学位論文要旨



No 129565
著者(漢字) 福元,文子
著者(英字)
著者(カナ) フクモト,アヤコ
標題(和) 多孔質中のメタンハイドレート生成と浸透率変化に関する数値的研究
標題(洋) A Numerical Study on Methane Hydrate Formation and the Consequential Permeability Change in Porous Media
報告番号 129565
報告番号 甲29565
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第910号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 海洋技術環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 准教授 増田,昌敬
 東京大学 准教授 多部田,茂
 東京大学 講師 平林,紳一郎
 産業技術総合研究所 メタンハイドレート研究センター長 成田,英夫
内容要旨 要旨を表示する

1.背景と目的

日本近海に存在するメタンハイドレート(以下MH)の資源量は4.13~20.64兆m3[1]と推計されており,これをエネルギー資源として利用すれば,国産天然ガスの供給増加につながる.現在日本では,MHの商業的生産に向けて,生産シミュレータの開発が進められている.シミュレータによる経済性評価を行うためには,地層内の浸透率を精度よく評価することが重要となる.本研究では,MHの再生成による浸透率低下に着目している.MHの分解は吸熱反応であるため,減圧法で堆積層を分解領域条件にしても,温度が下がり再びMHが生成してしまう恐れがある.MHの再生成は堆積層内の閉塞因子となり,浸透率低下を引き起こすことが危惧される.坂本ら[2]や皆川ら[3]はMHを含む堆積層を作成し,MH飽和率によって変化する浸透率を実験から計測した.坂本ら[2],皆川ら[3]はMHの飽和率によって孔隙の形状がかわり,浸透率の低下の傾向は変わるとしているが,形状の遷移が起こる閾値や低下率に関して定量的に評価できるほどのデータを得られていない.皆川ら[3]はMHの生成が確率的な要素を含んでいるため,実験での定量化が難しいことを示唆している.また彼らは,浸透率の低下傾向は一義にMHの飽和率によって決定されるものではないと結論付けている.よって,実験によってMH飽和率と浸透率変化を定量的に評価することは,堆積層内で複雑な物理現象を伴っていることもあり,困難であるといえる.

そこで,本研究では,計算領域内に数値的に表現した多孔質体内にMHを数値的に生成させることで、MHの存在形態を飽和率などの複数のパラメータで評価し, MHの生成による多孔質体の浸透率の変化をモデル化する.

2.実験によるMH生成速度係数の抽出

本研究では,数値計算で必要となるMHの生成速度係数を決定するため,多孔質中でのMH生成熱による温度上昇を計測することを目的とした実験を行った.数値計算では,周期境界におけるMHの生成を再現するので,実験も数値計算と同じ条件でMHの生成による温度変化を計測する必要がある.そこで,本研究では,MHの生成が開始したとき,ペルチェ素子の設定温度をセル内部で計測した温度に設定することで常にセル内部と外部の温度が等しくなるように制御することとした.実験はCase 1~5の5条件で行った.いずれの実験条件も初期温度Tは1.5℃,圧力Pは5MPaに設定した.また,水の体積分率が0.43になるように調整した.本研究では,MH生成熱による温度上昇を計測するため,高圧セル内部の温度変化がペルチェ素子からの熱伝導律速にならないよう,セル内部とペルチェの温度差を小さくすることが重要である.そのため,主にペルチェの制御装置に必要なパラメータを変化させた実験を行った.

Fig. 1に温度計測結果を示す.この結果から,生成開始200秒までは再現性の高い計測に成功したといえる.400秒以降においては,MHの生成量が少なくなり,それによって生じる熱よりもペルチェ素子から伝わってくる熱量の方が支配的になることが考えられる.つまり,ペルチェ素子の温度制御誤差によりFig. 1のような違いが得られたと考える.そこで,ペルチェ素子からの熱伝導律速になる以前の生成速度が律速である200秒までのデータを使用して,Englezos et al. [4] が提案した式(1)の生成速度係数KMを決定した.本研究で得られたKMは式(2)のようになった.これはMalegaonkar et al. [5]が報告したKMと同オーダーの値となり,妥当性を確認できた.

3.模擬砂層作成と気液界面の決定

(1)数値的多孔質体の作成

三方向周期境界領域に低孔隙率でのガラスビーズ充填を行うため,Sugita et al. [6]が開発した成長法による充填プログラムを用いて砂粒の充填を行った.本研究では,一辺約200μm立方の領域内に 8個のビーズを充填した.入力値として必要となるビーズの粒径は,南海トラフのハイドレート堆積層の粒径を分析したデータを基に,100μm均一とした.南海トラフのコアサンプルの孔隙率は0.44である.本研究の計算では,孔隙率0.36, 0.44, 0.52, 0.60の4ケースについて計算を行った.Fig. 2に孔隙率0.36の計算結果を示す.

(2)気液二相流系モデルを用いた界面位置の決定

(1)で作成したガラスビーズ層における気液界面位置を決定するため,気液二相流系格子ボルツマン法を用いてこれを計算した.Fig. 3に孔隙率0.36, 水飽和率0.2, 接触角20°の計算結果を示す.ここで,黒,灰色,白はそれぞれ水,砂,ガスを表す.

4.MH生成シミュレーション

(1)核生成

計算領域内でMHの生成開始点を決定するため,結晶核の出来やすさを古典核生成理論[7]を用いて計算した.核生成に必要となる臨界の仕事量W*は式(3)のように求まる.

ここで,vhはMH1molあたりの体積,σは界面張力,Δμは自由エネルギー,Ψは場所による表面積の違いを表す係数であり,壁面や気液界面付近の方が,水しかない場所よりも核が生成しやすいといった現象を表すパラメータである.これにより,場所,温度,圧力,濃度を考慮した結晶核の出来やすさを計算することが出来る.また,核形成確率Pは以下のように求められる.

ここで,Sは計算領域内における界面面積,tは時間を表す.核生成速度Jは単位面積・単位時間当たりに生成する核の数である.式(4)中のt0と式(5)中のAは実験で計測した誘導時間を用いて決定した.その結果,A=1.80×10(-2) [m(-2) s(-1)],t0=3.86×104 [s]が得られた. n個の核が生成するのにかかる時間の期待値はtn = n/JSであるので,計算開始時刻はtnとした.本研究では計算時間短縮のため,ある程度の大きさをもつ核を計算領域に初期設置することとし,核をn個設置するとき,i (i=1,2…n)番目の核の直径は2ri = iΔxを与えた.Fig. 4に8個設置した時の結果を示す.

(2)結晶成長

核が設置された後,Phase filed model (PFM) [8]を用いて結晶成長を計算する.PFMはPhase field変数φ(PFM)を用いて各相の状態を表し,界面においては液相と固相を滑らかにつなげる値を持つ.PFMにおける結晶成長はφ(PFM)に関する時間発展を解くことで取り扱う.

式(6)中のf(grad)は界面張力に関する係数εを使って界面の曲率に依存するエネルギーを表わす.また,f(chem)は液相と固相の自由エネルギー,そしてf(doub)は相転位におけるエネルギー障壁wである.これらを体積で積分すると自由エネルギー汎関数Fが得られる.結晶成長はエネルギー的に安定になる方向に進むため,φ(PFM)の時間発展はFを用いて式(7)のようになる.ここで M(PFM)はφ(PFM)のモビリティを表す.この係数に適切な値を入力することで,実際の界面移動速度との関連付けが可能となる.本研究では,実験から得られた生成速度係数KMからこれを決定した. Fig. 5にMHの結晶成長の計算結果を示す.赤はMH相を表し,青はその界面を表す.

5.浸透率のモデル化

(1)絶対浸透率算出シミュレーション

MHが存在する多孔質中で単相流格子ボルツマン法を用いて絶対浸透率を算出した.核の数と過冷却度による浸透率の依存性が見られなかったため,孔隙率,水飽和率,接触角を変化させて絶対浸透率を計算した.

(2)モデル化

有効浸透率kHはMHが存在しない時の絶対浸透率を1とした時の値である.本研究では,多孔質体の複雑な流路を毛管の集まりと仮定したKozeny - Carmanの式を基にkHを以下のような式でモデル化した,

ここで,SHはMH飽和率,MHはMHの比表面積,MSは砂の比表面積,β,γ,εは無次元の係数である.最小二乗法を用いて,各パラメータに対する依存性を数式化した結果,kHの算出に必要なMH,β,γ,εは以下のようになった.Figs. 6~8にモデル式から得られる値を線で示す.凡例の数字は左から孔隙率,初期水飽和率,接触角を示す.

6.結論

本研究では,多孔質体内でのMHを生成させる数値シミュレーションを開発し,MH生成による有効浸透率変化を数値計算によりモデル化することに成功した.このモデル化により,孔隙率,初期水飽和率,砂と水の接触角がMHの存在形態を変え,それにより浸透率変化の傾向が変わることを表現することができた.

1.佐藤幹夫, 前川竜男, 奥田義久, 地質学雑誌, 102, 959-971, 1996.2.坂本靖英, 駒井 武, 川村 太郎, 天満 則夫, 山口勉, 資源と素材, 122, 396-405, 2006.3.皆川秀紀, 西川泰則, 坂本靖英, 駒井武, 宮崎晋行, 高原直也, 山口勉, 成田英夫, 水谷和敬, 大賀光太郎, 石油技術協会誌 74, 472-285, 2009.4.Englezos, P., Kalogerakis, N., Dholabhai, P. D., and Bishnoi P. R., Chemical Engineering Science, 42, 2647-2658, 1987.5.Malegaonkar, M. B., Dholabhai, P. D., Bishnoi, P. R.,6.Sugita, T., Sato, T., Hirabayashi, S., Nagao, J., Jin, Y., Kiyono, F., Ebinuma, T., Narita, H., Transport in Porous Media, 94, 1-17, 20127.Kashchieva,D., Firoozabadi, A., Journal of Crystal Growth. 243, 476-489, 2002.8.高木知弘, 機械の研究, 61, 1180-1186, 2009.

Fig. 1 セル内部の温度計測結果

Fig. 2数値的に作成した均一粒径の模擬砂層

Fig. 3数値的に再現した気液界面の位置

(孔隙率0.36, 水飽和率0.2, 接触角20°)

Fig. 4 多孔質体内に数値的に生成した核の配置

Fig. 5 多孔質体内に数値的に生成させたMHの様子

Fig. 6 SHに対するMHの変化

(孔隙率0.44, 水初期飽和率0.8)

Fig. 7 SHに対するβの変化

(孔隙率0.44, 水初期飽和率0.8)

Fig. 8 SHに対するkHの変化

(孔隙率0.44, 水初期飽和率0.8)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなり、第1章は緒言として、メタンハイドレート(以下MH)の国産エネルギー資源としての重要性を述べ、MHの商業的生産に向けた現在の動きなどに触れつつ、MH生産時の懸念の一つとして、MHが分解して発生したメタンガスが砂層中の孔隙内でMHへと再生成されることで浸透率が低下する可能性につき言及し、実験結果を組み入れた数値計算法を用いて、多孔質体孔隙中のMHの生成による浸透率低下をモデル化するという、本論文の背景と目的について述べている。

第2章では、数値計算によってMHを多孔質体孔隙内に生成させるための、その多孔質体自体を数値的に生成し、これをデータベース化している。

第3章では、多孔質体孔隙中のMHの存在による浸透率低下は、MHの存在形態によって変わることに着目し、この存在形態を決めるのはMH生成前の気液二相の存在位置に大きく影響されることから、まず多孔質体孔隙中の気液界面の位置を気液二相流格子ボルツマン法(LBM)を用いて解析し、データベースを作成したことを述べている。

第4章では、数値計算で再現する領域と同じ多孔質体を実際に用いて、そこにMHを生成する実験を行い、MH生成速度(結晶成長速度)を知るために発熱反応であるMH生成による温度上昇を測定し、数値計算で必要となる上記速度を求めている。

第5章の前半では、MH生成の誘起時間の測定から求めた核生成速度(単位時間、単位表面積あたりの核生成個数)と古典核生成理論を用いて、数値計算領域内の多孔質体の孔隙間にMHの核を生成するシミュレーションを実施している。また後半では、配置されたMHの核が結晶成長していく様子を、熱・物質輸送と共にフェーズフィールド法を用いて解析し、多孔質体孔隙中にMHを数値的に生成させることに成功している。またこの手法を、文献から引用したMH膜成長に関する実験結果と比較することで検証している。

第6章では、前章で求めたMHの生成位置データを用いて、単相流LBMを用いて、多孔質とMHを固体としてその浸透率を求め、これをデータベース化している。

第7章では、前章で求めたデータベースから、本論文の目的である多孔質体孔隙中のMHの生成による浸透率低下をモデル化している。その際、多孔質体孔隙中のMHの存在形態をMHの飽和率と比表面積で表現されるとし、MHの比表面積を孔隙率、初期水飽和率、MH飽和率、砂の濡れ性の関数としてモデル化している。

第8章は結論で、多孔質体孔隙内でのMHを生成させる数値シミュレーション法を開発し、MH生成による浸透率変化を数値計算によりモデル化することに成功したこと、このモデルにより、孔隙率、初期水飽和率、砂の濡れ性がMHの存在形態を変え、それにより浸透率変化の傾向が変わることを表現することができたと結論付けている。

以上のように、従来、実験では高圧容器の内部まで観察できなかった多孔質体孔隙内のMHの存在形態を、実験結果を組み込んだ数値解析法を用いることで、これをMHの飽和率と比表面積で定量化したこと、および計算領域内に生成させたMHによる浸透率の低下を表現できる数式モデルを提案したことに新規性が認められ、科学技術的な価値の高い論文であると言える。さらに、南海トラフにおいて開始される世界初のMH海域開発実証実験に備えて経済産業省のプロジェクトで整備を急いでいるMH生産性予測シミュレーターのサブモデルとして採用される予定で、社会的・政策的にも十分な意義が認められる。

尚、本論文第4章の一部は、佐藤徹、清野文夫、平林紳一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の実施と実験結果の解析を行ったもので、その寄与は十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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