学位論文要旨



No 129576
著者(漢字) 武内,彬正
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,アキマサ
標題(和) 神経心筋活動の理解に向けた細胞培養マイクロデバイス
標題(洋)
報告番号 129576
報告番号 甲29576
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第921号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神保,泰彦
 東京大学 特任教授 杉浦,清了
 東京大学 教授 鳥居,徹
 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 准教授 小谷,潔
内容要旨 要旨を表示する

自律神経系の活動が関連する重篤な不整脈や心臓突然死の発生機序解明と,重篤心不全に対する細胞治療の確立へ向けた課題として,1) 自律神経系の活動が心臓活動に与える効果が依然として細胞集団レベルで理解が進んでいないこと,2) 再生心筋系を移植された体内において自律神経系がどのような様式で再生心筋を神経支配するかの議論が進んでいないこと,この2つが存在する.

本論文ではこれらの課題に着目し,1) 自律神経系と心筋細胞の活動関係の理解に向けた細胞培養デバイス技術を開発すること,2) 開発したデバイス技術を自律神経系と再生心筋系の活動関係の理解へ応用することの2つを目的に設定した.

これら2つの目的を達成するための手法として,in vitro共培養系を構築する細胞培養技術を選択した.in vitro実験系は,構成する細胞の種類を限定し,細胞集団規模を調整することが可能である.また,構成する細胞に関して単一細胞レベルから細胞集団レベルまでの活動を詳細に評価できるため,複雑な回路網から構成される脳神経系や心臓の複雑な活動を研究するための基礎的な生理学実験系として広く利用されている.このような特徴を持つin vitroの細胞培養技術に対して,近年急激な技術的発展を見せる微細加工技術を融合させた.微細加工技術は,近年細胞培養技術へ積極的に取り入れられており,培養環境下の細胞集団の形態を人為的に調節し,細胞間の情報伝達の電気生理学的評価を行うための手法として有用性が示されている.

本論文では,はじめにマイクロメートルスケールの微細加工技術を利用し,交感神経細胞集団と心筋細胞集団を区画化した条件下で各集団の活動を個別観測可能な細胞培養マイクロデバイス技術を新たに開発した.そして,光学観察および電気生理学的手法を用いてラット交感神経細胞と心室筋細胞の間の機能関係を,細胞集団レベルの形態変化と電気活動を指標に評価した.デバイス内では,交感神経細胞集団は心室筋細胞集団へ向けて神経突起を伸ばし,心室筋細胞上で神経効果器接合部を形成した.そして交感神経細胞に対してMEA基板の電極から電気刺激を印加することで,拍動回数の変化を誘発することが可能であることを示した.また,交感神経細胞集団印加する電気刺激の1) 印加頻度と2) 印加頻度と印加回数の交互作用の2つが拍動回数の変化へ効果を持つことを新規に示した.これらの検証実験から得られた結果から,本論文で作製した細胞培養マイクロデバイスは,交感神経系と心臓活動のメカニズムを検証するための要素技術として有用であるという結論を得た.

次に,細胞培養技術と微細加工技術の融合による有用性を,生体由来の交感神経細胞と分化誘導により再生した心筋細胞の間の機能評価へ応用することを試みた.ここでは,心筋分化のモデルとなるP19.CL6細胞と実際に医療応用が期待されているiPS細胞からそれぞれ分化誘導して作製した心筋細胞を使用し,これらの細胞を各々共培養デバイス内でラットから採取した交感神経細胞と共培養することに成功した.交感神経細胞から伸長した神経突起は,P19.CL6およびiPS細胞の各細胞由来の心筋細胞上へ到達して神経効果器接合部を形成することが免疫組織化学染色によって示された.そして,P19.CL6細胞から分化誘導した心筋細胞に神経効果器接合部を形成している交感神経細胞集団を,MEA基板を介して電気刺激することで心筋細胞の拍動リズムの変化を誘発させることに成功した.交感神経細胞と分化誘導した心筋細胞との間の機能関係を評価した結果から,本論文で検討した細胞培養マイクロデバイスは,生体由来の交感神経細胞と分化誘導した心筋細胞の間の機能評価に対しても有用であるという結論が得られた.

以上の検証によって得られた知見と結論から,本論文で開発した細胞培養マイクロデバイス技術は,交感神経-心筋活動の理解に向けた要素技術としての発展性を持つことが示唆された.そして,自律神経系活動が関与する致死性不整脈や心臓突然死の機序解明と重篤心不全に対する細胞治療の確立へ向けた基礎研究へ利用するための要素技術としての応用が期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章構成である。

第1章では、研究背景並びに関連分野の動向に関する考察に基づき、目的と具体的な課題が提示されている。すなわち、不整脈・心疾患の発生機構解明と新たな治療手法確立に向けて、特に自律神経系による心拍リズム制御機構に注目するのが本研究の立場であり、これを細胞レベルの現象として可視化するデバイスを設計・製作・評価することを目的として設定している。デバイス作製に工学技術、特にマイクロ加工技術を積極的に利用することが本研究の特徴である。具体的には、多点電極付き細胞培養皿上に複数のマイクロチャンバを構成し、チャンバ間をマイクロトンネルで結ぶ構造を設計・試作する。このデバイスの有用性検証の立場から、自律神経系の構成要素である交感神経細胞と心臓の主要構成要素である心筋細胞の共培養を試みる。(1) 実験動物から採取した心室筋細胞の初代培養系,(2)多分化能を有する細胞株(P19)から分化誘導操作により作成した心筋細胞,(3) iPS細胞から分化誘導操作により作成した心筋細胞の3者のいずれかと交感神経細胞群との共培養系を構成し、各細胞群の活動とその相互作用を観測することを検討課題とすることを述べている。

第2章では、不整脈・心疾患の発生機構解明を目指す立場から、交感神経-培養培養心筋系共培養デバイスの提案と試作・評価結果が提示される。

(1) 交感神経細胞による神経支配を有する心筋細胞培養系を構築可能

(2) 交感神経細胞と心筋細胞集団の電気活動を独立に評価可能

(3) 交感神経細胞を細胞数個レベルで電気刺激,活動計測可能

という要求仕様に基づき、デバイスの設計、製作プロセス、評価結果が詳述される。1枚の基板上に複数の細胞培養マイクロチャンバを形成し、かつ両者の間は神経突起のみ侵入可能なマイクロトンネル構造(高さ 5 μm)とすることで、上記要求仕様(1), (2)が満たされる。両者の間にシナプス結合が形成され機能するまでの長期間の活動をモニタし、交感神経細胞群からの伝達物質放出を誘起する電気刺激を行うため、基板底面にマイクロ電極群を集積化した。特に少数の細胞を刺激ターゲットとする立場から、特定の電極上にスポット状の細胞培養区画を設け、単一細胞マニピュレーション技術を利用して播種する方式を採用している。試作したマイクロデバイス上に上頸神経節細胞(交感神経系)と心室筋細胞の初代培養系を構成し、免疫化学染色による評価を適用した結果、2つの細胞集団の形態的な分離を維持した状態で、交感神経細胞からの突起伸長と心筋細胞へのシナプス形成が生じていることが確認された。交感神経細胞への電気刺激に対する応答としての神経スパイクの発生、心筋拍動の亢進が認められ、ノルアドレナリンに対するアンタゴニスト投与によりこの心拍変動が抑制されることから、シナプス伝達が機能していることが確かめられた。以上の結果から、提案デバイスの有効性が確認できた。

第3章では、新たな治療手法確立に向けたアプローチとして、交感神経系と分化誘導心筋細胞との共培養系を構成、評価するマイクロデバイスの設計・試作・評価につき述べている。細胞播種を容易にする技術という視点から、第2章で試作したデバイスにさらにマイクロ流路を集積化する構造を提案している。細胞懸濁液をマイクロ流路に注入することにより、自動的にマイクロ電極部位に数個の細胞集団が集積するという設計である。蛍光色素を付加した細胞を用いた実験により、想定された効果が得られることが確認された。分化誘導心筋細胞としては、株化した多能性細胞であるP19胚性腫瘍細胞、再生医療の実現に有望とされるiPS細胞の2種類を用いた。第2章と同様の免疫化学染色操作により、いずれの系についても想定どおり神経突起の伸長と機能的なシナプス形成が実現されることが確かめられた。基板電極を利用した交感神経電気刺激とこれに対応する分化誘導心筋細胞群の活動亢進も確認され、提案するデバイスが心疾患に対する新たな治療法、特に細胞移植の効果を長期的に評価するデバイスとして有効であることが確かめられた。

初代培養心筋細胞、P19胚性腫瘍細胞由来心筋細胞、iPS由来心筋細胞の3者に対する交感神経支配を誘発応答と拍動リズム変化、アンタゴニスト投与の効果から評価した結果、特性が異なることがわかった。電気刺激を印加する頻度に依存した心拍亢進の時間経過、心筋細胞群における活動伝搬速度変化が細胞種により異なるとの結果が得られ、細胞移植治療の実現に向けて重要な検討課題であることが示唆された。また、iPS由来心筋細胞群の活動においては活動亢進に加えてQT間隔の変化も確認され、疾患評価モデルとしての有用性も示された。

以上、設定した研究目的,課題に対して得られた研究結果に基づき、第4章で結論と今後の展望について総括している。なお、本論文第2章、第3章の一部は、神保泰彦、小谷潔、野城眞理、李鐘國、三輪佳子、森口裕之、高山祐三、小川肇、森雅英、谷博雅、仲二見信吾、榛葉健太との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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