学位論文要旨



No 129548
著者(漢字) 髙橋,まり子
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,マリコ
標題(和) ヒト単球・マスト細胞に高発現する活性型レセプターCD300Cの機能解析
標題(洋)
報告番号 129548
報告番号 甲29548
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第893号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 特任准教授 渡辺,信和
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

生体防御の最前線においては、免疫細胞表面に発現する様々な受容体群がそのリガンドの認識を介して免疫応答を制御している。ペア型レセプターは非常に相同性の高いリガンド認識部位を有する一方、細胞内におけるシグナル伝達機構の違いにより活性型と抑制型に大別される。これらのシグナル伝達はそれぞれ、immunoreceptor tyrosine based activation motif (ITAM)やimmunoreceptor tyrosine based inhibitory motif (ITIM)と呼ばれる配列を介して行われる。例外的にFcγRIIαは細胞内領域にITAMを有するが、多くの活性型受容体は細胞内領域が短く、それ自身のみではシグナルを伝達することはできない。代わりにITAMを持つDAP10/12、FcRγ、CD3ζといったアダプター分子と会合して活性化シグナルを伝達する。ITAMには2つのtyrosine残基があり、リガンドが結合した受容体の凝集によってこれらがSrc family kinaseによりリン酸化を受けてSykなどのキナーゼがリクルートされることで下流にシグナルが伝達される。一方抑制型受容体は自身の細胞内領域にITIMをもち、ITAMの場合と同様Src family kinaseによるリン酸化を受けたtyrosine残基にSrc homology 2 (SH2)ドメインを持つホスファターゼ、SHP-1、SHP-2、SHIPなどがリクルートされ、標的とする細胞内の基質を脱リン酸化することによって、活性化シグナルを遮断する。

当研究室ではこれまでにマウス骨髄由来マスト細胞(BMMCs)のcDNAライブラリからペア型レセプターファミリーであるleukocyte mono-Ig-like receptor (LMIR) /CD300を同定した。 LMIR/CD300は主に骨髄系細胞に発現し、ヒトにおけるホモログは17番染色体上でクラスターを形成している。今回私はヒトCD300に注目し、抑制型レセプターCD300Aと対を成す活性型レセプターであるCD300Cの機能解析を行った。

<結果>

□CD300Cの発現

ヒト組織におけるリアルタイムPCRからCD300Cは主に末梢血に発現していることがわかり、末梢を循環する免疫細胞に発現が高いことが示唆された。ヒト細胞株やヒト末梢血の免疫細胞におけるRT-PCRの結果からCD300Cは単球系やマスト細胞系において高発現していることが明らかになった。

□CD300Cの機能

骨髄系細胞におけるCD300Cの機能を解析するため、マウス骨髄由来マスト細胞bone marrow-derived mast cells (BMMCs)にFLAGタグをつけたCD300Cを強制発現させ、抗FLAG抗体で架橋刺激を行った。その結果CD300Cの架橋刺激でMAPKやAktのリン酸化とともに、炎症性サイトカインの産生、抗アポトーシス効果が認められた。以上の結果からCD300Cは活性型受容体として機能することが明らかになった。

□CD300Cと会合するアダプター分子とその役割

CD300CはI型膜タンパク質で、細胞外に1つの免疫グロブリン様ドメイン、加えて膜貫通領域に続き短い細胞内領域をもち、シグナル伝達モチーフは存在しない。したがってITAMを持つ何らかのアダプター分子との会合が予想された。アダプター分子との共沈実験から、CD300CはIgE受容体FcεRIのサブユニットであるFcRγ鎖と会合することが明らかになった。さらにFcRγ鎖を欠損したBMMCsで同様の機能解析を行った結果、FcRγ鎖はCD300Cの機能に必須であり、細胞表面での十分な発現に寄与していることが明らかになった。したがってCD300CはFcRγ鎖を介して活性化シグナルを伝達することが明らかになった。

□ CD300Cのモノクローナル抗体の作製とプライマリ細胞での機能解析

これまでに市販されている抗体でCD300Cを特異的に認識する抗体は存在せず、それらはCD300Aを同時に認識してしまい、CD300C単独での解析は不可能であった。そこでCD300Aに交差反応せずCD300Cを特異的に認識する抗CD300Cモノクローナル抗体を作製した。ヒトプライマリ細胞におけるFACS解析から、CD300Cは単球と末梢血由来のマスト細胞に高発現していることが明らかになった。これらの細胞でCD300Cの架橋刺激を行うと炎症性サイトカインの産生が認められた。さらに単球においては成熟化マーカーであるCD83,CD86の発現も上昇していた。したがってCD300Cはヒト骨髄系細胞において活性型レセプターとして免疫応答に重要な役割を担っていることが明らかになった。

□CD300Cのリガンドの探索

CD300Cの生理的な役割を理解するには、リガンドの同定が不可欠となる。最近CD300Cのペアである抑制型レセプターCD300Aのリガンドが生理活性脂質であるphosphatidylethanolamine (PE)やphosphatidylserine (PS)であることが報告された。これらのリガンド結合部位はIg-like domainにあり、両者のIg-like domainの相同性は94%と非常に高いことから、リガンドも共通していることが推測された。そこでこれらの脂質を含めたリガンドのスクリーニングを行った。

主な方法として(1)固相化ELISA:有機溶媒に溶かした脂質をプレートに固相化しておき、そこにCD300Cの細胞外領域とヒトIgGのFc部分を融合させたCD300C-Fcを作用させ、HRP標識二次抗体によって脂質とCD300Cの結合を評価する、(2)レポーターアッセイ:CD300Cの細胞外領域とCD3ζの融合タンパクを発現させたレポーター細胞を作成し、脂質を固相化したプレート上で培養し、細胞内に組み込まれたGFPの発現の有無で脂質によるシグナル伝達を評価する、という2つの系を用いてスクリーニングを行ったところ、固相化 ELISAの結果からCD300CもPEとPSに物理的に結合することが明らかになった。しかし、レポーターアッセイの結果からはPEのみが生理的にシグナルを伝達できるリガンドである可能性が示された。

□CD300AとCD300Cの反応性の違い

固相化 ELISAやレポーターアッセイからCD300AはCD300CよりもPEに強く結合し、シグナルを伝達することが明らかになった。この違いがどこから生じるのか明らかにするため、以前の報告も踏まえて両者のIg-like domainを比較したところ、CD300Aの56,57番目のアミノ酸配列がフェニルアラニン(F)、ロイシン(L)となっているのに対し、それに対応するCD300Cのアミノ酸配列はロイシン(L)、アルギニン(R)と、唯一連続して異なっていた。これらのアミノ酸配列がPEの結合およびシグナル伝達に重要であるかを調べるため、対応するアミノ酸配列を逆転させたmutantの発現ベクターを作成し、Ba/F3細胞に強制発現させた。すると興味深いことにCD300Aのフェニルアラニンをロイシンに、ロイシンをアルギニンに変えたmutant (以下CD300A - F56L-L57R)は抗CD300A抗体により認識されず、抗CD300C抗体により認識された。逆にCD300Cのロイシンをフェニルアラニンに、アルギニンをロイシンに変えたmutant (以下CD300C - L63F-R64L)は抗CD300C抗体により認識されず、抗CD300A抗体により認識された。以上の結果から抗CD300A抗体、抗CD300C抗体はIg-like domainの同じ位置にある別々のアミノ酸配列を認識していることが明らかになった。

同様にこれらのmutantとCD3ζの融合タンパクをレポーター細胞に強制発現させPEで刺激したところ、CD300A - F56L-L57Rのレポーター細胞では野生型のCD300Aのレポーター細胞と比較してGFP陽性率が減少し、逆にCD300C - L63F-R64Lのレポーター細胞は野生型のCD300Cのレポーター細胞と比較してGFP陽性率が増加した。以上の結果からCD300AとCD300CのPEに対する反応性の違いは同じ位置に相当するアミノ酸配列の違いによるものである可能性が示唆された。

□ PEのCD300Cに対する生理的役割

抗CD300C抗体により架橋刺激が認められるヒトプライマリ細胞は現時点で単球および末梢血由来マスト細胞のみであるため、単球においてPEで刺激を行ったが、抗体による刺激は入るもののPEによる炎症性サイトカインの産生は認められなかった。またCD300Cを強制発現させたBMMCsにおいても同様の結果であった。単球に関してはPEに対してより親和性の高いCD300Aの抑制シグナルによって炎症性サイトカインの産生が抑制されるのではないかと予想されたため、CD300Cのレポーター細胞に同時にCD300Aを発現させてPEで刺激を行った。その結果、CD300C-CD3ζのみ発現した状態でPEにより誘導されたGFP発現が、CD300Aが同時に発現することで完全に抑制されることが明らかになった。以上のことから単球においてはPEの刺激はCD300Aの抑制シグナルによって相対的に抑制されている可能性が示唆された。生体内のどのような状況下でCD300CがPEと反応して活性化シグナルを伝達するかは今のところ明らかになっておらず、CD300C特異的なリガンドの探索も含めて今後の検討が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は九章からなり、第一章は内容の要旨、第二章は背景、第三章は実験に用いた材料とその方法、第四章から第六章は結果の図とその説明、第七章に考察、第八章に謝辞、最後の第九章は引用文献となっている。

第二章ではペア型免疫受容体とそのシグナル伝達の概要、及びLMIR /CD300ファミリーに関するこれまでの知見が記されている。ペア型免疫受容体は非常に相同性の高いリガンド認識部位を有する一方、細胞内におけるシグナル伝達機構の違いにより活性型と抑制型に大別される。これらのシグナル伝達はそれぞれ、immunoreceptor tyrosine based activation motif (ITAM)やimmunoreceptor tyrosine based inhibitory motif (ITIM)と呼ばれる配列を介して行われる。活性型受容体はITAMを持つDAP10/12、FcRγ、CD3ζといったアダプター分子と会合して活性化シグナルを伝達する。一方、抑制型受容体は自身の細胞内領域にITIMをもち、活性化シグナルを遮断する。申請者の研究テーマであるCD300Cはマウス骨髄由来マスト細胞(BMMCs)のcDNAライブラリからクローニングされたleukocyte mono-Ig-like receptor (LMIR)ファミリーのヒトにおけるホモログのひとつである。CD300Cは抑制型レセプターCD300Aと細胞外領域の相同性が非常に高いことからこれまでに特異的抗体が存在せず、さらに生理的なリガンドが不明であることから、生体内でどのような機能を示すのか不明であった。

第四章から第六章ではCD300Cの発現及び機能解析について述べられている。今回の研究ではまずマウス骨髄由来マスト細胞における強制発現系でCD300Cが活性化機能を持ち、その機能はFcRgamma鎖に依存するというメカニズムを明らかにした。さらに初めてCD300C特異的なモノクローナル抗体を用いて、CD300Cがヒトプライマリ細胞において単球および末梢血由来マスト細胞に高発現していることを明らかにした。これらの細胞を抗CD300C抗体で架橋刺激すると活性化シグナルが認められた。これらの結果から初めてヒトプライマリ細胞における活性型レセプターとしてのCD300Cの発現および機能が明らかになり、非常に重要な知見といえる。加えてCD300Cの生理的なリガンドとして生理活性脂質であるホスファチジルエタノールアミン(PE)を同定した。さらに同じリガンドを認識する抑制型レセプターCD300Aとの反応性の違いがリガンド結合部位のアミノ酸配列の違いに依存することを明らかにした。

モノクローナル抗体の作成は株式会社ACTGenの梶川氏との共同研究であり、ヒト末梢血由来マスト細胞の培養と抗体による架橋刺激は日本大学の柏倉博士との共同研究であるが、他の実験結果、すなわちマウス骨髄由来マスト細胞を用いた機能解析、抗体の特異性の確認、ヒトプライマリ細胞におけるCD300Cの発現プロファイル、ヒト単球における機能解析およびリガンドの同定とその作用の解析は論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の研究成果はCD300Cの発現と生物学的機能を明らかにした研究であり、特にCD300Cのリガンド候補としてPEを同定し、PEに対するCD300Aとの反応性の違いがアミノ酸配列の違いに依存することを初めて見出したのは学術的に意義深いものである。本成果はペア型レセプターの同一リガンド認識による免疫応答の制御を理解するうえで極めて有用である。本研究では多方面からの解析が行なわれ、得られた結果も説得力がある。また目的、方法および結果も明瞭で、考察、結論も適切に導きだしており、生体防御の最前線における受容体を介した免疫応答のメカニズムの解明において大いに意義をもつ論文であると評価する。以上により、本論文は学位論文に値するものと判定した。

したがって、論文提出者に博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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