学位論文要旨



No 129572
著者(漢字) 藤井,達也
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,タツヤ
標題(和) 超高圧を含む高温高圧水中の酸化・分解反応に対する溶媒効果の速度論的解析
標題(洋)
報告番号 129572
報告番号 甲29572
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第917号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 戸野倉,賢一
 東京大学 准教授 大友,順一郎
 東京大学 准教授 布浦,鉄兵
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景と研究目的

高温高圧水中では、温度効果により多くの反応が速く進行する。また、高温高圧水は条件によって物性が変わり、それに伴い溶媒効果も変化するため、さまざまな反応の溶媒としての利用可能性が指摘されている。したがって、高温高圧水を反応溶媒として用いた反応プロセスは、多様なものを水中で高速に作り分ける技術として期待されている。高温高圧水を反応溶媒として用いるためには、溶媒効果を定量的に理解することが求められる。水物性は温度・圧力によって決まるが、これまでは、流通式装置で検討可能な圧力領域が限られており(40 MPa以下)、温度依存性に関する検討が中心であった。しかし、近年、独立行政法人産業技術総合研究所が流通式超高圧水装置を開発した。ここで、本論文では、40 MPa以上を「超高圧」と定義する。本装置により、検討可能な圧力が超高圧領域にまで広がり(~300 MPa)、溶媒効果を圧力により積極的に制御することが可能となった。そこで、本研究では、特徴の異なったいくつかの反応を対象に、溶媒効果を、圧力を軸として明確化することを目的として、反応速度論的検討を行った。第2章で実験および解析の方法を記し、第3章では、1~数段階で進行する反応、第4章では複合反応である超臨界水酸化反応の圧力依存性の速度論的検討を行った。第5章では圧力による超臨界水の物性変化と溶媒効果の関係を定量的に整理し、最後に第6章で総括を示した。

2. 実験および解析の方法

本研究では、2種類の反応装置を圧力領域ごとに使い分けた。低圧領域における反応装置(20~35 MPaで使用)は、従来型の流通式装置を用いた。高圧領域における反応装置(24.5~100 MPaで使用)は産総研所有の流通式超高圧水装置を用いた。装置の概要をFig. 1に示す。反応物の水溶液と、水または過酸化水素水(超臨界水酸化反応における酸素源)を別々に送液し、予熱部にて昇温の後、混合部で混合させることにより反応を開始させる。冷却部での冷却により反応を停止する。後段の2台の背圧弁によって、圧力の制御を行った。気体の分析を行う場合は、気液分離管によって液体と気体の成分を分離し、それぞれ定性・定量分析を行った。液体成分は、HPLC-UV、GC-FID、イオンクロマトグラフ、TOC計、ICP-AESにより、気体成分は、GC-TCDにより分析した。気体生成量は、セッケン膜流量計による測定またはガスバッグに捕集された気体量から求めた。

超臨界水酸化反応の解析には、素反応シミュレーションソフトCHEMKIN 4.1.1 [1]を用いた。また、反応物と遷移状態の構造解析およびそれらの物性について、量子化学計算を、量子化学計算ソフトウェアGaussian 03 [2]によって行った。また、分子構造の可視化にはWinmostar Ver. 4.002 [3]を用いた。

3. 亜臨界・超臨界水中の分解反応

3.1 ギ酸の分解反応

ギ酸からCOを生成する脱水反応とCO2を生成する脱炭酸反応について、温度300~420 °C、圧力20.0~100 MPaにおいて、圧力依存性を軸とした溶媒効果の検討を行った。既往の研究[4]と同様に、脱炭酸反応が主要に進行しており、水中では水触媒機構によって反応が主に進行していることが示唆された[5]。Fig. 2に380 °Cにおける擬1次反応速度定数(脱水反応: k'CO; 脱炭酸反応: k'CO2)の圧力依存性を示す。20.0~30.0 MPa付近までは圧力とともに脱水・脱炭酸反応の反応速度定数は低下した。一方、超高圧領域では脱水反応の反応速度定数のみ正の圧力依存性を示した。この圧力依存性について、溶媒効果の観点から解析を試みた。

まず、Kirkwood式による溶媒和自由エネルギー変化の評価を行った。Fig. 3にKirkwoodプロットを示す(脱炭酸反応の例)。Kirkwoodプロットが負の直線的挙動を示すことから、水の比誘電率の変化に伴う溶媒和自由エネルギー変化によって、反応物が遷移状態に比べて相対的に安定化されたことが示唆された。そこで、「実験値から求められるみかけの溶媒和自由エネルギー変化」と、「量子化学計算により求められる一様な誘電場を仮定した溶媒和自由エネルギー変化」の比較を行った。その結果、一様な誘電場を仮定した計算値は、やや過小評価ではあるものの実験と同様の傾向かつオーダーとなることを確認した。したがって、低圧領域の圧力依存性は、一様な誘電場における溶媒和自由エネルギー変化を考慮することによって傾向として説明可能であることが明らかとなった。ただし、本研究で行った計算では、水素結合等の影響を無視しており、そのようなミクロスコピックな影響が無視できない可能性もあり、今後の検討課題である。一方、超高圧領域の脱水反応の圧力依存性は、溶媒和自由エネルギー変化では傾向として説明できない。既往の研究では、脱水反応は強酸条件下で水素イオン濃度に1次で反応が進行すると報告されている[6]。そこで、反応初期条件における水素イオン濃度を見積もり、その値を用いて酸触媒機構を仮定して解析を行った。つまり、脱水反応について、以下に示すようなモデル式を仮定して実験結果に対するフィッティングを行った:

ここで、kCO,iおよびSK,iはフィッティングパラメータであり、それぞれKirkwoodプロットのeの切片乗と、傾きに対応する。iに関して、acidは酸触媒機構、waterは水触媒機構をそれぞれ表す。Fig. 2の実線(赤)で示すとおり、酸触媒機構を仮定したフィッティングにより、脱水反応の圧力依存性をうまく再現できた。さらに、酸触媒を仮定した反応経路を量子化学計算で探索したところ、ヒドロキシル基に対するヒドロニウムイオンによる求核攻撃による機構が存在し、活性化障壁が他の機構に比べ小さいことが確かめられた。したがって、超高圧領域においては、ギ酸あるいは水の解離によって生成した水素イオンの濃度が高くなるため、酸触媒機構が相対的に有利になり、高圧ほど脱水反応が促進されたと考えられる。

3.2 アセトアミドの加水分解反応

アセトアミドの加水分解反応について、温度380 °C、圧力22.5~35.0 MPaにおける圧力依存性の検討を行った。アセトアミドの反応率は、24 MPa付近を極小とする挙動を示した。アミドの加水分解は既往の報告により、水濃度の1次で進行していると考えられる。そこで、以下の反応速度式を仮定して反応速度定数(k)の圧力依存性を検討した:

反応速度定数は、低圧領域において、圧力の上昇とともに急激な反応速度定数の低下がみられた。この挙動は、ギ酸の脱炭酸反応に類似していた。ギ酸の場合と同様に、Kirkwoodプロットによる解析、および、量子化学計算を援用した解析を行った。その結果、一様な誘電場を仮定した溶媒和自由エネルギー変化を考慮することにより、2分子が反応するような系においても、溶媒和自由エネルギー変化による反応速度定数の変化を仮定することで圧力依存性を傾向としては説明できることがわかった。

4. 超臨界水酸化反応の圧力依存性の速度論的解析

4.1 メタノールの超臨界水酸化反応

メタノールの超臨界水酸化反応を温度420 °C、圧力34~100 MPaで行い、圧力(水密度)依存性について反応速度論的解析を行った。Fig. 4に擬1次反応速度定数の水密度依存性を示す。水密度の上昇とともに、擬1次反応速度定数が上昇する傾向であった。同様の条件において、素反応シミュレーションを行ったところ、擬1次反応速度定数は実験値とよく一致した。そこで、素反応シミュレーションを用いて、擬1次反応速度定数が有する水密度依存性について反応速度論的検討を行った。主要な反応に対する拡散の影響を、Stokes-Einsteinの式を用いて検討したところ、総括反応への影響は無視できるほど小さいことが確認された。また、素反応速度解析および感度解析を異なる水密度条件で行うことによって、低水密度、高水密度における反応機構を比較したところ、HO2・ + H2O = H2O2 + ・OHが促進されることにより反応性の高い・OHが効率的に生成し、メタノールの分解が促進されたことが示唆された。

4.2 酢酸の超臨界水酸化反応

メタノールと異なる性質を持つモデル物質として、酢酸の超臨界水酸化反応を温度400 °C、圧力24.5~100 MPaの条件で行った。酢酸の反応率は30 MPaで最も低くなるような挙動を示した。メタノールと同様に素反応シミュレーションの結果と比較したところ、実験から求められた擬1次反応速度定数は、シミュレーションから求められた値よりも3桁ほど大きかった。素反応モデルの妥当性の検証が必要であるとともに、既往の研究[7]から表面反応の影響も懸念されるため、詳細な速度論的解析を行うためには、反応管のS/V比を変えた検討など、追加的な実験が求められる。

5. 圧力による超臨界水の物性変化と溶媒効果の関係

溶媒和自由エネルギー変化、水素イオンによる触媒反応、超臨界水酸化反応における水の反応物としての効果について、圧力によって水の物性を変えることによって、どのような反応速度定数の変化が予測されるか、また、単位時間当たりの処理能力にどれほどのインパクトがあるかについて整理した。本研究で扱った脱水反応を例にとると、圧力を40 MPaから300 MPaに上げることにより、水素イオンによる触媒反応により、単位時間当たりの処理量が7倍程度に増えることがわかった。

6. 総括と今後の展開

本論文では、圧力を臨界圧力近傍から40 MPa以上の超高圧領域まで幅広く変化させ、圧力を軸として水の溶媒効果を検討した。臨界圧力近傍と超高圧領域では異なる溶媒効果が支配的となることがわかった。超高圧領域では、圧力操作で酸触媒反応の制御が可能であることを明らかにした。水を反応物とする反応、イオン反応などは超高圧領域で大きく加速される可能性がある。圧力の拡張はコスト増の懸念があるものの、反応場として上記のようなメリットを有している。今後、超高圧領域を含めた幅広い圧力領域での検討を積み重ね、溶媒効果を反応や物質の性質と水物性の関係から、ミクロスコピックな相互作用も含めて定量的に整理することで、圧力を1つのパラメータとして多種多様な反応を制御できるようになると期待される。

[1] Kee et al., CHEMKIN Release 4.1.1, 2007. [2] Frisch et al., Gaussian 03 Revision B.04, 2003. [3]千田, 出光技報, 49 (2006) 106-111. [4] Yu and Savage, Ind. Eng. Chem. Res., 37 (1998) 2-10. [5] Akiya and Savage, AIChE J., 44 (1998) 405-415. [6] Yasaka et al., J. Phys. Chem. A, 110 (2006) 11082-11090. [7] 大山, 東京大学修士論文 (2008).

Fig. 1. Reactor system for high pressure conditions.

Fig. 2. Rate constants of dehydration (k'CO: red circle) and decarboxylation (k'CO2: blue triangle) as a function of pressure at the temperature of 380 °C.

Fig. 3. Kirkwood plot for decarboxylation of formic acid at the temperature of 380 °C.

Fig. 4. Pseudo-first order rate constant of methanol decomposition at the temperature of 420 °C (circle: experiment; triangle: simulation).

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、比較的単純な有機化合物の高温高圧水中の酸化・分解反応をモデル反応とし、各反応の速度や機構に対する圧力の影響を、40 MPa以上の超高圧領域を含む幅広い圧力領域にわたって実験的に検討することによって、高温高圧水が反応にもたらす溶媒効果を定量的に理解することを目指した研究であり、全6章から成る。

第1章は緒言であり、研究背景や研究目的が述べられている。これまでの流通式装置を用いた高温高圧水中の実験的検討例は、圧力領域が40 MPa以下にほぼ限られており、圧力依存性に関する溶媒効果の知見が不足している背景を受け、高温高圧水が反応に与える溶媒効果を主に圧力の観点から整理し、定量的に理解することが本論文の目的であると述べている。

第2章では、本論文の研究で用いた流通式超高圧水装置の特徴を中心に、実験方法が述べられている。また、本論文で採用した溶媒効果に関する速度論的解析手法について説明している。

第3章では、素反応に近い比較的単純な反応の例として、ギ酸の分解反応およびアセトアミドの加水分解反応を取り上げ、反応速度や機構に対する圧力の影響について検討を行っている。ギ酸の分解反応は、臨界圧力近傍で負の圧力依存性を有すること、また、ギ酸の分解反応のうち、COを生成する脱水反応は、超高圧領域で正の圧力依存性を有することを実験的に示している。溶媒和による自由エネルギー変化に関する解析から、臨界圧力近傍の領域では、高圧になるほど極性の高い反応物が安定化されることで反応が抑制されると説明している。また、酸・塩基の添加や基質濃度を変えた実験、水素イオン濃度の推算、および量子化学計算の結果から、脱水反応は高圧条件で酸触媒機構により促進されることを明らかにしている。アセトアミドの加水分解反応では、反応率が臨界圧力近傍で負の圧力依存性を示し、24 MPa以上の高圧領域では正の圧力依存性を持つことを実験的に明らかにした上で、高圧で反応が抑制された現象を、臨界圧力近傍では圧力に伴う溶媒和自由エネルギー変化による反応物と遷移状態の安定性の変化によって説明している。

第4章では、複合反応の例としてメタノールと酢酸の超臨界水酸化反応を取り上げ、その圧力依存性について速度論的に検討している。メタノールの超臨界水酸化反応は圧力34~100 MPaの範囲で正の圧力依存性を持つことを実験によって明らかにしている。さらに、素反応シミュレーションを援用した詳細な速度論的解析により、総括反応への拡散の影響は本論文の実験条件では無視できることを明らかにするとともに、高水密度条件で、素反応HO2 + H2O = OH + H2O2が促進され、反応性の高いOHが生成しやすくなったことがメタノール分解反応促進の主因であると説明している。酢酸の超臨界水酸化反応においては、実験によって、反応率が30 MPa付近で最も小さくなるような依存性を持つことを示す一方、素反応シミュレーションの結果から算出された擬1次反応速度定数が、実験から求めた値より3桁程度小さいことから、表面反応の寄与が大きい可能性について言及している。

第5章では、第3章・第4章で得た知見を基に、幅広い温度・圧力条件における溶媒効果を超臨界水の物性と反応物の物性との関係によって整理するとともに、それぞれの溶媒効果が単位時間当たりの処理量に及ぼす影響について検討している。拡散過程への影響については、1014 cm3/mol/sのオーダーに匹敵する反応速度定数を有するラジカル同士の非常に速い反応を除き、本研究で検討した高圧力範囲における拡散の影響は無視できるほど小さいことを、計算によって明らかにしている。また、反応への影響に関しては、溶媒和自由エネルギー変化、水素イオンによる触媒反応、超臨界水酸化反応における水の反応物としての効果について、圧力によって水密度を変えることによって、どのような反応速度定数の変化が予測されるかが整理され、その変化が単位時間当たりの処理能力に及ぼす影響について定量的にまとめられている。

第6章では、以上の結果を総括するとともに、超高圧領域の利用可能性も含めて、今後の展望について述べられている。

なお、第3章の一部および第4章の一部は、林 瑠美子、川﨑 慎一朗、鈴木 明、大島 義人との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析・考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上要するに、本論文は、超高圧条件を含む高温高圧水中の各種有機物の酸化・分解反応における溶媒効果について、高温高圧水が有する特徴的な溶媒物性との関係性を明確にするとともに、新規反応場としての高温高圧水の応用に向けた工学的知見としても高い価値を有しており、超臨界流体工学及び環境システム学の進展に大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

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