学位論文要旨



No 129567
著者(漢字) 熊井,大
著者(英字)
著者(カナ) クマイ,マサル
標題(和) 輸送事業者と荷主の燃料消費原単位を用いたCO2排出削減ポテンシャルに関する研究
標題(洋)
報告番号 129567
報告番号 甲29567
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第912号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,好邦
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 准教授 井原,智彦
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 大和,裕幸
内容要旨 要旨を表示する

地球温暖化問題への対応として、国内では京都議定書の約束を達成するため、京都議定書目標達成計画(2005年策定、2008年改定)に基づき、地球温暖化対策を推進していた。しかしながら、この京都議定書目標達成計画は2012年度をもって計画期間が終了するため、政府は新たに地球温暖化防止計画を策定し、引き続き2013年度以降も地球温暖化対策を推進するよていである。

国内の運輸部門のCO2排出量については、2001年度に2億6,700万t-CO2を排出してから、中長期的な傾向として減少しているものの、2010年度の確定値では全排出量の約2割を運輸部門が占めている。そのため、引き続き運輸部門の温暖化対策を推進すべきであるが、温暖化対策推進の基礎的な情報としてCO2排出原単位と燃料消費原単位が必要となるなか、政府の統計では旅客・物流共に全国平均の数値しか公表されていない。

既存研究では、輸送事業者ごとのCO2排出原単位を算出することを試みた研究はあるものの、輸送事業者のCO2排出量(特に輸送手段別のCO2排出量や輸送量など)が公表されていないため、環境報告書等で得られた数例のデータを用いて分析した非常に限られた事業者数での研究成果しか得られていなかった。

そのため本研究では、輸送事業者と荷主の詳細なデータを入手し、詳細なC02排出原単位や燃料消費原単位を用いて自営転換や車両効率の改善、モーダルシフト等の代表的な貨物自動車の対策の導入効果を分析し、上記の環境改善施策のC02排出削減ポテンシャルを推計することを目的とした。

本論文は6章から成る。第1章では、研究の背景と目的、そして構成を述べている。運輸部門において貨物自動車の地球温暖化対策を個別に分析する手法が確立されておらず、その主な原因として、輸送事業者の情報公開性が低いうえ、国が全国平均値のC02排出原単位しか公表していないことについて、問題提起を行つた。

第2章の輸送事業者の原単位とC02排出量に関する分析では、2006年度から省エネ法が輸送事業者に適用されたことを受け、一定規模以上の輸送事業者が国にエネルギー使用量を報告する義務が生じたことから、その報告で得られたエネルギー使用量のデータを分析することで、輸送事業者のC02排出原単位やC02排出量の特性を明らかにした。

輸送事業者のC02排出原単位については、輸送キロ又は輸送量が大きくなればなるほど、多くの事業者でC02排出原単位が改善される傾向(スケール効果)がグラフによる目視で確認できた。そのため本研究では、まず、スケール効果を考慮した2つのモデル式とスケール効果を考慮しない1つのモデル式の計3つのモデル式を提示した。続いてスケール効果を考慮したモデル式を分析する過程で、Pearsonの無相関の検定と弾性値を用いて、スケール効果が旅客、物流の輸送事業者の全ての区分において存在することを検証した。さらに今回提示した計3つのモデル式について回帰分析を行いC02排出量と輸送キロ又は輸送量との回帰式を求めた後、決定係数が高いことがモデルの適合度が優れているとし、第3章以降に使用する回帰式として選択した。

また、サンプル数が10以上ある輸送手段において、輸送事業者を輸送キロ又は輸送量に応じて、上位30%と下位30%の事業者にグループ分けをおこなった。これらのグループごとでC02排出原単位のばらつきを分析したところ、旅客バスを除き、下位30%の事業者のほうがばらつきが大きいという結果を得た。従つて製造業等で行われているトップランナー制度を貨物事業者でも適用することが有効と考えられる。

第3章の輸送事業者の自営転換と車両効率の改善によるC02ツト出削減ポテンシャルに関する分析では、貨物自動車の燃料消費原単位とC02排出量の特性を把握するため、輸送事業者が省エネ法に従つて国に報告したエネルギー使用量のデータで得られたデータのうち、営業用貨物自動車のデータについて相関分析を行い燃料消費原単位と1台当たりの輸送量等との関係を明らかした。その後、クラスター分析を行い、営業用貨物事業者を複数のクラスターに分類した後、各クラスターにおける指標の平均値から各クラスターの輸送距離についての特性を把握し、さらにクラスターごとで回帰分析を行い、クラスターごとの燃料消費特性も把握した。

把握した特性を利用して、貨物自動車の温暖化対策の評価を行つた。具体的には、自営転換と車両効率の向上(トップランナー制度)の2つの対策に着日し、C02排出削減ポテンシャルを省エネ法対象の輸送事業者だけではなく、国内全体でのC02排出削減ポテンシャルについても評価することで、両対策の有効性を検証した。

また、通常、対策は複数組み合わせて実行するため、両対策の有効性を検証する際には、両対策を同時に実行した場合のプラス効果も確認した他、自営転換は単なる営業用貨物自動車への転換ではC02排出削減効果が乏しく、共同輸配送等による物流システムの集約化を伴わなければならないことや、地域別の自営転換の効果はその地域の人口に依存するため、一定規模以上の人口が存在する地域でより効果が大きい対策であることなどの興味深い結果も得られた。

第4章の荷主のモーダルシフトによるC02排出削減ポテンシャルでは、物流分野の地球温暖化対策を検討する場合に供給側(輸送事業者)のみでは片手落ちであるため、需要側(荷主)も考慮した検討を行った。輸送する際に一定規模以[1のエネルギーを使用する荷主のデータを入手し、第2章、第3章で得られた輸送事業者の結果を利用して、大手荷主がモーダルシフトを実施した場合のC02排出削減ポテンシャルを算出した。

データを入手するため、荷主の省エネ法の定期報告書に関するアンケート調査を実施した。又、輸送の発着を推計するため、工場事業所についての省エネ法データを用いて荷主が保有する工場事業所の場所を推計(発地)し、貨物地域流動統計で送り先(着地)を推計した。さらに、物流センサスを用いて都道府県間における鉄道や船舶の路線の有無を確認し、路線が存在する場合にのみモーダルシフトを可能にするなど、現実的なモーダルシフトの条件を設定し、算定を行つた。

算定の結果、対象となる荷主の輸送時に発生するC02排出量において、15%程度のC02排出削減ポテンシャルが存在することを確認すると共に、モーダルシフトを行いやすい輸送品目を輸送コストや輸送時間の面から分析したほか、モーダルシフトを行いやすい地域を分析し、従来から言われる重工業と軽工業の品目においてモーダルシフトが行いやすく、臨海部で集中的に取り組むことが効果的であることを確認した。

第5章の輸送事業者の環境配慮意識に関する分析では、輸送事業者の環境配慮意識や既に取り組んでいる対策の現状を把握するため、グリーン経営認証(輸送事業者向けの環境認証)を取得したトラック、バス、タクシー事業者に対してアンケートを行い集計した結果等を考察した。その結果、環境配慮を行う輸送事業者向けに銀行では金利優遇制度、地方自治体では環境融資制度が存在するものの、輸送事業者はこれらの制度についてそもそも存在を認知していないことが多く、その原因として経営状況の悪化のため銀行からの融資自体を得ることができていない現状を確認した。しかしながら、環境配慮を推進するため融資を受けてこれらの制度を活用したいと回答する輸送事業者は多いことから、潜在的にはこれらの制度への需要は高いと考えられる。

第6章の結論では、代表的な運輸部門の地球温暖化対策を複数組み合わせた場合のC02排出削減ポテンシャルを検証した。第3章で分析した自営転換とトップランナー制度を組み合わせて

同時に実行した場合、自営転換において転換先となる営業用貨物自動車の燃費や効率がトップランナー制度で改善されているため、同時に実行しない(別々に実行する)場合と比較して、同時に実行するほうが大きいC02排出削減ポテンシャルを得ることができるプラス効果を確認した。一方で、 トップランナー制度とモーダルシフトを組み合わせて同時に実行した場合、貨物自動車の輸送量が減少するにも関わらず貨物自動車の燃費や効率をトップランナー制度で改善しようとすることから、同時に実行するとお互いにC02排出削減効果を相殺し合い、得られるC02排出削減ポテンシャルが減少するマイナス効果が確認された。最後に、全てを同時に実行した場合、マイナス効果によるC02排出削減ポテンシャルの減少分よりも、プラス効果で得られるC02排出削減ポテンシャルのほうが大きいため、実行可能な対策は早期に実行した方が蓄積されるC02排出量が少なくすむことから、同時に実行すべきであることが確認された。

最後に本研究の第6章までで得られた結果をもとに、運輸部門の地球温暖化防止に向けた提案を行つた。具体的には、スケールメリットの効果を活かした輸送事業者を対象としたトップランナー制度の実施や自営転換と共同輸配送はセットで対策を推進すべきであること、モーダルシフトの促進に向けて地域を集中して対策を推進すべきであること、輸送事業者向けの金利優遇や制度金融の普及に向けて支援を行うべきであることを提案し、本研究で得られたデータを拡充し、データベースを充実していくことがビッグデータに繋がる可能性があることを示唆した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、輸送事業者ならびに荷主に関して、輸送にかかる燃料消費量等の詳細なデータに基づいて、CO2排出原単位や燃料消費原単位を推定し、それを用いて自営転換や車両効率の改善、モーダルシフト等の貨物自動車の代表的な環境改善施策の導入効果を分析し、日本におけるCO2排出削減ポテンシャルを推計することを目的としている。

本論文は6章から成る。第1章では、研究の背景と目的、そして構成を述べている。運輸部門においては貨物自動車の地球温暖化対策について、実態を反映した精度でその効果を導いた例がほとんどなく、その主な原因として、輸送事業者の情報公開性が低いこと、国により公表されているCO2排出原単位が全国平均値のみであることを挙げて、問題提起を行っている。

第2章では、省エネルギー法に基づいて輸送事業者が報告した燃料消費データ(省エネ法データ)を分析することによって、輸送事業者のCO2排出原単位やCO2排出量の特性を明らかにしている。輸送事業者のCO2排出原単位については、輸送キロ又は輸送量が大きくなるほどCO2排出原単位が改善される傾向(スケール効果)の有無を検証するため、スケール効果を考慮した2つのモデル式と考慮しない1つのモデル式の計3つのモデル式を提示し、Pearsonの無相関の検定とあわせて評価をすることにより、一部の業種にはスケール効果が存在することを示している。また、輸送事業者を輸送量について、上位30%と下位30%の事業者にグループ分けをおこない、下位30%の事業者のCO2排出原単位のばらつきが大きいという結果に基づいて、車両効率のトップランナー施策の可能性を示唆している。

第3章では、貨物自動車の輸送量などの属性と燃料消費量の関係を把握するため、省エネ法データのうち、営業用貨物自動車のデータを用いてクラスター分析を行い、営業用貨物事業者を複数のクラスターに分類した後、各クラスターの輸送距離についての特性を把握し、さらに各クラスターの燃料消費量の回帰式を導出している。推定した燃料消費特性を利用して、自営転換と車両効率の向上の2つの対策に着目し、国内全体でのCO2排出削減ポテンシャルを推定し、両対策の有効性を検証している。

第4章では、省エネ法に基づいて一定規模以上のエネルギーを使用する荷主によって報告された燃料消費データを用いて、大手荷主がモーダルシフトを実施した場合のCO2排出削減ポテンシャルを算出している。本論文のモーダルシフトでは既存の鉄道と船舶の路線を考慮した設定となっており、対象となる荷主の輸送時に発生するCO2排出を15%程度削減するポテンシャルが存在するとの結果を得ている。また、品目別では重工業と軽工業の品目においてモーダルシフトが行いやすく、地域別では臨海地域で集中的に取り組むことが効果的であることを提言している。

第5章では、輸送事業者に対してアンケート調査を行い、環境配慮を行う輸送事業者向けに銀行では金利優遇制度、地方自治体では環境融資制度が存在する一方で、輸送事業者はこれらの制度についてそもそも存在を認知していないことが多いものの、環境配慮を推進するため融資を受けてこれらの制度を活用したいとの回答も多いことから、潜在的にはこれらの制度への需要は高いことを確認している。

第6章では、第3章、第4章で評価した運輸部門の地球温暖化対策を複数組み合わせた場合のCO2排出削減ポテンシャルを算出し、対策の組み合わせによってプラス効果とマイナス効果が発生することを示した上で、今後、政府が推進すべき運輸部門の地球温暖化対策について提案している。

輸送事業者と荷主に関する詳細な省エネ法データによって、CO2排出原単位や燃料消費原単位の特性を分析し、輸送事業者のスケール効果やCO2排出原単位のばらつきを定量的に検証している点で本研究は新規性があり、検証結果を用いて自営転換や車両効率の改善、モーダルシフト等の代表的な貨物自動車の環境改善施策のCO2排出削減ポテンシャルを導出している点では、運輸部門において貨物自動車の地球温暖化対策を検討する上で、有用性が高い環境学的研究といえる。

なお、本論文の第2章、第3章は吉田好邦氏、松橋隆治氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータの分析とシミュレーションを行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

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