学位論文要旨



No 129623
著者(漢字) 野沢,峻一
著者(英字)
著者(カナ) ノザワ,シュンイチ
標題(和) 操作情報推定に基づく接触力制御によるヒューマノイド全身適応環境物体操作の実現
標題(洋)
報告番号 129623
報告番号 甲29623
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第445号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 國吉,康夫
 東京大学 准教授 岡田,慧
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,「操作情報推定に基づく接触力制御によるヒューマノイド全身適応環境物体操作の実現」と題し,ヒューマノイドロボットがその重さや動き難さが分からない物体に対して操作を行いながら必要な操作情報を取得しつつ,転倒しないような操作を行える全身動作制御系を提案し,未知重量物の持上げ運搬,ドア開け,家具移動など異なる目的操作に対しても同一の全身動作制御系を利用できるような環境物体操作記述系を統一的に記述するシステムの構成法を明らかにする研究をまとめたものである.

第1章「序論」では,等身大ヒューマノイドロボットの社会的な重要性と意義を示した上で,ヒューマノイドの物体操作における課題について論じ,本研究の背景と目的,本論文の構成について述べた.

第2章「操作情報推定に基づくヒューマノイドの全身適応環境物体操作」では,環境・物体・ロボット間の接触状態変化検知に基づき,自律的に操作のフェーズを遷移させ操作に必要な情報を切り替えることにより,物体操作を行う制御系構成法を提案した.環境・物体・ロボット間接触の組合せのうち,物体・ロボット間接触,物体・環境間接触の状態を用いて物体操作における接触状態を定義し,接触状態と対応する操作フェーズとして操作を分節化する方法を述べ,物体操作を操作フェーズの集合として構成する方法を論じた.物体から受ける力により転倒・滑りを生じるヒューマノイドにとって,接触状態変化検知を含まない動作として単に操作フェーズを記述・実行するだけでは物体操作は実現困難であり,接触状態変化を検知し操作方法に応じて必要操作力推定することが重要であると考察した.これを踏まえ,操作フェーズに応じて制御系が必要とする情報を操作戦略として保持し,動作実行時の多様な接触状態変化をヒューマノイドが検知し操作フェーズを自律的遷移させ,実行中の操作フェーズに適した必要操作情報推定と接触力制御により全身動作制御をすることで,物体操作を実現するシステム構成法を提案した.

第3章「操作フェーズに着目した必要操作情報と操作戦略」では,操作フェーズの集合を操作戦略グラフとして記述する方法,多様な操作を記述するための操作フェーズに応じた操作戦略の記述法を提案し,それらを用いた統合実証実験について述べた.操作戦略は必要操作情報・操作フェーズ遷移条件・動作生成制御器・目標運動の4 種にて定義することにより,フェーズの自律的遷移と接触状態に応じて操作に必要な情報を切り替え,操作戦略に記述した情報に基づき制御系を実体化させることで,操作フェーズに応じた制御系挙動を適応的に切り替えることが可能であると述べた.また,操作戦略グラフを接触点・操作種別により定義する操作プリミティブに基づき,操作戦略グラフを自動生成する方法を論じ,各フェーズに対する操作戦略の具体的な記述法について述べた.さらに, 4種の物体を異なる操作方法で操作する統合実験を行い,多様な物体操作において課題となる物体の接触状態変化を自律的に扱い物体操作が可能であることを実証した.提案手法の自律的フェーズ遷移機能は,環境・物体・ロボット間の接触状態が変化する際に質量・重心・必要操作力の推定を行うことで,物体幾何運動学情報を与えるだけで未知重量・未知操作力物体の操作が実現できることを示した.

第4章「接触力制御のための全身運動生成」では,物体・ロボット間の接触力制御を可能にするため接触力により生じる3軸外モーメント(水平2軸・鉛直1軸)補償可能な全身動作制御系を提案し,定式化および実験による評価を行った.水平2軸外モーメント補償として,多リンク系ヒューマノイドが環境物体と多点で接触しながら運動するという問題を,(1)物体・ロボット間接触力制御器(2)物体・ロボット間接触力を考慮し質量重心集中系ヒューマノイドモデルを用いた運動方程式に基づく重心軌道生成器(3)接触点における接触力制御と多リンク系を考慮した全身関節角度分配器を利用し解決した.ここで述べている接触力制御系の新規な特徴は,従来研究でも多く議論されていた水平2軸モーメント補償だけでなくヒューマノイドに生じる鉛直軸モーメント補償可能である点である.台車押し操作などの時に鉛直軸モーメントが足の滑りを生じさせ物体操作を阻害することを実験的に示し,鉛直軸モーメントも考慮した操作が必要であることを明らかにした.その上で複数点接触している際の力の分配を利用した双腕目標操作力分配を提案し,鉛直軸モーメントの低減法として有効であることから重量物体平面内押し操作を実現した.

第5章「全身環境物体操作のためのハードウェア・ソフトウェア構成」では,実証実験に用いる等身大ヒューマノイドのハードウェアの特徴を述べ,物体操作実験を身体構造の異なるヒューマノイドに対応し全身動作制御のプログラムを記述するために,ロボットの幾何・構造モデルを記述した異なるファイル間の自動変換機能を備えるソフトウェア構築法を示した.

第6章「未知・変動操作情報へ適応的な全身操作実現」では,必要操作情報が未知,もしくは変動を伴う場合に,推定した必要操作情報を動作制御器へフィードバックすることにより適応的な全身動作制御を行う方法について,未知・変動操作力への適応と物体運動誤差への適応と2 点について論じた.前者の操作力適応法として,物体運動推定に基づき可動方向に対し操作力逐次更新法と反力検知に基づく操作力推定法の2種を提案した.前者は必要操作力が変動するドア開け操作・未知重量物体のピボット操作に対し,後者は持ち上げ時などのフェーズ遷移検知に利用でき,それにより未知重量物体の持ち上げ・静止摩擦力推定に基づく平面内重量物体押し操作が統一的に実現可能であることを示した.後者の物体運動誤差への適応法として,柔軟性を呈する手先接触点運動から物体運動推定を行い,それに基づき手先足先位置姿勢を保つような足配置修正,およびそれを起点とした全身動作の修正法を提案した.提案手法は手先接触力制御による短周期外乱吸収と,手先足先相対位置姿勢維持することにより長周期的な目標運動からの乖離の低減を両立できる点が特徴である.特に水平2軸モーメント補償のみに基づく従来のバランス維持法とは異なり,物体の回転運動にも対応可能である点が重要であると述べた.これにより,接触点数などが異なる単腕・双腕操作や接触点の滑りの有無に関して統一的に足配置修正量を求める方法を提案し,既知構造ドア開け動作,環境・物体間に想定した接触状態以外の干渉がある場合の双腕物体押し操作,未知構造ドア開け操作を実現し,提案手法の有効性を明らかにした.

第7章「結論」では,本論文を総括し,その成果と貢献を述べた.本研究はロボット・操作対象・環境等の間の接触状態に応じた可動方向を推定し転倒しない安定な全身動作制御系を示し,接触状態に応じた必要操作情報に基づきその制御系へ目標物体運動指令値・必要操作力指令値を与えることにより,ヒューマノイドの物体操作を統一的に実現する研究をまとめたものである.その結果,大きさや重さの異なる家具やドア開け,運搬籠や台車などに対し,目的とする行動を実現できることを実験においても示した.

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本論文は,「操作情報推定に基づく接触力制御によるヒューマノイド全身適応環境物体操作の実現」と題し,ヒューマノイドロボットがその重さや動き難さが分からない物体に対して操作を加えながら必要な操作情報を取得しつつ,転倒しないような操作を行える全身動作制御系を提案し,未知重量物の持上げ運搬,ドア開け,家具移動など異なる目的操作に対しても同一の全身動作制御系を利用できるような環境物体操作記述系を統一的に記述するシステムの構成法を明らかにする研究をまとめたものであり,全7章からなる.

第1章「序論」では,等身大ヒューマノイドロボットの社会的な重要性と意義を示し,本研究の背景と目的,本論文の構成について述べている.

第2章「操作情報推定に基づくヒューマノイドの全身適応環境物体操作」では,環境・物体・ロボット間の接触状態変化検知に基づき,自律的に操作のフェーズを遷移させ操作に必要な情報を切り替えることにより,物体操作を行う制御系構成法を提案している.環境・物体・ロボット間接触の組み合わせのうち,物体・ロボット間接触,物体・環境間接触の状態を用いて物体操作における接触状態を定義し,接触状態と対応する操作フェーズとして操作を分節化する方法を述べ,物体操作を操作フェーズの集合として構成する方法を論じている.物体から受ける力により転倒・滑りを生じるヒューマノイドにとって,接触状態変化検知を含まない動作として単に操作フェーズを記述・実行するだけでは物体操作は実現困難であり,接触状態変化を検知し操作フェーズ遷移を行い,操作方法に応じて必要操作力推定することが重要であると考察している.これを踏まえ,操作フェーズに応じた操作時に制御系が必要とする情報を操作戦略として保持し,動作実行時の多様な接触状態変化をヒューマノイドが検知し,現在実行中の操作フェーズに適した必要操作情報推定と接触力制御により全身動作制御をすることで,自律的フェーズ遷移を伴い物体操作を実現するシステム構成法を提案している.

第3章「操作フェーズに着目した必要操作情報と操作戦略」では,操作フェーズの集合を操作戦略グラフとして記述する方法,多様な操作を記述するための操作フェーズに応じた操作戦略の記述法を提案し,それらを用いた統合実証実験について述べている.操作戦略は必要操作情報・操作フェーズ遷移条件・動作生成制御系・目標運動の4 種にて定義することにより,フェーズの自律的遷移と接触状態に応じて操作情報を切り替えることが可能であるとしている.また,操作戦略グラフを接触点・操作種別により定義する操作プリミティブに基づき,自動生成する方法を論じている.さらに,4種の物体を異なる操作方法で操作する統合実験を行い,多様な物体操作において課題となる物体の接触状態変化を自律的に扱い物体操作が可能であることを実証している.提案手法の自律的フェーズ遷移機能は,環境・物体・ロボット間の接触状態が変化する際に質量・重心や必要操作力の推定を行うことで,物体幾何運動学情報を与えるだけで未知重量・未知操作力物体の操作が実現できることを示している.

第4章「接触力制御のための全身運動生成」では,物体・ロボット間の接触力制御を可能にするため接触力により生じる3軸外モーメント(水平2軸・鉛直1軸)補償可能な全身動作制御系を提案し,定式化および実験による評価を行っている.定式化において,多リンク系ヒューマノイドが環境物体と多点で接触しながら運動するという問題を,(1) 物体ロボット間接触力を考慮し質量重心集中系ヒューマノイドモデルを用いた運動方程式に基づく重心軌道生成(2) 接触点における接触力制御と多リンク系を考慮した全身関節角度分配として解決している.ここで述べている接触力制御系の新規な特徴は,従来研究でも多く議論されていた水平2軸モーメント補償だけでなくヒューマノイドに生じる鉛直軸モーメント補償可能である点であるとしている.台車押し操作などの時に鉛直軸モーメントが足の滑りを生じさせ物体操作を阻害することを実験的に示し,鉛直軸モーメントも考慮した操作が必要であることを明らかにし,その上で双腕目標操作力分配を提案し,鉛直軸モーメントの低減法として有効であることから重量物体平面内押し操作を実現している.

第5章「全身環境物体操作のためのハードウェア・ソフトウェア構成」では,実証実験に用いる等身大ヒューマノイドのハードウェアの特徴を述べ,物体操作実験を身体構造の異なるヒューマノイドに対応し全身動作制御のプログラムを記述するために,ロボットの幾何・構造モデルを記述した異なるファイル間の自動変換機能を備えるソフトウェア構築法を示している.

第6章「未知・変動操作情報へ適応的な全身操作実現」では,必要操作情報が未知,もしくは変動を伴う場合に,推定した必要操作情報を動作制御器へフィードバックすることにより適応的な全身動作制御を行う方法について,未知・変動操作力への適応と物体運動誤差への適応と2 点について論じている.前者の操作力適応法として,物体運動推定に基づき可動方向に対し操作力逐次更新法と反力検知に基づく操作力推定法の2種を提案している.前者は操作力変動のあるドア開け・未知重量物体ピボット操作に対し,後者は持ち上げ時のフェーズ遷移検知に利用でき,それにより未知重量物体持ち上げ・摩擦力推定に基づく平面内重量物体押し操作が統一的に実現可能であることを示している.後者の物体運動誤差への適応法として,柔軟性を呈する手先接触点運動から物体運動推定を行い,それに基づき手先足先位置姿勢を保つような足配置修正,およびそれを起点とした全身動作の修正法を提案している.提案手法は手先接触力制御による短周期外乱吸収と,手先足先相対位置姿勢維持することにより長周期的な目標運動からの乖離の低減を両立できる点が特徴であり,水平2軸モーメント補償に基づく従来のバランス維持法とは異なり物体の回転運動にも対応可能である点が重要であると述べている.これにより,接触点数などが異なる未知構造ドア開け動作,環境物体干渉がある双腕物体押し操作が統一的に実現可能であることを実証し,提案手法の有効性を明らかにしている.

第7章「結論」では,本論文を総括し,その成果と貢献を述べている.

以上,これを要するに本論文は,ロボット・操作対象・環境等の間の接触状態に応じた可動方向を推定し転倒しない安定な全身動作制御系を示し,接触状態に応じた必要操作情報に基づきその制御系へ目標物体運動指令値・必要操作力指令値を与えることにより,ヒューマノイドの物体操作を統一的に実現する研究をまとめたものである.その結果,大きさや重さの異なる家具やドア開け,運搬籠や台車などに対し,目的とする行動を実現できることを実験においても示してきており,知能機械情報学へ貢献するところ少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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