No | 129556 | |
著者(漢字) | 武,正憲 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケ,マサノリ | |
標題(和) | 我が国のエコツアーガイド従事者による自然観光資源の保全に関する研究 | |
標題(洋) | A Study on Conservation of the Natural Tourism Resources by Ecotourism Guide Workers in Japan | |
報告番号 | 129556 | |
報告番号 | 甲29556 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第901号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 背景と目的 エコツーリズムは「自然環境を学びながら利用する観光であり、その自然環境への負荷を抑えることで自然環境を保全し、自然環境を利用した観光による地域経済の発展を目指す観光」である。また、この観光を実現させるツアーがエコツアーと呼ばれ、エコツアーガイド従事者(以下、「ETガイド」と記す。)が観光者に自然観光資源を案内することが前提である。我が国で2007年に制定されたエコツーリズム推進法では、エコツーリズムは観光者がETガイドから案内または助言を受け、自然観光資源の保全に配慮しつつ、自然観光資源と触れ合い、知識および理解を深める活動と定義される。 ただし、エコツアーで自然観光資源を保全するには、ETガイドが自然観光資源に配慮するだけでは不十分である。先進地ではETガイドが自然観光資源を持続的に利用するため、保全管理者は、ETガイドが有する自然観光資源の知識やその観察機会を活用し、保全対策を実施している。そして、保全管理者は、ETガイドが自然観光資源を保全するための役割を定めている。我が国では、エコツーリズム推進法が制定され、全国各地でエコツアーが推進されているが、エコツアーが盛んな地域では自然観光資源が保全されないという問題がある。一方、その他の地域では、ETガイドは十分な収入を得られず、エコツアーが観光業として成立しないという問題がある。 我が国のETガイドは、保全管理者の補助ができる自然観光資源の知識や観察機会を有することが指摘されているが、ETガイドの役割を定めた制度はなく、具体的にETガイドの自然観光資源の知識や観察機会を把握した研究も見られない。また、エコツアーが観光業として成立しつつ、ETガイドが自然観光資源を持続的に利用するための保全制度や保全対策は検討されていない。 本研究では、我が国のETガイドがエコツアーで自然観光資源を利用しつつ、ETガイドが実践することが可能な自然観光資源の保全についてその内容と程度を明らかにするために、以下の3つの研究目的を設定した。研究目的1は、我が国のETガイドの役割を示し、その役割の中からETガイドが自然観光資源を持続的に利用するための「保全の役割」の実施状況を明らかにすることである。研究目的2は、ETガイドの自然観光資源に対する保全意識と保全行動を推測することである。研究目的3は、現地調査によりETガイドの自然観光資源についての知識とその観察機会、観察対象の特徴を解明することである。 第2章 我が国のエコツアーガイド従事者の役割 文献調査により、ETガイドが担っている役割と、我が国の自然観光資源の保全管理者の補助員の役割を示し、この2つの役割の対応関係から、我が国のETガイドがエコツアーを行なう上での役割を推定した。まず、ETガイドが担っている役割は、ETガイドの役割を扱う文献と国外の先進地の事例から、9項目を示した。つぎに、補助員の役割は、国立公園の保全管理者の補助員制度(自然公園指導員制度、パークボランティア制度、グリーンワーカー制度、アクティブ・レンジャー制度)の補助業務から、8項目を示した。ETガイドが担っている役割と補助員の役割の内容の対応関係から、我が国のETガイドの役割は11項目であると推定し、利用の役割(4項目)と保全の役割(7項目)に分類した。我が国のETガイドが自然観光資源を持続的に利用するための「保全の役割」は、「現地での保全行動の動機づけ」「観光者の監視」「保全管理者への情報提供」「資源モニタリング」「施設整備」「美化清掃」「長期的視点での環境教育」の7項目である。 第3章 エコツアーガイド従事者の役割に対する関心の把握 第2章で提示した我が国のETガイドの役割が、我が国のエコツーリズムで認識されている役割であるかを確認した。我が国で発行されたエコツーリズムに関する論文を対象とし、各論文中のETガイドに関する記述を抜き出し、計量書誌学的手法で分析し、我が国のETガイドの役割として認識されているかを確認した。第2章で推定した我が国のETガイドの役割の11項目全てに対応する記述を確認し、11項目の役割は全て我が国で認識された役割であることを示した。さらに、我が国のエコツーリズムの歴史を歴史的事実と既往文献の事例地の特徴をもとに4つに時代区分し、その時代区分毎に11項目の役割を記述した論文数を集計した。その結果、我が国におけるETガイドの役割への関心は、エコツーリズムの普及にあわせ、利用の役割への関心が増え、保全の役割への関心は低くなることを示した。 第4章 野外活動愛好家の環境保全意識 我が国では、エコツアーが盛んに行われている地域は限られており、エコツアーが観光業として成立しない地域が多く、十分に収入を得ているETガイドは少ないと考えられる。しかし、近年では、専用道具を利用した野外活動が普及し、そのガイド従事者が自然観光資源を案内または解説することでエコツアーとして成立する事例が増えている。そこで、今後エコツアーに発展する可能性の高く、ETガイドとして活動する可能性のある野外活動愛好者へアンケート調査を行い、ETガイドの自然観光資源に対する保全意識と保全行動を、その結果から推測した。環境に配慮する印象があるカヌーと環境に配慮する印象がないマウンテンバイクを事例に、ガイド経験者と非ガイド経験者に分けて分析した。いずれの野外活動でも、ガイド経験者は野外活動を行う自然環境への関心が高く、美化清掃やトレイルの維持といった利用する自然環境を保全する行動を実施する傾向が高いことが示唆された。このことから、環境に配慮する印象があるかないかに関係なく、ガイド経験者は、利用する自然環境に対する保全意識と保全行動を実施する傾向が高いことが示され、エコツアーの内容にかかわらず、ETガイドは「保全の役割」を実践する可能性があると推測した。 第5章 エコツアーガイド従事者による自然観光資源の保全に関する事例研究 事例研究の対象地は、エコツーリズムが推進される地域の中から、ETガイドによる自然観光資源の保全が最も期待できる地域を選定した。保護地域の指定状況、ETガイドの活動状況、エコツーリズム行政担当者によるエコツアー事業者の活動実態の把握状況、調査研究機関の有無から判断し、長崎県佐世保市南九十九島地域を選定した。 文献調査とヒアリング調査より、自然観光資源の保全のための7つの役割が実施されているか確認した。その結果、ETガイドは、自然観光資源の保全活動に関わっているが、その活動は保全管理者が実施する保全活動とは無関係であることを示した。また、ETガイドは保全の役割の7項目のうち、5項目をエコツアーで自発的に実施することを確認した。 次に、ETガイドが有する自然観光資源についての知識、その観察機会、観察対象の特徴を解明するため、ETガイドが観察した生物種の数、観察範囲、観察頻度、頻繁に観察した生物種の特徴をヒアリング調査と資料調査で確認した。そして、それらの内容を調査専門家の調査記録資料と比較した。ETガイドと調査専門家が観察した生物種は一部共通し、その中に保全対象となる希少生物種が含まれることから、ETガイドは自然観光資源の保全に必要な知識をある程度有することを示した。また、ETガイドはエコツアーで利用する自然地に限定すれば、調査専門家よりも高頻度の観察機会を有することを示した。そして、ETガイドの観察対象の特徴は、観光価値のある生物種や危険な生物種であることを示した。 第6章 総合考察 我が国でエコツアーが観光業として成立しつつ、ETガイドが自然観光資源を持続的に利用するためには、ETガイドは「利用の役割」に加え、「保全の役割」を実施する必要である。我が国のETガイドは、「保全の役割」を既に自発的に実施している。さらに保全管理者がETガイドに保全の役割を提示することで、地域の実状に合わせた保全を自発的に実施することが期待できると考えられる。ただし、ETガイドは観光者を満足させるために、エコツアーで利用する自然観光資源を拡大する傾向があるので、ETガイドが自然観光資源への負荷を増加させることが課題になる。一方で、ETガイドが希少生物種を含む自然観光資源を観察する機会が増えることは、情報収集の機会が増えると捉えることもできる。ETガイドがモニタリングした自然観光資源の情報を、保全管理者や調査専門家が入手できれば、自然観光資源の状況に応じた管理ができると考える。また、ETガイドが観察した生物種は観光価値があるという特徴があるので、ETガイドが「保全の役割」を継続的に実施するためには、その「保全の役割」に観光的な価値が必要であると考える。ETガイドによるモニタリングで得た成果をETガイドがエコツアーでの自然解説の素材とするなど、ETガイドが「保全の役割」を実施すると、観光的な付加価値を得られるようにすれば、継続的な実施が可能であると考える。そして、「ETガイド」「行政担当者」「調査研究機関」の3者がエコツアーに関わり、お互いの役割を補完することで、自然観光資源を保全し、それを利用するエコツーリズムの実現につながると考えられる。 第7章 結論 我が国でエコツアーを観光業として成立しつつ、ETガイドが自然観光資源を持続的に利用するための「保全の役割」を7項目示した。そして、我が国のETガイドは、自然観光資源に対する保全意識と保全行動を有することが推測され、実際に自発的に実践していることを示した。さらに、ETガイドは、エコツアーに関係する自然観光資源に限れば、保全管理者や調査専門家による自然観光資源の保全を補助できる知識とその観察機会を有することを示した。 | |
審査要旨 | 本論文は全7章からなっている。第1章では、エコツーリズムで利用する自然観光資源の保全に関しては、モニタリング情報の不足が問題であることを導き出した上で、その解決方法として,エコツアーガイド従事者(以下,「ETガイド」と記す)による保全管理者の補助が考えられることを示した。そして、それを実現するために,ETガイドの自然観光資源に対する保全意識と保全行動を明らかにし、ETガイドがモニタリングに必要とされる自然観光資源に関する知識や頻度・時期・範囲といった観察機会を明らかにし、それによってETガイドが自然観光資源の保全を行う可能性を検討する意義を示した。第2章では、文献調査と我が国の保全管理者の補助制度の見直しにより、自然観光資源を保全する上でETガイドに求められる役割を提示した。第3章では、第2章で提示した我が国のETガイドに求められる役割が、実際担うことが可能な役割であるかを確認するため、既往文献のETガイドに関する記述内容を、計量書誌学的手法で分析した。第4章では、ETガイドの自然観光資源に対する保全意識と保全行動を、ガイド業経験のある者が比較的多い野外活動愛好者の保全意識と保全行動から推測した。野外活動愛好者はカヌー愛好者とマウンテンバイク愛好者とし,ガイド経験者と非ガイド経験者に分けて分析した。第5章では、ETガイドによる資源の保全が最も期待される地域特性をもつ長崎県佐世保市南九十九島地域で詳細な事例調査を実施した。まず、文献調査とヒアリング調査により,調査地における資源に係る歴史を整理した上で,第2章で示した自然観光資源を保全する上でETガイドが実際に行っているのかを把握した。次に,調査地で活動するETガイドの知識と観察機会を,生物種数,上陸する島数,上陸頻度という観点から,専門家の調査活動と照らし合わせて分析した。第6章、第7章では、第2章から第5章までの結果を整理し、総合考察と研究のまとめを行っている。その内容は以下のようになる。 本論文では、我が国の自然観光資源の保全管理者としては自然保護官が該当すること、彼らの人員不足解消を目的として現地管理の補助員制度が整備されていること、補助員制度には、自然公園指導員制度、パークボランティア制度、グリーンワーカー制度という3つの制度があり、その中で資源の保全のための補助業務が定められていることを示した。ここで示した補助業務と文献調査の結果,我が国のETガイドには、自然観光資源の保全のために求められる役割として、「長期的視点での環境教育」、「現地での保全行動の動機づけ」、「観光者の監視」、「資源モニタリング」、「保全管理者への情報提供」、「美化清掃」、「施設整備」という7つがあることを示した。また、エコツーリズムと観光に関係が深い既往文献を計量書誌学的手法で分析をした結果,上記の7つの役割が、即ち我が国のETガイドに求められる役割であることを示した。 さらに、カヌーとマウンテンバイクの愛好家に対する調査から、ガイド経験者は利用する自然環境に対する保全意識も保全行動も非ガイド経験者よりも高く、これらの人材がETガイドとなることで、資源モニタリング、美化清掃、施設整備を担う可能性を示した。九十九島地域における事例調査では、ETガイドによる直接的な保全活動は確認されなかったが、漂着ゴミの美化清掃をエコツアーとして実施しており、持ち帰れないゴミを発見した場合には管理者へ情報を提供していることが確認された。また、ETガイドは、一部専門家が確認していない保全対象生物種を観察し,エコツアーの中で特定の島を頻繁に訪れており、ETガイドが資源モニタリングの補助が担える可能性が示された。ただし、観光者にとって危険生物種の観察は頻繁に行われているものの、希少生物種であっても観光対象として認識されていない生物種は観察されないことも明らかとなった。 これらの結果より、我が国のETガイドが自然観光資源の保全する上で求められる7つの役割のうち、長期的な視点での環境教育と施設補修は行われていないものがあるが、既往研究や社会的背景から行われていく可能性があると考えられる。また事例研究から、ETガイドは、観光資源として魅力がない生物種は認識していないという課題も明らかとなった。ETガイドを自然観光資源の保全に、さらに役立てるためには、生物種に関する知識の補完や研修プログラムの開発、ETガイド間の情報共有が必要であると考えられる。 以上のように申請者は、エコツアーガイド従事者の自然観光資源の保全に対する役割を、定性的な分析だけではなく、定量的な分析を用いた文献調査と長崎県佐世保市九十九島地区において実施した詳細な事例調査により明らかにした。非常に時間のかかるこれらの手法を用いて明らかにした内容は、我が国において推進されようとしているエコツーリズム問題の明らかにしつつ、その解決に必要な材料を提供することにつながった。以上のことは自然観光資源の保全に関する先駆的成果として十分評価できる。従って、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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