No | 129584 | |
著者(漢字) | 梅山,大地 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウメヤマ,タイチ | |
標題(和) | 出芽酵母におけるS-adenosylmethionine (SAM)応答性人工遺伝子回路の開発とSAM高生産株のスクリーニングへの応用 | |
標題(洋) | Development of S-adenosylmethionine (SAM)-responsive synthetic gene circuits in budding yeast and their application to screening for SAM overproducers | |
報告番号 | 129584 | |
報告番号 | 甲29584 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第929号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 情報生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [目的・背景] 合成生物学の目的 合成生物学の研究手法の特徴はDNAや蛋白質などの生命システムを構成している要素に着目し、それらを組み合わせて生命現象の再現や創出を行う構成的なアプローチに見出すことができる。このようなアプローチを通じて、生命システムに対する理解度を検証することや有用物質生産のための生物を作出することは合成生物学の目的の一つである。そのため代謝物などの生体内で機能する分子によって駆動する生命システムを再構成することは、代謝制御の理解や代謝物の高生産株の作出といった合成生物学の目的に対する直接的な取り組みといえる。 技術的な進歩により人工遺伝子回路の設計の自由度は増加する 構成的なアプローチはDNA配列の解析手法や合成手法の技術的な進歩を背景にその重要性を増している。特に遺伝子制御機構の設計を行う人工遺伝子回路の研究に対する直接的な推進力といえる。その理由の一つは飛躍的に増大しているゲノム配列情報により、潜在的に利用可能な生命システムを構成する部品点数が増加していることである。もう一つの理由はDNA合成技術の進歩により遺伝子制御機構の作製における配列長や配列パターンへの制約が少なくなり、時間的金銭的コストが低下していることである。そのため生物種の垣根を乗り越えて転写因子等の部品を自由に組み合わせることができれば、今後様々な研究への人工遺伝子回路の応用が期待できる。 S-adenosylmethionine(SAM)応答性人工遺伝子回路 このような合成生物学研究の目的と近年の技術的な進歩から、代謝物応答性の人工遺伝子回路を異種生物由来の転写因子を用いて設計することが重要であると考えた。特に様々な代謝反応に関与するキイ代謝物であり、DNAやヒストンへのメチル基ドナーとしてエピジェネティックな制御にも関わるS-adenosylmethionine(SAM)に着目した。そこで本研究では出芽酵母においてSAMと結合する大腸菌の転写因子MetJを利用して人工遺伝子回路の作製に取り組んだ。さらにこの回路の応用研究としてSAM高生産遺伝子のスクリーニングを行い、本手法の実用性を示した。 [結果・考察] 1.人工遺伝子回路を用いたS-adenosylmethionine(SAM)のモニタリング SAMと結合する大腸菌の転写因子MetJにB42転写活性化ドメインを融合した人工転写活性化因子(MetJ-B42)をデザインした。MetJの結合配列であるmetオペレーターの下流に蛍光レポーターを挿入することで、SAM–MetJ-B42複合体が蛍光レポーターの発現を誘導するように設計を行った。この人工遺伝子回路を組み込んだ出芽酵母の蛍光強度は、培地に添加したSAMに対して濃度依存的に増大した。これは培地から取り込まれたSAMが回路の入力に用いられた結果と考えられる。そこでSAMトランスポーターの破壊株(sam3Δ株)を用いて回路応答を解析した。その結果、sam3Δ株は培地に添加したSAMに対して応答を示さなかったが、SAMの前駆体であるメチオニンに対しては応答を示した(図1a)。これは培地から取り込まれたメチオニンが細胞内で代謝され、生成したSAMが回路の入力に用いられた結果と考えられる。これらの結果は人工遺伝子回路がSAMに応答したことを示している。次に回路の出力レベルが細胞内のSAM濃度を反映していることを示すために、HPLC法によりSAM濃度を測定し、蛍光強度と比較した。その結果、メチオニン刺激による細胞内SAM濃度の上昇と蛍光強度は概ね合致した(図1b)。さらにSAM代謝に関与するSAM1やCYS4を破壊した株においても、細胞内SAM濃度の値と細胞の蛍光強度は合致した。これらの結果はSAM応答性人工遺伝子回路を用いることで細胞内のSAM濃度をモニタリングできることを示している。解析対象を網羅的遺伝子破壊株コレクションに拡張すればSAM濃度の変動に関与する遺伝子の網羅的スクリーニングも可能であると考えられる。 2.SAM応答性論理ゲートの構築:ゲノムライブラリーからのSAM高生産遺伝子のスクリーニング 論理ゲートの作製と評価 生物が本来備えている代謝物応答性の遺伝子制御機構には転写活性化だけでなく転写抑制や複数の入力を備えた転写制御機構が存在する。このような様々な入出力パターンを人工遺伝子回路で実装可能であることを示すために、既に作製したMetJ-B42を利用した転写活性化機構(Buffer ゲート)に加えて(図2a,b)、SAM応答性の転写抑制機構(NOTゲート)とSAMとdoxycycline(Dox)の共存下でのみ出力する転写制御機構(ANDゲート)を作製した。 NOTゲートを作製するために恒常的なプロモーター内部にmetオペレーターを挿入した(図2c)。これによりSAM–MetJ複合体がmetオペレーターに結合することでプロモーター活性が低下すると考えた。蛍光レポーターを用いて解析したところ、NOTゲートを組み込んだ細胞の蛍光強度はメチオニン依存的に低下していた(図2d)。メチオニン濃度依存性を検討したところ、NOTゲートはBufferゲートのグラフとは対称的なメチオニン濃度依存性を示し、いずれもメチオニン濃度500 μM以下の培養条件下で蛍光強度が大きく変化していた。この濃度範囲ではSAM濃度をHPLC法により検出することは難しい。そのためSAM応答性人工遺伝子回路を利用することで、HPLC法では検出が難しい低濃度における細胞内SAM濃度の変動を解析できると考えられる。特筆すべきはBufferゲートやNOTゲートを用いることにより細胞が生きたままの状態で簡便に計測できることである。そのため本手法を用いることでSAMのハイスループットな動態解析を行うことも可能であると考えられる。 SAMとDoxに応答するANDゲートはDoxと結合する転写因子TetRを利用して作製した。Bufferゲートで用いたコンストラクトを改変しmetオペレーターの下流にTetRの結合配列であるtetオペレーターを挿入した(図2e)。作製したANDゲートの入出力パターンを、蛍光レポーターを用いて解析したところ、SAMとDoxの共存下でのみ細胞の蛍光強度が上昇していることを確認した(図2f)。 出芽酵母マルチコピーゲノムライブラリーからのSAM高生産遺伝子のスクリーニング この回路の実用性を示すことを目的としてSAM高生産遺伝子のスクリーニングに取り組んだ。ANDゲートの出力に栄養要求性レポーターを接続すれば、SAM濃度依存的な増殖速度をDoxで調節できるはずである。このANDゲートを組み込んで作製したスクリーニングホスト株を用いることで、最適な選択圧を加えてスクリーニングを行うことができると考えた。出芽酵母マルチコピーゲノムライブラリーを作製し、スクリーニングホスト株に導入した。栄養要求性を利用してSAM高生産株の濃縮を試み、シングルクローンを単離した。得られたクローンのSAM濃度をHPLC法により測定した。細胞内SAM濃度が上昇しているクローンからプラスミドを回収してシークエンス解析を行ったところ、得られたプラスミドには転写メディエーター複合体のtailサブユニットのコンポーネントの一つであるGal11をコードする遺伝子が挿入されていた。転写メディーター複合体は転写活性化因子と結合しRNAポリメラーゼIIのリクルートを行っている。そのためGAL11の過剰発現は転写状況のグローバルな変化を引き起こしている可能性がある。そこでGAL11過剰発現株のRNA-Seqを行った。その結果、有意に発現変動している遺伝子を見出すことができた(図3a)。GO解析の結果、発現が上昇している遺伝子群にはheme bindingやplasma membraneに含まれる遺伝子が濃縮され、発現が低下している遺伝子群にはiron ion homeostasisに含まれる遺伝子が濃縮されていた(図3b)。これらの遺伝子群の発現変動とSAMの高生産については直接的な因果関係は見いだせない。またSAMやメチオニンの生合成系の遺伝子群やSAMを基質とするメチルトランスフェラーゼの遺伝子群は顕著な発現の変動を示していなかった。よってGAL11過剰発現株におけるSAM高生産は単純なメカニズムで引き起こされているのではないと考えられる。 [結論] 本研究では出芽酵母を宿主として用いて、大腸菌由来の転写因子MetJを利用したSAM応答性人工遺伝子回路の作製を行った。この人工遺伝子回路を利用することで生細胞において簡便に細胞内SAM濃度のモニタリングが可能であることを示した。この回路の出力レベルをDoxで制御できるように改変することで、SAMとDoxの共存下でのみ出力が上昇するANDゲートを作製した。このANDゲートをゲノムライブラリーからのSAM高生産遺伝子のスクリーニングに応用し、新規のSAM高生産遺伝子としてGAL11を同定することに成功した。 図1.人工遺伝子回路の応答の解析 (a)野生株とsam3△株を用いたSAMとmethionineに対する応答の解析 (b)人工遺伝子回路の応答値とHPLC法によるSAM濃度測定値の比較 図2.SAM応答性人工遺伝子回路の設計とその入出力パターン (a)Bufferゲートのデザイン(b)Bufferゲートの入出力パターン(c)NOTゲートのデザイン (d)NOTゲートの入出力パターン(e)ANDゲートのデザイン(f)ANDゲートの入出力パターン 図3.GAL11過剰発現株のトランスクリプトーム解析 (a)RNA-SeqによるGAL11過剰発現株と野生株のトランスクリプトームの比較 (b)発現変動遺伝子のGO解析 | |
審査要旨 | 従来の生命科学は、複雑な生命システムをその構成要素に還元することで理解を深めて来た。これに対して要素からのシステム構築を通して生命原理の理解を探るのが、ゲノム情報の充実と核酸合成技術等の発展をベースに急速な発展を遂げつつある合成生物学である。合成生物学は、複雑な生命システムのコアを設計・構築し、その挙動の解析から動作原理の理解を深めると同時に、実際に役に立つ細胞等の構築も目指す。 こうした背景の下、論文提出者は、代謝応答の理解を深める基礎研究と代謝物の高生産という応用の双方に貢献可能な「代謝物応答性人工遺伝子回路」の開発に取り組んだ。具体的には、広範な生化学反応に関与するキー代謝物であるとともに、医薬品・食品用に出芽酵母で生産されているSアデノシルメチオニン(SAM)を対象とした。酵母ではSAM応答性転写因子が知られていないため、SAMと結合して働く大腸菌のMetJリプレッサーとmetOオペレータを利用して、細胞内SAMレベルを蛍光タンパク質レポーターとしてモニターする人工遺伝子回路を開発し、それを酵母に導入した。このシステムは分析化学的手法よりも操作が簡易でありその格段の高速性から、高出力スクリーニングに適していると考えられる。 さらに、論文提出者は、SAM高生産株の遺伝学的スクリーニングへの人工遺伝子回路の応用を研究した。そのために、SAMとドキシサイクリン(Dox)の双方を入力とするANDゲート型回路を設計・構築した。この回路は、出力である栄養要求性遺伝子の発現レベルをDox濃度で調整可能であるため、様々な選択圧下でのスクリーニングに利用できる。論文提出者は異なる選択圧下でのスクリーニングを実施し、SAM濃度を高コピーで増強する新規遺伝子として作用機序が異なるGAL11とYML108Wの同定に成功して、この人工遺伝子回路の有用性を実証した。 本学位論文では、第一から第三章のそれぞれで、研究の背景・蛍光レポーターシステムの開発・遺伝的スクリーニングシステムの開発とそれによる有用遺伝子の単離が述べられており、第四章ではこのアプローチの拡張性をデータも示しながら議論されている。 内在性代謝物に応答する人工遺伝子回路に関しては報告例がまだ殆どない上に、代謝物高生産への応用可能性を実証した研究は初めてであることから、本研究は合成生物学分野における先駆的貢献であると認められる。 なお、本論文は岡田悟氏、伊藤隆司氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を立案・実行したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。 | |
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