学位論文要旨



No 129547
著者(漢字) 髙橋,尚史
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ナオフミ
標題(和) サルエイズモデルにおいてウイルス複製制御と相関するMHC-Iハプロタイプ共有群に関する研究
標題(洋)
報告番号 129547
報告番号 甲29547
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第892号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 川口,寧
 東京大学 准教授 國澤,純
 東京大学 准教授 三室,仁美
内容要旨 要旨を表示する

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症では、血中ウイルス量が感染急性期にピークを示した後、低下するが、ウイルス血症は持続し、エイズ発症に至る。HIV複製抑制には細胞傷害性Tリンパ球(CTL)反応が中心的役割を担っていることから、HIV慢性持続感染症におけるCTL反応の解析は、HIV感染病態の理解に必要であり、またエイズワクチン開発にも重要である。

私の所属研究室では、CTLの標的抗原認識に関与する主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHC-I)の遺伝子型をハプロタイプレベルで共有するアカゲサルを用いたサル免疫不全ウイルス(SIV)感染エイズモデルの樹立を進め、MHC-IハプロタイプとSIV感染病態進行との相関を明らかにしてきた。この系を用いた各種MHC-Iハプロタイプ共有サル群におけるCTL反応とSIV感染動態の解析は、HIV感染病態の理解に結びつくものとして重要である。そこで本研究ではこれまで解析が進められていなかったMHC-Iハプロタイプ90-010-Id(D)に着目し、このMHC-IハプロタイプD陽性サル群におけるSIV複製と宿主CTL反応の相互作用を知ることを目的としてSIV感染動態とSIV抗原特異的CTL反応を解析することとした。

MHC-IハプロタイプD共有サル5頭の解析では、以前に報告した他のMHC-Iハプロタイプ共有群(D陰性群)計20頭と比較して、SIVmac239感染6か月以降、有意に低い血漿ウイルス量を示し(6か月:p = 0.0360、9か月:p = 0.0135)、このMHC-IハプロタイプDはSIVmac239感染に対し抑制的であると考えられた。実際、5頭中4頭は、セットポイント期の血漿中ウイルス量が5.0 x 103 RNA copies/ml以下の低値を示し、SIV controllersと位置づけられた。

これまでHIV/SIV複製抑制に結びつくHLA/MHC-Iアレルの多くでは、そのHLA/MHC拘束性のGagエピトープ特異的CTL反応がウイルス複製抑制に重要であることが報告されてきた。一方、本研究のMHC-IハプロタイプD共有サル群では、ほとんどの場合、SIV感染急性期にGag抗原特異的CTL反応誘導は認められなかった。つまり、このD共有群は、近年有効性が認識されつつあるGag抗原特異的CTL反応の優位な誘導が認められないにもかかわらず、セットポイント期のウイルス量が低値を示すものであり、その解析により新たなSIV複製抑制機序の解明に貢献しうると考えられた。

SIV各抗原特異的CTL反応の解析では、D陽性サル全頭においてNef特異的CTL反応誘導が認められた。高いウイルス量を示した1頭では感染初期のNef特異的CTL反応は低レベルであったが、SIV controllers 4頭のうち優位なGag特異的CTL反応を呈した1頭を除く3頭では、Nef特異的CTL反応が優位となっており、Nef特異的CTL反応のSIV複製抑制への貢献が示唆された。

一方、別のD陽性サル5頭を用い、Gagを主抗原とするDNAプライム・センダイウイルスベクターブーストワクチン接種後のSIVmac239チャレンジ実験を行ったところ、ワクチン非接種群と比較して、感染後3か月の時点で有意に低いウイルス量を示した。5頭中4頭では、SIV複製が制御され、慢性期の血漿中ウイルス量が検出限界以下となった。これらのワクチン接種サル5頭すべてでSIV感染急性期にGag抗原特異的CTL反応が認められた。したがって、D陽性群のSIVmac239感染では本来優位に誘導されないGag特異的CTL反応が、ワクチン接種群では感染急性期に誘導され、ウイルス複製抑制に貢献したと考えられた。

さらに、Nef CTLエピトープの検索を進め、D共有群に共通するNef(35-49)特異的CTLおよびNef(115-129)特異的CTL反応を見出した。これらのCTL反応は、他のMHC-Iハプロタイプ共有群ではほぼ認められないことから、MHC-IハプロタイプD由来のMHC-I拘束性と考えられた。このうちNef(35-49)特異的CTL反応は、主に感染急性期に誘導され、それ以降には消失していく傾向にあった。血漿中ウイルスゲノム塩基配列の解析では、このNef(35-49)領域にアミノ酸置換を生ずる変異の選択が、すべてのD陽性サルにおいて感染後3か月までに認められた。この変異は、他のMHC-Iハプロタイプ共有群では稀であり、MHC-IハプロタイプD関連変異と考えられる。これらの結果は、Nef(35-49)特異的CTL反応の強いSIV複製抑制圧を示唆している。

一方、Nef(115-129)特異的CTL反応が認められた個体の多くでは、Nef(115-129)領域にアミノ酸置換を生ずるウイルスゲノム変異の選択が慢性期に認められた。ワクチン接種個体で唯一SIV複製制御に至らなかった個体では、Nef(115-129)特異的CTL反応が早期に誘導された後、減弱し、Nef(115-129)コード領域の変異選択が認められた。これらの結果からNef(115-129)特異的CTL反応のSIV複製抑制圧が示唆された。

以上のように、本研究では、SIVmac239感染サルエイズモデルにおいて新たなprotective MHC-Iハプロタイプを見出した。このD共有サル群のSIVmac239感染実験では、これまでに報告してきた他のMHC-Iハプロタイプ共有群(D陰性群)と比較して感染慢性期に有意に低いウイルス量を示すことを明らかにした。さらに、このMHC-IハプロタイプDと相関するNef(35-49)特異的およびNef(115-129)特異的CTL反応を同定し、これらがSIV複製抑制に貢献していることを示唆する結果を得た。また、予防ワクチン接種実験では、急性期にGag特異的CTL反応誘導が加わると、より安定したSIV複製制御に結びつくことが示された。本研究は、HIV/SIV感染において、Gag特異的CTL反応と関連しない新たなprotective MHC-Iハプロタイプを提示するものであり、Nef特異的CTL反応が関与するHIV/SIV複製制御機序を示すものとして重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症におけるウイルス複製制御に結びつく免疫機序解明に向け、サル免疫不全ウイルス(SIV)感染サルエイズモデルを用い、主要組織適合遺伝子複合体クラスI(MHC-I)ハプロタイプ90-010-Id(D)を共有するビルマ産アカゲサル群におけるSIV感染動態とSIV抗原特異的細胞傷害性リンパ球(CTL)反応の解析を行った結果が示されている。

1. D陽性サル5頭のSIV感染慢性期の血漿中ウイルス量は、過去のSIV感染D陰性サル20頭の実験結果と比較して、有意に低値を示した。

2. このD陽性サル5頭のうち、SIV感染急性期にGag抗原特異的CTL反応誘導が認められたのは1頭のみで、Gag特異的CTL反応はウイルス複製抑制に中心的な役割を果たしてはいないと考えられた。一方で、Nef特異的CTL反応がすべてのD陽性サルで共通に認められた。

3. 別のD陽性サル5頭に対して、Gagを主抗原とするDNAプライム・センダイウイルスベクターブーストワクチンの接種後にSIV感染実験を行ったところ、感染後3か月における血漿中ウイルス量は、前述のワクチン非接種D陽性サル5頭と比較して有意に低値を示し、その後4頭では検出限界以下となった。

4. ワクチン接種D陽性サル5頭全てで、感染急性期に優位なGag特異的CTL反応が認められ、ワクチン誘導Gag特異的CTLメモリーのSIV曝露後急性期の2次反応により、Gag特異的CTL反応が優位に誘導されたと考えられた。これらのサルの感染慢性期には優位なNef特異的CTL反応が認められた。

5. D陽性サルでNef特異的CTL反応が共通に観察されたことから、Nef領域のCTL標的の検索を進め、D共有サル群に特有のCTL標的領域を15アミノ酸レベルで2か所同定した。一方のNef(35-49)領域特異的CTL反応は主に感染急性期に誘導され、感染慢性期には減弱傾向にあった。もう一方のNefZ(115-129)領域特異的CTL反応は主に感染慢性期に観察された。

6. 血漿中ウイルスゲノム解析では、D陽性サル全頭で感染後3か月以内にNef(35-49)領域のアミノ酸置換を生じる変異が選択された。一方、NefZ(115-129)領域では感染後約1年以降にアミノ酸置換を生じる変異が選択された。特に、数頭のサルで選択されたNef K126Rアミノ酸置換に至る変異はCTLエスケープ変異であることが確認されたが、これらの変異はNef特異的CTL反応の高いウイルス複製抑制圧を反映するものと考えられた。

7. Gag領域のアミノ酸置換を生じる変異については、D共有群特有とみられるものは認められなかった。ワクチン接種サルの一部では、感染初期に一過性に変異選択が認められ、ワクチン抗原Gag特異的CTL反応の高いウイルス複製抑制圧が示唆された。

以上、本論文は、サルエイズモデルにおいて、SIV感染に対するprotectiveなMHC-Iハプロタイプを初めて明らかにした。そのウイルス複製抑制機序はGag特異的CTL反応に基づくものではなく、MHC-IハプロタイプDに関連したNef(35-49)特異的CTL反応およびNefZ(115-129)特異的CTL反応がウイルス複製抑制に寄与することが示唆された。さらに、ワクチンによるGag特異的CTL反応誘導により、早期のウイルス複製抑制に至ることが示された。HIV・SIV感染に対するGag特異的CTL反応の有効性を示す報告が蓄積されつつある現況において、本論文で得られた知見は、情報蓄積の少ない非Gag抗原特異的CTL反応によるウイルス複製制御機序の一つを示すものであり、HIV/SIVの複製制御機序の解明に資するものと評価できる。

なお、本論文は、野村拓志、髙原悠佑、山本浩之、椎野禎一郎、武田明子、井上誠、飯田章博、原裕人、朱亜峰、長谷川護、阪脇廣美、三浦智行、五十嵐樹彦、小柳義夫、成瀬妙子、木村彰方、俣野哲朗との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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