学位論文要旨



No 129603
著者(漢字) 岡嶋,崇
著者(英字)
著者(カナ) オカジマ,タカシ
標題(和) マルチエージェントダイナミカルシステムの協調適応同期制御
標題(洋)
報告番号 129603
報告番号 甲29603
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第425号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 数理情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 津村,幸治
 東京大学 教授 原,辰次
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 中村,宏
 東京大学 准教授 眞溪,歩
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,未知で不均一なダイナミクスを持つマルチエージェントダイナミカルシステム(以下MAS)を対象とし,適応制御の手法を応用してダイナミクスの不均一さを補償することによって,エージェントの状態を同期させることを目的とする.また,単に従来の適応制御を用いるのではなく,MASという対象の持つ性質によく適合した,MASのための新しい協調適応制御の手法を構築することを目指す.

論文の前半では,同期したエージェントの状態の望ましい応答が,既知のモデルによって規定される場合の問題を扱う.前半部は2 点の重要な着眼点を中心として成り立っている.1 つは,適応制御によるダイナミクスの均一化とともに,均一なMASに対して有効な従来の相対値フィードバック制御を併用することである.もう1 つは,不均一なMASであっても,移動体の速度から位置への積分器に代表されるように,ダイナミクスの一部は既知で均一である場合が多いことへの着目である.これにより,適応制御の役割をダイナミクスの未知で不均一な部分の補償に限定することできる.これら2つの着眼点は単独でも,従来の問題に対し制御性能を向上させる効果がある.さらに2つを組み合わせることで,従来の手法では扱えない,状態の一部が非有界となる問題に対してもその相対値を安定化し,同期を達成する.これによりMAS の重要な応用例である移動体のフォーメーション制御等への応用が可能である.また連続時間システム・離散時間システムの双方で,この考え方にもとづく手法が有効であることを示す.

論文の後半では,同期したエージェントの状態の望ましい応答が,ネットワーク上に存在するエージェントの未知のダイナミクスの平均で規定されるという,MAS特有の新しい問題を設定し,扱う.これは,各エージェントが単体としても機能する個体であり,各自にとって望ましいダイナミクスを持つという仮定にもとづいている.その上で,状態の同期という新しい機能を取得するための,各自のダイナミクスへの影響を,可能な限り小さくすることが目的である.この,ダイナミクスにおける合意(コンセンサス)と言える問題に対して,ダイナミクスのパラメータの和を保存する構造を備えた協調適応同期制御手法が有効であることを示す.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,適応制御の手法によるマルチエージェントダイナミカルシステム(以下MAS)の協調同期制御に関する研究をまとめたものである.

近年,電力・交通・通信のネットワークに代表されるように,工学で扱われる系が大規模・複雑化すると共に,個々のプラントの高性能化だけでなく,ネットワーク全体として安定に機能すること,さらには省力・高性能化が要望されるようになった.制御工学の分野でも以前より,大規模システムの分散制御の研究が進められてきたが,従来のそれの多くが,サブシステム(エージェント)ごとに付与される制御器間の情報交換による協調を考えないものであったのに対し,近年,それら制御器間の積極的な情報交換により新たな機能の獲得,あるいは省力・高性能化をめざす協調制御が研究されている.その典型的応用例として,無人飛行機・海中ロボットによる探査活動,自動化高速道路等の応用が期待されるビークルのフォーメーション制御が挙げられ,システム全体の構造の変化に対する頑健性,計算量の軽減等の観点から,大規模系の制御として工学的意義の極めて高いシステム構造として注目されている.

しかし従来の研究結果の多くが,各エージェントのダイナミクスが等しく均一(homogeneous)で,かつそのモデルのパラメータが既知とする仮定のものであった.これは多数のエージェントが存在する大規模系の制御を考える場合,極めて人工的であり,実用性の観点から大きな問題であるといえる.

以上を背景に本論文では,上記問題点を解決するため,未知で不均一なダイナミクスを持つMASを対象とし,適応制御の手法でダイナミクスの不均一さを補償することによって,エージェントの状態を同期させることを目的としている.またそのために,MASという対象に適合した協調適応制御手法を新たに開発している.得られた主な成果は,同期するエージェントの状態の「望ましい応答」の与え方により,以下の通り大きく2つの場合にまとめられる.

1.論文の前半では,同期したエージェントの状態の望ましい応答が,あるモデルによって規定される場合の問題を扱っている.主な着眼点は二点である.まず,適応制御によるダイナミクスの均一化とともに,均一なMASに対する従来の相対値フィードバック制御を併用することが可能であり,それにより過渡応答が改善されることを示している.次に,不均一なMASであっても,例えばビークルの位置と速度の状態変数が,互いに微分・積分という既知で自明の関係にあるように,応用上重要なシステムで,本質的にダイナミクスの一部が既知で均一である場合が多い.この事実に着眼し,適応制御の役割をダイナミクスの未知で不均一な部分の補償に限定することを提案している.これによっても,過渡応答が改善される.これら二点の着眼により,従来の手法では扱えなかった,状態の一部が非有界となる問題に対しても,その相対値を安定化し,同期を達成することを可能とし,MAS の重要な応用例である移動体のフォーメーション制御等への応用を可能としている.また,この考え方にもとづく手法が連続時間システムのみでなく,離散時間システムでも有効であることを示している.

2.論文の後半では,同期したエージェントの状態の望ましい応答が,ネットワーク上に存在するエージェントの未知のダイナミクスの平均で規定されるという,MAS特有の新規な問題を設定し,扱っている.これは,各エージェントが単体としても機能する個体であり,各自にとって望ましいダイナミクスを持つという仮定の上で,状態の同期という新しい機能を取得するためのダイナミクスへの影響を,可能な限り小さくすることが目的である.これに対し,ダイナミクスのパラメータの総和を保つ機構を備えた協調適応同期制御手法を設計することで,この問題を解決している.従来,MASの研究の多くでは,各エージェントのもつ「信号(状態変数,あるいは出力信号)の初期値の平均」に同期させるという問題が考えられてきたが,本結果は「ダイナミクスの平均」に同期させるという点で,問題としてより難しく,新規性の高いものであるといえる.

以上,本論文は不均一なMASの協調適応同期制御系の設計に有用ないくつかの手法を提案し,性能の改善とともに,従来扱えなかった工学上重要な問題への応用も可能とするものである.さらに,これまで各研究分野で,フォーメーションや協調制御等に関して個別に議論されてきたアドホックな各種手法に対し,それらを統一し,数理的解釈を与える基盤研究とも位置づけられる.以上によって本論文は新規性・有用性とも十分であり,博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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