学位論文要旨



No 129568
著者(漢字) 秋月,信
著者(英字)
著者(カナ) アキヅキ,マコト
標題(和) 高温高圧水中の固体酸触媒反応の速度論と有機合成への展開
標題(洋)
報告番号 129568
報告番号 甲29568
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第913号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 徳永,朋祥
 東京大学 准教授 大友,順一郎
 東京大学 准教授 布浦,鉄兵
 東北大学 准教授 渡邉,賢
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒言

高温高圧水は、超臨界状態(374 °C、22.1 MPa以上)及びその近傍における水のことを指し、特徴的な物性を持つことと、温度・圧力によってその物性が大幅かつ連続的に制御出来ることから、環境調和型の有機合成反応場としての利用に期待が持たれている。

高温高圧水中における反応の制御手法として注目されているのが、固体酸触媒の利用である。高温高圧水中では、触媒表面の状態が水物性の影響を受け、既往の研究では触媒表面のH+濃度と水のイオン積(KW)に相関があることが報告されている[1]。このような高温高圧水中で固体触媒が示す酸性質の知見は、有機反応の制御に欠かせない一方で、未解明な点が多く存在し、特に水物性が大きく変化する超臨界水中での酸性質に関する知見を得ることが重要と考えられる。そこで本研究では、モデル反応の速度論的検討により、高温高圧水中における固体触媒の酸性質と水物性との関係を明らかにすることを目的とした。本博士論文の構成を図1に示す。

第2章 実験方法

実験は固定床流通式反応装置(図2)を用いて行った。蒸留水及び有機物を高圧ポンプで送液し、蒸留水を昇温後に混合して所定の反応温度とし、触媒充填管内を流通させることで反応を行う。反応後は外部冷却にて急速冷却し、背圧弁にて減圧した後の液体成分を分析した。触媒にはTiO2及びWO3-TiO2(含浸法にて調製)の粉末を、顆粒状に加圧成形して用いた。有機物の分析は、GC(FID、MS)、HPLC(UV、RI)にて行った。触媒の分析には、XRD、滴定法、EDX、窒素吸着法、TEM、SEM、TGを用いた。

第3章 高温高圧水中のオクテンの固体酸触媒反応

代表的な酸触媒であるTiO2の高温高圧水中における酸性質を明らかにするため、1-オクテン(C8H16)の酸触媒をモデル反応とし、290~420 °C、11~33 MPaの幅広い温度・圧力条件で検討を行った。高温高圧水中の1-オクテンの反応では、異性化反応、水和反応、脱水反応の3種類の酸触媒反応が進行した。温度・圧力依存性の検討を行った結果、高温高圧水中におけるTiO2の酸性質は、水密度領域によって大きく変化することがわかり、その結果に基づいた酸触媒反応機構のモデルを提案した。モデルは、低水密度で支配的な、触媒表面のLewis酸点による反応(Type A)と、高水密度で支配的な、触媒表面での水の解離で生成するOH基に起因するBronsted酸による反応(Type B)から成る(図3)。速度論的解析により、この反応機構のモデルを用いることで、水の密度変化に伴うTiO2の酸性質変化が、反応に与える影響を定量的に表せることが示された。各反応Typeの寄与は、25 MPaにおいて温度を上げていくと、臨界温度近傍で急激に密度が低下するため、Type BからType Aに急激に変化する一方、390 °Cにおいて圧力の制御で水密度を上げていくと、Type AからType Bに連続的に変化することが示された(図4)。また、Lewis酸、Bronsted酸による反応では生成物である2-オクテンのcis / trans選択性が異なる[2]が、水密度の変化に伴う選択性変化も、矛盾なく説明出来ることが明らかになった。

第4章 高温高圧水中のグリセリンの固体酸触媒反応

工業的に有用な反応であるグリセリンの脱水反応に対し、TiO2及びWO3-TiO2の各触媒が与える影響について、特に水密度の影響に着目し、400 °C、20~41 MPaの条件で検討を行った。

生成物に関する詳細な検討から、高温高圧水中のグリセリン固体酸触媒反応においては、図5に示す反応が主要に進行していることが明らかになった。また、WO3-TiO2を触媒とした反応ではTiO2と比較して、基質転化速度とアクロレイン収率が大きく増加した。

図5の反応経路に基づいた速度論的解析により、WO3の担持効果を検討した結果、WO3-TiO2ではR1が促進され、R3が抑制されていることがわかった。触媒の分析結果との比較により、R1の促進はWO3-TiO2の表面積が大きいことに加え、表面に存在するWOX種のOH基の濃度が高いことが影響しており、R3の抑制はTiO2表面に存在した塩基点を、酸性の低いWOX種が覆ったためであることが示唆された。

続いて、TiO2、WO3-TiO2による反応について、水密度依存性の検討を行った。気相中におけるグリセリンの固体酸触媒反応では、酸の種類によって脱水反応の選択性が変化することが報告されており[3]、特に水密度とR1、R4の選択性との関係に注目した(図6)。TiO2による反応では、水密度増加と共にR1/R4の分岐比が変化し、第3章で明らかにしたLewis酸からBronsted酸への変化が起きることが裏付けられた。一方、WO3-TiO2による反応では、R1への分岐比が水密度によらず高く、水密度によらずBronsted酸性を示すことがわかった。また、R2/R3、R2/R-2の水密度依存性についても考察を行った。

第5章 固体酸触媒による有機合成反応の制御

他章で得られた知見の検証と応用を目的とし、いくつかの有機合成反応の制御を検討した。まずα-ピネンの反応について、250 °CではTiO2がBronsted酸性を示すことを期待して行い、反応が促進されること、また反応圧力を変えてもBronsted酸性は変化せず、反応速度が変わらないことを確認した。この時、α-テルピネオールの選択率は反応初期は0.4程度と高い一方、この条件では脱水反応による分解も速いことを示した。また、イソブチルアルデヒドとt-ブタノールを原料としたPrins反応について、400 °C、25 MPaにおいてWO3-TiO2がBronsted酸性を示すことを期待して行い、基質が副反応にも消費されるために低収率ではあるものの、目的生成物である2,5-ジメチル-2,4-ヘキサジエンの生成を確認した。

第6章 高温高圧水が固体触媒の酸性質に及ぼす影響

第6章では、第3章~第5章で得られた結果について、反応基質の異なる脱水反応の速度に着目し、固体触媒の酸性質と水物性との関係について考察を行った。TiO2触媒による脱水反応速度は、Lewis酸機構では基質に依らず同程度となる一方、Bronsted酸機構では置換基の誘起効果のために基質によって大きく異なることを述べ、各章で取り上げた反応のBronsted酸による脱水反応速度は、Taft則によって基質の反応性の違いを考慮することで説明出来ることから、第3章で提案したモデルの妥当性を示した。WO3-TiO2触媒については、水密度によらずBronsted酸性であり、各基質の脱水反応速度について、誘起効果による反応性の違いで説明出来ることを示した。また、高温高圧水中でTiO2触媒とWO3-TiO2触媒が示す酸性の違いを基に、高温高圧水中の固体触媒の酸性質は、高温高圧水の物性(密度、イオン積)に依存した、水と基質の競争吸着効果と水の解離吸着しやすさ、また触媒種固有の水の解離吸着しやすさを考慮に入れることで説明できることを述べた。

第7章 高温高圧水中での固体酸触媒の安定性

高温高圧水が固体酸触媒の安定性に与える影響について検討した。TiO2の結晶構造は、気相と比較して低温でもanatase型からrutile型へ相転移し、rutileの密度が低いことと粒子同士が焼結することで、表面積が低下した。一方、WO3を担持することでanatase型が保持され、また焼結が起きにくいことで粒径が小さくなり、表面積が大きいままに保たれることが示された。

TiO2による検討では、1-オクテンの反応、グリセリンの反応とも活性の時間変化は確認されなかった。一方、WO3-TiO2によるグリセリンの反応では、運転時間の増加に伴う活性の低下が確認された。活性低下の挙動と主要な要因は圧力によって異なり(図7)、より高水密度となる33 MPaでは、25 MPaと比較して、炭素析出は重合反応が抑制されることで起きにくくなる一方、WO3の流出はイオン積が高いことで促進されることを示した。

本論文では、高温高圧水中の固体酸触媒反応による有機反応の制御に向けて、固体触媒の酸性質に高温高圧水が及ぼす影響について検討を行った。モデル反応を用いた検討から、TiO2触媒とWO3-TiO2触媒が高温高圧水中で示す酸性質を定量的に示した。また、活性の時間変化にも水物性が影響することを示した。これらの知見は、有機合成における環境調和型溶媒として、高温高圧水反応場を応用することにつながる、有用な知見と考えられる。

[1] K. Tomita and Y. Oshima, Ind. Eng. Chem. Res., 43 (2004) 2345-2348. [2] K. Tanabe et al., New Solid Acids and Bases: Their Catalytic Properties, Elsevier, Amsterdam, 1989. [3] A. Alhanash et al., Appl. Catal. A, 378 (2010) 11-18.

図1 本博士論文の構成

図2 実験装置図

図 3 TiO2の固体酸触媒反応機構

図4 各反応Typeの寄与

(a)25 MPa、(b)390 °C、●: 実験値

図5 グリセリン反応の主要な経路

図6 脱水反応の選択性(400 °C)

(●)TiO2、(▲) 5wt%WO3-TiO2

図7 活性の時間変化(400 °C)

(●)25 MPa、(▲)33 MPa

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「高温高圧水中の固体酸触媒反応の速度論と有機合成への展開」と題し、新規な環境調和型の有機合成反応場として期待されている高温高圧水中での固体酸触媒反応について、モデル反応の速度論的検討を通じて、水の物性と触媒の活性や選択性、安定性との関係の解明を目指した研究であり、全8章から成る。

第1章は緒言であり、研究背景と目的が述べられている。まず、高温高圧水が示す特徴的な物性と温度と圧力による物性の可変性により、有機合成反応場としての利用が期待されていること、またその制御手法として固体酸・塩基触媒を利用することの有用性と研究の現状を述べている。続いて、固体触媒の酸性質に関する既往の知見をまとめた上で、高温高圧水中における固体触媒の酸性質は、特に超臨界条件を中心として未解明な部分が多いことを述べ、これらの背景を踏まえた本研究の新規性や目的について論じている。

第2章は実験方法であり、本研究に用いた実験装置とその操作手順、触媒調製法、分析手法について詳細に記述している。また、反応に用いた触媒について、キャラクタリゼーション結果と形態の考察を述べている。

第3章では、オクテンの反応をモデル反応とし、代表的な固体酸触媒であるTiO2の酸性質に、高温高圧水の物性が与える影響について議論している。水密度が低い領域と高い領域では、水密度が反応速度に与える影響が大きく異なることに着目し、高温高圧水中ではTiO2のルイス酸点における反応と、水の解離吸着によって生成するOH基に起因するブレンステッド酸による反応の支配度が、水物性に応じて変化するというモデルを提案し、このモデルで反応速度の温度・圧力依存性を定量的に説明出来ることを明らかにしている。また、生成物選択性についても、支配的な酸の種類によって矛盾なく説明できることを示している。

第4章では、TiO2とWO3-TiO2を利用したグリセリンの反応について、WO3の担持が反応に与える影響やその水密度依存性を検討した結果を述べている。WO3の担持によりグリセリン転化率とアクロレイン選択率が大きく増加することを報告し、速度論的解析の結果と触媒のキャラクタリゼーション結果から、WO3の添加によって、担体の比表面積を維持しつつ表面OH基が増加することで酸性が増加する一方、TiO2の塩基点が被覆されて塩基性が減少することが寄与していることを明らかにしている。また、グリセリン脱水反応の選択性の水密度依存性から、TiO2については第3章で示した酸の種類の変化が裏付けられる一方、WO3-TiO2については水密度に依らずにブレンステッド酸性を示すことを述べている。

第5章では、TiO2によるα-ピネンの水和反応、WO3-TiO2によるプリンス反応を検討した結果を述べている。他章で得られた酸性質に関する知見を基に反応条件を設定し、反応系固有の考慮すべき点は多いものの、反応の制御が可能であることを述べている。

第6章では、第3~5章で得られた結果をもとに、固体酸触媒の酸性質と水物性との関係に関する知見を整理、考察した結果について述べている。各章で求められた脱水反応の速度について、反応基質による反応速度の違いを、各温度・圧力条件で触媒が示す酸の種類や量に起因する効果と、置換基効果による基質自体の反応性の違いとに切り分けて説明できることを定量的に明らかにしている。また、TiO2とWO3-TiO2が示す酸性の違いを基に、高温高圧水中の固体触媒の酸性は、水物性に伴う水の解離吸着しやすさと触媒種固有の水の解離吸着しやすさによって理解できることを示し、既存の触媒工学の知見と組み合わせることで、高温高圧水中で他の固体触媒が示す酸性を予測できる可能性があると論じている。

第7章では、高温高圧水の固体酸触媒の安定性を検討している。高温高圧水中では、TiO2のアナターゼ型からルチル型への相転移と焼結が促進され、比表面積が低下すること、またWO3の担持によりそれらの変化が抑制されることを述べている。またWO3-TiO2をグリセリンの反応に利用した場合の活性変化と触媒の分析結果から、高水密度では、活性成分であるWO3の溶出が促進される一方、反応と拡散の速度のバランスによって物質移動過程が有利になることで、触媒表面への炭素析出が抑制されると述べている。

第8章では、以上の結果を総括すると共に、高温高圧水中の有機合成反応に固体酸・塩基触媒を利用することに関して、適用可能な対象や検討課題を含め、今後の展望を述べている。

なお、第3章および第4章の一部の成果について、論文提出者以外の共著者との連名による論文が発表されているが、いずれについても、論文提出者が主体となって実験および解析・考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上要するに、本論文は高温高圧水中の固体触媒の酸性質について、速度論的検討によって、高温高圧水の持つ特徴的な物性との関係を明らかにしたものであり、有機合成における環境調和型溶媒としての高温高圧水の応用可能性を示した点で、超臨界流体工学及び環境システム学の進展に大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

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