学位論文要旨



No 211751
著者(漢字) 陳,以一
著者(英字)
著者(カナ) チン,イイチ
標題(和) 部材の複合変動応力状態を考慮した鋼構造骨組の弾塑性挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 211751
報告番号 乙11751
学位授与日 1994.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11751号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 桑村,仁
内容要旨

 外力に抵抗する骨組の構造部材、特に柱材は、軸力や曲げモーメント、ねじりモーメントなど復合応力を受ける。この複合応力の各成分は骨組に作用する外力の変化につれて変動する。

 本論文は、復合変動応力状態を受ける鋼構造部材の弾塑性挙動およびこのような部材の複合変動応力状態を考慮した鋼構造立体骨組の弾塑性挙動に関する研究である。変動する軸力と2軸曲げを受ける鉄骨曲げ柱の弾塑性挙動が研究の重点である。復合変動応力を受ける鋼部材の載荷実験システムの開発と複合変動応力を受ける鋼部材の弾塑性挙動が追跡できる数値解析モデルの開発の2点が論文の目的である。さらにこれをもとにして部材の復合変動応力状態を考慮した骨組の弾塑性挙動を調べる。

 第1章では、論文の研究内容と研究目的およびそれに関連する過去の研究について述べた。

 第2章では復合変動応力を受ける鋼部材の載荷実験システムを開発し、変動軸力を含む復合変動応力状態における鋼柱の弾塑性挙動を載荷実験で考察した。

 水平荷重によるせん断力や転倒モーメントによって生ずる変動軸力を受ける中高層鋼構造骨組の下層部の柱に注目した弾塑性挙動に関する実験的研究が主な内容になる。中高層実大骨組の載荷実験は容易ではないので、骨組全体の弾塑性挙動に最も重大な影響を与える部分のみを対象として載荷実験する部分構造載荷実験手法を試みた。最下層柱崩壊型の骨組をモデルとした。この骨組の最下層の柱を載荷実験部分構造として載荷実験を行い、残った部分の挙動を解析部分構造としてコンピューターで数値シミューレートする。骨組が受ける変動外力によって生じた鋼柱の複合応力状態を実験用鋼柱に作用させ、測定した実験用鋼柱の抵抗力や変形などを解析部分構造にフィードバックして、実験-解析を同時に進めるハイブリッド実験-解析システムを開発した。

 H型断面鋼柱と箱型断面鋼柱を実験した。水平載荷加力の内容は、単調水平載荷、繰返し水平載荷ならびに水平地震力である。柱の受ける軸力を変動させるものと固定させるものの2種類の載荷実験を対比的に行った。水平載荷の単調増加につれて軸圧縮力が増加する押込側柱と軸圧縮力が減少する引抜側柱の水平抵抗力の差異が大きいことを示した。軸力と繰返し水平載荷を受ける柱の場合、変位制御方向と直交する方向に塑性変形が集中的に累積した現象が観察された。軸力と部材の初期不整がその現象の起因であることを、塑性論に基づいて説明した。

 数値解析の場合、複合変動応力を受ける鋼構造部材の弾塑性挙動を厳密に取り扱えば、非常に複雑な問題になるが、弾塑性ジョイントモデルの履歴ばねに適当な単軸履歴特性を与えることによって、多様な復合変動応力状態における部材の弾塑性履歴挙動のシミューレートが可能である。第3章では、立体骨組における鋼部材に適用する弾塑性ジョイントモデルの構成則を述べた。弾塑性ジョイントの履歴軸ばねに、スケルトン-シフト・モデルを与え、実鋼部材の復元力特性を効果的に表現するため、シフト係数を設けた。既往の鋼材単軸繰返し載荷実験の結果で、シフト係数を適切に決められることを示した。このモデルを用いることによって、鋼材の降伏、歪硬化、剛性の軟化および局部の耐力劣化現象の表現が容易になった。

 弾塑性ジョイント要素のパラメータの評価においては、材料試験結果または一定軸力と単調曲げを受ける部材の載荷実験結果を用いて解析モデルのパラメータを評価すれば、種々の複合変動応力状態での部材の弾塑性変動が再現できることを、塑性領域の広がりを考慮した解析結果と比較して示した。

 幾何学的非線形については、節点の移動と軸力による付加モーメントのみを考慮した。これは、Updated Lanrange手法を用いて、部材座標系の全体座標系への座標変換マトリクスを増分解析のステップ毎に更新することによって考慮した。

 2章で載荷実験したH形と箱形断面鋼柱の解析を行った。柱の実験挙動、特に繰返し水平載荷場合の柱の不安定現象やオンライン載荷実験場合の変位-復元力ループなどは全般的に良好に再現された。これによって、弾塑性ジョイントモデルによる数値解析法および弾塑性ジョイント要素のパラメータ評価法の妥当性は検証された。同時に部分構造手法を用いるハイブリッド実験-解析システムの信頼性も解析結果によって検証した。

 4章と5章では、弾塑性ジョイントモデルによる数値解析法を用いて、部材の複合変動応力状態を考慮した骨組の解析を行った。

 4章では、柱の軸力変動が骨組水平耐力に及ぼす影響を考察した。2章の載荷実験骨組モデルに比べ、より現実的な骨組モデルを設定した。解析結果から、以下の知見が得られた。柱の軸力が大きく変動する場合、骨組の押込側柱と引抜側柱の弾塑性挙動は異なり、両側柱の負担可能な水平抵抗力には大きな差がある。柱の変動軸力を考慮する柱崩壊型骨組の水平耐力は、それを考慮しない骨組の水平耐力に比べて低下する。この低下の程度は柱の軸力変動比と柱断面の軸力-曲げ耐力相関関係の形に依存する。軸力変動比は、骨組の高さとスパンの比、スパンの数、最下層柱の初期軸力比および柱の軸力変動を考慮しない場合に求めた骨組最下層水平抵抗力の無次元化係数などに影響される。柱崩壊型骨組は、梁崩壊型骨組に比べて、骨組の水平耐力に及ぼす柱軸力変動の影響を大きく受ける。骨組の水平抵抗力に及ぼす柱変動軸力の影響は、剛塑性極限解析で近似的に予測できる。

 5章では、水平2方向地震動を受ける立体骨組の弾塑性挙動を考察した。

 柱の水平2方向の耐力相関関係の考察より、柱崩壊型骨組は勿論、梁崩壊型骨組もその弾塑性挙動が柱の耐力相関関係に関連する場合が多いので、水平2方同地震入力のもとでの骨組の弾塑性挙動を検討する必要性を示した。

 骨組の水平耐力の劣化率を耐震安全性を評価する指標とした。地震応答結果から耐力劣化率を判定するために、骨組の崩壊モードに基づいて崩壊機構の代表抵抗力-変位という座標系を提案した。地震応答結果はこの座標系に変換すると耐力の劣化率がある程度容易に判定できることを実例で示した。劣化率で限界状態を表現して、それをエネルギーで表す手法をとった。

 1層、2層、3層の立体骨組モデルを設定した。骨組の1次固有周期はそれぞれ0.2,0.5,0.65秒である。El Centro,Taft,Hachinohe地震記録を利用して、弾塑性応答解析を行った。水平2方向地震動を受ける骨組の耐力劣化率は、一般には水平1方向のみの地震動を受ける場合のものに比べて大きくなり、耐震安全上考慮すべきエネルギー入力は2方向水平外乱によりもたされるエネルギー入力の総量であることを多層骨組の数値解析で実証した。また、水平2方向地震動を受ける低層立体骨組のエネルギー吸収能力は、弾性一次振動モードに対応する逆三角分布形の静的水平載荷を受ける骨組の塑性歪エネルギーである程度評価できることを示した。

 6章では前の各章で得られている知見をまとめて、本論文の結論とした。

審査要旨

 本論文は、"部材の復合変動応力状態を考慮した鋼構造骨組の弾塑性挙動に関する研究"と題し、復合する応力状態が変動した場合の鋼部材の力学的性状を実験的、解析的に調べ、そのような部材を一部とする鋼構造骨組の弾塑性状態における挙動を明らかにすることを目的としたもので、全6章から成っている。

 第1章序では、まず研究目的を掲げ、次に、本論文の内容は大きく分けて、複合変動応力を実現する実験システムの構築と、そのシステムを用いて実験した結果によって検証した数値解析法の開発研究であることを述べたのち、既往の研究内容を概観して本論文の目的とした研究の必要性を述べている。

 第2章では、変動する複合応力が実現可能な実験法について述べている。具体的には、2方向に変動する曲げに加えて、変動する軸力を作用させる建築物の柱の実験法である。ここでは、想定した架構の応力状態と連動させながら、変動する応力をコンピュータ制御で柱試験体に与えることができる方法を示し、実際に実験装置を構築して、H形断面や箱形断面の鋼柱に様々な変動応力を与える実験を実施して、実際の建築鋼構造骨組がうけるであろう応力状態において鋼柱がいかなる挙動を示すかを詳しく調べている。

 第3章では、簡便ではあるが比較的精度よく骨組の挙動を追跡できる弾塑性ジョイントを導入した数値解析法を示し、部材の弾塑性挙動を高精度で表現できる弾塑性ジョイントの構成則を提案している。これによって降伏、歪硬化、バウシィンガー効果、局部座屈などにもとづく部材性状が高精度で容易に表現できることを示した。さらに、この解析法を用いて、実験で実施したと同じ応力状態のもとにおける鋼柱の解析を行い、実験の結果と比較することによって、解析手法の妥当性を示すと共に、次章以下に用いる解析パラメータの適切な値を設定した。

 第4章では、前章で検証した数値解析法を用いて、柱と梁で構成されるラーメン架構の水平荷重に対する抵抗力が、変動する柱軸力によってどう変化するかを調べた。その結果、水平抵抗力は、骨組架構の高さとスパンの比、スパン数、軸力の変動がない場合の水平抵抗力の大きさに影響されることをパラメトリックな解析によって示し、梁崩壊型骨組に比べて、柱崩壊型骨組の方が水平抵抗力に軸力変動の影響を受け易いこと、さらに、崩壊時の柱軸力を考慮して柱の曲げ耐力を評価すれば、剛塑性部材を対象とした極限解析でも近似的に骨組の水平抵抗力が予測できることを示した。

 第5章では、水平2方向の地震動をうける立体骨組の弾塑性挙動を同じく3章で検証した解析法を地震応答解析に応用して解明している。応答結果の整理にあたっては、骨組の損傷度を表わす指標として、地震終了時の耐力の最大耐力からの低下の度合いを示す劣化率を導入し、これによって損傷の大小を論することにし、2方向入力をうける骨組の劣化率は、1方向地震動のみをうける場合に比べて大きくなること、ある劣化率を設定した場合、地震応答によってその時点までに吸収される塑性歪エネルギ量は、同じ劣化率を示す静的載荷下の吸収塑性歪エネルギ量によって予測可能なことを示した。

 第6章では前章までの成果を要約して結論としている。

 以上のように同君の論文、複雑な応力状態における柱・梁骨組の挙動を実験システムを構築して、実験によって解明したのち、その結果によって検証された解析法を用いて実構造物の挙動を克明に解析することによって構造工学上、耐震設計上の有益な知見を提供した。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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