No | 129579 | |
著者(漢字) | 鶴岡,謙一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツルオカ,ケンイチ | |
標題(和) | 「まちあるき」のための場所同期オーディオの研究 | |
標題(洋) | Study on Place Synchronized Audios for Walking Tours | |
報告番号 | 129579 | |
報告番号 | 甲29579 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第924号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 社会文化環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 数年前から,特に日本で「まちあるき」のブームが起こっており,地域活性化,観光,歴史・地理・文化などの教育,健康管理などさまざまな分野において良い効果が期待されている。また,まちあるきのための地図やガイドブックなどのアナログコンテンツの進化が著しく,その細分化・多様化も進んでいる。一方,既存のIT地図・位置情報コンテンツでは多目的・移動目的の形態が主流であり,まちあるきに特化した地図や関連情報の表現の高度化の傾向はあまり見られない。その理由として,アプリケーションの利用環境の検討が不十分であり,またコンテンツ制作環境もほとんど無いという点が挙げられる。まちあるきを体験するためには,歩行中の移動支援だけでなく,体験者の安全確保が重要であるとともに,だれでもが現場を自然に体感できる枠組みが必要である。また,まちあるきの普及やイベントは地方自治体,観光協会,公共交通機関の会社などが中心に行っており,イベント企画を専門とする会社が介在しないと実現できない枠組みである。近年の先進的な情報技術を導入することにより,個人でも容易に作成・情報共有が可能な枠組みにすべきである。これにより,まちあるき向けの草の根デジタルコンテンツの制作・共有・利用の健全な社会文化環境の実現へとつながると考える。 目的 本論文では,まちあるきを支援するために,ITを積極的に活用し,オーディオ,地図,ユーザインタフェース,GPSなどを適正利用するための新しいデジタルコンテンツ環境の設計・実装・検証を行う。具体的には,以下の3点が主な研究目的である。 (1) 「場所同期オーディオ」の体系化 既存のIT地図・位置情報コンテンツでは,視覚情報を読み取る利用環境が中心に考えられており,やや視覚情報偏重であると懸念される。しかし,実社会では,テレビやラジオ,人による道案内など,聴覚情報を使った情報伝達の枠組みは多く日常的に使われており,特に,移動の状況においては,聴覚情報は優れている。本論文では,近年普及しつつある「場所同期オーディオ」の体系化を通して,視覚情報偏重の枠組みに対する,オーディオの活用と統合化の枠組みの意義と可能性を明らかにする。 (2) 「ルート型ジオタグオーディオ」の提案・実装・検証 既存のIT地図・位置情報コンテンツは,スポットによるコンテンツが主体であり,これらは情報の作成・管理が簡便であり,情報選択は地図を通して俯瞰的に自由に行えるという点で優れている。一方,まちあるきを目的とした場合,企画側から提供されるモデルコースや推薦情報をユーザが負担無く利用できる環境が重要となって来る。本研究では,この点に焦点を当て,歩いて移動しているときに聴くためのルート型オーディオと,オーディオで説明している場所を明示するエゴセントリック地図を統合したまちあるき向け場所同期オーディオとして「ルート型ジオタグオーディオ」を提案し,要求分析・設計・実装・検証を行う。 (3) 「ルート型ジオタグオーディオ」の制作環境の提案・実現・検証 場所同期オーディオはまちあるき向けの有望な枠組みと考えられるが,その制作環境は専門家向けのものが主流であり,一般ユーザが使って制作を行える状況にはなっていない。多くのユーザが作成できる環境を実現することが重要であり,本研究ではルート型ジオタグオーディオの制作アプリケーションを実装する。ワークショップなどを通して,ユーザが制作アプリケーションを使って場所同期オーディオを制作し,その実用性を検証する。 本論文の成果 第1章「序論」では,研究の背景,目的,用語説明,本論文の構成を記述した。 第2章「まちあるきを支援するコンテンツ」では,まず,まちあるきの流行現象をまとめた。まちあるきの紙地図では,モデルコースとイラスト地図を基本に表現が工夫され,また音声案内ではユーザが周囲を見ながら場所の説明を聴くことに向く設計がなされており,安全性や情報取得性が高いことなど,まちあるき向けコンテンツの特徴を論じた。まちあるき向けモバイルアプリケーションはインタラクティブ性が高いが,コンテンツ制作環境が煩雑であり,利用のための環境が整っておらず,あまり多様には展開していない状況を明らかにした。以上の議論を踏まえた上で,将来のまちあるきの支援に必要なデジタルコンテンツの要素を整理し,本研究の「場所同期オーディオ」の設計と実装の背景を説明した。 第3章「まちあるき向けエゴセントリック表現」では,ユーザの安全なまちあるき体験を支援するためにあるべき地図表現やユーザインタフェースについて議論した。まちあるきを行うには,地図の視覚表現やオーディオの提示によって,ユーザが自位置やコンテンツの位置をなるべく瞬時にわかるように表現や操作を設計することが重要であり,エゴセントリック表現による安全性の確保が,本論文の「ルート型ジオタグオーディオ」の要件であることを示した。 第4章と第5章では,「場所同期オーディオ」を体系化した。現在,博物館や美術館の音声案内など,場所同期オーディオは増えてきているが,その理論はほとんど構築されてこなかった。本研究では,将来,場所同期オーディオが普及することを想定し,時空間と同期の観点から,場所同期オーディオの体系化を行った。体系化にあたっては,場所同期オーディオを「スポット型オーディオ」と「ルート型オーディオ」 の2種類の基本形態に分類した。スポット型オーディオでは,スポットにオーディオが割り当てられているため,ユーザはスポットまで移動して,オーディオを聴く手法であり,立ち止まって聴く用途に向いている。また,スポット型オーディオは構造が複雑でないため,制作が簡便であり,既存の音声案内に多く導入されている。一方,ルート型オーディオは,ルートにオーディオが割り当ててあり,ルートを移動するユーザに場所の説明や移動のための情報を再生する手法である。ルート型オーディオは十分に応用,理論の整理がされた手法ではなかったが,本研究ではルート型オーディオを,ルートに基づいたまちあるき向けデジタルコンテンツとして重要と位置付けた。同期再生手法では,ユーザによるマニュアル同期再生(第4章)と,GPSの利用を想定した自動同期再生(第5章)を議論した。実験によるマニュアル同期再生と自動同期再生の検証を行い,GPS精度などによる,各手法の可能性と限界を明らかにした。 第6章「ルート型ジオタグオーディオの設計と実装」では,ルート型オーディオのユーザが自位置を見失い易い問題を解決するために,エゴセントリック地図を統合することによって,安全に移動することに配慮した,まちあるきのための場所同期オーディオとモバイルアプリケーションを設計,実装した。場所同期オーディオはルート型オーディオを基本としているため,場所同期オーディオの一形態と定義した。ユーザはオーディオを聴くことによって場所の情報を得るが,画面に表示されるエゴセントリック地図によって,迷った場合の位置の回復が行い易いようになっている。本論文では,ルート型オーディオをムービーファイルとして扱う汎用性重視の「ルート型オーディオ(ムービー型)」と,スマートフォン向けに地図の拡大・縮小やGPS位置表示などの機能を備えた「ルート型オーディオ(アプリ型)」を実装した。どちらの型でもまちあるきの安全が確保されるように,視覚表現や操作の設計を行った。 第7章「ルート型ジオタグオーディオの制作環境の実装と検証」では,場所同期オーディオの制作のためのアプリケーションを実装し,制作したルート型ジオタグオーディオによるユーザのまちあるき実験を行った。制作環境では,ユーザが高度な専門知識を持たずにルート型ジオタグオーディオの制作が行えることを基本要件として,イラスト地図とルート型オーディオを取り込み,オーディオ(タイムライン)と地図とを同期させることによる,簡便な制作手法をデザインし,制作環境をモバイルアプリケーションに実装した。また,被験者に制作アプリケーションを利用して,場所同期オーディオを制作してもらい,他の被験者が場所同期オーディオを鑑賞しながらまちあるきを行い,ユーザの振る舞いを観察,インタビューなどを取り,検証した。被験者の多くは,オーディオの内容を聴きながら,スタート地点からゴール地点までを歩くことができた。制作アプリケーションについては,ユーザ制作による地図とオーディオによる多様性のあるコンテンツが制作された。また,ユーザ実験から,ユーザ制作による高品質なルート型ジオタグオーディオ制作のための知見を明らかにし,今後の研究課題を示した。 第8章「結論」では,本論文の貢献をまとめるとともに,今後の展望を説明した。 結論 本論文での「場所同期オーディオの体系化」によって,これまで議論されてこなかった場所同期オーディオの形態の特徴や可能性・限界を明らかにできた。また,「ルート型ジオタグオーディオ」による場所同期オーディオの利用・制作アプリケーションの一般公開によって,地方自治体や観光協会などの組織で効率的にコンテンツ開発・配布ができるとともに,個人や任意グループによる草の根の場所同期オーディオが増える状況が期待できる。これにより,まちあるき文化が促進され,観光,地域活性化や教育などに活用され,豊かな社会の実現につながると考える。 | |
審査要旨 | 本論文は、近年流行しつつある「まちあるき」イベントと、まちあるき向けのコンテンツの中でも、音声案内に焦点をあて、現在主流である、点位置と音声案内を結びつけるスポット型オーディオが、制作・管理・検索・実装が容易である点を長所と示した。逆に短所はスポット間の移動中に、対応するオーディオが空白となってしまう点であり、スポット型オーディオでは人間のガイドを再現できない。一方、欧米を中心に、モバイルデジタル音楽プレーヤーを対象に、まちを歩きながら聴く音声案内が存在する。このような、歩くルートに対応するオーディオをルート型オーディオと呼ぶ。コンテンツはおもしろいが、ルートに沿って連続的に移動する行為は、ユーザにとっては容易ではなく、また迷った場合に、どこに戻るべきか、どこから再生すべきかを判断することも難しい問題であることを示した。本研究では、ルート型オーディオの瞬間瞬間に対して、それが指している場所の位置情報を付与する時系列ジオタギングの枠組みを提案した。これにより、利用者は常にオーディオの再生位置を地図上で確認でき、また道に迷ったときは、地図上の地点を選択することにより、そこを説明しているオーディオの時点を簡単に選択できる。このように、ルート型オーディオが地図上のルートと時系列的に結び付けられている「ルート型ジオタグオーディオ」を発明し、その再生アプリケーションを開発し、実証実験をとおしてその有用性を確認した。また、その制作環境も実現し、だれでも簡単にルート型ジオタグオーディオを制作でき、配布することができる状況を作り、まちあるきに適したルート型音声案内の普及の基礎を体系化し、実現している点は評価できる。 第1章「序論」では、背景、目的、用語説明、本論文の構成の説明を行っている。 第2章「まちあるきを支援するコンテンツ」では、まちあるきの流行現象の背景を整理した。まちあるき向け紙地図では、モデルコースとイラスト地図を基本に表現が工夫され、また音声案内ではユーザが周囲を見ながら場所の説明を聴くことに向く設計がなされており、安全性や情報取得性が重要視されているなど、まちあるき向けコンテンツの特徴を体系化している。以上の議論を踏まえた上で、将来のまちあるきの支援に必要なデジタルコンテンツの要素を整理し、本研究の「場所同期オーディオ」の設計と実装の背景をまとめた。 第3章「まちあるき向けエゴセントリック表現」では、ユーザの安全なまちあるき体験を支援するためにあるべき地図表現やユーザインタフェースについて体系化を行っている。まちあるきを行うには、IT地図の動的視覚表現とオーディオとの連携により、ユーザがオーディオの現在の内容を指し示す位置や自位置をなるべく瞬時に楽に取得できる表現や操作を設計することが重要であり、エゴセントリック表現による安全性の確保が、本研究の「場所同期オーディオ」の要件であることを示した。 第4章「場所同期オーディオのマニュアル同期再生手法」では、「場所同期」の理論的解釈を議論している。つまり、ユーザが場所同期オーディオを聴く状況をモデル化し、(a)オーディオで参照している位置、(b)現実空間でのユーザの自位置、(c)ユーザの脳内の自位置、それぞれがほぼ一致するとき、場所同期が取れていると定義し、これ以外の状況では、オーディオの鑑賞が適切な状況下では行われていないことを示した。 第5章「場所同期オーディオの自動同期再生手法」では、GPSを使った場所同期オーディオの自動再生手法に関して、GPS精度に応じた3種類の自動再生手法を提案し、それぞれの有用性と課題をシミュレーションと現地実験により明らかにした。 第6章「ルート型ジオタグオーディオの設計と実装」では、ルート型オーディオのユーザが自位置を見失い易い問題を解決するために、エゴセントリック地図を統合し、安全に移動することに配慮した、まちあるきのための場所同期オーディオとモバイルアプリケーションの設計、実装の方法を説明し、その実用性を実証実験を通して明らかにした。 第7章「ルート型ジオタグオーディオの制作環境の実装と検証」では、場所同期オーディオの制作のためのアプリケーションを実装し、制作した場所同期オーディオによるユーザのまちあるき実験を行った。 第8章「結論」では、本論文の貢献をまとめるとともに、今後の課題と展望を議論した。 以上のように、本論文は学術的貢献は十分であり、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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