No | 129557 | |
著者(漢字) | 中村,和彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカムラ,カズヒコ | |
標題(和) | 映像アーカイブを用いたフェノロジー観察学習に関する研究 | |
標題(洋) | Phenology Observation Learning by Image Archives | |
報告番号 | 129557 | |
報告番号 | 甲29557 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第902号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察を学校教育へ導入するための教材開発の方針を明らかにすることを目的としたものである。全8章からなる。 第1章では、研究の背景、目的、構成、方法について述べた。フェノロジー (季節的におこる自然界の動植物が示す諸現象の時間的変化) の観察は古くから多くの人々によって行われてきたが、近年では長期的な気候変動が動植物に及ぼす影響の指標として注目される。フェノロジーの観察はそれほど専門的な知識や技術を必要としないため、複雑な環境変化の影響を誰もが自身で直接得た直感的な情報 (一次情報) から把握できるという利点がある。そして、現代においては学校教育においてフェノロジー観察が学習内容に取り入れられている。そこで、学校教育における身近なフェノロジー観察を長期的な環境変化の学習へと繋げることができないかと考えた。そのための手段として映像アーカイブ (音声付きの動画による映像の記録蓄積) を用いることが有効と考えられるが、学校教育への導入は未だ検討されていないため、実践的な知見が不十分であると判断し、冒頭に掲げた研究目的に至った。まず、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入における課題を明らかにし、その課題に沿って授業実践における教材開発の方針を検討した。教材開発および授業実践においては、教材開発者、教員、学習者の3者を関係主体と捉えた。 第2章では、教材開発の方向性を明示した。まず、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学術的意義および教育的意義について述べた。学術的意義は、フェノロジー観察データの検証性および均質性の向上、観察頻度の向上、自動化による観察コストの削減、の3点が挙げられた。教育的意義は、観察の時間規模の拡大が挙げられた。この教育的意義のもと、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察を学校教育へ導入する際には、フェノロジー観察データの検証性および均質性の向上という学術的意義が失われる危険性が考えられる。その一方で、教育的意義を確保するためには、授業を担当する教員の意図を反映した教材開発を行うことも必要と考えられた。したがって、事例研究においては、学術的意義と教育的意義の両立に向けて授業を担当する教員との議論を経た教材開発を行う必要があると考えられた。 第3章では、本論で対象とする映像アーカイブを用いたフェノロジー観察によって、年々変動および長期変化傾向がどの程度把握できるかを検討した。対象とする映像アーカイブは、東大秩父演習林の2台の無人自動撮影カメラによって撮影された、1995年から継続する毎日の動画と音声の蓄積である。2台のカメラによって、カメラ向きおよび画角の異なる約80のショットが撮影されているが、そのうち2つのショットを約2年間毎日観察した結果、1年間の季節変化は、植物の開葉・開花・紅葉・落葉や動物の鳴き声など、多くのフェノロジーから概略的に把握できた。年々変動については、単純に2つの年が違うということは、いくつかの植物フェノロジーから把握できた。年々変動のより詳細な分析や気温との関係の分析などのためには日単位の観察が必要となるが、カスミザクラの満開日の観察によって可能であることが示された。そして、長期変化傾向については、対象とする16年間の映像アーカイブでは把握できず、より長期間を対象とする必要があることが考えられた。 第4章では、X校における授業実践に向けた学校教員との複数回に及ぶ教材検討およびその授業を事例とし、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入における課題を抽出した。小学校第6学年の児童34名に対して行われた授業において、展開案を作成する教員3名に試作教材を提示して要望を聞き開発に反映させるという手順を3回繰り返して、最終的に授業で用いる教材を開発した。授業の様子はビデオ記録し、教員らの意図が授業展開にどのように反映されたか、また児童はそれに対してどのように反応したかを確認した。さらに、児童の反応については授業後感想文の計量テキスト分析も併せて行った。その結果、たとえ10年以上の映像アーカイブが使えるとしても、まずは児童の既有経験に基づいた内容として、四季に関する学習を導入とし、児童が自ら気付く学習を重視することが教員から求められた。また、児童の授業後感想文からは、授業で用いた教材の間の内容の連続性が不足していたために、児童の観察の時間規模の拡大を妨げた可能性が示唆された。そして、14年前と最近とを比較して紅葉の時期のずれなどを児童に観察させることを教員から求められたが、実際の映像アーカイブでは第3章で検討したように長期変化傾向としての時期のずれは把握できないことを教材開発者から説明され、今回の授業では結局扱われなかったという教材開発の経緯があった。以上の検討を通じて、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入における課題として「学習者の経験に基づいた季節変化の観察をどう行うか」「観察対象の時間規模の1年から複数年へどう拡大するか」「長期的な環境変化の学習に繋がる複数年フェノロジー観察をどう行うか」の3点が課題として抽出された。 第5章では、抽出された3つの各課題に対して、授業実践における教材開発の方針を検討するために行ったA~E校での5回の授業実践について個別に検討した。A校 (小学校第6学年) の事例では、並べ替えによる季節の学習が単に興味や関心を引き出すにとどまったこと、多くの児童が複数年の時間規模の学習を行えたが生活経験に基づいたものになった可能性は低いこと、2カ年のみの観察では年々変動と長期変化傾向とを混同する危険性があること、等が考えられた。B校 (小学校第6学年) の事例では、映像教材の提示後に関連する直接経験を与えることも効果的であること、児童の観察の時間規模が直接経験を含む形で段階的に拡大していったこと、ブナの豊凶現象というフェノロジーは年々変動として児童が把握しやすかったこと、等が考えられた。C校 (中学校第1学年) の事例では、映像教材の内容自体に既有経験との関連性があれば、映像の撮影地にかかわらず現地体験の事後学習教材として用いることができること、観察の時間規模の拡大がB校の事例と比べて早かったため追従できない生徒が数多くいた可能性があること、80年という時間規模を生徒は特に問題なく扱えること、等が考えられた。D校 (小学校第4学年) の事例では、児童の既有経験として考えられる春夏秋冬の四季に直結する教材を最初に用いることで時間認識をより詳細化していく過程となり、フェノロジーの長期的観察を行うにあたって日単位の観察が求められることを考えると重要な学習要素として位置づけられると考えられた。E校 (中学校科学部) の事例では、A校の事例における結果を受けて15年間を毎年観察させたが、単にそれだけでは不十分で、長期変化傾向は把握できないことを教材の編集および口頭説明によって強調する必要があると考えられた。 第6章では、第5章で述べた5つの事例に第4章の1事例を加えた計6つの事例を総括することで、第4章で抽出された3つの各課題に対応した教材開発の方針を検討した。6事例を通じた教材の変遷は、1年の時間規模の事象を観察する教材と複数年の時間規模の事象を観察する教材の2つの系統に大きく分けられた。そして、「学習者の経験に基づいた季節変化の観察をどう行うか」という課題に対しては、学習者の既有経験、特に低年齢では春夏秋冬の四季のみの季節感といったものに基づき、そこから同じ1年でもより詳細な変化を観察させるように、つまり学習者の時間概念を詳細化できるような教材が望ましいと考えられた。「観察対象の時間規模の1年から複数年へどう拡大するか」という課題に対しては、1年から2カ年への拡大であっても小中学生にとっては困難となる可能性があり、単にそれぞれの教材を順番に提示するだけでなく、時間規模の拡大を支援するような学習、特に関連した直接経験による学習を経ることが望ましいと考えられた。「長期的な環境変化の学習に繋がる複数年フェノロジー観察をどう行うか」という課題では、フェノロジーの長期変化傾向と年々変動を明確に区別して学習者に把握させるために、観察の時間規模が長期変化傾向を把握するにあたって十分なのか、不十分なのかということを明確にして提示し、不十分な場合は長期変化傾向ではなく年々変動として把握すべきであるということを、教材の編集および口頭説明によって明確に伝えることが望ましいと考えられた。 第7章では、事例研究に関係する主体として教材開発者、教員、学習者の3者に着目し、各主体にとっての映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の意義について議論した。教材開発者にとっては、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入を検討したことによって、学術的意義と教育的意義を両立できる教材開発を行うための、特に教育的意義の確保に必要な基礎的かつ実践的な知見を得られた。教員にとっては、自ら一次的映像のアーカイブを用いた観察によって学習することで、学術的意義と教育的意義を両立した学習を主導する存在となるための知見が得られた。学習者にとっては、自主的に映像アーカイブにアクセスしてフェノロジー観察を行うための動機と技術を身につけることができた。 第8章では、本研究の総括と展望を述べた。本研究の成果は、教材開発者、学校教員、児童・生徒らが関わる学校教育という場において、長期的な環境変化の学習に繋がるようなフェノロジー観察を行なっていくための指針を、それぞれの主体にとって意義のある形で提示したものであると捉えられた。 | |
審査要旨 | 本論文は全8章からなっている。第1章では、フェノロジー観察の現代的意義として、長期的な気候変動が動植物に及ぼす影響の指標となるとともに、複雑な環境変化の影響を誰もが自身によって得た情報から直感的に把握できるという利点に着目した。そして、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入における課題を抽出し、授業実践における教材開発の方針を検討することの意義を示している。第2章では、事例研究における教材開発の方向性として、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学術的意義と教育的意義を定義し、その両立には教材開発者と学校教員との協働が必要であることを示している。第3章では、対象とする映像アーカイブを用いて観察可能なフェノロジーの解析を行い、カスミザクラの満開日などのフェノロジーを日単位で観察可能であることを示している。第4章では、1つの学校の教員との3回に及ぶ検討を通じた教材開発を行うとともに、それらを用いて教員が行った授業を、授業録画の逐語記録および児童の授業後感想文によって分析している。これらの検討を通じて、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入における課題を抽出している。第5章では、抽出した課題に対する教材開発の方針を検討するために、5つの学校における授業実践を行っている。第6章では、第4章および第5章で行った計6校における授業実践に対して、教材の変遷を時系列に沿って整理するとともに、抽出した課題に対する教材開発の方針を示している。第7章では、事例研究の成果を第2章および第3章の内容を踏まえて総合的に考察している。そして、第8章で結論を述べている。その内容は次のようである。 本研究は、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入における課題を明らかにしたうえで、授業実践における教材開発の方針を検討することを目的とした。課題を抽出するにおいての主要な着目点は、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学術的意義と教育的意義とを両立することとした。 そのうえで、授業実践に向けた学校教員との複数回に及ぶ教材検討、およびその授業を事例として、3つの課題が抽出された。課題1、学習者の経験に基づいた季節変化の観察をどう行うか。課題2、観察対象の時間規模の1年から複数年へどう拡大するか。課題3、長期的な環境変化の学習に繋がる複数年フェノロジー観察をどう行うか。以上の3点である。これらの課題に対し、追加で複数回の授業実践を行い、その過程における教材の変遷の整理を通じて、授業実践における教材の開発方針を、各課題に対応する形で示した。方針1、春夏秋冬の四季といった学習者の既有経験に基づき、そこから同じ1年でもより詳細な変化を観察させ、学習者の時間概念を詳細化する。方針2、1年の時間規模を観察する教材と複数年の時間規模を観察する教材を単に順番に提示するだけでなく、2つの教材の間の時間規模の拡大を支援するような学習を経るような授業展開とする。方針3、フェノロジーの長期変化傾向と年々変動を明確に区別して学習者に把握させるために、観察の時間規模が長期変化傾向を把握するにあたって十分なのか、不十分なのかということを明確にして提示し、不十分な場合は長期変化傾向ではなく年々変動として把握すべきであるということを、口頭による説明等で明確に伝える。以上の3つの方針が示された。 以上の事例研究に関係する主体として教材開発者、教員、学習者の3者が存在する。教材開発者にとっては、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入を検討したことによって学術的意義と教育的意義を両立できる教材開発を行うための基礎的かつ実践的な知見を得られた。教員にとっては、自ら一次情報の観察によって学習することで学術的意義と教育的意義の両立に向けた教材開発者との議論のための知見を得られた。学習者にとっては、自主的に映像アーカイブにアクセスしてフェノロジー観察を行うための動機と技術を身につけることができた。本研究の成果は、教材開発者、学校教員、児童・生徒らが関わる学校教育という場において、長期的な環境変化の学習に繋がるようなフェノロジー観察を行なっていくための指針を、それぞれの主体にとって意義のある形で提示したものとなった。 このように申請者は、従来は個別に検討されていた学術的フェノロジー観察と教育的フェノロジー観察の両立の実現に向けて、映像アーカイブを用いたフェノロジー観察の学校教育への導入のための指針を示した。これは、学術的な映像アーカイブの学校教育における活用を今後推進していくうえでの実践的な知見となる。以上のことは、自然環境研究の基礎的成果として評価できる。 従って、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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