学位論文要旨



No 129612
著者(漢字) 青木,秀一
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,シュウイチ
標題(和) 放送・通信協調のためのメディアトランスポート技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 129612
報告番号 甲29612
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第434号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 若原,恭
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

次世代放送システムの検討が進められている.現在のデジタル放送システムの多くは1990年代初頭までに開発され,世界の多くの地域でアナログテレビジョン放送からの移行を実現した.しかし,現在のデジタル放送システムが開発されてから20年近くが経過し,放送を取り巻くコンテンツ配信の環境は大きく変化した.

まず,デジタル信号処理技術の高度化によりコンテンツが多様化した.利用者の嗜好がさまざまになったことに対応し,映像と音声だけのテレビ番組から,静止画やアプリケーションなどさまざまなデータを含めたマルチメディアコンテンツが一般的となり,さまざまな品質の多種多様なコンテンツが利用されるようになった.

これに対応し,コンテンツを利用する端末も多様化した.アナログ放送時代には単一フォーマットの信号しか表示できないテレビ受信機が一般的であったが,現在では複数フォーマットの信号を表示できるディスプレーが広く普及している.ハイビジョンを超える高解像度のディスプレーも利用可能になり,据え置き型から携帯型まで多種多様な形態の端末が利用されるようになった.かつては,磁気テープに録画するビデオテープレコーダーが多く使われたが,現在ではハードディスクや不揮発性メモリーなど大容量の蓄積メディアを備える端末も一般的になり,タイムシフト再生や移動受信などコンテンツを利用する環境も多様化した.

さらに,ネットワーク技術も進歩し,コンテンツを配信する伝送路も多様化した.アナログ放送の時代は端末に情報を届ける伝送路は放送波だけだったが,現在では放送波に加えインターネットや携帯電話網などの高速な通信回線が手軽に利用可能となり,放送と通信回線など複数の伝送路に同時に接続できる端末も増えている.

1990年代までと比較し,多様なコンテンツが多様なネットワークを用いて配信され,多様な端末で利用されるようになり,コンテンツ配信はさまざまな面で多様化が進んだ.このような多様化は今後もより一層進むであろう.

放送は,多数の利用者に同時に安定してコンテンツを伝送できる特徴がある.しかしながら一方向にしか伝送できない.これに対し,通信回線は双方向の伝送が可能であり,要求に応じたコンテンツを伝送できる特徴があるが,送信設備やネットワークにふくそうが発生しサービス品質が低下する可能性がある.このように特徴の異なる放送と通信を組み合わせてコンテンツを配信することで,それぞれの伝送路の利点を活用しながら,それぞれの欠点を補い合い,多様化が進むコンテンツ配信に対応し,コンテンツの利便性をより向上することができる.例えば,蓄積を前提としたサービスによる高品位コンテンツの利用,ウィジェットなどのアプリケーションによる情報表示,追加や差し替えの映像や音声の利用によるコンテンツのカスタマイズ,利用可能な伝送路を用いた情報表示など,放送と通信が協調することで,利用できるコンテンツの幅を広げることができる.

一方,利用者にとってはコンテンツの伝送路よりもコンテンツ自体が重要な要素であり,良質なコンテンツを安価に利用できることが必要である.そのため,利用者が伝送路を意識せずコンテンツを利用できるよう,放送と通信が協調してコンテンツを配信する仕組みが必要になる.すなわち,次世代放送システムは,現在の放送システムのように放送単独の配信システムとして機能するだけでなく,放送や通信の枠を超えたコンテンツ配信システムの一部としても機能することが必要になる.

放送システムの実現に必要な多くの要素技術のうち,放送と通信の協調に対応するためには,ネットワークのレイヤーとコンテンツのレイヤーを接続するメディアトランスポートレイヤーの機能が重要となる.そこで本論文では,次世代放送システムにおける放送と通信が協調したコンテンツ配信の実現を目的として,そのメディアトランスポート技術の研究を行う.

第1章では,現在のデジタル放送が開発された時期と比べコンテンツ配信の環境が大きく変化したことを述べる.コンテンツ,クライアント,そして配信ネットワークが多様化する環境では,一対多の配信を効果的に行うことが可能な放送と,一対一の配信を効果的に行うことが可能な通信を組み合わせたコンテンツ配信が必要であることを述べ,次世代放送システムのあり方を明確にする.

第2章では,現在の放送システムで用いているメディアトランスポート方式の概要を述べる.放送と通信におけるメディアトランスポート方式の関係を整理するとともに,現在の方式では放送と通信が効果的に協調したコンテンツ配信が困難であることを指摘する.その上で,次世代放送システムにおいて放送と通信が協調したコンテンツ配信を実現するために解決すべき課題を明確にする.

第3章では,ヘッダー圧縮および可変長パケットを伝送スロットを超えて格納することにより低オーバーヘッドの伝送を実現するIPパケット多重化方式を提案する.放送送受信機を用いたIPパケットの伝送実験を行い,提案方式を用いることで,これまでのIPパケット多重化方式と比較し効率的なIPパケットの多重が可能であることを実証する.提案する多重化方式により,コンテンツの送出システムやクライアントにおける放送と通信の共通処理が可能となり,放送と通信が協調したコンテンツ配信の基盤を構築することができる.

第4章では,非リアルタイム型コンテンツの配信に必要となる,コンテンツのナビゲーションに用いる制御情報および放送伝送路におけるファイル伝送方式を提案し,放送と通信の一体的なダウンロードサービスを実現する.近年のハードディスクの大容量化と低価格化により,蓄積後にコンテンツを利用する機会が増すなどコンテンツの利用形態の多様化が進んでいる.通信回線を用いるコンテンツダウンロードサービスには,利用者が好きなときに好きなコンテンツを選択しダウンロードできるメリットがあるが,限られたネットワーク資源や送信設備を多数の利用者が共有するため,高品質なコンテンツを同時にダウンロードする場合などサービス品質低下が懸念される.そこで,ふくそうが発生せず,大容量のファイルとなる高品質コンテンツを多数の利用者に安定して伝送できる放送伝送路を,通信回線と組み合わせて用いることでサービス品質低下を回避する.提案するファイル伝送方式によるコンテンツの伝送実験を行い,非リアルタイム型コンテンツを効率的にダウンロードできることを実証する.提案する制御情報およびファイル伝送方式を用いたダウンロードシステムにより,通信回線だけのサービスで懸念されるふくそうなどのサービス品質低下を回避し,高品質コンテンツを多数の利用者に安定して提供することが可能になる.

第5章では,放送で提供するリアルタイム型コンテンツを,通信を組み合わせることで拡張できる,ハイブリッド配信のためのメディアトランスポート方式を提案する.ハイブリッド配信では,例えば広範囲を俯瞰した映像を放送で伝送し,利用者が選択した局所的な映像を通信で伝送し,クライアントで両者をあわせて表示するなど,放送ではマスを対象としたコンテンツを提供し,通信で提供するコンテンツによりその内容を拡張することができる.また,衛星放送では降雨により受信信号強度が低下し映像や音声を正常に再生できなくなることがあるが,そのような状況において通信で伝送する映像や音声に切り替えることで最低限の情報を伝えるなどの例も考えられる.さまざまな応用が可能なハイブリッド配信について,その要件を整理し,現在のメディアトランスポート方式では実現が困難なことを述べる.次に,ハイブリッド配信のためのすべての要件を満たすメディアトランスポート方式を提案し,実験システムを用いて提案方式の機能を検証し,放送と通信が協調したハイブリッド配信が実現可能であることを示す.

最後に第6章で本論文の内容をまとめ,今後の課題を述べる.

これらの研究成果は,次世代放送システムにおける放送と通信の協調によるコンテンツ配信の実現に向け,必須のメディアトランスポート技術を提案するものであり,情報をより活用することが可能な新たなコンテンツ配信の実現に大きく寄与することになる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「放送・通信協調のためのメディアトランスポート技術に関する研究」と題し,次世代の放送システムのための技術基盤について論じており,6章よりなる.新しい機能を放送に柔軟にとりこむためには,伝送路として放送のみに依存するのでなく,通信をも利用する放送・通信協調技術が必須となる.放送と通信の協調技術にとって,メディアトランスポートレイヤーの機能が重要であり,それが,ネットワークレイヤーとコンテンツレイヤーとを接続することとなる.本論文では,放送と通信の協調を実現するためのメディアトランスポート技術を論じ,IPパケット多重化方式,放送・通信連携によるダウンロードシステム,通信による放送の機能拡張を行うハイブリッド配信に関しての提案,検証を行った.

第1章は「序論」であり,放送にとってコンテンツ配信の環境が大きく変化したことを述べる.コンテンツ,クライアント,そして配信ネットワークが多様化する環境では,一対多の配信を効果的に行うことが可能な放送と,一対一の配信を効果的に行うことが可能な通信を組み合わせたコンテンツ配信が必要であることを述べ,次世代放送システムのあり方を論じた.

第2章は「メディアトランスポート方式の現状と課題」と題し,現在の放送システムで用いているメディアトランスポート方式の概要を述べる.放送と通信におけるメディアトランスポート方式の関係を整理するとともに,現在の方式では放送と通信が効果的に協調したコンテンツ配信が困難であることを指摘する.その上で,次世代放送システムにおいて放送と通信が協調したコンテンツ配信を実現するために解決すべき課題を明確にした.

第3章は「ヘッダー圧縮による効率的なIPパケット多重化方式の提案」と題する.ヘッダー圧縮および可変長パケットを伝送スロットを超えて格納することにより低オーバーヘッドの伝送を実現するIPパケット多重化方式を提案した.放送送受信機を用いたIPパケットの伝送実験を行い,提案方式により,既存方式と比較し効率的なIPパケットの多重が可能であることを実証した.なお,提案する多重化方式により,コンテンツの送出システムやクライアントにおける放送と通信の共通処理が可能となる.

第4章は「放送・通信の一体的ナビゲーションが可能なダウンロードシステムの提案」と題する.コンテンツのナビゲーションに用いる制御情報および放送伝送路におけるファイル伝送方式を提案し,放送と通信の一体的なダウンロードサービスを実現する.通信回線を用いるコンテンツダウンロードサービスには,利用者がコンテンツを選択しダウンロードできるメリットがあるが,限られたネットワーク資源や送信設備を多数の利用者が共有するため,サービス品質低下が懸念される.このサービス品質低下を回避するために,大容量のファイルとなる高品質コンテンツを多数の利用者に安定して伝送できる放送伝送路を,通信回線と組み合わせて用いる.提案するファイル伝送方式によるコンテンツの伝送実験を行い,非リアルタイム型コンテンツをサービス品質の低下なしに,効率的にダウンロードできることを実証した.

第5章は「通信によるサービス拡張が可能なハイブリッド配信システムの提案」と題し,放送と通信を用いたハイブリッド配信のためのメディアトランスポート方式を提案する.ハイブリッド配信では,放送ではマスを対象としたコンテンツを提供し,通信で提供するコンテンツによりその内容を拡張することができる.ハイブリッド配信の様々な応用のために,その要件を整理した.そして,ハイブリッド配信に必要なすべての要件を満たすメディアトランスポート方式を提案した.実験システムを用いて提案方式の機能を検証し,放送と通信が協調したハイブリッド配信が実現可能であることを示した.

第6章は「結論と今後の課題」であり,で本論文の内容をまとめ,今後の課題を述べた.

以上これを要するに,本論文では,放送と通信の協調にとって必須のメディアトランスポート技術についての技術課題をまとめ,IPパケット多重化方式,放送・通信連携によるダウンロードシステム,通信による放送の機能拡張を行うハイブリッド配信に関する方式提案を行い,有効性を検証したものであり,次世代放送システムにおけるコンテンツ配信への寄与が期待され,その電子情報学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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