学位論文要旨



No 129546
著者(漢字) 新澤,未穂
著者(英字)
著者(カナ) シンザワ,ミホ
標題(和) NF-κB活性化を誘導するシグナル伝達分子NIKの新規活性化制御機構と生理機能の同定
標題(洋)
報告番号 129546
報告番号 甲29546
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第891号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 吉田,進昭
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

転写因子nuclear factor-κB (NF-κB) は、炎症反応や細胞増殖、アポトーシスなど多岐にわたる生命現象に関与している。NF-κB の活性化は、炎症、自然免疫に関与する遺伝子の発現を促す古典的経路と、リンパ組織の構築に関わる遺伝子発現を制御する非古典的経路という2つの機構によって誘導される。NF-κB inducing kinase (NIK) は、欠損マウスや変異マウスの解析から、非古典的経路の活性化に必須なシグナル伝達分子であることが明らかとなっている。一方で、過剰発現したNIKは、古典的経路の活性化にも寄与することが報告されている。

リンパ節形成不全のマウスとしてC57BL/6系統コロニーから樹立されたalymphoplasia (aly/aly) マウスは、NIK遺伝子に点変異を持ち、その解析からNIKがリンパ組織の形成や骨代謝など重要な生理機能に寄与することが示されてきた。これまでに多くの例において、マウスの遺伝的背景の違いが遺伝子欠損マウスの表現型に影響することが報告されている。そこで本研究では、初めに「NIKの新たな生理機能の同定」を目的として遺伝的背景が異なるaly/alyマウスの解析を行った。

さらに私は、NIKの活性化を制御する分子機構に着目した。通常、NIKは、E3リガーゼであるcIAPがポリユビキチン鎖を付加することでプロテアソーム依存的に分解されている。cIAPは、TRAF2、TRAF3と複合体を形成し、TRAF3にリクルートされたNIKに作用する。上流の受容体から細胞内にNIKを活性化するシグナルが伝達されると、TRAF3-TRAF2-cIAP複合体は受容体に結合し、ついでcIAPによる複合体の分解が起こる。これにより、分解されていたNIKが安定化し細胞内に蓄積する。その後、蓄積したNIKは、自己リン酸化によって活性化し、NF-κBの核内移行を誘導して標的遺伝子の転写を促進する。これまでの研究から、多発性骨髄腫や悪性リンパ腫においてNIKが異常に蓄積することが示されており、NIKの発現量を適切に調節する分子機構の重要性が推察できる。しかしながら、NIKの活性化制御機構は不明な点が多く、全容は明らかになっていない。そこで本研究では「NIK活性化制御機構の全貌解明」を第二の目的とし研究を遂行した。

【方法と結果】

[1] NIKの新たな生理機能の同定

遺伝的背景が異なるaly/alyマウスを解析するため、C57BL/6マウスからBALB/cAマウスへ10回の戻し交配を行いBALB/cA背景のaly/alyマウスを得た。BALB/cA-aly/alyマウスは、C57BL/6-aly/alyマウスと同様に、リンパ節やパイエル板が欠損していた。また、これまでの報告と一致して、自己免疫応答を制御する胸腺髄質上皮細胞の分化異常が認められ、末梢組織では自己免疫様病態が観察された。これは、aly変異による自己免疫がマウスの遺伝的背景に依存しないことを示唆する。しかしながら私はBALB/cA-aly/alyマウスはC57BL/6-aly/alyマウスでは見られない、脾臓の肥大化を呈することを見つけた。BALB/cA-aly/alyマウスの脾細胞をフローサイトメトリーにより解析したところ、活性化したT細胞 (CD44+CD62(low)) の割合に有為な差はないが、BALB/cA-aly/+マウスに比べ赤血球前駆細胞 (TER119+CD45-、及びTER119+CD45-) の割合が有為に増加していた。この結果は、BALB/cA-aly/alyマウスで起こる脾臓の肥大化が自己免疫反応の亢進によるものではなく、髄外造血に起因することを示唆する。また、NIKが脾臓における髄外造血の制御に関与することも示唆する。

[2] NIK活性化制御機構の解明

NIK活性化を制御する分子機構を解明するため、新規NIK結合分子の同定を行った。

マウス胎仔胸腺のcDNAを無細胞系in vitro virus (IVV) 法を用いてスクリーニングし、NIK結合分子を探索した。その結果、セリン・スレオニンホスファターゼであるカルシニューリンの触媒サブユニットPpp3caを同定した。

Ppp3caによるNIK活性化制御機構の分子メカニズムを明らかにするため、両者の結合領域を同定した。NIKは、その機能と結合分子から3つの領域に分けられる。各領域を欠損させたNIK欠失変異体とPpp3caとの結合を検討した結果、Ppp3caはNIKのKinaseドメインまたはC末端領域に結合することが明らかになった。これまでの研究からKinaseドメインやC末端領域は、リン酸化を介してNIKの活性化を制御することが報告されている。したがって、ホスファターゼ活性を有するPpp3caは、NIKのリン酸化状態を変化させ、その活性を制御している可能性が推察される。

次にPpp3caにおけるNIKの結合領域を同定した。その結果、NIKはPpp3caのN末端領域に結合することが分かった。N末端領域には、Ppp3caのホスファターゼ活性を制御する触媒ドメインが存在するため、脱リン酸化によりNIKの活性化を制御している可能性が示唆された。Ppp3caのN末端領域のアミノ酸配列は、Ppp3caのアイソフォームであるPpp3cb、Ppp3ccと相同性が高い。Ppp3ccの発現は脳と精巣に限局しているが、Ppp3cbの発現はPpp3caと同様に多くの組織において確認されている。したがって、Ppp3cbもまたNIKに結合し、その活性化を制御しているのではないかと仮説を立てた。共免疫沈降実験を行った結果、Ppp3cbとNIKの結合を明らかにした。さらにPpp3cbは、Ppp3caと同様にNIKのKinaseドメインまたはC末端領域に結合すること分かった。

以上の結果は、細胞内においてPpp3caとPpp3cbがNIKに対し同様の機能を持つことを示唆する。そこで、NIK活性化を誘導するシグナルにおけるPpp3caとPpp3cbの機能を解析した。NIKは、TNF receptor super familyに属するLymphotoxin β receptor (LTβR) からのシグナルを受容して活性化する。初めに、私は、LTβRシグナルによって誘導される標的遺伝子として、Etsファミリーに属する転写因子Spi-Bを同定した。aly/alyマウスの胎児から作製したマウス胎児繊維芽細胞 (MEF細胞) では、LTβR刺激によってSpi-Bの発現は誘導されなかった。このことから、Spi-Bの発現はNIK依存的に制御されていると考えられる。

そこで、MEF細胞において、RNAi法を用いてPpp3caとPpp3cbの発現を抑制し、LTβRシグナルによって誘導されるNIK依存的なSpi-B発現への影響を解析した。その結果、Ppp3caとPpp3cbの発現を抑制した細胞では、コントロール細胞に比べ、LTβR 刺激によって誘導されるSpi-Bの発現量が増加することが分かった。さらに、Ppp3caとPpp3cbの発現を同時に抑制した細胞では、単独で発現抑制した細胞に比べ、Spi-Bの発現量増加が顕著だった。以上の結果から、Ppp3caとPpp3cbはNIKに対して同じ抑制機能を持ち、NIK下流のシグナルを負に制御していると考えられる。

Ppp3caとPpp3cbの発現抑制によるNIK下流のシグナルへの影響を解析した。その結果、Ppp3caとPpp3cbの発現を抑制した細胞では、無刺激状態において、p100、及びRelBの発現量増加が見られた。さらに核内におけるp65の発現が増加していることが明らかとなった。核内のp65の発現量は、LTβR刺激後において顕著に増加した。p100、RelBは古典的経路の標的遺伝子である。核内のp65の発現量が増加していることからも、Ppp3caとPpp3cbはNIK活性化を負に制御することで、古典的経路の活性化を抑制していると考えられる。また、p100の発現量増加に付随して、LTβR刺激後における核内のp52の発現量増加が見られた。

以上の結果から、Ppp3caとPpp3cbの発現抑制によって安定化したNIKが、古典的経路、もしくは古典的経路と非古典的経路の2つの経路を活性化することが示唆される。

【結語】

本研究では、第一の研究目的である「NIKの新たな生理機能の同定」において、NIKが脾臓における髄外造血の制御に関わることを明らかにした。

第二の研究目的である「NIK活性化制御機構の全貌解明」では、新規NIK結合分子としてPpp3caとそのアイソフォームであるPpp3cbを同定した。さらにPpp3caとPpp3cbは、NIKの活性化を誘導するLTβRシグナルにおいて、NIK依存的な標的遺伝子Spi-Bの発現を抑制する機能を持つことが示唆された。このことから、Ppp3caとPpp3cbはNIKと結合し、その活性化を制御することで、下流のシグナルを抑制していることが推察される。NIKは、自己リン酸化によって活性化することが知られている。Ppp3caとPpp3cbは、ホスファターゼ活性によってNIKの脱リン酸化を誘導し、その活性化を抑制するのか、もしくは、NIKの分解を誘導するTRAF3-TRAF2-cIAPsとの複合体形成を促すアダプター分子として働き、活性化を抑制するのか、今後詳細な解析によって明らかにする必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

NIKは多様なシグナル伝達経路を制御し、自己免疫応答や骨代謝、腫瘍の悪性化など多岐に渡る生理機能の維持に寄与している。したがって、NIKが関わる生理機能の同定や、NIKの活性化制御機構の解明は、様々な疾患の治療への応用が期待される。本研究では、NIKのこれまでに明らかにされていない生理機能と活性化制御分子機構の一端を解明した。本研究により得られたNIKに関する新たな知見を以下に要約する。

(1) 遺伝的背景をC57BL/6系統からBALB/cA系統に変えたaly/alyマウスは、髄外造血に起因する顕著な脾臓の肥大化を呈した。

(2) セリン・スレオニン ホスファターゼ カルシニューリンの触媒サブユニットPpp3caがNIKと結合する。

(3) NIKとPpp3caは、NIKのKinase domainとC末端領域、及びPpp3caのCatalytic domainを介して相互作用する。

(4) Ppp3caのアイソフォームであるPpp3cbもまた、NIK のKinase domainとC末端領域に結合する。

(5) LTβRシグナルにおいて、Ppp3caとPpp3cbは、NIK依存的に誘導される転写因子Spi-Bの発現を抑制する。

(6) LTβRシグナルにおいて、Ppp3caとPpp3cbは、古典的経路と非古典的経路の活性化を制御する。

(7) 細胞内において、Ppp3caとPpp3cbはNIKの分解を誘導するTRAF3と結合する。

本研究では、初めにaly/alyマウスを用いてNIKの新規生理機能の同定を行った。マウスの遺伝的背景の違いが表現型に影響することが報告されていたため、C57BL/6系統からBALB/cA系統に戻し交配したaly/alyマウスの表現型を解析した。その結果、BALB/cA系統のaly/alyマウスでは、aly/+ マウスに比べ、著しい脾臓の肥大化が認められた。さらに、BALB/cA系統のaly/alyマウスにおける脾臓の肥大化が髄外造血に起因することを明らかにした。この結果は、NIKが脾臓における髄外造血を制御に寄与するという新しい生理機能の存在を示唆する。

さらに本研究では、セリン・スレオニンホスファターゼであるカルシニューリンの触媒サブユニットPpp3caと、そのアイソフォームPpp3cbがNIKと結合することを明らかにした。Ppp3caとPpp3cbは、NIKがリン酸化修飾を受けるKinase domainとC末端領域に結合することが明らかになった。したがって、Ppp3caとPpp3cbは脱リン酸化によってNIKの活性化を制御している可能性が示唆された。

NIKを活性化するLTβRシグナルにおけるPpp3caとPpp3cbの機能を、siRNAを用いた発現抑制実験により解析した。Ppp3caとPpp3cbの発現を抑制した細胞では、LTβR刺激によって誘導されるNIK依存的な標的遺伝子Spi-Bの発現の増加が見られた。さらに、Ppp3caとPpp3cbの発現抑制によりNIKの蓄積量の増加が見られた。NIK下流のシグナルを解析したところ、核内におけるp65の発現が増加し、古典的経路の活性化が見られた。核内のp52やRelBの発現量も増加していたことから、非古典的経路の活性化も示唆された。NIKは、古典的経路と非古典的経路の2つの経路を活性化することが報告されている。したがって、本研究の結果からPpp3caとPpp3cbはNIKの活性化を抑制することで、下流のシグナルの活性化を調節していることが示唆された。またPpp3caとPpp3cbをそれぞれ単独で発現抑制したときよりも、同時に抑制した時の方が、Spi-Bの発現や、シグナルの増強が顕著だった。この結果は、Ppp3caとPpp3bは同様の機能を持つことを示唆する。

本研究で得られた結果は、ホスファターゼであるPpp3caとPpp3cbがNIKの活性化を制御するという非常に新しい分子機構の存在を提唱する。これまでに多くの研究によって、NIK発現量の制御不良と腫瘍の悪性化や炎症性疾患との関連性が報告されている。したがって本研究における新たな知見は、そのような疾患の治療法を見出す契機となることが期待される。

なお、本研究は丸山祐哉、秦俊文、秋山伸子、宮内真紀、箭内洋見、高見正道、井上純一郎、秋山泰身との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士 (生命科学) の学位を授与できると認める。

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