学位論文要旨



No 129560
著者(漢字) 伊藤,有加
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ユカ
標題(和) 地盤情報データベースの解析に基づく大阪盆地の上部更新統~完新統の形成と地形発達
標題(洋) Formation of Upper Pleistocene to Holocene depositional sequences and landforms in the Osaka intra-arc basin based on borehole database analyses
報告番号 129560
報告番号 甲29560
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第905号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小口,高
 東京大学 准教授 芦,寿一郎
 東京大学 教授 斎藤,馨
 東京大学 教授 須貝,俊彦
 東京大学 准教授 徳永,朋洋
内容要旨 要旨を表示する

沿岸域の地層や地形の形成は,「汎世界的(絶対的)な海水準変動」,「地盤の昇降」,「堆積物の供給量」に関係する相対的な海水準変動に支配されている.日本の沖積層は,海進期と高海水準期からの海退を経験しており,相対的な海水準変動による地形や地層の形成過程を把握することができる貴重な研究対象と考えられる.また,沖積層や沖積平野は,人間活動の場と密接に関係しているため,環境保全や防災の面でも重要である.

日本の沖積層や沖積平野の形成過程は,空中写真の判読,ボーリング資料の解析,14C年代測定,堆積物の化石分析などに基づき明らかになってきている.地層の解析手法は,地層や堆積物の観察から堆積環境を推定する堆積相解析が1980年代までに発展し,その後地層の重なり様式を相対的海水準変動との関係で考えるシークェンス層序学が導入され,急速に発展した.

近年,地盤情報データベースが多くの自治体や研究機関などで全国,都道府県などを対象に整備されている.しかし,データベースを利用した地層の解析に,近年発展してきたシークェンス層序学の知識が適用された例は少ない.また,これまでは様々な地域の盆地間の沖積層の比較が試みられているが,一つの盆地の中の複数の地域において,地形と地層の対比や相対的海水準変動の過程で起こった現象を検討した研究はまだ少ない.この理由として,従来の研究では利用しているデータの密度が相対的に低いか,データの分布が偏っているために,盆地全体の概要を明らかにするか,盆地の一部のみを詳しく調べる場合が多かったことが挙げられる.しかし,シークェンス層序学のように空間的連続性を重視して地層の解釈を行う場合には,高密度で面的に分布する情報を用いて,一つの盆地の中の多様な要素を詳しく検討することが重要と考えられる.

本研究では大阪盆地を例に,高密度のボーリングデータを収録した地盤情報データベース及び堆積相解析とシークェンス層序学の手法を用いて,最上部更新統~完新統の地層を解析し,堆積システム(古地理)を推定する.そして,相対的海水準変動により地形と地層がどのように関係しながら堆積シークェンスが形成されてきたかを広域的に捉え,その共通性と地域性を論じる.また,堆積シークェンス形成中に生じた沿岸域での地形変化についても論じる.

大阪盆地(神戸・六甲山麓,西宮・尼崎低地,大阪平野)は,隆起する六甲山地と沈降する大阪湾域との境界域にあたり,山地と海の間には,何本もの断層が走る.ただし沖積層の内部における地殻変動による変形はほとんど報告されていない.大阪平野には,大規模な淀川が流れ,上流部で桂川,宇治川,木津川と合流する.その上流側にはかつての遊水地であった干拓地が分布する.また,大阪平野には上町台地が発達し,その西方に上町断層が存在する.その北方には,千里丘陵が位置する.西宮・尼崎低地には,猪名川,武庫川が流れている.両河川の間には低位段丘の伊丹台地が位置する.武庫川低地は上流域に花崗岩域をもつため土砂供給量が多く,扇状地やデルタを形成している.一方,猪名川低地は上流域に流紋岩や古生層をもち,土砂供給量が少ないため,デルタは不明瞭である.神戸・六甲山麓では,六甲山の前面から低地に向かって扇状地が発達し,これらの扇状地を形成した住吉川,芦屋川などが流れている.海岸の沖積面は,埋め立て前の海岸線から内陸に分布し,海岸線に平行する砂堆が微高地を形成している.

本研究では約5万本以上のボーリングデータを収録している関西圏地盤情報データベース(2011年版)を用いた.柱状図には,粘土・シルト・砂・礫の岩相と標準貫入試験値(N値)が記載されている.ただし,データベースには粒径,地層に含まれる貝殻,植物遺体,腐植,火山灰層,年代値などの情報は収録されていない.しかし,既存の文献から年代データなどの情報を補い,地層の解釈に使用した.データベースに含まれる約3.2万本のボーリングデータを用いて複数の地質断面図を作成した.次に,岩相の連続性,重なり様式,N値,厚さ,標高変化,シークェンス層序,および既存の年代値に基づき岩相境界線と層相境界線を描き,堆積システムを復元した.

大阪盆地の沖積層シークェンスは,約3万年前のシークェンス境界の形成時にでき始めた「低海面期堆積体」,約11000年前から海面が上昇した海進期と約6000~5000年前の最高海水準期に形成された「海進期堆積体」,それ以降から現在に至る「高海面期堆積体」に区分できる.特徴的な要素として,海水準低下期~低海水準期での不整合面で示される開析谷と,海進期の波食や潮汐作用によって形成されるラビーンメント面が認められ,それらの分布を面的に復元した.ラビーンメント面は下位の段丘の上面を切断している.また,急激な海水準上昇によってラビーンメント面の形成が途切れたことを示唆する段差が認められる.大阪湾の海水準変動曲線との関係から,段差の形成時期は約7600年前と推定された.すなわち,汎世界的な約7600年前の急激な海水準上昇が大阪湾でもあり,それが地形のギャップとして記録されたと考えられる.

西宮・尼崎低地では,沖積層シークェンスと上部更新統シークェンスが明瞭に認められた.下位のシークェンスでは,相対的海水準低下に伴って形成されたと考えられる複数の埋没段丘と扇状地が認められ,平面分布からみて,埋没段丘は海岸段丘と河岸段丘を共に含むと考えられる.この地域の沖積層断面は,くさび状に海成粘土層が分布することが特徴である.

神戸・六甲山麓の沖積シークェンスでは,沿岸に海進期~最高海水準期の3列の砂嘴(バリアーシステム)が分布する.また,山麓側では土石流や重力流堆積物を主体とする扇状地(低海水準期~海退期)や臨海扇状地(海進期~高海水準期)を形成していた.この地域は土石流などの粗粒な堆積物が卓越するため,海成粘土層中にこれらの堆積物が流入し,岩相が連続しないことが特徴である.一方,大阪平野の沖積シークェンスには,海成粘土層の層準に,最高海水準期までに発達した2つの砂州(砂嘴)の堆積物が分布する.これらの砂州は,これまで海退期に発達した砂州や海進期の三角州堆積物と考えられており,海進期の砂州堆積物と明確には述べられていなかった.また,淀川上流域の大山崎と中流域の上町台地に古淀川の狭窄部が存在し,宇治川下流域では古宇治川の湖沼三角州が分布していたことも明らかとなった.

上記の3地域の地層の特徴を踏まえて,大阪盆地全体の古地理を復元し,次に沖積層シークェンスにみられる3地域の相違を検討した.その相違は,背後の流域の地形や地質から想定される土砂供給量の差と強く対応していることが判明した.また,台地や丘陵地といった既存の地形(前地形)の分布が,沿岸流と砂州の発達を規定し,同時に海底を含む地域全体の地形に規定される波浪や潮汐流の強度がラビーンメント面の形成を支配したこともわかった.このような諸条件により,海面の変動様式が共通であっても,地域毎に堆積システムや地形発達史が異なると考えられる.

本研究では大阪盆地という比較的狭い範囲内において,異なる地層や地形の発達を示す3地域を認定した.3地域のシステムは,全国でみられる沖積層・沖積平野の主要な3タイプと対応する.神戸・六甲山麓の沖積層は,土砂供給量が多い臨海扇状地を持つタイプであり,これは黒部川や大井川の扇状地などと同じタイプと考えられる.西宮・尼崎低地の沖積層は,土砂供給は中程度でくさび状の海成粘土層を持つタイプとみなせる.これは濃尾平野,中川低地,佐賀平野といった日本の沿岸域の最も代表的な沖積層に相当する.一方,大阪平野は比較的土砂供給量が少なく,バリアー堆積物が分布するタイプである.このタイプの沖積層の報告例は相対的に少ないが,富山県の射水平野などの例がある.以上の全国との対比は,本研究を通じて得られた知見が広域に応用できる可能性を示している.

以上のように本研究では,高密度の地盤情報データベースにシークェンス層序学を含む地層学の手法を適用し,岩相と堆積相の境界線を描くことによって,相対的な海水準変動の過程における堆積システムの発達や地形変化を高空間解像度で把握した.本研究の手法は,他地域及び多くの機関で整備中の地盤情報データベースを活用した学術的な地層研究にも今後利用可能と考えられ,その過程で新たな知見が得られると期待される.また,本研究の手法を用いると,地質や地形システムの特徴を広域的に把握できるので,環境保全や防災にも貢献できると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は大阪盆地の上部更新統~完新統の形成と地形発達を地盤情報データベースの解析に基づいて検討したものであり、6章からなる。第1章は研究の背景、第2章は調査地域の概要、第3章は使用したデータと解析の手法、第4章は結果、第5章は考察、第6章は研究のまとめについて述べられている。

沖積層と沖積平野は地形学と地質学の重要な研究対象である。とくに日本では上流域が急峻で土砂生産が多いこともあり、多数の沖積平野が形成されており、その研究もさかんである。日本の沖積層の研究では、地層や堆積物の観察から堆積環境を推定する堆積相解析が1980年代までに発展した。その後、地層の重なりの様式を相対的海水準変動との関係で考えるシークェンス層序学が導入され、より急速に発展した。一方、近年自治体等が整備している地盤情報データベースに収録されたデータを活用した沖積層の学術研究も行われるようになったが、このようなアプローチとシークェンス層序学を組み合わせた例は少ない。また、一つの平野や盆地の中の複数の地域において、地形と地層の対比や相対的海水準変動の過程で起こった現象を検討した研究も少ない。本論文では研究対象地域として大阪盆地を取り上げ、高密度のボーリングデータを収録した地盤情報データベースの情報を堆積相解析とシークェンス層序学の手法を用いて分析し、最上部更新統~完新統の地層の区分と堆積システム(古地理)の推定を行った。その結果に基づき、相対的海水準変動の中で堆積シークェンスと地形がどう形成されてきたかを盆地内の複数の地域について検討し、その共通性と地域性を論じた。

本論文では「関西圏地盤情報データベース」を使用し、そこに含まれる約3万2千本のボーリングデータを、地理情報システム(GIS)を用いて分析した。データベースに記録された岩相と標準貫入試験値と、既存文献の年代情報を用いて地層を解釈し、岩相境界線と層相境界線を記入した多数の地質断面図を作成した。さらに地質断面図から認定された段丘や波食地形の分布を示す地図も作成した。その結果、約3万年前以降の地層は初期の「低海面期堆積体」、約11000~6000年前に形成された「海進期堆積体」、その後の「高海面期堆積体」に区分され、低海水準期の不整合面で示される開析谷と、海進期の波食や潮汐作用によって形成されるラビーンメント面が特徴的な要素として認定された。

大阪盆地のうち西宮・尼崎低地では、海水準低下期に形成された複数の埋没段丘と扇状地、および明瞭なくさび状の海成粘土層が分布する。その西側の神戸・六甲山麓では、沿岸に海進期~最高海水準期の砂州が複数分布し、山麓側では土石流や重力流堆積物を含む扇状地が認められる。ここでは粗粒な堆積物と海成粘土層が混在しているため、岩相の連続性が悪い。一方、大阪盆地東部の大阪平野では、海成粘土層の層準に2つの砂州の堆積物が分布し、上流側では狭窄部の埋没地形や湖沼デルタの堆積物が認められた。本論文では上記の3地域における地層の特徴を踏まえて、大阪盆地全体の上部更新世以降の古地理を復元した。また、3地域の地層と地形の発達の相違が、背後の流域の地形や地質から想定される土砂供給量の差と強く対応していることを明らかにした。さらに、台地や丘陵地といった既存の地形(前地形)の分布が、沿岸流と砂州の発達を規定し、同時に海底を含む地域全体の地形が波浪や潮汐流によるラビーンメント面の形成を支配したことも明らかにした。このような諸条件により、海面の変動様式が共通であっても、地域毎に堆積システムや地形発達史が異なることを指摘した。さらに3地域の特徴は、日本全国でみられる沖積層・沖積平野の主要な3タイプと対応しており、結果の普遍性が高いことも指摘した。

以上のような内容からなる本論文は、地層に関する多量で高密度のデータを、地理情報システムとシークェンス層序学の技法を用いて分析することにより、日本の沖積層と沖積平野の研究に新知見をもたらしたものと評価される。また、本論文で提示された研究手法は、他地域及び多くの機関で整備中の地盤情報データベースを活用した学術的な地層研究にも活用できるので、今後の研究の原動力にもなると判断される。

なお、本論文第3章~第5章は、増田 富士雄、小口 高との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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