学位論文要旨



No 211742
著者(漢字) 田川,裕一
著者(英字)
著者(カナ) タガワ,ユウイチ
標題(和) Haemophilus somnus外膜タンパク質の抗原性状に関する研究
標題(洋)
報告番号 211742
報告番号 乙11742
学位授与日 1994.04.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11742号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 伊藤,喜久治
 東京大学 助教授 原沢,亮
内容要旨

 Haemophilus somnusは牛の髄膜脳脊髄炎、敗血症、肺炎、流産等の疾病の病原体として知られている。本菌は莢膜や線毛等の菌体表層構造が認められず、その外膜タンパク質(OMP)は宿主の免疫応答との関連性において重要な菌体表層成分と考えられる。近年、H.somnusのいくつかのOMPの性状解析が進められてきたが、さらにOMPの抗原性状の解明を通じて、H.somnusによる疾病に対する安全で有効なコンポーネントワクチンや特異性の高い免疫学的診断法の開発が期待されている。本研究では、ワクチンや免疫学的診断への応用が可能なOMP抗原の検索を目的として、H.somnusの3種類のOMPについて、モノクローナル抗体(MAb)を用いた抗原性状の分析を行うとともに、自然宿主であるウシの抗体応答や他のグラム陰性菌のOMPとの関連性について検討した。以下、各章ごとにその内容を要約する。

第1章Haemophilus somnusの主要外膜タンパク質の分離精製とその性状

 H.somnus菌体から界面活性剤N-lauroylsarcosine(Sarkosyl)に不溶性の外膜画分を調製し、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)により分析すると、最も多量に検出される質量40キロダルトン(kDa)の主要外膜タンパク質(MOMP)が認められた。まずはじめに、このMOMPの分離精製方法を検討した。Sarkosyl不溶性外膜画分から、非イオン性界面活性剤Zwittergent 3-14を用いてMOMPを可溶化し、イオン交換クロマトグラフィーおよびゲル濾過法により精製MOMPを得た。精製MOMPは、N末端アミノ酸配列分析の結果、グラム陰性菌の外膜の透過孔形成に与るポーリンタンパクとホモロジーを示した。次に、MOMPの免疫原性および抗原性状について検討した。精製MOMPで高度に免疫したウシおよびウサギはMOMPに対して強い抗体応答を示した。ウサギ高度免疫血清を用いて、イムノブロット法により4株のH.somnusとの反応性を調べたところ、4株共通に質量40kDaのバンドとの反応が認められたが、それらの菌株のうち1株との反応がやや弱かった。そこで、MOMPの抗原性の違いを確認するために、MOMPに対する2クローンのMAbを作製し、4株のH.somnusの外膜画分を抗原とした固相酵素免疫測定法(ELISA)または全菌体抗原を用いたイムノブロット法により反応性を検討した。MAb57-16-2はELISAにおいて4株の抗原と反応したが、MAb68-4-3はELISAおよびイムノブロット法において3株の抗原とのみ反応した。したがって、H.somnusのMOMPは、菌株によって抗原性に違いのあることが明らかとなった。

第2章モノクローナル抗体を用いたHaemophilus somnusの主要外膜タンパク質の抗原解析

 MOMPの抗原性状をより明確にするために、MOMPに対するMAbをさらに作製し、抗原性状の分析を行った。ELISA、イムノブロット法および免疫沈降法により、MOMPに対する特異性が確認された7クローンのMAbを得た。7クローンのMAbと45株のH.somnus供試菌株との反応性には5種類の異なる反応パターンが認められた。すなわち、MOMPには、7クローンのMAbにより認識される少なくとも5種類の異なる抗原エピトープが存在することが示された。次に、MAbのH.somnus以外のグラム陰性菌との交差反応性をイムノドット法により検討した結果、6クローンのMAbは、H.somnusと分類学的に類似するヒツジ由来菌Haemophilus agniまたはHistophilus ovisと交差反応を示し、それらのうちの1クローンのMAbは、さらにイヌ包皮腔由来菌Haemophilus haemoglobinophilusとも交差反応を示した。しかし、いずれのMAbも他の11種2亜種の供試グラム陰性菌とは交差反応性を示さず、これらのMAbの反応性はかなり菌種特異的であった。次に、それぞれのMAbが認識する抗原エピトープの表在性を、金コロイドプローブを用いた免疫電顕法により検討したところ、MOMPには、反応性の異なる3種類の表在性エピトープが存在していることが示された。以上の成績から、H.somnusのMOMPは少なくとも5種類の抗原エピトープをもつ表在性のタンパク質抗原であること、H.somnusは菌株によりMOMPの抗原構造に違いが認められること、しかし、表在性エピトープのうちのひとつはH.somnus供試菌株全てに認められることが示された。MOMPの抗原性の違いに基づくH.somnusの血清型別システムの開発が期待される一方、MOMP抗原は、ワクチンや免疫学的診断用抗原の開発にも応用可能なタンパク質抗原のひとつであると考えられる。

第3章Haemophilus somnusのheat-modifiable外膜タンパク質の抗原性状の解析

 グラム陰性菌のOMPには、SDS存在下での加熱処理温度の違いにより、SDS-PAGEでの移動度に変化を示す、いわゆるheat-modifiable OMPが存在することが報告されている。H.somnusの外膜画分を異なる温度条件で可溶化し、SDS-PAGEで分析すると、60℃では28kDa OMPは認められたが、37kDa OMPは認められなかった。しかし、100℃で可溶化すると、37kDa OMPが認められるようになると同時に、28kDa OMPはほとんど認められなくなった。SDS-PAGEの結果は、MAb(MAb27-1)を用いたイムノブロット法においても確認され、H.somnusの37kDa OMPおよび28kDa OMPは同じOMPのheat-modified formおよびnon-heat-modified formであることが明らかとなった。グラム陰性菌のheat-modifiable OMPとして、Escherichia coliのOmpAタンパクが知られている。MAb27-1は、E.coli OmpA保有株とのイムノブロット法においてOmpAタンパクに相当する質量35kDaの抗原バンドと反応したが、OmpA欠失株とは反応しなかった。また、H.somnus37kDa OMPのN末端アミノ酸配列はOmpAタンパクとホモロジーを示したことから、H.somnus37kDa OMPはOmpA相同タンパクであると考えられた。次に、37kDa OMPに対するH.somnus実験感染牛の抗体応答を、外膜画分抗原を用いたイムノブロット法により検討した。その結果、感染前血清ではいずれのOMPとも反応が認められなかったが、回復期血清ではいくつかのOMPと反応が認められるようになり、そのなかでも37kDa OMPとは強い反応が認められた。したがって、本菌感染牛は37kDa OMPに対して強い抗体応答を示すことが確認された。次に、37kDa OMPのH.somnus菌株間での保存性や他菌種の抗原との交差反応性、さらに菌体表面での抗体との結合性ついて検討した。その結果、MAb27-1は45株のH.somnus供試菌株すべてと反応したが、検出された抗原の分子量には菌株により差が認められた。また、MAb27-1はH.somnusだけでなくPasteurellaceae科の6菌種、さらにE.coli、Salmonella Dublinとも交差反応を示した。したがって、免疫学的診断法に本抗原を応用した場合には、偽陽性反応が生じる可能性が高い。また、MAb27-1エピトープは表在性ではないが、H.somnus実験感染牛血清のH.somnus生菌による吸収試験の成績から、37kDa OMPは表在性の抗原構造をもつことが示された。今後、37kDa OMPの表在性エピトープの性状を明らかにし、ワクチン抗原としての有用性を検討する必要がある。

第4章モノクローナル抗体を用いたHaemophilus somnusの17.5キロダルトン外膜タンパク質の性状解析

 Haemophilus influenzaeのペプチドグリカン結合リポタンパクであるP6タンパクは、抗原性と分子構造がほぼ均一なタンパク抗原であることが報告されており、ワクチン抗原の候補のひとつとして注目されている。そこで、H.somnusの外膜画分を出発材料として、P6タンパクの調製法に準じてSDS不溶性画分を分離し、SDS-PAGEにより分析したところ、17.5kDaの単一のタンパク質バンドが検出された。次に、この17.5kDa OMPに対するMAb(MAb20-3-5)を作製し、抗原性状の分析を行った。イムノブロット法において45株のH.somnus供試菌株すべてに、MAb20-3-5と反応する17.5kDaの抗原バンドが認められた。MAb20-3-5はH.agni,H.ovisおよびH.haemoglobinophilusと交差反応を示したが、供試した他の11種2亜種のグラム陰性菌とは反応が認められなかった。また、免疫電顕法および抗体吸収試験によりMAb20-3-5の認識する抗原エピトープは表在性であることが確認された。H.somnus実験感染牛の感染前血清は17.5kDa OMPとの反応が認められなかったが、回復期血清はl7.5kDa OMPとかなり強い反応を示した。以上の成績から、H.somnusの17.5kDa OMPは本菌感染症に対するワクチンや免疫診断法への応用が期待できるタンパク抗原であると考えられる。

審査要旨

 牛の髄膜脳脊髄炎,敗血症,肺炎,流産等の疾病の病原体であるHaemophilus somnusの外膜タンパク質(OMP)は宿主の免疫応答との関連性において重要な菌体表層成分と考えられる。申請者はH.somnusの3種類のOMPについて,モノクローナル抗体(MAb)を用いた抗原性状の分析を行うとともに,自然宿主であるウシの抗体応答や他のグラム陰性菌のOMPとの関連性について検討している。本研究は,4章より構成され,得られた成果は次のように要約される。

 1.H.somnusの質量40キロダルトン(kDa)の主要外膜タンパク質(MOMP)は,N-lauroyl-sarcosine(Sarkosyl)不溶性外膜画分から非イオン性界面活性剤Zwittergent3-14存在下でのイオン交換クロマトグラフィーおよびゲル濾過法により分離精製され,そのN末端アミノ酸配列は,グラム陰性菌の外膜の透過孔形成に与るポーリンタンパクとホモロジーが認められた。精製MOMPで高度免疫したウシおよびウサギは,MOMPに対して強い抗体応答を示した。MOMPに対する免疫血清およびMAbを用いた抗原分析の結果,H.somnusのMOMPは菌株によって抗原性に違いが認められた。

 2.MOMPの抗原性状をより詳細に検討した結果,MOMPには少なくとも5種類の異なる抗原エピトープが存在することが示された。6クローンのMAbは,H.somnusと分類学的に同一の菌種と見なされるヒツジ由来菌Haemophilus agniまたはHistophilus ovisと交差反応を示し,このうちの1クローンはイヌ包皮腔由来菌Haemophilus haemoglobinophilusとも交差反応を示した。しかし,他の11種2亜種の供試グラム陰性菌とは交差反応を示さなかった。金コロイドプロープを用いた免疫電顕法により,MOMPには3種類の表在性エピトープが存在することが示された。

 3.H.somnusの37kDa OMPは,SDS-PAGE分析およびこのOMPに特異性を示すMAb(MAb27-1)を用いたイムノブロット法により,可溶化温度の違いによってSDS-PAGEでの移動度が異なるグラム陰性菌のいわゆるheat-modifiable OMPに該当することが判明した。MAb27-1は45株のH.somnus供試菌株すべてと反応し,またPasturellaceae科の6菌種,さらにEscherichia coliおよびSalmonella Dublinとも交差反応を示した。MAb27-1の認識する37kDa OMPの抗原エピトープは表在性ではなかった。しかし,イムノブロット法において37kDa OMPに対して強い反応が認められたH.somnus実験感染牛回復期血清中の抗体は,抗体吸収試験の結果,37kDa OMPと菌体表面で結合することが示された。MAb27-1はE.coli K-12株のheat-modifiable OMPであるOmpAタンパクと反応し,37kDa OMPのN末端アミノ酸配列はOmpAタンパクとホモロジーを示したことから,37kDa OMPはOmpA相同タンパクであると考えられた。

 4.Haemophilus influenzaeのペプチドグリカン結合リポタンパクの分離精製法を応用して,H.somnusの外膜画分から37℃,1%SDS存在下で不溶性の画分を分離精製した。SDS-PAGE分析において,この画分には17.5kDaの単一のタンパクバンドが検出された。17.5kDa OMPに対するMAb(MAb20-3-5)は45株のH.somnus供試菌株すべてと反応し,さらにH.agni,H.ovisおよびH.haemoglobinophilusと交差反応を示したが,他の11種2亜種の供試グラム陰性菌とは反応しなかった。反応の認められたすべての菌株で質量17.5kDaの抗原バンドが検出された。また,免疫電顕法および抗体吸収試験によりMAb20-3-5の認識エピトープは表在性であることが確認された。H.somnus実験感染牛回復期血清は,イムノブロット法において17.5kDa OMPに対してかなり強い反応を示した。

 以上の通り,本研究はH.somnusの3種類のOMP抗原(40kDa,37kDaおよび17.5kDa)は本菌の多くの菌株に共通する抗原であり,いずれもワシに対する免疫原性を有し,菌体表面において抗体と結合できる表面抗原であることを明らかにした。また,本研究で得られた3種類のH.somnus OMPに関する知見は本菌感染症に対する有効なコンポーネントワクチン開発のターゲットとして,また40kDa MOMPおよび17.5kDa OMPは特異性の高い免疫学的診断用抗原として有用であることが明らかとなり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に対して博士(農学)の学位を授与して然るべきと判定した。

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