学位論文要旨



No 129636
著者(漢字) 本巢,芽美
著者(英字)
著者(カナ) モトス,メミ
標題(和) 風力発電の社会的受容 : 科学技術コミュニケーションツールの開発と地域住民の評価構造の分析
標題(洋)
報告番号 129636
報告番号 甲29636
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第58号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 佐倉,統
 東京大学 教授 水越,伸
 名古屋大学 准教授 丸山,康司
 愛知教育大学 准教授 杉浦,淳吉
内容要旨 要旨を表示する

風力発電は一般的に高い受容性が示される一方で、実際の立地に際しては地域住民から強い反対の意見が表明される場合がある。そのため、本研究ではこうした受容性の違いが生じる理由を明らかにするために、風力発電の受容性を一般市民の受容性(一般的受容性)と地域住民の受容性(地域的受容性)の2つに分類し、両者間における風力発電の導入に関する問題認識のフレームや価値判断の齟齬を明確にするとともに、次のような実践と分析を行い反対運動が生じる背景を分析した。一般的受容に対しては、風力発電の導入による地域影響を包括したゲーミングを作成することで、啓発目的が中心であった風力発電の科学技術コミュニケーションを、風力発電の導入を議論する科学技術コミュニケーションへと実践の幅を拡張させた。それにより、一般市民が風力発電の公益性からのみ風力発電を評価するのではなく、地域影響という地域住民の問題設定からも導入について議論することを試みた。他方、地域的受容に対しては、地域住民が風力発電の立地に対して特に意見を表明せず黙認する態度から、強い反対運動をおこす能動的な態度へと変容する要因を分析した。本稿は以下の7章から構成されている。

分析した。本稿は以下の7章から構成されている。序章では、風力発電の歴史的な普及過程を概観するとともに、世界および日本における風力発電の位置づけを述べ、風力発電の導入に関する社会的受容という問題の捉え方について論じた。

第1章では、日本における風力発電の導入の歴史について、自治体主導の風力発電開発の時代から、現代の民間企業主導による風力発電開発の時代までを、国の制度・政策的側面および風力発電を受け入れる地域の社会的側面から俯瞰した。その結果、日本の風力発電は、電力制度の改正や国の再生可能エネルギーの普及政策によって大幅に増大したが、地域の人々が風力発電を既存の生活の中に位置づけることで風力発電が地域に根づき、それが風力発電の導入拡大を支える基盤となっていた点を見出した。しかし、風力発電の導入地が拡大するにつれ、次第に風力発電は地域の生活と切り離されたパッケージとしての導入が増加し、地域住民から反対の意見が表明されるようになった点を指摘した。

第2章では、風力発電の受容性は一般市民の受容性と地域住民の受容性には違いがあり、双方の受容性を区別して捉えることが風力発電の導入問題を理解する上で重要である点を指摘した。本章では、まず、風力発電に関する社会的受容研究への関心の高まりと、風力発電の導入問題を社会科学的視座から捉えることの重要性を述べた。そして、国際エネルギー機関の社会的受容研究タスク、および、Schweizer-Ries(2008)の社会的受容の4つの類型を援用し社会的受容の定義を説明した。その上で、一般市民と地域住民の受容性の違いについて、従来の科学技術コミュニケーションや先行研究などを参照し、双方の受容性における論点と問題設定を整理した。

一般的受容に関しては、既存の科学技術コミュニケーションにおける風力発電の学習内容および体験プログラム、官公庁や自治体、風力発電機メーカーのホームページにおける風力発電に関する情報、新聞やテレビなどのマスメディアにおける風力発電に関する報道内容から精査した。その結果、一般市民は風力発電の公益性や立地地域への影響など、風力発電のメリットとデメリットの双方について幅広く情報を入手することができるが、一般的な風力発電の情報提供においては、風力発電の地球環境への貢献や風力発電の仕組みに関する内容が多く、風力発電の導入問題については意識的に情報収集しなければ普段の生活で認識することは難しい状況であることを指摘した。そのため、風力発電の導入に関して、地球環境問題というマクロ問題設定だけでなく立地地域への影響といったミクロな問題設定も含めた科学技術コミュニケーションの実践が必要であることを論じた。

地域的受容に関しては、学術論文および風力エネルギー協会や官公庁の報告書をレビューし、立地地域における風力発電の導入問題の整理と、風力発電の社会的受容研究の問題点の抽出を行った。先行研究をレビューした結果、騒音や景観といった風力発電の物理的な特徴に起因する導入問題に加え、今日では配分的正義や手続き的公正などの風力発電事業の実施過程における問題に関する知見が蓄積されていることがわかった。また、先行研究を横断的に捉えることで、風力発電の導入問題は地域所有であれば騒音が問題にならない場合があるなど、個々の問題要因が独立して発生しているのではなく、要因間の相互作用があることを示唆する知見が得られた。しかし、従来の問題対策では個別の問題群への個別の対策の提言に終止しているため、導入問題を構造的に捉えることが必要である点を指摘した。

以上をふまえ、本研究の目的を、一般市民の風力発電の導入に対する問題設定を拡張すべく立地地域問題を含めた科学技術コミュニケーションを実践するとともに、人々が風力発電施設の立地に対し黙認するという受動的な態度から反対運動という能動的な態度へと変容する背景を明らかにすることとした。すなわち、風力発電への反対の態度を一般市民レベルの受容性にさかのぼり総体的に捉えることが、本研究の枠組みである。

第3章では、風力発電の科学技術コミュニケーション手法としてゲーミングの開発と実践について論じた。一般市民が風力発電の導入について検討するためには、環境問題への貢献や風力発電の楽しさといった啓発を目的とした取り組みだけでなく、立地地域への環境影響も含めた導入の構造理解を促す取り組みが重要であることを論じた。そのためには、ゲーミング手法が相応しく、特に本研究の目的を達成するには、ゲーミングのフレームとして「説得納得ゲーム」(杉浦 2003)を用いることが妥当であることを論じた。そして、本研究で開発した「説得納得ゲーム:風車コミュニケーション」の開発と実践について述べた。実践の結果、本ゲーミングへの参加によって、参加者は風力発電の長所と短所の双方の認識を高めることができ、さらに、風力発電そのものの理解だけでなく、事業に関する説明のされ方など合意形成過程にも注目する点が確認された。したがって、本ゲーミングは風力発電の導入について多角的な問題の捉え方を促すことができ、風力発電の導入を構造的に理解するための科学技術コミュニケーションとして有効に活用できると判断した。また、本ゲーミングに地域特性やローカル知を活用することで、風力発電の導入を実際の住民の生活と結びつけて議論することができると考えられるため、地域住民を対象としたゲーミング利用についても考察した。

第4章と第5章では、人々の風力発電に対する認識的枠組みを明らかにした上で、風力発電に対する人々の態度変容を分析した。そのために、まず、第4章では風力発電施設の近隣住民1001 人に対して質問紙調査を行い、重回帰分析によって受容性に影響を与える要因を分析した。その結果、風力発電から受ける不快感や手続き的公正といった地域住民だけが経験する問題ではなく、むしろ、エネルギーに対する一般的な態度が地元の風力発電施設の受容性に影響を与えていることが明らかとなった。

第5章では、風力発電施設の立地を黙認する態度から、反対運動を行う能動的な活動へと住民の態度が変化する理由を明らかにするために、顕著な反対運動が行われている国内3地域の反対住民に聞き取り調査を行った。その結果、次の3点が反対運動を生じさせる作動要因として抽出された。1) 科学的根拠が住民の訴えよりも優先されるため、騒音などの計測値が基準値を越えなければ風力発電の問題はないと評価され、住民自身の苦痛が認められないこと、2) 近所に風力発電施設が建設されることになり初めて知った風力発電のネガティブな側面を、広く社会に周知させたいという意識が生起したこと、3) 風力発電事業そのものへの反発だけでなく、事業主体への強い不信が存在することである。以上の点から、住民の風力発電に対する反対の態度は、騒音や低周波音問題のような顕在化された問題ではなく、むしろ、その背後にある問題が住民の風力発電事業に対する反発心を増幅させ、態度変容をおこす要因となっていると結論づけた。

終章では、本研究のまとめを論じるとともに、今後の研究課題を指摘した。本研究における重要な成果は、1) 地球環境問題だけでなく立地地域問題にも焦点をあて、総合的に風力発電の導入について議論できる科学技術コミュニケーション手法を提供したこと、それにより、一般市民が風力発電の導入を議論するための問題設定を拡張することができたこと、2) 風力発電の導入問題は、騒音や景観といった単一の要因だけでなく、要因間の相互作用によって生じること、3) 導入問題は論点として顕在化している問題の背後に反対運動を誘発させる要因があることを見出したことである。東日本大震災以降、風力発電をはじめとする再生可能エネルギーの導入拡大に大きな期待が寄せられているが、地球環境問題やエネルギー安全保障、原子力発電の代替エネルギーなどの観点からのみ風力発電の導入を促進するのではなく、地域との関連の中で風力発電の導入のあり方について議論することが、風力発電の受容性にとってとりわけ重要であることを本稿の結語として強調した。

最後に、今後の研究課題として、一般的受容の形成とマスメディアやインターネットの関係をより精緻に分析すること、ゲーミングの実践の場を拡大するとともに、他の電力源も扱ったゲーミングへと発展させること、優良事例から受容性の形成を検討することを挙げた。

Schweizer-Ries, P. 2008: "Energy sustainable communities: Environmental psychological investigations", Energy Policy, 36(11), 4126-4135.杉浦淳吉 2003:「環境教育ツールとしての『説得納得ゲーム』」,『シミュレーション&ゲーミング』,13,3-13.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、風力発電の受容性に与える影響を、人々の認識的枠組みや価値基準の観点から明らかにしたものである。風力発電は一般的に高い受容性が示される一方で、立地地域の住民からは強い反対の意見が表明される場合がある。そのため、本論文では、風力発電の受容性は一般市民と地域住民で違いがあることを明らかにした上で、それぞれの受容性の形成要因とその構造を分析している。

一般的受容に関しては、一般市民と風力発電との接点において、風力発電の啓発に関する取り組みが多く実施されており、それが一般市民の受容性を高める理由のひとつであることを指摘している。こうした啓発を中心とした取り組みは、風力発電に関心を抱かせる上で重要である一方で、実際の導入における問題設定と大きな隔たりを生じさせる一因となっている。したがって、一般市民が風力発電の導入について検討するためには、立地地域への環境影響も含めた科学技術コミュニケーションが重要であることを指摘し、風力発電のデメリットにも焦点をあてたゲーミングを開発し、実践した。

地域的受容に関しては、先行研究における導入問題の知見を参考に質問紙調査を実施し、地元の風力発電所に対する地域住民の評価を明らかにしている。さらに、地域住民が風力発電の立地を黙認する態度から強い反対の意見を表明する態度へと変容する条件を、反対住民への聞き取り調査から分析している。

以上のように、風力発電への反対の態度を一般市民レベルの受容性にさかのぼり分析し、受容性のメカニズムの一端を明らかにしたことが本研究で達成された点である。本論文は以下の7章から構成されている。

序章では、社会的受容という問題の捉え方の重要性を指摘し、本研究の目的と意義が述べられている。

第1章では、国の制度・政策的側面および風力発電を受け入れる地域の社会的側面から、風力発電の導入拡大の背景が論じられている。電力制度の整備に伴い、風力発電は風車の適地であることが優先され、地域住民の生活とは無関係に導入されるようになったことが、反対の意見が表明されるひとつの理由であると指摘されている。

第2章では、社会的受容の定義および受容性の捉え方が国際研究の動向を踏まえて概説されており、その上で、一般市民と地域住民の受容性の違いが検討されている。受容性の相違については、一般市民向けの風力発電の学習内容や、マスメディアによる情報、先行研究などを参照し、双方の受容性の問題設定が整理されている。

第3章では、風力発電の科学技術コミュニケーション手法としてゲーミングが相応しい点を論じた上で、ゲーミングの開発と実践について述べられている。実践の結果、参加者は風力発電の長所と短所の両側面から導入について議論することができるようになり、さらに、合意形成過程における問題点にも気付きを得ることが確認されている。これにより、風力発電の導入を構造的に理解するための科学技術コミュニケーションとして、本ゲーミングが有効に活用できる点が論じられている。

第4章と第5章では、地域住民の風力発電に対する認識的枠組みと、風力発電に対する人々の態度変容について論じられている。第4章では風力発電施設の近隣住民1001人に対して質問紙調査を行い、受容性に影響を与える要因が分析されている。さらに、既存の風力発電所と新たに建設される風力発電所に対する受容性に違いがあることを明らかにし、導入手続きにおける住民の評価から受容意向の変化について分析されている。

第5章では、風力発電施設の立地を黙認する態度から、反対運動を行う能動的な態度へと住民の態度が変化する理由が分析されている。反対住民への聞き取り調査の結果、住民の風力発電に対する態度の変容は、騒音や低周波音のような顕在化された問題ではなく、むしろ、その背後にある住民の苦痛や問題意識が原因であると結論づけられている。具体的には、住民の苦痛が認められないこと、風力発電の短所を社会に周知させたいという意志があること、事業主体への不信が存在すること、以上3点である。

終章では、本研究のまとめを論じるとともに、今後の研究課題が述べられている。

以上のような論文の概要の発表を受け、審査の質疑応答では主に、一般的受容と地域的受容の断絶の解決策についてさらに検討を加えることや、風力発電以外の科学技術の導入に関する受容問題や合意形成なども参照し、論拠を強化する必要があることなどの指摘があった。しかし、委員からは、本研究は風力発電の受容性についてきわめて斬新なアプローチを試みたものであり、再生可能エネルギーの導入に関する学術的研究を発展できる多くの知見を提供していると評価され、本研究が博士号に値することについて審査委員全員が合意した。よって、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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