学位論文要旨



No 129616
著者(漢字) 三浦,直人
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,ナオト
標題(和) 指静脈認証技術の研究
標題(洋) Biometric authentication with finger vein patterns
報告番号 129616
報告番号 甲29616
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第438号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 教授 佐藤,洋一
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 佐藤,真一
 東京大学 准教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

近年の情報化社会の発展や防犯意識の向上に伴い,データアクセスや区域管理を厳密に実施するための個人認証の必要性が高まっている.現在でも,鍵やICカードなどの所有物や,暗証番号やパスワードなどの知識による個人認証が広く用いられているが,所有物の盗難や知識の漏えいなどにより,他人の成りすましが問題となっている.さらに所有物は常に携帯しなければならず,また知識は常に記憶していなければならないため,本人の利便性が低下するものでもあった.

そこで近年では,ひとの身体的あるいは行動的特徴を利用した生体認証が注目されている.生体認証は盗難や漏えいが生じにくいことから信頼性の高い認証が可能であり,さらには所有物のように置き忘れることもなく,パスワードのような煩わしい入力操作も不要となることから利便性の高い個人認証が実現できる.これまでに,指紋,顔,虹彩,静脈などに基づく生体認証が提案され,より高い認証精度とより優れた利便性とを実現するために様々な研究開発が行われてきた.

その中でも,指の皮下に分布する静脈パターンに基づく生体認証技術は,パターンが複雑でありながらも秘匿性に優れた指静脈を用いているため認証精度や耐偽造性が高く,さらには指を用いていることから簡便な操作性や装置の可搬性が高められる方式であると考えられていた.そのため,2000年頃より次世代の生体認証技術として着目され,認証方式の基本原理の確立と実用化に対する期待が高まっていた.

そこで本研究では,次世代の生体認証である指静脈認証技術の基本原理の確立と実用化を目的とし,実用化に必須となる技術課題を明らかにすると共に,これらの課題を解決するための認識技術と計測技術とを提案することで高精度な指静脈認証技術の確立を目指す.

初めに,不鮮明でノイズの多い指静脈画像の中から指静脈パターンの特徴のみを抽出する手法を提案する.指静脈画像は,指の手の甲側から赤外線を照射し,手のひら側に到達した透過光を撮影することにより得ることができる.この画像には,ヘモグロビンによる光の吸収により暗い影として観測された指静脈パターンが含まれるが,指の厚みや関節の有無などの不均一性により指静脈パターン以外の輝度変化も含まれている.これに対し,指静脈画像上に分布する指静脈パターンの分布特性を考慮した暗線の反復追跡処理を検討し,指静脈パターンとそれ以外のノイズ情報とを統計的に分離する手法を提案した.

次に,抽出された指静脈パターンの変形や途切れなどの僅かな変動に対してロバストに照合する手法を提案する.指を提示する際,指の位置ずれや曲げなどが生じるため,指静脈パターンは登録時のパターンに対して僅かに変形する.このとき,高速処理可能なテンプレートマッチングに基づく線パターン同士の照合を行うとその変形が照合結果に大きな影響を与える.これに対し,指静脈パターンの抽出結果を指静脈らしさのスコアとして捉え,静脈領域,背景領域,そしてそれらの中間的なスコアとなる曖昧領域の3領域にラベル付けした3値静脈パターンを生成し,照合の際は曖昧領域に重なった誤差を無視することで変形やかすれの影響を低減し,これらの影響にロバストな照合手法を提案した.

続いて,血流量の変化に伴う血管幅の変動にロバストな認証処理手法を提案する.指に流れる血流量はそのときの体調や気温,身体の体勢などによって変動する.このとき,指静脈パターンの見かけ上の血管幅が変化する場合がある.そのため,血管幅の変化に応じて特徴抽出の結果が変動する特徴抽出処理を適用すると,その変化によって認証精度が劣化する.これに対し,指静脈画像の断面輝度プロファイルの曲線に対して曲率を計算し,血管幅の内側で最も曲率の大きい部分を血管中心とみなし,この点をあらゆる位置と方向の血管に対して求め,それらを線パターンとして接続することにより,血管幅が正規化された指静脈パターンを獲得する手法を提案した.

さらに,皮膚のしわの影響や光の拡散によるぼけの影響を含む指静脈画像から真の血管像を獲得する手法を提案する.指静脈画像には,指静脈パターンだけではなく,皮膚の肌荒れや付着物の影響によって皮膚のしわのパターンが重畳される場合があり,さらには生体内部の光の拡散により血管像がぼける.そのため,登録時の皮膚の状態が変化すると認証結果が劣化する課題があった.これに対し,血液中のヘモグロビンの光吸収特性や皮膚での光拡散特性が波長によって異なることを活用し,3つの異なる波長の光源を用いて3枚の指静脈画像を撮影し,真の血管像を獲得する技術を提案した.この手法では,ある1枚の画像が残りの2枚の画像に対して血液吸収率が低いことを活用し,残りの2枚の画像中の皮膚のしわパターンのみを除去すると共に,しわ除去された2枚の画像のぼけの相違を活用して観測されている血管像のぼけを除去し,真の血管像を獲得する.

最後に,指静脈パターンの更なる構造情報の獲得として血管の深さ情報を推定する手法を提案する.認証装置の小型化や高精度化においては認証に活用できる更なる情報を獲得することが望まれるが,これまで2次元平面的に獲得していた指静脈パターンに対し,3次元的な指静脈パターンを獲得することが有用であると考えられる.そこで,生体内の光の拡散と血管の深さとの関係性をモデル化した点広がり関数(PSF;point spread function)を利用して,当PSFの逆畳み込み演算と映像の鮮鋭度の評価とに基づいて血管の深さを推定する技術を提案した.

以上の通り,本研究により得られた成果によって,指静脈認証を実現するための様々な技術課題が明らかになると共に,これらの課題を解決するための認識技術と計測技術とを提案することで,指静脈認証技術の基本原理の確立と実用化を達成することができた.さらには,将来的な技術トレンドとして重要と考えられる認証システムの大規模化と認証装置の小型化に向けて,血管の深さ推定に基づく血管構造の精緻獲得に向けた基礎検討を実施することもできた.従って本研究は,安全で安心な社会の実現に向けた情報・物理インフラの安全性や機密性を高めるセキュリティ技術の革新に大きく貢献するものである.そして提案した生体計測・認識技術は,指静脈認証に限らず今後の生体認証技術の更なる発展に寄与するものと考える.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「指静脈認証技術の研究」と題し,指の静脈パターンが万人不同性、終生不変性、偽情報への耐性など、生体認証のための特徴として優れた性質を持つことを踏まえ、指静脈パターンをもとに個人を高精度に識別するための技術を提案したものであり,全体で6章により構成されている.

第1章「序論」では,本研究の背景として,指の皮下に分布する静脈に着目した指静脈認証の有効性について触れ,指静脈認証技術を確立するために必要となる精緻な静脈パターンの獲得と生体の変動に頑健な認証を実現するための課題について述べている.

第2章は「輝度むらにロバストな指静脈の抽出と照合」と題し,不鮮明な指静脈画像から安定して指静脈パターンを抽出する技術と,指静脈パターンの変形に頑健な照合技術について述べている.指を透過した赤外光には指静脈パターンの陰影だけではなく指内部の光透過率の不均一性に起因する輝度むらが含まれ,指静脈パターンとの分離を困難としている.これに対し,指静脈が線構造である特性を利用し,暗線を辿る処理を反復的に行うことで統計的に指静脈パターンのみを抽出する技術を提案している.また,指静脈パターンのかすれや歪みなどの変形に対し,静脈パターンの抽出結果の信頼度が中間的な部分を照合計算から除外することで変形を吸収する照合技術を提案している.そしてこれらが画像の輝度変化にロバストであり,かつ認証精度を向上させることを実験的に示すことで提案手法の有効性を確認している.

第3章「血管幅の変動にロバストな血管構造の抽出」では,血流量の変化に伴って見かけ上の血管幅が変動し,認証精度が低下するという課題を解決するための血管構造の抽出手法が提案されている.血管幅の変動にロバストな特徴量として血管の中心位置に着目し,これらを断面輝度曲線に対する極大曲率の検出により求め,全体的な指静脈パターンの中心線を獲得している.血管幅の変動をシミュレーションした人工画像による評価実験では,血管幅が変動した場合でも指静脈パターンが安定して照合できることを示し,また実際の指画像を用いた認証精度評価においても従来方式に比べて精度の高い認証が実現できるとの結果を得た.

第4章「3波長光源による皮膚のしわ除去と血管像のぼけ改善」では,生体内の真の血管像を高精細に獲得するため,指の赤外透過画像に重畳される皮膚のしわパターンと,生体内の光拡散に伴う血管像のぼけを除去する手法について述べている.生体内での光の吸収・拡散係数が波長により異なることに着目し,3波長光源を用いて撮影された指静脈画像から血管に起因する陰影のみを検知すると共に,光の拡散度合を推定して血管像のぼけを低減する技術を提案している.実際の指画像を用いた評価実験によって,しわと血管像のぼけの影響が効果的に軽減されていることを確認していると共に,皮膚の状態に変化が生じた場合における認証精度の向上に寄与することを示している.

第5章は「深さ依存生体PSFを利用した血管の深さ推定」と題し,認証に活用できる情報の更なる抽出に向けて,赤外透過画像から血管の深さ情報を獲得する手法について述べている.生体内の光の拡散を深さの関数として定式化した深さ依存生体PSFを用いて血管像のぼけを取り除く演算を施し,画像が鮮鋭化するときの深さパラメータから血管の深さを推定する手法を提案している.人工画像を用いた実験によって,正解値との相関が高い推定値を獲得することが可能であることを示している.

第6章「結論」では,研究全体を総括し,本論文で提案された手法の貢献をまとめた上で,今後の課題と展望について議論している.

以上これを要するに,本論文では,指静脈パターンにもとづく個人認証技術の確立に向けて、近赤外透過画像の輝度むらや血流量変化による血管幅の変動に影響を受けにくい静脈パターンの抽出、指静脈パターンのかすれや歪などの欠損に対して頑健な照合、高精細な指静脈パターン抽出で問題となる皮膚のしわと血管像のぼけの除去、照合精度の向上に寄与する血管深さ情報の推定のそれぞれについて手法を提案するとともに、詳細な評価実験の分析により提案手法の有効性を示すものであり,電子情報学上貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク