学位論文要旨



No 129569
著者(漢字) 嶋田,五百里
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,イオリ
標題(和) 速度論的解析に基づいた中温作動燃料電池におけるアルコール電極酸化反応の機構解明と高効率化
標題(洋)
報告番号 129569
報告番号 甲29569
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第914号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大友,順一郎
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 戸野倉,賢一
 東京大学 准教授 阿久津,好明
 東京大学 准教授 大宮司,啓文
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒言

燃料電池は高い理論効率を誇る発電デバイスとして近年注目を集めているが、現状の固体酸化物形燃料電池(SOFC)の発電効率は45% (LHV)程度にとどまり、更なる高効率化が求められている。そこで、SOFCを上回る発電効率をもつ新規燃料電池システムとして、プロトン伝導性電解質を用いて200~600 ℃程度で作動する中温作動燃料電池(以降、p-ITFCと略記する)の利用が提案できる。p-ITFCはSOFCと比較して高い燃料利用率を実現できることや適切な発電条件によりネルンストロスを低減できる可能性があり、原理的に高効率なシステム設計が可能となる。

しかし、現状ではp-ITFCの電解質及び電極材料は開発途上である。中温域で作動する無機プロトン伝導性電解質材料の研究は近年さかんに行われており、有効な材料が報告され始めている一方で、p-ITFCの燃料極における多様な燃料の直接利用やその反応機構に関する検討は極めて少ない。しかし、高効率なシステムの設計には燃料極における燃料の反応性や触媒の反応活性に関する知見が欠かせない。そこで本研究ではp-ITFCを用いた高効率な発電システムの提案を目指し、燃料極における反応機構の解明と高効率化に向けて検討を行った。特に、p-ITFCにおけるアルコール燃料の直接利用に着目し、中でもエタノール及びメタノールを研究対象とした。アルコールは液体燃料であるため、水素燃料と比較して貯蔵や輸送が容易で安全であること、燃料のエネルギー密度が高いこと、また燃料極に直接供給することで改質器を必要としない小型で低コストなシステム設計が見込めることなどの利点を持つ。一方で燃料極における反応は複雑であり、既存の直接アルコール形燃料電池においては活性化過電圧が大きいことや完全酸化反応が進行せずに燃料が有効に利用できないことが問題となっている。そこで本研究では、p-ITFCにおけるアルコール電極酸化反応の詳細な電極反応モデルを作成し、電気化学測定と反応生成物分析の結果を基に電極反応の速度論的解析を行うことで、電極反応機構の解明と高効率化に向けた指針の獲得を目指した。

第2章 実験方法

蒸発乾固法によりCsH2PO4/SiO2複合体を合成し、ペレットに成型して電解質とした。電極触媒には市販のPt/C及びPtRu/C、または本研究で調製した触媒(Pt-SnO2/C、Pt-MnFe2O4/C、Ru/C、PdRu/C、Ni/C)を用い、PTFE及び水と混合した後にカーボンペーパーに塗布し、350 ℃で熱処理して電極とした。CsH2PO4飽和溶液を浸透させた電極を電解質ペレットに熱圧着して電解質膜‐電極接合体(MEA)を作製した。作用極と対極を電解質ペレットの両側に対称に取り付け、対極側に参照極を取り付けた。本実験で用いた実験装置図を図1に示す。MEAの作用極にアルコール、水、アルゴンの混合気体を供給し、対極に水と水素の混合気体を供給して、半電池として評価を行った。電気化学測定には直流法と交流インピーダンス法を用い、作用極側の反応後ガスを四重極質量分析計(QMS)に導入することで電気化学測定-反応生成物分析同時測定を行った。さらに、反応後ガスの気体成分及び液体成分を捕集し、それぞれGC-TCDとGC-FIDを用いて分析を行った。

第3章 速度論的解析手法

本研究では中温域におけるアルコール電極酸化反応の反応機構解明に向けて、素反応に立脚した電極反応モデルを作成し、電気化学測定及び反応生成物分析の結果と比較することにより反応パラメータを決定した。さらに、電流密度や反応生成物選択率に対する反応パラメータの感度解析を行うことで、電極反応の律速段階の解明や改善すべき素反応の抽出に取り組んだ。図2に本研究で作成したエタノールの電極反応モデルを示す。

第4章 白金触媒上でのアルコール電極酸化反応の追跡と速度論的解析

4-1. アルコール燃料の電極反応特性

250 ℃におけるPt/C触媒上でのエタノール電極酸化反応の反応生成物濃度及び電流密度を図3に示す。自然電位は約120 mVであり、低温域での値(約600 mV)と比較して大幅に減少したことから、中温域における活性化過電圧の低減、すなわち電圧効率の向上が示唆される。また、自然電位において反応生成物を検出したことから、中温域ではエタノールからの水素生成反応が進行することがわかる。また、電極電位増加に伴い酸化電流が増加するとともに、H2濃度が減少し、CO2濃度が増加した。この結果から、中温域では水素生成反応及び生成した水素の電気化学的酸化反応と、エタノールの電気化学的酸化反応が並列して進行することが示唆される。特に低電位域でH2濃度の変化が大きいことから、中温域における活性化過電圧の減少は水素生成反応の寄与によると考えられる。

次に、反応生成物の選択率を図4に示す。特に高電位域ではCO2選択率が60%以上に達し、中温域でエタノールの完全酸化反応が支配的に進行することが明らかとなった。またC-C結合解裂反応は90%以上進行したが、この反応は低温域でのエタノール電極酸化反応の律速反応であることから、作動温度の高温化により電極反応活性が大幅に促進されることがわかった。

以上の結果から、電圧効率の向上と燃料の有効利用の両面から中温域でのアルコール燃料の高効率な直接利用の可能性が明らかになった。一方、中温域における主な副生成物としてCH4の生成が確認されたことから、エタノール燃料をより効率的に利用するにはCH4の生成を抑制する電極触媒設計が必要といえる。

4-2. 電極反応の速度論的解析

電気化学測定と反応生成物分析の結果を基に電極反応モデルを作成した。得られたモデルを用いて触媒表面の吸着種濃度(被覆率)を計算した結果を図5に示す。主な吸着種がCH3*及びCO*であることから、中温域ではC-C結合解裂反応が速やかに進行する一方で、C1吸着種の酸化除去が律速となることがわかった。さらに、感度解析の結果から、中温域でのアルコール電極酸化反応の反応活性及び選択制向上に向けて水の解裂及び吸着反応の活性化が有効であることが示された。

第5章 電極触媒の検討

5-1. 白金系触媒

Pt/C触媒上でのエタノール電極酸化反応の副生成物であるCH4の生成抑制を目指し、PtRu/C触媒を用いた検討を行った。PtRu/C触媒上でのエタノール電極酸化反応の反応生成物の選択率を図6に示す。図5と図6の比較から、Ru添加によりCH4及びCOの選択率が減少する一方で、CH3CHOの選択率が増大したことがわかる。また速度論的解析の結果から、Ru添加によってエタノールの脱水素反応及び水の吸着・解裂反応が促進されたことがわかった。ここで、低温域でのエタノールの電極酸化反応ではC-C結合解裂反応が進行しないのに対し、中温域ではPt上でC-C結合解裂反応が速やかに進行するため主な吸着種はC1種であることから、Ru添加によりOH*供給を行うことでC1吸着種の酸化が促進されCO2生成反応が進行したと考えられる。すなわち、中温域にまで作動温度を高めることによって初めて、C2燃料の電極酸化反応における完全酸化反応の促進に対してRu添加が効果的となることが示された。

5-2. 非白金触媒

中温域でのエタノール電極酸化反応における非白金触媒の利用について検討した。白金代替触媒の探索指針としてC-C結合解裂活性、水の吸着・解裂活性、電荷移動反応活性に着目し、PdRu/C触媒とNi/C触媒を用いた検討を行った。PdRu/C触媒を用いた250 ℃でのエタノール電極酸化反応のサイクリックボルタンメトリーを図7に示す。特に低電位域でPdRu/C触媒が比較的高い活性を示した。また、反応生成物分析の結果からC-C結合解裂反応の進行も観測された。今後、詳細な反応機構の解析や触媒構造制御などの検討が必要だが、中温域での非白金触媒の利用が期待できる。一方、250 ℃においてNi/C触媒は活性を示さなかった。これは、Ni表面がOH*により被覆された可能性が考えられ、Ni等の卑金属触媒の利用のためには更なる作動温度の高温化が必要と言える。

第6章 総括

本研究ではプロトン伝導性電解質を用いた新規なエネルギーシステムの構築に向けて中温域におけるアルコール燃料の電極反応特性評価とその高効率化に向けた検討を行った。250 ℃程度まで作動温度を高めることで白金触媒上での電極反応活性が向上し、特にエタノール燃料の高効率な直接利用が可能となることを示した。さらに電極反応機構を詳細に検討し、高効率な電極触媒の探索に向けた指針を得た。一方で卑金属触媒の利用のためには更なる作動温度の高温化が有効と示唆された。これらの知見を活かすことで、今後の高効率な新規エネルギーデバイスの実現に期待する。

図1 実験装置図

図2 250 ℃近傍におけるPt/C触媒上でのエタノール電極反応機構

図3 250 ℃におけるエタノール電極酸化反応の(a)反応生成物濃度と(b)電流密度

図4 反応生成物の選択率とC-C結合解裂反応の進行する割合

図5 吸着種の表面被覆率

図6 250 ℃におけるPtRu/C触媒上でのエタノール電極酸化反応の反応生成物の選択率

図7 250 ℃におけるPt/C及びPdRu/C触媒上でのエタノール電極酸化反応のサイクリックボルタモグラム

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、250 ℃近傍の中温域で作動する新規燃料電池システムにおけるアルコール燃料の直接利用について、電極反応特性の評価と高効率化に向けた指針の獲得を目的としている。中温域におけるアルコール電極酸化反応の電気化学測定と反応生成物分析の結果を基に詳細な速度論的解析を行うことで、電極反応機構と作動温度及び触媒物性との関係を理解するとともに、中温作動燃料電池におけるアルコール燃料の高効率な直接利用の可能性について検討している。

本論文は6章からなる。第1章は研究背景と目的について述べている。中温作動燃料電池の実現やアルコール燃料の直接利用による高効率なエネルギーシステムの構築の可能性と、現状の中温作動燃料電池及び直接アルコール形燃料電池が抱える課題について論じている。また、電極反応機構の理解と高効率化に向けた指針の獲得に向けて電極反応の詳細な速度論的解析が有効であることを説明し、本論文の研究方針を述べている。

第2章では実験方法を述べている。直流法及び交流インピーダンス法からなる電気化学測定と反応生成物の全分析を組み合わせた測定や電気化学測定-反応生成物同時分析を行うことで、電極電位と反応生成物の関係を把握することを目的としてその方法論を論じている。

第3章では電気化学測定と反応生成物分析の結果に基づいた電極反応の速度論的解析手法について述べている。素反応に立脚した電極反応モデルの作成方法を説明するとともに、反応パラメータの感度解析によって電極反応の律速段階の解明や改善すべき素反応の抽出が可能となることを論じ、電極反応の高効率化に向けた指針獲得の方法論を提案している。

第4章では、中温域における白金触媒上でのアルコール燃料の電極反応特性の評価と反応機構の理解を目指し、エタノール及びメタノールを対象として電気化学測定及び反応生成物分析の実験的検討を行うとともに、その結果に基づいて電極反応の速度論的解析を行っている。実験的検討の結果から中温域でエタノール及びメタノールの完全酸化反応が支配的に進行することが示されたが、特にエタノールに関しては低温域で作動する従来の燃料電池において完全酸化反応の進行が不可能であることを踏まえると、本研究の結果は燃料の有効利用の観点から意義深い。また、中温域ではアルコールの電気化学的酸化反応と並列して水素生成反応が進行するために活性化過電圧が減少することも示しており、燃料の有効利用と電圧効率の向上の両面から中温域でのアルコール燃料の高効率な直接利用の可能性を明らかにしている。さらに、電極反応の速度論的解析の結果から中温域でのアルコール電極酸化反応の律速過程がC1吸着種の酸化であることを見出すとともに、水の吸着・解裂反応の促進による律速段階促進の可能性を示し、電極反応の高効率化に向けた指針を論じている。

第5章では、第4章で得た知見に基づき、特にエタノールの電極酸化反応促進に向けた電極触媒の検討を行っている。水の吸着・解裂反応の促進を目指し、白金触媒にルテニウム及び金属酸化物を添加した電極触媒を作製してエタノール電極酸化反応特性を調べた結果、特にルテニウム添加触媒において、白金触媒上での反応における副生成物(メタン)の生成を抑制することに成功している。また、白金ルテニウム触媒上でのエタノール電極酸化反応の速度論的解析を行うことで反応機構に対するルテニウム添加効果を検討するとともに、作動温度及び触媒物性が電極反応機構に対して与える影響について議論している。さらに、白金代替触媒の開発を目指して触媒設計を行った結果、中温域でのエタノール電極酸化反応においてパラジウムとルテニウムからなる触媒が高い電極活性を示すことを見出し、中温域における非白金触媒の利用可能性を示している。

第6章では本研究の結言及び今後の展望を述べている。

総じて、本論文の研究内容は、従来と異なる温度域で作動する新規燃料電池の電極反応に対し、素反応に立脚した電極反応モデルを提案し電極反応を定量的に記述することで中温域におけるアルコール電極酸化反応の一般的な傾向を把握するとともに、速度論的解析に基づき抽出した電極反応の改善点を電極触媒材料設計に反映させることで更なる高効率化や非白金触媒の利用可能性を示しており、高効率な新規エネルギーシステムの構築に大きく貢献するものである。また、電気化学測定-反応生成物分析同時測定に代表される独自の実験装置を設計した点や、素反応に立脚した詳細な反応モデルを電荷移動過程を含む電極反応に応用して中温域での反応の特徴を明らかにした点等の新規性があり、博士論文としての質・量を十分に備えているものと評価する。

なお、本論文の第4章は高坂文彦、大友順一郎、大島義人、第5章は大友順一郎、大島義人との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び反応解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク