審査要旨 | | 牛の髄膜脳脊髄炎,敗血症,肺炎,流産等の疾病の病原体であるHaemophilus somnusの外膜タンパク質(OMP)は宿主の免疫応答との関連性において重要な菌体表層成分と考えられる。申請者はH.somnusの3種類のOMPについて,モノクローナル抗体(MAb)を用いた抗原性状の分析を行うとともに,自然宿主であるウシの抗体応答や他のグラム陰性菌のOMPとの関連性について検討している。本研究は,4章より構成され,得られた成果は次のように要約される。 1.H.somnusの質量40キロダルトン(kDa)の主要外膜タンパク質(MOMP)は,N-lauroyl-sarcosine(Sarkosyl)不溶性外膜画分から非イオン性界面活性剤Zwittergent3-14存在下でのイオン交換クロマトグラフィーおよびゲル濾過法により分離精製され,そのN末端アミノ酸配列は,グラム陰性菌の外膜の透過孔形成に与るポーリンタンパクとホモロジーが認められた。精製MOMPで高度免疫したウシおよびウサギは,MOMPに対して強い抗体応答を示した。MOMPに対する免疫血清およびMAbを用いた抗原分析の結果,H.somnusのMOMPは菌株によって抗原性に違いが認められた。 2.MOMPの抗原性状をより詳細に検討した結果,MOMPには少なくとも5種類の異なる抗原エピトープが存在することが示された。6クローンのMAbは,H.somnusと分類学的に同一の菌種と見なされるヒツジ由来菌Haemophilus agniまたはHistophilus ovisと交差反応を示し,このうちの1クローンはイヌ包皮腔由来菌Haemophilus haemoglobinophilusとも交差反応を示した。しかし,他の11種2亜種の供試グラム陰性菌とは交差反応を示さなかった。金コロイドプロープを用いた免疫電顕法により,MOMPには3種類の表在性エピトープが存在することが示された。 3.H.somnusの37kDa OMPは,SDS-PAGE分析およびこのOMPに特異性を示すMAb(MAb27-1)を用いたイムノブロット法により,可溶化温度の違いによってSDS-PAGEでの移動度が異なるグラム陰性菌のいわゆるheat-modifiable OMPに該当することが判明した。MAb27-1は45株のH.somnus供試菌株すべてと反応し,またPasturellaceae科の6菌種,さらにEscherichia coliおよびSalmonella Dublinとも交差反応を示した。MAb27-1の認識する37kDa OMPの抗原エピトープは表在性ではなかった。しかし,イムノブロット法において37kDa OMPに対して強い反応が認められたH.somnus実験感染牛回復期血清中の抗体は,抗体吸収試験の結果,37kDa OMPと菌体表面で結合することが示された。MAb27-1はE.coli K-12株のheat-modifiable OMPであるOmpAタンパクと反応し,37kDa OMPのN末端アミノ酸配列はOmpAタンパクとホモロジーを示したことから,37kDa OMPはOmpA相同タンパクであると考えられた。 4.Haemophilus influenzaeのペプチドグリカン結合リポタンパクの分離精製法を応用して,H.somnusの外膜画分から37℃,1%SDS存在下で不溶性の画分を分離精製した。SDS-PAGE分析において,この画分には17.5kDaの単一のタンパクバンドが検出された。17.5kDa OMPに対するMAb(MAb20-3-5)は45株のH.somnus供試菌株すべてと反応し,さらにH.agni,H.ovisおよびH.haemoglobinophilusと交差反応を示したが,他の11種2亜種の供試グラム陰性菌とは反応しなかった。反応の認められたすべての菌株で質量17.5kDaの抗原バンドが検出された。また,免疫電顕法および抗体吸収試験によりMAb20-3-5の認識エピトープは表在性であることが確認された。H.somnus実験感染牛回復期血清は,イムノブロット法において17.5kDa OMPに対してかなり強い反応を示した。 以上の通り,本研究はH.somnusの3種類のOMP抗原(40kDa,37kDaおよび17.5kDa)は本菌の多くの菌株に共通する抗原であり,いずれもワシに対する免疫原性を有し,菌体表面において抗体と結合できる表面抗原であることを明らかにした。また,本研究で得られた3種類のH.somnus OMPに関する知見は本菌感染症に対する有効なコンポーネントワクチン開発のターゲットとして,また40kDa MOMPおよび17.5kDa OMPは特異性の高い免疫学的診断用抗原として有用であることが明らかとなり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に対して博士(農学)の学位を授与して然るべきと判定した。 |