学位論文要旨



No 129580
著者(漢字) 李,孝振
著者(英字)
著者(カナ) イ,ヒョジン
標題(和) 壁面音響乱反射率の実験室測定と数値解析に関する研究
標題(洋) Laboratory Measurement and Numerical Analysis of Acoustic Scattering Coefficients for Wall Surfaces
報告番号 129580
報告番号 甲29580
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第925号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 坂本,慎一
 神奈川大学 准教授 安田,洋介
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、壁面音響乱反射率の汎用的な定量化手法の構築・整備、及び実験室測定と数値解析を通して乱反射率の挙動を把握し、測定条件、測定における誤差要因等に関する知見を得ると共に、各種壁面拡散体の乱反射率特性を把握することを目的として行われた。

第1章では、研究の背景及び既往関連研究の概観を行った上で、本研究の目的について述べた。

建築音響設計における音場予測の重要性、幾何音響的手法の実務における有用性について述べた上で、その問題点、壁面による音響拡散を考慮した解析の有効性について指摘した。また、壁面の音響拡散性能の評価指標を確立することも音響設計上有意義であることを述べた後に、音響乱反射率の定義、算出法や既往関連研究について概観し、本研究の位置づけを行った。

第2章では、ランダム入射乱反射率の測定法について、試料の適用条件や測定における誤差要因等、測定条件を明らかにするための検討を縮尺及び実大測定を通して行い、測定法の汎用性を向上するための様々な知見を得た。

はじめに残響室法の測定原理について述べ、これに基づくIS0 17497-1の測定方法及び留意点について具体的に述べた。次に、模型残響室における縮尺及びインパルス応答測定に関する基礎的な検討を行い、他機関の測定結果との比較により本測定システムの妥当性を検証した。

その後、縮尺模型残響室を用いた測定を通して、試料の端部処理や配置等の試料適用範囲に関する検討を行った。測定試料を円形で切り取った場合に、試料端部の凹凸により過大に測定されていた乱反射率を、基準円盤に枠を取り付けることで抑制できることが示された。枠の高さは試料高さ以上に設定し、枠の厚さによる影響は小さいことが確認された。また、試料の配置による影響は僅かであり、試料の切り出し位置は測定上殆ど問題にならないことが示唆された。

最後に、インパルス応答の測定条件について、その同期加算方法を理論的に考察した上で、測定における信号周期、回転周期、角度ステップ数等が乱反射率に及ぼす影響を縮尺及び実大測定を通して検討した。Step法では、信号の種類に関わらず、角度ステップ数の下限値が依存し、その値は試料の乱反射率が高いほど、部屋の吸音面積が小さいほど、増加することがわかった。SS信号による連続法では、1回転での信号数の下限値が存在し、それはSt甲法の角度ステップ数に対応することが示された。MLS信号による連続法では、部屋の残響時間に比例する回転周期の下限値が存在し、その値は試料の乱反射率が高いほど、部屋の吸音面積が小さいほど、増加するものの、インパルス応答の切り出し時間に大きく依存することが確認された。ISO規定の角度ステップ数60~ 120個は普通の残響室、高い乱反射率の試料に対して、乱反射率の過小評価をもたらす可能性があり、連続法で用いる測定信号については、SS信号の方がMLS信号より実用的であることが示された。

第3章では、前章で構築したランダム入射乱反射率の測定システムを用いて各種壁面拡散体の乱反射率特性を調べた。特に、一般的な拡散壁であるリブ及びブロック構造を対象とし、縮尺模型測定によるケーススタディを通して表面形状に起因する乱反射率の特徴を明らかにし、拡散壁設計上で有用な知見を得た。

リブ構造壁面について、角柱高さ、角柱配置、背後空気層、角柱形状、吸音仕上げによる乱反射率特性を調べた。角柱リブ構造の乱反射率は、角柱高さが半波長付近の周波数で低下し、そのディップは高さの増加に伴い低音域に移動することがわかった。リブの高さ変動、間隔の拡大・不均等化、背後空気層の挿入は上記ディップを緩和し、周波数特性の平坦化に有効であることが示された。また、円柱・直立板リブ構造の乱反射率は、角柱リブ構造に概ね近似しつつ、高音域に向けて緩やかに増加する傾向が見られた。リブ構造の溝部または背後に吸音材を挿入した場合は、吸音材無しの場合と比較的類似した乱反射率特性を示した。

その後、プロック構造壁面について、被覆率や配列による乱反射率特性を調べた。立方体プロック構造の乱反射率は、低中音域で小さく、高音域のみで大きくなる傾向が見られた。被覆率は25~ 50%で高音域の乱反射率は同程度であり、それ以上の被覆率では低下する傾向にある。またブロック被覆率50%では、プロックの交互配置よリランダム配置の方が中音域で乱反射率が増大し、同被覆率の角柱リブ構造の周波数特性に近づくことが示された。

第4章では、第2章の測定法とは全く異なる原理の垂直入射乱反射率の測定法を考案し、縮尺模型測定を通して試料の適用条件や測定における誤差要因等に関する検討を行い、数値解析結果との比較により測定法の汎用性及び有効性を検証した。

はじめに新たに提案する垂直入射乱反射率の測定理論について述べ、矩形室において1次元音場が卓越する条件を設定し、試料設置による残響時間の変化から垂直入射乱反射率を求める測定方法を提案した。次に、縮尺模型測定により実現し、試料の適用条件や測定における設定条件等の適切な測定条件を導いた。受音点位置に関しては、受音点毎のエネルギーレベル差は見られるものの、周波数によらず減衰率は概ね一致することが確認された。試料設置方向による影響は小さいことが示された。

また、乱反射率の周波数特性が異なる様々な試料を対象とした検討を行った。乱反射率は残響時間の同定区間により大きく変化するものの、初期に対し後期の残響曲線から同定した測定値は計算値と非常に良く対応することが確認された。

最後に、以上の測定法の応用的な利用法として、縮尺模型実験により2次元ランダム入射乱反射率の同定を試み、数値解析結果との比較を通して、測定法の適用可能性に関する検討を行った。入射角依存性を考慮した測定法として測定の試料方向により測定値が異なることは例示されたが、測定法として精度上の問題は大きいことが示された。

第5章では、乱反射率の波動音響解析手法を用いて、典型的な拡散壁面仕上げである周期構造壁面の乱反射率特性を調べると共に、測定結果との比較検証を行い測定法の汎用性及び適用性を向上させた。さらに、その応用として音響設計上有効な拡散体を提案した。

はじめに3次元音場における反射指向特性から乱反射率を算出する方法について述べ、境界要素法を適用した乱反射率の数値計算方法について概説した。

次に正弦波、三角波、矩形波となる3種類の1次元周期構造壁面を対象として取り上げ、その凹凸形状、高さ、幅による影響を具体的に検討した。全体的に、矩形波型壁は高音域において顕著なピーク・ディップが生じるのに対して、正弦波型壁・三角波型壁は比較的穏やかな周波数特性を有するため、拡散壁としての性能としてはより優れているものと考えられる。周期構造壁面の拡散性能を最大化するための凹凸高さは、ランダム入射時においては、正弦波型壁で周期に比べ30%程度、三角波型壁で40%程度、矩形波型壁で20%程度の高さとし、垂直入射時においては、正弦波型壁、三角波型壁及び矩形波型壁でそれぞれ20%,25%,15%程度の高さに設定することが望ましいことが確認された。凹凸幅に関しては、高さによらずランダム及び垂直入射時と共に周期に比べ50%の幅で拡散効果が最大になることが示された。

最後に、周期構造壁面の汎用的な利用法として、建築空間において多く用いられている矩形波型壁を対象とし、音場の拡散性の向上やフラッターエコーなどの音響障害を緩和するための拡散体を提案した。

第6章では、以上の研究成果を総括し、今後の課題について述べた。

本研究により、測定・計算の両面で壁面拡散性の定量化手法が整備され、将来的には、各種壁面拡散体の乱反射率データベースが構築され、幾何音響シミュレーションの基礎データとして有用であると共に、拡散体の詳設計の指針ともなる等、室内音響設計の支援ツールとしての役割が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「壁面音響乱反射率の実験室測定と数値解析に関する研究」と題し,6章から成る.壁面音響乱反射率の汎用的な定量化手法の構築・整備,及び実験室測定と数値解析を通して乱反射率の挙動を把握し,測定条件,測定における誤差要因等に関する知見を得ると共に,各種壁面拡散体の乱反射率特性に関する検討を行っている.本研究により,測定・計算の両面で壁面拡散性の定量化手法が整備され,将来的には,各種壁面拡散体の乱反射率データベースが構築され,幾何音響シミュレーションの基礎データとして有用であると共に,拡散体の詳細設計の指針ともなる等,室内音響設計の支援ツールとしての役割が期待される.

第1章では,室内音響設計における音場予測の重要性,幾何音響的手法の実務における有用性について述べた上で,幾何音響解析の問題点,特に壁面による音響拡散を考慮した解析の必要性について指摘している.また,拡散壁の形状設計における音響拡散性能の評価指標の意義を述べた後に,音響乱反射率の定義,算出法や既往関連研究について概観し,本研究の位置づけを行っている.

第2章では, ISO 17497-1のランダム入射乱反射率の残響室法測定について,未だ明確にされていない試料の適用条件や測定における誤差要因等,測定条件に関する知見を得るための検討を行っている.残響室法の測定原理について述べ,これに基づく ISO の測定方法及び留意点について具体的に示している.次に,縮尺模型残響室を用いた測定を通して,試料の端部処理や配置等の試料適用条件に関する検討を行っている.試料端部からの散乱を制御する方法を提示すると共に,適切な設定条件が整理されている.最後に,インパルス応答の同期加算方法に関する理論的な考察を行った上で,インパルス応答測定における信号の種類や試料回転速度等が乱反射率に及ぼす影響を縮尺及び実大測定を通して検証している.

第3章では,前章で構築したランダム入射乱反射率の測定システムを用いて,各種壁面拡散体の乱反射率特性を調べている.音響設計上一般的な拡散壁であるリブ及びブロック構造を対象とし,縮尺模型測定によるケーススタディを通して,表面形状に起因する乱反射率の特徴を調べている.リブ構造壁面に関しては,角柱高さ,角柱配置,背後空気層,角柱形状,吸音仕上げによる影響を,ブロック構造壁面に関しては,被覆率や配置が乱反射率特性に及ぼす影響を調べ,拡散壁設計上で有用な知見を得ている.

第4章では,第2章の測定法とは全く異なる原理により,垂直入射乱反射率の測定法を構築している.この指標は室内の平行壁間で生じるフラッターエコー等の音響障害の評価・抑制に有効であり,室内音響設計上で重要な一つの手掛かりを提供するものであることを示している.まず,新たに提案する垂直入射乱反射率の測定理論について述べ,次に縮尺模型による測定システムを構築し,試料の適用条件及び測定パラメータが結果に与える影響についての検討を行っている.また,数値解析結果との比較により測定法の妥当性を検証しながら,測定方法における適切な設定条件を検討している.さらにその応用的な測定として,縮尺模型実験により 2 次元ランダム入射乱反射率の同定を試み,数値解析結果との比較を通して,測定法の適用可能性に関する知見を得ている.

第5章では,波動音響的手法として境界要素法を用いた乱反射率の数値解析を実施し,まずは第 2 章及び第 4 章での測定結果との比較検証を行い,測定・計算の両面での定量化手法の妥当性を確認している.数値解析は実験室測定の代替可能性を有し,設計段階での壁面形状の検討への利用が想定されることから,その実証として,典型的な拡散壁面仕上げである周期構造壁を対象として取り上げ,その断面形状,高さ,幅が乱反射率に及ぼす影響を具体的に検討している.最後に,周期構造壁面の設計指針として,音場の拡散性の向上やフラッターエコ-などの音響障害を緩和するための効果的な拡散体を提案している.

第6章では,本論文の成果と共に,壁面の音響拡散性能の評価ならびに音場予測,音響設計への応用に関して,今後の課題と展望について述べている.

以上,本論文は,室内音響設計において重要な設計要素である壁面の音響拡散性能に関して、2種類の乱反射率の実験室測定法を確立するとともに,数値解析による測定の代替可能性についても実証したものである。従来の測定法に関する研究成果は,国際規格化に大きく貢献するものであり,一方,新提案の測定法により同定可能となった物理指標は,音場予測の新たな方法論への展開が期待され,両者の学術的価値は高い。加えて,数値解析による予測の実現は,実務的音響設計に有益であり,将来性が大いに見込まれる。

よって,本論文は,博士(環境学)の学位申請論文として合格と認められる.

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