学位論文要旨



No 129577
著者(漢字) 堀江,勇人
著者(英字)
著者(カナ) ホリエ,ハヤト
標題(和) ヒートポンプ空調機の性能評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 129577
報告番号 甲29577
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第922号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 客員教授 宗像,鉄雄
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 准教授 党,超鋲
内容要旨 要旨を表示する

近年、地球温暖化問題により低炭素社会へのシフトが重要になっている。その為には、新エネルギーの開発と共に、さらなる省エネを実現する必要がある。ヒートポンプは、投入エネルギーの数倍の熱エネルギーを移動させることが出来るので、環境と経済の両面で普及を促進が期待されている。ヒートポンプ空調機は冷媒の状態変化によって、冷媒と空気が熱交換し、室内の温度・湿度をコントロールする装置である。日本では一般家庭や事務所などでも用いられ、広く普及している。

ヒートポンプの性能の指標は、主にエネルギー効率(COP)である。従来のヒートポンプ空調機の性能評価法は冷暖房それぞれ、ある条件下でのCOPを用いて性能を評価していた。しかしヒートポンプ空調機が使用される環境は、同じ夏期でも外気温度によってヒートポンプ空調機が処理すべき負荷が変化する為、多様である。また、インバーター搭載の圧縮機が一般的になった為、外気や室内の温湿度条件によって柔軟に能力制御が可能になった。よって、より実態に近い性能を評価するには、負荷の変化によるCOPの変化を考慮する必要が生じてきた。そこで新たに、期間効率と呼ばれる指標が用いられるようになった。期間効率は、ヒートポンプが使用される期間(夏期・冬期)を通じたエネルギー効率を表す。ヒートポンプ空調機の性能評価法はJIS規格で定められており、冷暖房合わせて5点の実験結果で負荷変動によるCOP変化が推算でき、さらに年間のエネルギー効率(APF)を算出することができる。この評価法により比較的短時間で、簡単にAPFの評価を行うことができるようになった。

現行の性能評価法では、ヒートポンプ空調機が処理すべき負荷が小さくなればなるほど、COPが上昇するような評価法になっている。しかしながら、実際にはインバーター搭載のヒートポンプ空調機でも、ある一定の負荷よりも小さい条件下では圧縮機が連続運転を行えず、断続運転してしまう事が知られている。断続運転時には、起動時に冷媒の状態を再び回復させなければならないので、消費エネルギーが大きくなる。その結果、断続運転時にはCOPが下がる。JIS規格によると、ヒートポンプ空調機が最も使用されている負荷の範囲は、定格能力に等しい負荷を100%とした場合、50%以下の領域であることから、性能評価法による低負荷域でのCOP推算が実際のCOPとかい離していると、APFに大きな差異を生む原因となる。このように、現行の性能評価法は低負荷域における断続運転の発生によるCOP低下をほとんど考慮していない。

そこで、本論文ではパッケージエアコン、ガスエンジンヒートポンプ(GHP)、ルームエアコン(RAC)を対象に、低負荷域におけるCOP低下を定量的に評価し、さらに新たな性能評価法を提案することを目的とする。

研究手法としては、まずカロリーメータを用いた実験を行い、COP低下を評価する。次に、現行の性能評価法と低負荷域でのCOP低下がある場合のAPFの差異を明らかにする。さらに、複数の新評価法を考え、比較した上で最適な評価法を提案する。新評価法を考える際には、CD値を導入する。

CD値とは、断続運転の際のCOPが連続運転時のCOPと比べ、どの程度低下するかを示す値である。現行のJISには0.25と定められているが、インバーター搭載のヒートポンプ空調機についてはCD値が適用されない場合がほとんどである。

まず、パッケージエアコンについて述べる。パッケージエアコンについては、先行研究で行われた部分負荷試験の実験データを用いて、現行評価法と実験データから求まるAPFの比較を行った。先行研究で実験対象になったのは、室内機と室外機が1台ずつ備わっている機種が3種類と、室外機1台に対して、室内機が4台備わっている機種が2種類である。その結果、JIS法(JIS B 8616:2006)から求まるAPFの方が、部分負荷試験の結果から求まるAPFよりも5~26%大きかった。主な原因は、低負荷域におけるCOP低下であった。次に6つの評価法を考案し、部分負荷試験から求まるAPFを基準値として、それぞれの評価法からAPFを算出し、その偏差を求めた。ここで最適な評価法を選定する際に、当然ながら部分負荷試験を多く用いるような評価法は基準値との偏差が小さくなる。しかし、APFを評価する際に徒に実験点を増やすのは実用上好ましくないので、実験点の数と偏差を考慮して最適な評価法を決定した。その結果、50%負荷試験を含む5点を使い、最適化したCD値を用いた評価法を新たな評価法として提案した。ここで、最適化したCD値とは、基準APFと偏差が最も小さくなるように定めたCD値である。提案した評価法から求まるAPFと基準APFの偏差は、平均3%程度であった。このように、パッケージエアコンを対象に部分負荷試験が行われた先行研究のデータを基に、現行評価法から求まるAPFとの差異を定量的に評価し、さらに新たな評価法を提案した。

次に、GHPについて述べる。GHPについては著者の修士論文で取得した部分負荷試験の実験データを基に、パッケージエアコンと同様の解析を行った。即ち、JIS(JIS B 8627-1 : 2006)法から求まるAPFと、部分負荷試験の結果から得られるAPFの差異を定量的に明らかにし、新たな評価法を提案することである。対象となったGHPは、いずれも室外機1台に対して室内機が4台備わっている機種であり、冷房定格能力が56kWであった。なお、3つの異なるメーカーの機器が選ばれた。部分負荷試験の結果から求まるAPFを基準値とすると、JIS法から求まるAPFは、27~38%大きかった。JIS法がAPFを高く見積もる原因は、パッケージエアコンと同様に低負荷域での断続運転によるCOP低下が大きかったからである。パッケージエアコンよりも、低負荷域におけるCOP低下が顕著であった。次に、パッケージエアコンと同様に6つの評価法を考案し、それぞれから求まるAPFと基準APFを比較した。その結果、50%負荷試験を含む5点の実験結果と、CD値を0.25とした評価法が最適であった為、これを新たな評価法とした。この評価法によるAPF推算値は、基準APFとの偏差が平均4%程度となり、大幅な改善が見られた。このように、パッケージエアコンと同様にGHPを対象とした部分負荷試験の実験データを基に、現行評価法から求まるAPFとの差異を定量的に評価し、さらに新たな評価法を提案した。

最後に、RACについて述べる。パッケージエアコン、GHPと同様にRACについてもJIS(JIS C 9612 : 2005)法から求まるAPFと、部分負荷試験の結果から得られるAPFの差異を定量的に明らかにした。RACについては最適な評価法の提案よりも、CD値に注目して解析を行った。パッケージエアコン、GHPの部分負荷試験の結果を解析した結果、CD値が機種によってばらつきがあり、JISに規定されている0.25という値の根拠が得られなかったからである。

RACも冷房定格能力が同じで、メーカーが異なる3機種について部分負荷試験を行った。パッケージエアコンとGHPと同様に部分負荷試験の結果から求まるAPFを基準値としてJIS法から求まるAPFとの偏差を計算した結果、偏差は+3~13%であった。また、CD値を部分負荷試験結果から求めると、0~0.64と幅広い値を示した。

本研究では、パッケージエアコン、GHP、RACの三つのヒートポンプ空調機を対象に部分負荷試験を行い、得られた実験データを用いて現行の性能評価法から求まるAPFと、部分負荷試験結果を基に得られる低負荷域でのCOP低下を考慮したAPFを定量的に評価した。その結果、部分負荷試験から求まるAPFを基準として、JIS法により推算されたAPFはパッケージエアコンでは+5~26%、GHPでは+27~38%、RACでは+3~13%の偏差を示した。また、CD値についても定量的に考察し、0~0.64と広範な値を得た。パッケージエアコンとGHPに関しては、新評価法を提案し、基準APFとの偏差をパッケージエアコンでは平均3%、GHPについては平均4%まで小さくできた。

審査要旨 要旨を表示する

ヒートポンプ空調機の性能評価法はJIS規格で定められており、冷暖房合わせて5点の試験結果を用いて,気象条件や負荷変化による成績係数(COP)の変化が推算でき、さらに年間のエネルギー消費効率(APF)を算出することができる。COPとはヒートポンプ空調機が発生する冷房熱量あるいは暖房熱量を消費電力量(あるいは消費ガス熱量)で除した無次元量である。また,APFとは年間の総冷房熱量と総暖房熱量の和を年間の総冷房消費電力量と総暖房消費電力量の和で除した無次元量である。この評価法により、年間エネルギー消費効率や年間消費電力量の計算を行うことができるようになった。しかし,現在のJISで定められているAPF評価法は,使用時間の想定,部分負荷時のCOPの推定法などが実態に即していないと言われており,改訂の必要性が叫ばれてきている。本論文では,パッケージエアコン、ガスエンジンヒートポンプ(GHP)、ルームエアコン(RAC)を対象に、低負荷域における成績係数(COP)の低下を定量的に評価し、さらに新たな性能評価法を提案することを目的としている。ヒートポンプ空調機の断続運転時の性能低下係数として,CD値が用いられている。CD値とは、断続運転の際のCOPが連続運転時のCOPと比べ、どの程度低下するかを示す値で,0~1の値を持つ。圧縮機が定速で運転する機種では0.25と定められているが、インバーター搭載のヒートポンプ空調機についてはCD値の値が測定された例がない。

本論文は6章より構成されており,第1章では序論で従来の研究の紹介,研究の目的が記載されている。第2章では,パッケージエアコンの性能試験結果が説明され,APFの新しい計算法が提案されている。第3章では,ガスエンジンヒートポンプの性能試験結果が説明され,APFの新しい計算法について考察されている。第4章では,ルームエアコンの性能試験結果が説明され,APFの計算法が考察されている。第5章では,部分負荷時の圧縮機の断続運転に伴う性能低下のメカニズムが考察され,断続運転時の圧縮機の回転数制御や発生する冷暖房能力により,性能の低下の程度が異なることが実験と解析により示されている。第6章は,結論で本研究を総括している。

パッケージエアコンについては、先行研究で行われた部分負荷試験の実験データを用いて、現行評価法と実験データから求まるAPFが比較された。実験対象は、室内機と室外機が1台ずつ備わっている機種が3種類と、室外機1台に対して室内機が4台備わっている機種(ビルマル機)が2種類である。その結果、JIS法(JIS B 8616:2006)から求まるAPFの方が、部分負荷試験の結果から求まるAPFよりも5~26%大きかった。原因は低負荷域におけるCOP低下であった。次に6つのAPF評価法を考案し、50%負荷試験を含む5点を使い、最適化したCD値を用いた評価法を新たな評価法として提案している。

GHPについては、室外機1台に対して室内機が4台備わっている機種(冷房定格能力56kW)4台を対象として試験を行っている。部分負荷試験の結果から求まるAPFを基準値とすると、JIS法から求まるAPFは、27~38%大きかった。この原因は,パッケージエアコンと同様に低負荷域での断続運転によるCOP低下が大きかったからである。パッケージエアコンと同様に6つの評価法を考案し、50%負荷試験を含む5点の実験結果と、CD値を0.25とした評価法が最適であるとの結論を得ている。

RACも冷房定格能力が4kWで、メーカーが異なる3機種について部分負荷試験を行っている。パッケージエアコンとGHPと同様に部分負荷試験の結果から求まるAPFを基準値としてJIS法から求まるAPFとの偏差を計算した結果、偏差は+3~13%で、CD値を部分負荷試験結果から求めると、0~0.64と幅広い値を示すことを明らかにした。

さらに、CD値の物理的な根拠を明らかにするため手動ON-OFF実験を行っている。この実験では圧縮機回転数を矩形に変化させた場合と、起動時に回転数を多くした後に、徐々に所定の値に戻した場合の2通りについて調べ,圧縮機回転数と発生する冷暖房能力の時間変化によりCD値は変化することが示されている。この事から、CD値は起動時の制御方法によってある範囲の値を取り得ることを明らかにしている。

本研究では、パッケージエアコン、GHP、RACの三つのヒートポンプ空調機を対象に部分負荷試験を行い、低負荷域でのCOP低下を考慮したAPFを定量的に評価している。CD値についても定量的に考察し、その数値根拠について考察を行っている。パッケージエアコンとGHPに関しては、新評価法を提案し、基準APFとの偏差をパッケージエアコンでは平均3%、GHPについては平均4%まで小さくできることを示している。

本研究の全般にわたって論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると判定する。

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