学位論文要旨



No 211752
著者(漢字) 中村,尚範
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒサノリ
標題(和) ロボットのオフラインプログラミングシステムの構築と自動車のボデー組付工程への適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 211752
報告番号 乙11752
学位授与日 1994.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11752号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 高野,政晴
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 井上,博允
内容要旨

 近年ロボットの生産準備の効率化をめざし,CAD/CAM/CAEシステムを利用してロボットのプログラミングデータを事前に作成しておき,実機ロボットにおいて再現させるオフラインプログラミングシステムの導入が求められている。

 しかしながら,従来のロボットのオフラインプログラミングシステムは,計算機上における理想的な機構モデルと実機ロボットとの間に存在する機械的な誤差を補正する技術と,CAD/CAM/CAEシステムにおいて,ロボットの配置位置を決定するなどの作業計画を実施する機能が確立されているとは言難く,実際の生産ラインで有効性を発揮しているとは必ずしも言えない状況であった。

 機械誤差の推定と補正に関する従来の研究は,カメラなど特殊な計測装置を使用するかあるいは計測位置の精度管理を必要とするものであり,簡便性が要求される生産ラインにおいては実用化が困難であった。さらに,機械誤差の中で影響が大きいと推測されるリンクアームのたわみに関しては,ロボット個別の機差や使用状況によらず弾性係数を一定とする方法が一般的であるが,100Kgf(980N)クラスの高可搬重量ロボットでは成立しない可能性が大きい。一方,作業計画におけるロボットの配置計画などの各機能に関する従来の研究例は少なく,経験則を整備したコンピュータ援助のためのアルゴリズム化がはかられているとは言い難い状況であった。

 以上の状況を踏えて,本研究の主たる目的は,ロボットのオフラインプログラミングシステムの一般的技術課題である機械誤差の推定,補正に関して,簡便で実用的に十分な精度を有し,ロボット機差個別に推定,補正できる方法を確立すること,また,CAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画の諸機能に関して,経験則を整備した実用的なアルゴリズムを確立することとした。

 本論文は全6章よりなる。第1章は,諸論であり,第2章は,従来の研究の評価と問題点について検討を行い,システム開発の要件を,オフラインプログラミングデータを実機において再現する時の機械誤差の推定補正法.およびCAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画機能と使い易い会話型システムの構築に分類して明らかにしている。これを踏まえて,第3章ではCAD/CAM/CAEシステムにおける技術手段を提案し,第4章では,本研究の中核として,オフラインプログラミングデータの位置再現精度に最も重要な影響を与え機械誤差の推定補正法を提案している。第5章では,開発したオフラインプログラミングシステムを自動車のボデーのスポット溶接による組付工程へ適用した効果について述べている。第6章は結論である。

 第3章においてはCAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画の機能に関して,まず,加工条件の1例としての溶接条件の自動生成法について,実験的アプローチにより経験則の整備を行い重回帰分析による実験式を提案した。スポット溶接ガンの選定機能については,生産ラインの制約条件を利用して選定解を絞り込む手順を提案した。ロボットの配置計画についてはロボット設置位置と作業位置との間に,ロボット動作角についてKinematicな一意性があることに注目し,設置候補位置として格子点群を設定することにより,解析的な設置位置解が求まることを示した。このアルゴリズムにおいて,格子点群の設定と最終設置位置の決定に人の判断を利用することにより,アルゴリズムが簡素化出来ることを示し,実用的なロボット配置計画の手順を提案した。

 さらに,CAD/CAM/CAEシステム全体として,使い易く信頼性の高いシステムを構築するために,システムのフレームワークの効率化を検討して機能モジュールの統一化,データベース機能の利用,他のユーティリティとのデータ授受の効率化を検討して中間データと標準型式ファイルの利用をはかった。

 第4章においては,機械誤差の推定補正法に関して,特殊な計測手段を必要としない簡便な方法により,たわみも含めて考慮すべき機械誤差が補正できる手段をつぎの観点から検討した。すなわち,特殊な計測装置に替わり,ロボット自身のティーチングによる位置検出機能を利用し,さらに計測位置の精度管理を必要としないための機械誤差推定,補正法を検討することとした。

 まず,ロボットのオフラインプログラミングデータの位置再現精度の実態を明らかにするために,機械誤差の補正を実施していないロボットにおいて,位置再現精度について実験を行い,機械誤差補正の必要性を確認した。

 一般性のある機械誤差の推定,補正を実施するためには,考慮すべき機械誤差を記述できるモデルが必要となる。加工組付誤差など機構モデルの一定のパラメータとして表現が可能な幾何学的パラメータに関しては,従来より,Denavit and Hartenbergの方法やその問題点を解決する石井らの方法があるが,たわみなど非幾何学的パラメータを表現するモデルについては研究例が少ない。そこで,考慮すべき機械誤差をすべて記述することができる統一モデルを提案するため,まず,幾何学的パラメータに関して,核リンクが有する機械誤差がロボットの機構モデルに与える影響について考察し定式化を行った。さらにたわみ挙動の実験結果に基づいてモデルの定式化の過程について考察し,非幾何学的なパラメータの代表であるたわみも近似的に幾何学的パラメータとして扱えることを示した。したがって,考慮すべき機械誤差が,幾何学的パラメータのモデルと同型である微小同次変換マトリクスを用いた線形近似により定式化できることを示し,機械誤差の統一モデルを提案した。この統一モデルを用いて,ロボットの手首先端座標系の変化量を予測したところ,実測値とよく一致していることが明らかとなり統一モデルの有効性を確認した。

 機械誤差を推定することは,統一モデルで示した各リンクが有する機械誤差を推定することに帰着する。そこで,本研究では,ロボット自身のティーチングにる位置検出機能を利用し,機械誤差とロボット設置位置を未知数とした機械誤差の推定方程式を導くため,ロボットのティーチング位置と機械誤差の関係について検討した。この結果,機械誤差の統一モデルを用いて,ロボット動作角のカルテジアン座標系への写像関数のJacobi行列を係数に含む線形連立方程式を導いた。

 導入した線形連立方程式は,任意の固定点1点に対し,独立な未知数の数に見合った回数だけロボットの姿勢を変えてティーチングすることにより解くことができる。しかしながら,多自由度のリンク構成を有するロボットにおいては未知数とした機械誤差の間に不定関係が存在する。そこで,この独立な未知数を明確にする方法として,特異値分解法を用いて,独立な未知数の数を明らかにしたのち,方程式の係数マトリクスの要素ベクトルの線形関係と幾何学的な考察を併用した比較的見通しのよい方法を提案した。

 独立な未知数を明確にしたのち,最小2乗法による方程式の解法として,残差2乗和のカイ2乗検定により追加する式の数を決定した。この機械誤差の推定法の精度については人為的ティーチング誤差,機械誤差のモデル化における線形近似誤差,ロボットの動作空間における任意のティーチングポイントの位置と数の各々の影響を検討項目としてシミュレーションにより評価した。これにより,人為的ティーチング誤差の推定誤差への影響が大きいものの実用的には十分な推定精度を有することを明らかにした。

 以上より,この推定法は,特殊な計測手段と計測位置情報を必要とせず簡便であるのみならず,従来,モデル化が困難でありロボット機差個別の推定が困難とされていたリンクのたわみの弾性係数も同時に推定でき,かつ十分な推定精度を有することを実証した。

 推定した機械誤差を用いてオフラインプログラミングデータの補正を実施する場合,逆Jacobi行列を求める方法は一般に困難とされており,数値解析的方法により機械誤差を補正するロボット動作角度を求めることとし,実機を用いて補正法の効果を明らかにした。この結果,機械誤差の補正を実施していないロボットによるオフラインプログラミングデータの位置再現誤差9.2mmが,補正を行うことにより1.2mm程度となり,機械誤差補正の効果を確認すると同時に,自動車ボデーのスポット溶接の許容値±2.0mmを満足することを実証した。

 第5章では,本研究により開発したロボットのオフラインプログラミングシステムを,1985年より自動車ボデーの柔軟性のある溶接組付システムにおいて適用を開始した効果について述べており,現在までに,約1000台のロボットに適用の実績があり,約50%の工数の低減とリードタイムの短縮を実現し有効性を実証できたことを明らかにしている。

 以上,本研究は,非幾何学的パラメータも含めたロボットの機械誤差補正法について,実験的,理論的根拠に基づいき,特殊な計測手段を必要とせず計測位置情報も必要としない簡便な方法を提案した。また,CAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画機能に関しても経験則を整備し解析的方法と組み合わせた実用的な手段を提案した。さらに,これらについて,実際の生産ラインで有効性を確認し,大きな効果があることを実証した。

審査要旨

 本論文は「ロボットのオフラインプログラミングシステムの構築と自動車のボデー組付工程への適用に関する研究」と題して,ロボットのオフラインプログラミングシステムの一般的技術課題である機械誤差の推定,補正に関して,簡便で実用的に十分な精度を有し,ロボット機差個別に推定,補正できる方法を確立すること,また,CAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画の諸機能に関して,経験則を整備した実用的なアルゴリズムを確立することを目的としたものである。

 ロボットのオフラインプログラミングシステムのための機械誤差の推定と補正に関する従来の研究は,カメラなど特殊な計測装置を使用するかあるいは計測位置の精度管理を必要とするものであり,簡便性が要求される生産ラインにおいては実用化が困難であった。さらに,機械誤差の中で影響が大きいと推測されるリンクアームのたわみに関しては,ロボット個別の機差や使用状況によらず弾性係数を一定とする方法が一般的であるが,高可搬重量ロボットでは成立しない可能性が大きい。一方,作業計画におけるロボットの配置計画などの各機能に関する従来の研究例は少なく,経験則を整備したコンピュータ援助のためのアルゴリズム化がはかられているとは言い難い状況であった。

 本論文は全6章よりなる。第1章は,緒論であり,第2章は,従来の研究の評価と問題点についで検討を行い,システム開発の要件を,オフラインプログラミングデータを実機において再現する時の機械誤差の推定補正法,およびCAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画機能と使い易い会話型システムの構築に分類して明らかにしている。

 第3章においてはCAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画の機能に関して,溶接条件の自動生成法、スポット溶接ガンの選定機能、ロボットの配置計画などについて経験則を整備した実用的なアルゴリズムを論じている。さらに,CAD/CAM/CAEシステムの効率化を検討して、実用的なシステムの構築法を提案している。

 第4章においては,機械誤差の推定補正法に関し,特殊な計測装置に替わり,ロボット自身のティーチングによる位置検出機能を利用し,さらに計測位置の精度管理を必要としないための機械誤差推定,補正法を検討している。

 一般性のある機械誤差の推定,補正を実施するためには,考慮すべき機械誤差を記述できるモデルが必要となる。加工組付誤差などの幾何学的パラメータに関して,各リンクが有する機械誤差がロボットの機構モデルに与える影響について考察し定式化を行った。さらにたわみ挙動の実験結果に基づいてモデルの定式化の過程について考察し,非幾何学的なパラメータの代表であるたわみも近似的に幾何学的パラメータとして扱えることを示した。以上の考察に基づき,機械誤差の統一モデルを提案した。この統一モデルを用いて,ロボットの手首先端座標系の変化量を予測したところ,実測値とよく一致していることが明らかとなり統一モデルの有効性を確認した。

 機械誤差を推定することは,統一モデルで示した各リンクが有する機械誤差を推定することに帰着する。そこで,本研究では,ロボット自身のティーチングによる位置検出機能を利用し,機械誤差とロボット設置位置を未知数とした機械誤差の推定方程式を導くため,ロボットのティーチング位置と機械誤差の関係について検討した。この結果,機械誤差の統一モデルを用いて,ロボット動作角のカルテジアン座標系への写像関数のJacobi行列を係数に含む線形連立方程式を導いた。導入した線形連立方程式は,任意の固定点1点に対し,独立な未知数の数に見合った回数だけロボットの姿勢を変えてティーチングすることにより解くことができる。しがしながら,多自由度のリンク構成を有するロボットにおいては未知数とした機械誤差の間に不定関係が存在する。そこで,この独立な未知数を明確にする方法として,特異値分解法を用いて,独立な未知数の数を明らかにしたのち,方程式の係数マトリクスの要素ベクトルの線形関係と幾何学的な考察併用した比較的見通しのよい方法を提案した。独立な未知数を明確にしたのち,最小2乗法による方程式の解法として,残差2乗和のカイ2乗検定により追加する式の数を決定した。

 実機を用いた実験の結果,機械誤差の補正を実施していないロボットによるオフラインプログラミングデータの位置再現誤差が補正を行うことにより1/8程度となり,機械誤差補正の効果が確認できた。

 第5章では,本研究により開発したロボットのオフラインプログラミングシステムを,自動車ボデーの柔軟性のある溶接組付システムにおいて適用を開始した効果について述べており,現在までに,約1000台のロボットに適用の実績があり,約50%の工数の低減とリードタイムの短縮を実現し有効性を実証できたことを明らかにしている。

 以上を要するに,本研究は,非幾何学的パラメータも含めたロボットの機械誤差補正法について,特殊な計測手段を必要とせず計測位置情報も必要としない簡便な方法を提案し,CAD/CAM/CAEシステムにおける作業計画機能に関しても経験則を整備し解析的方法と組み合わせた実用的な手段を提案している。さらに,これらについて,実際の生産ラインで有効性を確認し,大きな効果があることを実証したもので、精密機械工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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