量、およびIFN-β放出量は、野生型ウイルス(WSN)感染細胞におけるそれよりも有意に高いことを明らかにした。

3. WSN-K70Rの50%マウス致死量(MLD(50))はWSNより10倍程度高いことを明らかにした。また、感染マウス肺におけるウイルス量の定量と病理解析により、WSN-K70R と比較してWSNの方が肺における増殖効率がよいことを示した。

4. H5N1亜型ウイルスのNS1にSAS2 (112-115番目のアミノ酸残基)が存在し、実際に細胞内でSUMO化を受けることを明らかにした。さらに、SAS2を欠損させた変異体H5N1亜型ウイルス(VN1203-K113R)のMLD50 は、野生型ウイルス(VN1203)に比べて高いことを明らかにした。また、VN1203は、マウスにおいて全身感染を起こしたのに対し、VN1203-K113Rは肺における増殖効率が低く、全身感染を起こさないことが示された。

5. イヌから分離されたH3N8亜型ウイルスのNS1にSAS3 (226-229番目のアミノ酸残基)が存在するという特徴を明らかにした。イヌのH3N8亜型ウイルスはウマのH3N8亜型ウイルスに由来するにも関わらず、ウマのH3N8亜型ウイルスのSAS3保有率はわずか1%であるという結果は、SAS3がウマからイヌへのウイルスの適応に何らかの役割を担っていることを示唆している。実際、イヌのH3N8亜型ウイルスのNS1は、イヌ由来細胞内でSUMO化を受けるのに対し、ウマのH3N8亜型ウイルスのNS1はSUMO化を受けないことが示された。また、SAS3のSUMO化が、抗IFN活性に重要な役割を担うことを明らかにしている。

第2章:NS2と相互作用する宿主蛋白質の同定と解析

1. NS2を発現させた細胞溶解液からNS2を免疫沈降し、共沈降してきた蛋白質を質量分析法により解析した。その結果、NS2と相互作用する宿主蛋白質として計37種類の宿主蛋白質を同定した。さらに、これらの宿主因子のうち、siRNAを用いた発現抑制によりインフルエンザウイルスの増殖を低下させる因子として、F1Fo-ATPaseを構成するサブユニット(αサブユニット[F1α]とβサブユニット[F1β])を同定した。

2. 細胞分画実験により、siRNAによるF1βの発現低下は、脂質ラフトに存在するF1βで顕著であることを示した。本結果は、ウイルス感染サイクルのうち、細胞膜で起こるステップにF1βが関与することを示唆している。この結果は、F1β発現抑制細胞における様々な解析を行い、出芽以外のステップにF1βの有無が影響を与えないという結果を得ることで補完されている。さらに、電子顕微鏡観察により、F1βの発現が低下した細胞表面に形成されたウイルス粒子数が、コントロール細胞に比べて低下していた。

3. ATPase活性を低下させたF1βを発現する細胞を樹立し、インフルエンザウイルスの増殖効率(特に出芽効率)を検証した結果、ATPase活性を低下させたF1βを発現する細胞におけるインフルエンザウイルスの増殖(出芽)効率は元の細胞に比べて低下していた。

4. NS2とF1βの相互作用はF1Fo-ATPaseの他のサブユニット(FoB)の介在を必要とする。NS2とF1βの相互作用が無くなると、インフルエンザウイルスの増殖(出芽)効率が低下した。

以上、本論文は、NS1のSASが宿主生物種やウイルスの亜型によって特徴的に保存されている事を明らかにし、各々の生物学的意義を証明した。さらに、インフルエンザウイルスがNS2とF1βの相互作用、特にF1βのATPase活性を利用して効率的に出芽する機構を明らかにした。本研究はNS1およびNS2の機能への宿主因子の寄与を示しており、これらの知見は、インフルエンザウイルス-宿主間関係の解明に大いに貢献するものである。したがって、博士(生命科学)の学位授与に値することを認める。

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