学位論文要旨



No 211745
著者(漢字) 丸尾,直子
著者(英字)
著者(カナ) マルオ,ナオコ
標題(和) 炎症反応におけるインターロイキン6(IL-6)の関与 : 血管内皮細胞及び羊膜細胞に及ぼす効果
標題(洋)
報告番号 211745
報告番号 乙11745
学位授与日 1994.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11745号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 榎本,武美
 東京大学 助教授 工藤,一郎
内容要旨

 近年、炎症時に作用するメディエーターとして、ヒスタミンやプロスタグランジン、PAFといった低分子量の物質だけでなく、タンパク質であるサイトカインの存在が注目されている。インターロイキン6(IL-6)は、アミノ酸184個からなる分子量21KDのタンパク質で、B細胞を抗体産生細胞に分化させる因子としで発見されたサイトカインである。IL-6は、IL-1やTNFで単球やT細胞、そして血管内皮細胞で産生が誘導される。また、肝細胞に作用して急性期炎症タンパク質の産生を促したり、血小板増多因子としての作用を持つなど、多機能なサイトカインであることが明らかになってきた。さらに、慢性リューマチ患者の関節腔液中や火傷部位など炎症局所において高濃度のIL-6が存在することが報告されているが、炎症時における役割についてはまだわからない部分も多い。

 一方血管内皮細胞は、血栓生成防止、線溶凝固系の調節、選択的透過性の保持、血管トーヌスの調節、血球細胞との相互作用の場の提供など多くの重要な機能を担っている細胞であり、炎症などの疾患時におけるその機能の破綻は、病態の形成と密接な関係があることが明らかになってきている。

 本研究では、炎症反応におけるIL-6の役割を解明する目的で、in vitro系で血管内皮細胞に対するIL-6の効果について検討を行った。その結果、以下に示すようにIL-6が血管内皮細胞の機能破綻に寄与していることを見いだした。すなわちIL-6は、血管内皮細胞のバリヤー能を著しく低下させ、血管新生を抑制し、プロスタグランジンI2(PGI2)産生能を低下させた。バリヤー能の崩壊は羊膜細胞においても認められ、炎症時に観察される現象の一部がIL-6により引き起こされている可能性が強く示唆された。

A.血管内皮細胞に対するIL-6の作用A-1.血管透過性に及ぼすIL-6の効果

 血管内皮細胞はウシ頚動脈より既報に従い分離し培養して実験に用いた。コースター社製トランスウェルの膜上にコンフルエントになるまで培養して得た内皮細胞をIL-6処理し、洗浄後、FITC標識アルブミンを含むハンクス緩衝液を上室に加え、下室への蛍光の透過量を測定した。その結果、IL-6 100ng/ml、21時間処理により、透過性が著しく亢進し、抗IL-6中和抗体MH166の共存によりこの作用はほぼ完全に中和された。次に、IL-6の処理濃度を変化させたところ、IL-6は濃度依存的に透過性を亢進した。このIL-6の効果は処理後3時間から認められ、21時間まで処理時間に依存した。本実験で使用したIL-6は内皮細胞に対して細胞致死性はなく、また細胞増殖にも影響を与えなかった。さらに、IL-6処理した内皮細胞を再びIL-6非存在下で培養したところ、透過性亢進効果は消失したところから、IL-6の作用は可逆的であることが示された。

 IL-6による透過性上昇は、透過物質をアルブミンからより分子量の大きいデキストラン200に変えても同様に観察されたことより、細胞間のギャップをあけている可能性が考えられた。形態学的検討を行うため、内皮細胞の硝酸銀染色を行ったところ、IL-6処理細胞では細胞間隙の拡大が認められた。内皮細胞のCROSS SECTIONを観察すると、IL-6処理細胞では細胞が収縮して厚みが増すとともに、やはり細胞間隙が拡大していた。細胞骨格系の変化の有無を、FITC-ファロイジン染色により検討したところ、IL-6処理でアクチンの脱重合と再重合が起きていることが観察され、IL-6は、内皮細胞を収縮させて細胞間隙を拡大し、透過性を上昇させると考えられた。また、細胞内のcAMPレベルの上昇により、内皮細胞間のjunction構造が強められることが報告されているが、IL-6による透過性の上昇はdibutyryl cAMPの共存により阻害されており、IL-6により細胞間構造の変化が生じていることが示唆された。

 IL-6による内皮細胞の収縮と細胞間隙の拡大が生じると、内皮下組織の露出につながると考えられる。そこで、コラーゲンコートした24穴プレートのウェルに内皮細胞をコンフルエントになるまで培養し、IL-6処理後、51Crで標識した血小板を加えたところ、無処理の内皮細胞に比べ付着細胞数が約6倍に増加した。これより、IL-6による内皮細胞収縮及び細胞間隙の拡大は、炎症部位での微小血栓生成の引き金にもなり得ることが示唆された。

A-2.血管新生に及ぼすIL-6の効果

 血管新生も内皮細胞の重要な機能の1つであるが、筆者は1の結果をふまえ、in vitro系での内皮細胞の管腔形成に及ぼすIL-6の効果について検討した。コラーゲンゲル内の内皮細胞は無処理では管腔構造を形成するが、IL-6 100ng/ml処理ではこの管腔形成が抑制された。この抑制作用もまたIL-6の濃度依存的であり、抗IL-6抗体で阻害された。コラーゲンゲル内での内皮細胞の増殖にはIL-6はほとんど影響せず、ボイデンチャンバー法を用いた内皮細胞の遊走実験ではIL-6で若干の遊走阻害がかかっただけであった。また、血管新生を誘導する物質としてホルボールエステル(PMA)が知られているが、in vitro系におけるPMAは内皮細胞増殖、遊走とも促進する。この時IL-6を共存させると、やはり管腔形成は抑制されることから、IL-6は内皮細胞を収縮させ、細胞同士あるいは細胞とマトリックスの接着を阻止して、管腔構造形成を抑制する可能性が示唆された。

A-3.血管内皮細胞のPGI2産生に及ぼすIL-6の効果

 血管内皮細胞のアラキドン酸代謝経路は特徴的であり、血小板凝集抑制、血管弛緩作用をもつPGI2を主に産生している。IL-6処理した内皮細胞では、PGI2遊離量が低下しており、この抑制現象は、cell free系でも認められた。cell free系での抑制効果はIL-6の濃度及び処理時間依存的であり、IL-6中和抗体で回復された。以上の結果及びIL-6処理においてもアラキドン酸遊離反応に影響がなかったことより、IL-6処理によるPGI2産生低下はシクロオキシゲナーゼに対する作用であると考えられた。シクロオキシゲナーゼのWestern blottingを行うと、IL-6処理した内皮細胞においてはその発現量が低下しており、IL-6によるPGI2産生抑制はシクロオキシゲナーゼ発現量の低下によることが示された。

 以上の結果より、IL-6は内皮細胞に作用して細胞収縮、細胞間隙の拡大を引き起こし透過性を上昇させること、管腔形成能を抑制すること、及びPGI2産生能を低下させることが明らかとなり、炎症局所での浮腫及び微小血栓の形成、あるいは血管の脆弱化にともなう治癒延滞など症状の悪化進展に関与している可能性が示唆された。

B.羊膜細胞に対するIL-6の効果B-1.絨毛羊膜炎により前期破水が生じた患者でのIL-6の検出

 子宮内での胎児は羊膜に包まれ羊水中に浮いているが、この羊水が分娩前に子宮外へ流出するのが前期破水で、これは感染症など母体側の要因によっても誘発され、流早産につながる危険な病態である。このとき羊膜の脆弱化すなわちバリヤー能の崩壊が見られる。筆者は内皮細胞での検討結果をふまえ、前期破水時の羊膜のバリヤー能崩壊にIL-6の関与があるのではないかと考えた。まず、ELISAによるIL-6定量系を構築し、例数は少ないが、絨毛羊膜炎患者の羊水及び血清中のIL-6濃度を測定したところ、対照群に比べ高濃度のIL-6が検出された。さらに、IL-6濃度の経時変化を追ったところ、前期破水時よりも3〜1日前に高値のIL-6が検出され、この病態においてIL-6の関与が強く示唆された。

B-2.羊膜細胞に対するIL-6の効果

 絨毛羊膜炎時にIL-6の存在が確認されその関与が示唆されたので、初代培養した細胞を用いてIL-6の効果についてさらに検討を行った。正常分娩後の卵膜から機械的に羊膜と絨毛膜を剥離し、酵素処理により羊膜細胞及び絨毛膜細胞を得てこれを培養した。まず、IL-6産生能を比較したところ、絨毛膜細胞に高いIL-6産生能が認められ、さらに、IL-1やLPSなどの刺激によって、IL-6産生は100倍以上に上昇した。一方、羊膜細胞にIL-6 100ng/mlを添加して培養すると、内皮細胞と同様に細胞の収縮、それにともなう細胞間隙の拡大が観察かれた。さらに、絨毛膜細胞と羊膜細胞をco-cultureして、IL-1で絨毛膜細胞を刺激しても、産生されたIL-6による羊膜細胞の収縮が観察された。

 以上のことから、絨毛膜細胞がIL-6を産生し、そのIL-6によって羊膜細胞の細胞間隙が拡大することが明らかとなり、IL-6によるバリヤー機能低下作用は、内皮細胞だけでなく羊膜細胞においても観察され、コラゲナーゼ発現上昇などとともに羊膜の脆弱化と前期破水の原因となり得ることが示唆された。さらに、IL-6濃度の測定が流早産のマーカーとして診断に応用できる可能性も示唆された。

 以上A及びBで得られた結果をまとめると、本来バリヤー能を保つべき細胞層にIL-6が作用すると、細胞層はもはやバリヤー能を保てなくなり、浮腫などの病態を示すことが示唆された。また、内皮細胞においては、血管新生阻害、PGI2産生抑制なども招き、炎症時に産生が誘導されることが報告されているIL-6が炎症症状の進展に寄与していることが示唆された。

審査要旨

 本研究は炎症反応におけるインターロイキン6(IL-6)の役割を解明する目的で、in vitroで血管内皮細胞および羊膜細胞に対するIL-6の効果について検討を行なったものである。

1.血管内皮細胞に対するIL-6の作用

 ウシ頚動脈より分離、培養した内皮細胞の一層よりなる血管透過性評価モデルを構築した。FITCアルブミン、デキストラン200をマーカーとして検討した結果、IL-6は内皮細胞層に対して可遊的た透過性亢進を示すことが明らかとなった。形態学的検討を行なったところ細胞間隙の拡大が認められた。次に細胞骨格系の変化をFITC-ファロイジン染色により検討した。IL-6処理によってアクチン脱重合と再重合が起きている事が観察された。以上よりIL-6は血管内細胞を収縮させて細胞間隙を拡大、透過性を上昇させていると推定された。次にin vitroでの内皮細胞の管腔形成におよぼすIL-6の影響を検討した。コラーゲンゲル内での内皮細胞の管腔形成はIL-6によって濃度依存的に抑制された。IL-6は内皮細胞を収縮させ細胞とマトリックスの接着を阻止する事によって管腔形成を抑制する可能性が示唆された。さらに、内皮細胞をIL-6処理する事により、PGI2産生が抑制される事、Westernプロット分析によりシクロオキシゲナーゼの発現量が低下している事が明らかとなった。以上の現象を介してIL-6は、炎症局所での浮腫、微小血栓の形成などに関っている事が明らかとなった。

2.羊膜細胞に対するIL-6の効果

 絨毛羊膜炎患者の羊水、血清中にIL-6の濃度が高まっている事を見出した。特に前期破水時より1〜3日前に高値のIL-6が検出された。流早産のマーカーとして診断に応用される可能性も示された。初代培養した絨毛膜細胞をIL-1やLPSで刺激するとIL-6産生は100倍以上上昇し、一方羊膜細胞層は内皮細胞層同様に、IL-6の存在下細胞の収縮、細胞間隙の拡大が認められた。この現象が前期破水の一因とたっていると思われる。

 以上、本来バリヤー能を保つべき細胞層にIL-6が作用すると、細胞間隙が拡がり、バリヤー能が失なわれ浮腫などの病態を示すことが判明した。炎症の展開におけるIL-6の位置づけに新しい知見を提供したものであり、薬理学、病理学への寄与があり博士(薬学)の学位に価するものと判定された。

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