学位論文要旨



No 129624
著者(漢字) 平山,佳代子
著者(英字)
著者(カナ) ヒラヤマ,カヨコ
標題(和) バクテリアセルロース微小径ファイバの組織工学への展開
標題(洋)
報告番号 129624
報告番号 甲29624
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第446号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 知能機械情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 竹内,昌治
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 神崎,亮平
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、微小流路デバイスを用いることでバクテリアセルロース微小径ファイバを作製し、この微小径ファイバを利用した3次元細胞組織作製方法を構築した。従来の手法を用いると、高細胞密度かつ厚みのあるミリメートルオーダーの3次元細胞組織を作製すると、組織内部まで養分および酸素が浸透しないため、細胞が組織内部から壊死してしまうという問題があった。本研究が提案する手法では、バクテリアセルロース微小径ファイバを細胞で被覆した構造体を組み立てることで3次元細胞組織を形成する。バクテリアセルロース微小径ファイバは多孔性を有するため、細胞の生育に必要な養分および酸素が微小径ファイバ内部を拡散できると考えられ、細胞組織内で養分および酸素の供給路として機能することが期待される。したがって、高細胞密度で厚みのある3次元細胞組織を作製しても組織内部の壊死を防ぐことができると考えられる。 バクテリアセルロースは細菌Acetobacter xylinumが合成し菌体外に分泌した10 nm程度の太さのセルロースナノ繊維が緻密に絡み合って構成された構造体である。ゲル状であり、機械強度が他のハイドロゲルと比較して高く、間隙があり、生体適合性が高いことが知られており、生体医療材料や細胞の足場材料として注目されている。また、この菌を鋳型に入れて適切な条件で培養すれば、多様な形状に加工できることも報告されている。本研究では、同軸層流を形成する微小流路デバイスを使用することで、アルギン酸カルシウムゲルマイクロチューブのコア部にA. xylinumを封入した(Fig.1)。これを培養することで、アルギン酸カルシウムゲルマイクロチューブが鋳型として機能し、バクテリアセルロース微小径ファイバを作製できることがわかった。微小流路デバイスを使用することで、流量比を調整することで50 - 600 µm直径のバクテリアセルロース微小径ファイバを作製でき、流量を変化させることで微小径ファイバの長さを制御できた。また、アルギン酸カルシウムゲルはクエン酸溶液に溶解するため、30 cm以上の長い微小径ファイバを損傷なく鋳型から取り出すことができる。微小径ファイバはアルギン酸カルシウムゲル層を除去した後に、水酸化ナトリウム溶液で処理することで菌体細胞を除去した。

次に、直径約250 µmのバクテリアセルロース微小径ファイバの機械強度と多孔性について調べた(Fig. 2)。微小径ファイバを3次元的に組み立てるにはハンドリングに耐えられる機械強度が必要とされる。また、バクテリアセルロース微小径ファイバ自体を養分および酸素の供給路として用いるためには、これらの分子が拡散できるだけの空隙が必要となる。作製時の菌体濃度が異なる3種類のバクテリアセルロース微小径ファイバを用意し(菌体濃時度:0.2×107、2.0×107、9.0×107 cfu/ml)、微小径ファイバの機械強度は引っ張り試験を行って調べ、多孔性に関してはファイバ表面の電子顕微鏡(SEM)写真を利用して評価する独自の手法を考案し、セルロースナノ繊維間の距離として調査した(Fig. 2A)。その結果、バクテリアセルロース微小径ファイバの破断強度は菌体濃度が低い方からそれぞれ21.6、78.1、609 kPaであり(Fig. 2D)、またセルロースナノ繊維間の距離は414、288、138 nmであった(Fig. 2B)。作製時の菌体濃度を変化させることで機械強度を調整でき、ハンドリングに十分な強度を備えていることがわかった。ファイバにおける養分の拡散を検証するため、光褪色後蛍光回復法(FRAP)を行ってファイバ内における拡散係数を測定した。その結果、ファイバ内における物質の拡散は水中における拡散と同等であることがわかった。この結果を基に、細胞組織内におけるファイバ内の養分拡散モデルを構築し、グルコースの拡散について調べた。その結果をFig. 3に示す。

実際にバクテリアセルロース微小径ファイバが細胞の足場として機能するのかを調べるため、前述した3種類のバクテリアセルロース微小径ファイバにマウス胚性繊維芽細胞(NIH-3T3細胞)を播種した。その結果、全ての微小径ファイバに細胞が接着し、ファイバの表面は細胞で被覆されるのが観察され、NIH-3T3細胞は、高い菌体濃度で作製した微小径ファイバによりよく接着することがわかった。また、培養1週間後のバクテリアセルロース微小径ファイバの切片から、0.2×107、2.0×107 cfu/mlで作製した微小径ファイバでは細胞が微小径ファイバ内部に侵入したが、9.0×107 cfu/mlで作製した微小径ファイバは細胞がファイバ表面のみに存在するのが観察された。作製時の菌体濃度が高い微小径ファイバはセルロースナノ繊維間の距離が小さいため細胞が内部に侵入できなかったと考えられる。また、セルロースナノ繊維の密度が高いと細胞の接着を促進するタンパク質がより多く接着するため、より多くの細胞が接着できるのではないかと考えられる。実際、細胞接着を促進するフィブロネクチンと細胞接着に必須であるインテグリンの抗体でファイバ断面を染色したところ、ファイバ表面にフィブロネクチンが局在していることがわかった。したがって、バクテリアセルロースが培地中のタンパク質をある程度吸着するため、細胞が接着すると考えられる。また、繊維芽細胞の他にも、肝臓由来細胞、筋芽細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞もバクテリアセルロース微小径ファイバに接着し、表面を被覆することがわかった。

細胞で被覆したバクテリアセルロース微小径ファイバを3次元的に組み立てるにはファイバ表面の細胞を「のり」として使用してファイバ同士を接着することにした。これにより、3次元細胞組織内のどの細胞もファイバから近い部位に存在することになり、ファイバから養分および酸素が供給されることが期待される。細胞の「のり」としての機能とファイバのハンドリング性を検証するため、細胞接着防止剤で処理した外径420 µmのガラスキャピラリに細胞で被覆されたバクテリアセルロース微小径ファイバを巻きつけてコイル型構造を作製した。巻きつけた状態で24時間培養した後にガラスキャピラリを抜いたところ、ファイバはコイル型構造を維持しているのが観察された(Fig. 5A-D)。また、生死判定(生細胞:緑蛍光、死細胞:赤蛍光)をしたところ、ほとんど全ての細胞が生きていることがわかった。コイル型構造の組織切片を見ると、ファイバ同士の間に細胞層が確認され、細胞が「のり」の役割をしてコイル型構造を維持していることが考えられる。次に厚みのある3次元細胞組織を作製するために細胞で被覆されたバクテリアセルロース微小径ファイバを6日間回転培養して、最大直径3 mmの毛糸玉様3次元細胞組織が得た。これの比較対象として細胞のみからなる直径約3 mmの細胞塊を作製し2日間培養した。この2つのサンプルの組織切片を比較すると、ファイバなしで作製した細胞塊では表層は細胞が密に存在するが、組織内部では細胞の細胞質が縮小して細胞密度が減少していることがわかった。一方、バクテリアセルロース微小径ファイバを用いて作製した組織では組織内部でも細胞の構造が維持され、細胞密度も高い状態で保たれていた。組織切片で細胞死をアッセイしたところ、毛糸玉様組織では細胞死が検出されなかったが、細胞のみからなる組織では細胞死が検出された。以上から、バクテリアセルロース微小径ファイバが3次元細胞組織内で養分および酸素の供給路として機能していることが示唆された。さらにバクテリアセルロース微小径ファイバ周囲に2種の細胞層(平滑筋細胞/繊維芽細胞)を形成させて3次元細胞組織を形成させたところ階層構造をもった組織が得られた。

本論文は、バクテリアセルロース微小径ファイバを用いた3次元細胞組織構築方法を提案した。微小径ファイバは同軸微小流路デバイスを使用することで、長さや直径を調整することができる。また、作製時の菌体濃度を変更することで幅広い機械強度を持ったバクテリアセルロース微小径ファイバを作製でき、セルロースナノ繊維の密度も変わることがわかったが、今回作製したファイバにおいてセルロースナノ繊維間は100 nm以上の空間が保たれている。また、ファイバ内を養分や酸素が拡散し、その拡散係数は水中と同等である。このような微小径ファイバを利用して作製した3次元細胞組織は1.1×109 cells/cm3という高い細胞密度を1週間程度維持できる。本研究の手法によって、このような高密度かつ厚みのある3次元細胞組織の作製が初めて可能になったといえる。

以上から、本研究で提案するバクテリアセルロース微小径ファイバを用いた3 次元細胞組織の構築方法は、ミリメートルサイズの3 次元細胞組織を生体に近い高細胞密度で作製することができ、機能的な3 次元細胞組織の作製に有効であるといえる。

Fig. 1 バクテリアセルロース微小径ファイバ作製方法模式図。A)菌体懸濁液を内包したアルギン酸カルシウムゲルマイクロチューブ作製に用いた微小流路デバイス。

Fig. 2 バクテリアセルロース微小径ファイバの性質。SEM写真(A)とセルロースナノ繊維間距離(B)および引っ張り試験の結果(C)と破断強度(D)。

Fig. 3 A) ファイバ全長5 cm、培養1000時間目のファイバ内グルコース濃度.B) ファイバ全長5 cm時のファイバ内におけるグルコース最低濃度の時間変化.C) 特定の培養時間においてファイバ全長を変化させたときのファイバ内最低濃度の変化.D) ファイバ全長に対して培養可能な最大時間をプロットした。R:ファイバ半径 (µm)、k:ファイバ単位体積あたりのグルコース消費速度(µmol/hour・cm3).

Fig. 4バクテリアセルロース微小径ファイバに対する細胞の接着。A)細胞播種後の位相差顕微鏡写真。パネルの左端には作製時の菌体濃度を記した(cfu/ml)。Scale bar; 100 µm. B) 細胞培養開始後1週間後のファイバの組織切片。Scale bar; 50 µm.C) ファイバ表面の細胞被覆度を評価した結果。D) 細胞で被覆されたファイバの組織切片をフィブロネクチン抗体(赤)、インテグリン抗体(緑)で染色した顕微鏡写真。

Fig. 5 バクテリアセルロース微小径ファイバを使用した3次元細胞組織。A-D) コイル型3次元細胞組織。A) ガラスキャピラリ に巻きつけた状態、B)ガラスキャピラリを除去した状態、C) 細胞の生死判定結果、D) コイル型3次元細胞組織の切片、E)毛糸玉様3次元細胞組織(6日間培養後)の顕微鏡写真、F)毛糸玉様3次元細胞組織の中央部分にあたる切片の写真。G) 細胞のみからなる組織の中央部分にあたる切片の写真。H) 毛糸玉様3次元細胞組織(+microfiber)と細胞のみからなる組織(-microfiber) の細胞密度。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「バクテリアセルロース微小径ファイバの組織工学への展開」と題し、5章から構成される。

生体外で3次元細胞組織を作製する方法は組織工学の分野で数多く提案されているが、ミリメートル以上の厚さで、細胞密度が高い3次元細胞組織を、組織内部が壊死することなく形成する方法は実現されていなかった。本論文の目的は、細胞培養の足場と養分供給路として機能するバクテリアセルロース微小径ファイバを実現し、ミリメートルサイズの3次元細胞組織を高細胞密度で壊死なく形成することに応用可能であることを示すことである。

第1章「序論」では、本研究の目的、背景、従来の研究、意義について述べている。本論文の細胞組織作製方法を実現するのに適した材料として、セルロース産生菌が分泌するセルロースナノ繊維からなるバクテリアセルロースについて議論している。

第2章「バクテリアセルロース微小径ファイバ」では、同軸微小流路デバイスを用いたバクテリアセルロース微小径ファイバの作製方法と、作製したファイバの機械特性および多孔性、ファイバ内部の拡散係数を分析した結果が述べられている。実験の結果から、作製時の菌体濃度を調整することで、ファイバの破断強度は20 – 609 kPaに調整できることが分かった。またセルロースナノ繊維間の距離は100 nm以上が確保されていることが示唆された。さらに、ファイバ内部の拡散係数を計測した結果から、ファイバ内における拡散は水中と同等であることが分かった。この結果を基にファイバの細胞組織内における養分の拡散モデルを構築し、養分供給路としての利用可能性を議論している。

第3章「バクテリアセルロース微小径ファイバを用いた細胞の培養」では、2章で作製したバクテリアセルロース微小径ファイバ表面で細胞の培養を行った実験結果が述べられている。実験の結果、繊維芽細胞のほかに肝臓由来細胞、筋芽細胞、骨芽細胞、血管内皮細胞などでファイバが被覆できることが分かった。また、細胞がファイバに接着する要因として、細胞の接着を促すタンパク質であるフィブロネクチンがセルロースナノ繊維に吸着することが示唆された。

第4章 「3次元細胞組織の作製」では、細胞で被覆されたバクテリアセルロース微小径ファイバを使用し、コイル型構造やミリメートルオーダの厚さを持つ毛糸玉様構造の3次元細胞組織を作製した実験の結果と考察が述べられている。作製した構造を組織学的に解析した結果、培養約1週間後も細胞密度は1.1×109 cells/cm3であり、生体に近い高細胞密度を維持していることや細胞死が起きにくいことが分かった。また、異種細胞からなる階層構造も作製できることが示唆された。

第5章「結論」では、本研究によって得られた結果を基に結論を述べ、また今後の展望について述べている。

以上を要するに、本論文では、 3次元生体組織構築の新手法としてバクテリアセルロース微小径ファイバの適用を提案し、同軸微小流路デバイスにより作製したファイバの養分供給路としての特性を明らかにするとともに、ミリメートルサイズで細胞密度の高い3次元細胞組織を作製できることを示した。これらの結果は、微細加工技術を利用した新たな3次元細胞組織構築を実現したものであり、知能機械情報学の発展に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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