学位論文要旨



No 211755
著者(漢字) 小嶋,拓治
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,タクジ
標題(和) アラニン/ESR線量測定システムの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 211755
報告番号 乙11755
学位授与日 1994.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11755号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 伊藤,泰男
内容要旨

 アラニン/ESR(電子スピン共鳴)線量測定法は,主に放射線プロセスで用いられている他の吸収線量測定法と比較して,精度が高いこと,測定範囲が広いこと,線量応答が照射後も長期間安定であることなど,特に高線量域において優れた基本的特徴をもつ線量測定法として知られている。

 しかし,線量計素子について,従来のパラフィンを母材としたプレス成形による素子では,素子の密度や寸法を均一にすること,同じ特性の素子を大量に再現性良く製造すること,及び飛程の短い放射線に応じたフィルム状素子を成形することが困難であり,このため高精度化及び応用の拡大が容易でなかった。また,アラニン線量計の読み取りにはESR法を用いるが,化学分析や定量を目的とした従来の分析用装置は,感度は高く多くの機能をもっているが,可変パラメータの調整にともない不確定さが増大するなど,線量測定に要求される簡便さと精度を両立させることが困難であった。

 本研究は,これらの問題を解決し,基本的に優れた特徴をもつアラニン/ESR線量測定法を実用化すること,ひいては線量相互比較等に用いるトランスファー線量計として,国内外における高線量域のトレーサビリティ体系の構築に寄与すことを目的とした。

 アラニン線量計素子の成形に関して,アラニン結晶粉末を固形素子とするために必要な母材としてポリマーを用いることに着目し,均質かつ形状と密度が均一な線量計素子の製造に関する研究を行った。すなわち,ポリマー種,組成,添加剤,及び温度等の成形条件について,寸法精度等の成形性,成形した線量計素子のゼロ線量値(プレドーズ),照射前後のESRスペクトル特性,及び線及び電子線に対する線量応答特性に与える影響等を明らかにし,これに基づき,最適な材料,組成及び成形条件を選択し,高精密度の優れた特性をもつ素子の再現性良い成形方法を確立した。また,ESR測定における素子の形状及びキャビティ内の試料の位置や方向が測定の再現性に与える影響等について明らかにするとともに,キャビティ内でのフィルム状素子の固定法などの改良を行った。この結果,押し出し成形後プレス成形したロッド状素子(主組成比DL--アラニン70wt%,ポリスチレン30wt%,直径3mm,長さ30mm),及び押し出し成形したフィルム状素子(主組成比DL--アラニン60wt%,ポリエチレン40wt%,厚さ0.223mm,幅8mm,長さ30mm)は,その高い精密度から,60Co-線・X線,電子線等の飛程の短い放射線をそれぞれ対象として,他のルーチン線量計の校正に用いるレファレンス線量計あるいは線量標準化のためのトランスファー線量計として有用であることを明らかにした。また,押し出し成形のみによっても,放射線プロセスの工程管理用ルーチン線量計として十分な特性をもつロッド状素子(主組成比DL--アラニン50wt%,ポリスチレン50wt%,直径3mm,長さ30mm)が成形できることを示した。素子成形に伴い母材の使用や成形工程によりプレドーズの増加が不可避であったが,特に低線量域における精密度を高めるために,プレドーズの増加原因の追究及び滑材・酸化防止剤の添加と混練・成形温度の制御の検討によりその低減の方法を明らかにした。

 読み取りに用いるESR装置に関して,分析機器でなく計測器としての観点から捉え直し,また,上述の均質かつ均一形状の線量計素子の製造により,ESR測定条件を特定することが可能となったため,簡便かつ精密度の高い線量計専用装置の開発に関する研究を行った。すなわち,読み取りに用いるESR装置及び測定手順を簡便かつ高精密化するために,第一段階として,市販の小型ESR装置を改造し,コンピュータ等と接続によってESR測定の自動化,線量計の読み取りのためのESR測定条件の最適化,線量計リーダーの機能としての線量換算化ソフトウェアの作成により,簡便かつ高精密な「ESR線量測定システム」を構築した。第二段階として,この知見に基づいて,放射線加工分野におけるルーチン線量測定のため,システム化した簡便な小型専用リーダーを概念設計,試作し,試料の固定方法の改良等による再現性の向上,及び線量換算のソフトウェアの開発を行った。これにより,上記のシステムよりも測定範囲精度の点でやや劣るがルーチン用として十分な性能をもつ,簡便,小型かつ安価な「アラニン線量計リーダー」を開発した。また,この過程において,装置の時定数と変換速度等の最適条件を見いだすことによる測定時間の短縮化,またESR信号強度が低くノイズを含んだESRスペクトルに対する重みつき平均を用いた平滑化処理等により測定の高精密化を行った。これらにより,簡便かつ高精密な読み取りシステム及び簡便な小型線量計リーダーが製作できることを明らかにした。

 上記の各種形状のアラニン線量計素子を,60Co-線及び数MeVの電子線線量測定に用い,線量測定範囲,精密度等の基本的な特性を明らかにするとともに,フィルム状素子については電子線深度線量分布測定における有用性の検証を行った。また,ロッド状素子のトランスファー線量測定への応用を目的として,照射中照射後の温度湿度等の環境条件が線量応答に与える影響を明らかにした。さらに,照射後のラジカルの減衰が初期の速い減衰に次いで遅い減衰からなることに関して,アラニンラジカルとアミノラジカルの分子配置の観点から機構の考察を加えた。

 上記の高精密なロッド状素子及び「ESR線量測定システム」からなるアラニン/ESR線量測定システムを用い,国内の照射機関の協力を得て高線量域における線量相互比較実験を行うことにより,トランスファー線量測定への応用を検証した。この結果,これらの機関における線量評価の正確さとともに,このシステムがトランスファー線量測定に有用であることが明らかになり,また,本アラニン/ESR線量測定法は,国内外の高線量域における線量標準化において重要な役割を担うことのできる方法であることを示唆した。

 また,アラニン/ESR線量測定システムの低線量域の線量測定,イオンビーム線量測定への応用などについて今後の研究課題と展望を示した。

審査要旨

 アラニン/ESR(電子スピン共鳴)線量測定法は、主に放射線プロセスで用いられる他の吸収線量測定法と比較して、高精度で測定範囲が広く、線量応答が照射後も長期間安定であることなど、優れた基本的特徴を持つ線量測定法として知られている。しかし、アラニンそのものは微粉末であるため取り扱いにくく、線量計素子として密度や寸法が均一で、同じ特性の素子を大量に再現性よく製造し高精度化することが必要とされていた。さらに、飛程の短い低エネルギー電子線照射やイオンビーム照射にも利用できるフィルム状素子を形成することも課題であった。一方、アラニン線量計の読み取り用ESR装置として、従来の装置は多機能を有し感度は高いものの、調整すべきパラメーターが多く、線量計に要求される簡便さと精度を両立させることが困難であった。本研究は、これらの問題を解決し、基本的に優れた特徴を持つアラニン/ESR線量測定法を開発実用化し、更に線量相互比較などに用いるトランスファー線量計として、国内外における高線量域のトレーサビリティ体系の構築に寄与することを目的としている。

 本論文は六章から構成されている。第一章は序論であり、本研究の目的と意義を述べている。第二章は高精度の線量計素子の開発、製造に関して述べ、ポリマーを母材として、均質かつ寸法精度の高い均一形状で高精密度の優れた特性をもつ素子を再現性良く成形できる方法を確立するまでのプロセスをまとめている。ポリマーを母材とした線量計は成形過程、特に混練過程でプレドーズが増加する。この原因は、(a)アラニン結晶にかかる機械的な力により生じるラジカル、(b)ポリマーの熱分解ラジカル、(c)混練、成形機器から混入する金属不純物の寄与にあるとし、混練温度と、アラニンとポリマーの混合物の流動性を制卸しながら、滑剤の添加によって(a)及び(c)を、酸化防止剤の添加によって(b)をそれぞれ抑制、低減できることを明らかにして、多種のポリマーを比較検討したうえで、最終的にロッド状素子にはポリスチレンを、フィルム状素子には低密度ポリエチレンを母材として選択している。

 第三章はアラニン線量計システムにふさわしいESR線量測定システムとリーダーの開発について述べている。アラニン線量計の読み取りに用いる従来のESR装置は可変パラメータが多く、この調整に伴う不確定さの増大が避けられないので、簡便かつ高精密な読み取りを可能とするため、市販小型ESR装置を改造して、パソコン制御のESR線量測定システムをソフトウエアとともに構築して、特に1〜100kGyの線量において従来のESR装置を用いた方法よりも精密度を±1%から約±0.5%に改善し、かつ1素子あたりの読み取りを10sec以内で可能としている。また、多量の素子の短時間での測定が必要なルーチン測定用に自動試料交換機構を製作するほか、放射線プロセスの現場での工程管理に有用で、上記の線量測定システムとほぼ同等の精密度をもつ簡便、小型かつ安価なアラニン線量計リーダーを開発している。これにより、これまで現場で用いられてきたプラスチック線量計の着色を読み取る分光光度計と同等の簡便さ、廉価さでアラニン線量計の読み取りを実現し、押し出し成形によるルーチン用ロッド状素子と組み合わせることによって、±2.5%の比較的高精度でルーチン線量測定を可能にしている。

 第四章は最終的に選択したポリスチレン母材のロッド状素子、ポリエチレン母材のフィルム状素子の線量応答に関する特性を調べている。素子をESR線量測定システムで読み取ることにより、線と電子線の線量についてそれぞれの素子で2Gy〜100kGy及び0.1〜100kGyの線量範囲が測定できることを明らかにしている。また、線量応答への照射中の温度の影響を調べ、1〜100kGyで正の温度係数0.24%/℃をもつこと、この係数を用いた補正が有効であることを示している。線量応答の照射後の室温保存における経時変化は非常に小さく、高温保存による加速試験の結果にアレニウス式を適用してその減衰を推定した結果、1kGy照射した素子を25℃で4年間保存した場合の減衰を約2%と見積もっている。線量応答の照射後の経時変化は、保存温度のみならず、線量、湿度及び照射中の温度との相乗的影響を受けること、特に、40℃以上の高温や高湿度における保存の場合、高線量照射後の素子ではこれが顕著であることを明らかにしている。さらに、アラニン結晶中に生じるラジカルの減衰は、初期の速い減衰に次いで遅い減衰からなることを見い出し、アラニンラジカルとアミノラジカルの分子配置の観点からラジカルの安定性と減衰について考察を加えている。

 第五章では本研究で開発されたロッド状素子及びESR線量測定システムを用いた高線量域に3ける線量相互比較実験を述べている。国内の約十ケ所の照射機関等の協力を得て、各照射機関に一定量の線量の照射を依頼し、線量素子を郵送し、照射後返送された試料の線量評価を行なって、これらの機関における線量評価の正確さとともに、このシステムがトランスファー線量測定に有効であることを立証している。

 第六章は総括である。

 以上要すれば、本論文は放射線プロセスで使用される線量域におけるアラニン/ESR線量測定法を確立し、実用レベルの高精度線量計素子及び簡易ESRリーダーを開発し、その有効性を示したものであり、システム量子工学、特に放射線利用分野に寄与するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53862