学位論文要旨



No 129598
著者(漢字) 高口,太朗
著者(英字)
著者(カナ) タカグチ,タロウ
標題(和) 社会ネットワークにおけるコミュニケーション行動の時間的パターンの解析
標題(洋) Mining Temporal Patterns of Communication Behavior in Social Networks
報告番号 129598
報告番号 甲29598
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第420号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 増田,直紀
 東京大学 教授 駒木,文保
 東京大学 准教授 鹿島,久嗣
 東京大学 特任准教授 平田,祥人
 東京大学 准教授 小林,徹也
内容要旨 要旨を表示する

近年のセンシング技術の発達とオンライン交流サービスの普及により、人同士のコミュニケーション行動を大規模かつ高い時間精度で記録し分析することが可能となった。そのような記録を、接触のあった2人を枝で結んだネットワーク(グラフ)として表すことにより、社会関係ネットワークの構造と機能が社会学、公衆衛生学、物理学、計算機科学など多分野において研究されてきた。一方で、そのようなコミュニケーション記録は一般に誰と誰が「いつ」接触したという時間情報をも含んでいる。本論文では、人の行動の時間的側面に特に着目し、時間的な行動パターンの実測データに基づく分析と、その行動パターンが感染症伝播などの集団ダイナミクスに及ぼす影響について研究を行った。本論文は「Mining Temporal Patterns of Communication Behavior in Social Networks(社会ネットワークにおけるコミュニケーション行動の時間的パターンの解析)」と題し、7章からなる。

第1章「Preface」(序文)では、2者間の社会関係をネットワークとして表すことの意義について、実例を用いて導入を与える。加えて、本論文の主題であるコミュニケーション行動の時間的側面と社会関係ネットワークとの関わりを述べた上で、論文全体の構成についての概略を記述する。

第2章「General introduction」(概括)では、本論文を構成する研究の背景知識を解説する。まず、ネットワークに関する用語の定義と基礎事項とを説明し、1990年代終盤以降からのネットワーク科学の進展について概説する。次に、本論文の主題であるコミュニケーション行動の時間的特徴について、時間依存ネットワークに関わる先行研究を行動のバースト性(イベント発生時間間隔の裾野の長い分布)を中心として4つのカテゴリに分けて解説し、本論文の各章の内容との関係を記述する。

第3章から第6章までの4章が、本論文の主結果である。

第3章「Predictability of conversation partners」(会話相手の予測可能性)では、ある企業のオフィスにおける従業員同士の会話記録に基づいて、各個人の会話相手を選択する順序の予測可能性についての研究結果を示す。ここでは、予測可能性は会話相手を時刻順に並べた列の相互情報量として定義する。この相互情報量は、連続する会話相手の間の相関の強さを表す。分析の結果、個人の会話相手選択は完全にランダムではなく、ある程度予測可能であることを見出した。その主要因は、ある相手と話すと次も同じ相手と話しやすいという性質であるが、その性質の影響を除いても完全にランダムな場合に比べれば予測可能性がある。加えて、個人ごとに異なる予測可能性の程度は、会話相手の関係により定義されるネットワーク中での個人の位置と相関があることを示す。具体的には、強く結びついたグループ構造の中に位置する人は予測可能性が低く、逆にそのようなグループを結ぶよう位置する人は予測可能性が高くありやすい。

第4章「Importance of individual events in temporal networks」(時間依存ネットワークにおける個別の接触イベントの重要度指標)では、「誰と誰がいつ接触した」というそれぞれの接触イベントの重要度指標を提案し、実測データに適用することでその性質を分析する。ここでは、そのイベントに含まれる2人にとって、他の人について最新の情報をもたらすイベントを重要であるとして重要度指標を定義する。提案指標を実測データに適用し明らかとなった主結果は以下の3点である。まず、重要度は裾野の長い分布を示す。次に、重要度はイベントに含まれる2人にとって強く非対称である。最後に、実データから重要度の低いイベントを多数取り除いても全体としての連結性は保たれる(イベント除去に対する頑健性)。実データをランダム化したイベント列に対する同様の分析の結果として、この頑健性は主に行動のバースト性に起因することを示す。

第5章「Threshold-based epidemic dynamics on temporal networks」(時間依存ネットワーク上での閾値効果に基づく感染症ダイナミクス)では、感染のしやすさが接触イベント履歴に依存する感染症ダイナミクスのモデルを導入し、時間依存ネットワークの実測データの上での数値シミュレーション結果を示している。この章の研究主題は、このシミュレーションを通じて行動のバースト性が感染症伝播に与える影響を調べることにある。この章における感染症モデルでは、各個人が1つの内部状態を表す変数をもち、感染状態にある個人と接触があるとその変数の値が単位量だけ増加する。感染者との接触がなければ内部状態変数は時間的に減衰する。非感染者は、その内部変数の値がある閾値を超えたときに感染状態となる。この感染症モデルの実データ上でのシミュレーション結果を、実データをランダム化したイベント列上での結果と比較することにより、提案モデルにおいては行動のバースト性が感染拡大を促すことを示す。この結果は、他の先行研究により考えられてきた行動のバースト性が感染を抑制するという結果と相反するものであり、行動パターンによる感染症伝播への影響は伝播ダイナミクスの詳細に依存することを示唆する結果である。

第6章「Voter model with non-Poisson interevent intervals」(接触イベント時間間隔の非ポアソン性を取り入れた投票者モデル)では、合意形成の代表的数理モデルである投票者モデルに行動のバースト性を導入して、バースト性が集団における意見一致達成時間に与える影響を主に数値シミュレーションにより調べる。ここで、行動のバースト性は、各ペアの接触時間間隔が所与のべき的分布に従うという仮定として導入する。接触ネットワーク構造をリング、完全グラフ、拡張リングとした場合について、提案モデルの数値シミュレーション結果を示す。章全体としての結論は、行動のバースト性は一般に意見一致への到達時間を長くする効果をもつが、その効果は各頂点の次数(頂点につながる枝数)が増加するのに従い低減するという事である。この数値シミュレーション結果に対し、イベント時間間隔がべき的分布に従う点過程を用いた議論により定性的な説明を与える。

第7章「Conclusions」(結論)では、第3章から第6章までのそれぞれの研究結果を要約した上で、考えられる今後の研究課題について述べる。今後の課題は大きく分けて2つある。1つ目は、接触イベント時系列が含む高次の相関による集団ダイナミクスの影響である。ある個人の連続するイベント時間間隔の間の相関や、異なるペア間のイベント列の相関などの定量的評価と数理モデルへの導入が課題である。2つ目は、時間的行動パターンと接触イベントの言語的内容との関係である。本論文ではイベント発生の時刻と個人間の接触ネットワーク構造のみに注目したが、実際の社会においては1つ1つの接触イベントがもつ言語的情報がそれらと密接に関わっていると考えられる。

以上を要するに、本論文では、人の行動パターンの時間的側面、特に行動のバースト性に着目し、時間的な行動パターンの実測データに基づく分析と、その行動パターンが集団ダイナミクスに及ぼす影響について4つの研究結果を示した。全ての章において、行動のバースト性という人のコミュニケーション行動において普遍的に観測される特性の影響を、様々な角度から議論しており、その研究結果は当該分野の関連研究に幅広く影響を与えうる。

審査要旨 要旨を表示する

近年のセンシング技術の発達とオンライン交流サービスの普及により、人同士のコミュニケーション行動を大規模かつ高い時間精度で記録し分析することが可能となった。そのような記録を、接触のあった2人を枝で結んだネットワーク(グラフ)として表すことにより、社会関係ネットワークの構造と機能が、社会学、公衆衛生学、物理学、計算機科学、統計学など多分野において研究されている。本論文では、人の行動の時間的側面に特に着目し、時間的な行動パターンの実測データに基づく数理的な解析と、その行動パターンが感染症伝播などの集団ダイナミクスに及ぼす影響について研究を行っている。

本論文は「Mining Temporal Patterns of Communication Behavior in Social Networks(社会ネットワークにおけるコミュニケーション行動の時間的パターンの解析)」と題し、7章からなる。

第1章「Preface」(序文)では、2者間の社会関係をネットワークとして表すことの意義について、実例を用いて導入を与えている。加えて、本論文の主題であるコミュニケーション行動の時間的側面について説明した上で、論文全体の構成についての概略を記述している。

第2章「General Introduction」(概括)では、本論文に含まれる研究の背景知識を記述している。まず、ネットワークに関する用語の定義と基礎事項とを説明し、1990年代終盤以降からのネットワーク科学の進展について概説している。次に、本論文の主題であるコミュニケーション行動の時間的特徴について、時間依存ネットワークに関わる先行研究を行動のバースト性(イベント発生時間間隔の裾野の長い分布)を中心として4つのカテゴリに分けて解説し、本論文の各章の内容との関係を記述している。

第3章「Predictability of Conversation Partners」(会話相手の予測可能性)では、ある企業のオフィスにおける従業員同士の会話記録に基づいて、各個人の会話相手を選択する順序の予測可能性についての研究結果を示している。ここでは、予測可能性は会話相手を並べた時系列の相互情報量として定義している。分析の結果、個人の会話相手選択は完全にランダムではなく、ある程度予測可能であると結論している。その主要因は、ある相手と話すと次も同じ相手と話しやすいという性質であるが、その性質の影響を除いても完全にランダムな場合に比べれば予測可能性がある。加えて、強く結びついたグループ構造の中に位置する人は予測可能性が低く、逆にそのようなグループを結ぶよう位置する人は予測可能性が高い傾向があることが主張されている。

第4章「Importance of Individual Events in Temporal Networks」(時間依存ネットワークにおける個別の接触イベントの重要度指標)では、「誰と誰がいつ接触した」というそれぞれの接触イベントの重要度指標を提案し、実測データに適用することでその性質を分析している。ここでは、そのイベントに含まれる2人にとって他の人について最新の情報をもたらすイベントを重要であるとして重要度指標を定義している。本章の主結果として以下の3点を主張している。まず、重要度は裾野の長い分布を示すことである。次に、重要度はイベントに含まれる2人にとって強い非対称性を示すことである。最後に、実データから重要度の低いイベントを多数取り除いても全体としての連結性は保たれる(イベント除去に対する頑健性)ことである。実データをランダム化したイベント列に対する同様の分析の結果、この頑健性は主に行動のバースト性に起因すると結論づけている。

第5章「Threshold-Based Epidemic Dynamics on Temporal Networks」(時間依存ネットワーク上での閾値効果に基づく感染症ダイナミクス)では、感染のしやすさが接触イベント履歴に依存する感染症ダイナミクスのモデルを導入し、時間依存ネットワークの実測データの上での数値計算結果を示している。実データの上での計算結果を、実データをランダム化したイベント列上での結果と比較することにより、提案モデルにおいては行動のバースト性が感染拡大を促すことが示されている。

第6章「Voter Model with Non-Poisson Interevent Intervals」(接触イベント時間間隔の非ポアソン性を取り入れた投票者モデル)では、合意形成の代表的数理モデルである投票者モデルに行動のバースト性を導入して、意見一致達成時間を主に数値計算により調べている。ここで、行動のバースト性は、各ペアの接触時間間隔がべき的分布に従うこととしてモデル化されている。様々な接触ネットワーク構造について、行動のバースト性は一般に意見一致への到達時間を長くする効果をもつことが結論されている。

第7章「Conclusions」(結論)では、第3章から第6章までのそれぞれの研究結果を要約した上で、今後の研究課題について述べている。

以上を要するに、本論文では、人の行動パターンの時間的側面、特に行動のバースト性に着目した4つの研究結果が示された。行動のバースト性という人のコミュニケーション行動において普遍的に観測される特性の影響を、様々な角度から議論しており、その研究結果は当該分野の関連研究に幅広く影響を与えうる。加えて、数理情報学に基づく本研究と社会学や組織科学などの社会科学諸分野との融合の可能性が期待される。よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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