学位論文要旨



No 211756
著者(漢字) 吉井,康司
著者(英字)
著者(カナ) ヨシイ,コウジ
標題(和) 高速中性子ラジオグラフィー撮影技術高度化に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 211756
報告番号 乙11756
学位授与日 1994.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11756号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 井口,哲夫
内容要旨

 放射線を利用した非破壊検査手法には、X線、線及び中性子線が利用されている。特に、X線は、その技術の発展に長い歴史を有しており、医学や工業界への利用が多い。一方、中性子線を利用した非破壊検査は、歴史的に新しい方法で、中性子線のエネルギーにより高速中性子、共鳴中性子、熱中性子及び冷中性子を用いたものに区別されている。しかし、一般的には利用できる線源および測定器の制限から、熱中性子を用いた熱中性子ラジオグラフィ技術が広く応用されている。しかし、熱中性子ラジオグラフィの撮影能力には限界があり、例えば厚さ50mmを越える鉄中の欠陥の検出は困難である。又、水やプラスチック等の含有水素濃度の高い被写体においては、その大きな熱中性子散乱断面積のために、より薄い約10mm程度の厚さに対しても像は散乱中性子によって隠されてしまう。そこで、このような熱中性子ラジオグラフィの限界を補う目的で、高速中性子の透過力を利用した高速中性子ラジオグラフィ(FNR:Fast Neutron Radiography)が検討されてきた。しかし、高速中性子ラジオグラフィに関する技術は、熱中性子ラジオグラフィに比較してほとんど体系的、系統的な研究がなされておらず、確立された技術とは言い難い状況にある。その要因としては、撮影方法の開発の遅れと、強力な高速中性子源がなかったためと考えられる。

 本研究の目的は、東京大学高速中性子源炉「弥生」の特徴を十分に利用して、高速中性子ラジオグラフィ撮影技術を最適化し、他のラジオグラフィ技術と同レベルにすることである。そこで、高速中性子ラジオグラフィの撮影方法として、(A)高解像度撮影法と(B)テレビジョン撮影法の二種類の開発を行った。

 (A)高解像度撮影法の開発に関して、まず、CR39トラックエッチ法がFNRの撮影方法として可能性があるとの報告をもとに、「弥生」のFNRに適用した。その結果、以前より報告されている撮影画像と比較して、識別度、解像度の点で数段向上した画像が得られ、実用性が確認された。そして、同じ被写体に対する熱中性子ラジオグラフィ(TNR:Thermal Neurton Radiography)との撮影比較の結果、TNRでは20mm厚さ以上のポリエチレン試料、及び50mm厚さ以上の鉄の試料については撮影が困難であったが、FNRでは80mmのポリエチレン試料について、鉄試料については90mmの試料について撮影が可能であった。又、100mm厚さの濃縮ウランの撮影もでき、FNRの相補性が確認され、ガンマ線の影響を受けないという長所をもったCR39トラックエッチ法の撮影技術の適用性が示された。この結果、この撮影技術は、日本製鋼所においてベビーサイクロトロンより発生する高速中性子を用いた、国産ロケットH-IIの固定分離ボルトの検査に利用され、実用化された。なお、CR39トラックエッチ法を用いて、弥生のFNR撮影場で適正な画像を取得するためには、1×1010ncm-2の高速中性子の照射が必要であることが分かり、取得画像はコントラストが低いため、散乱光にてCR39シートを照らし、光学写真に転写してコントラスト強調処理を行なっている。

 低コントラストであるというCR39トラックエッチ法の欠点を改良するため、CR39トラックエッチ法と同じ解像度を持ち、コントラストのよい画像を取得する撮影法として、薄型の蛍光コンバータを製作し、X線フィルムとの組み合わせによるフィルム法の開発を行った。蛍光コンバータは、後述の高速中性子テレビジョン法で開発したコンバータを参考にして開発した。また、解像度を向上させるには蛍光コンバータ固有の不鮮明度を小さくしなければならないという観点より、蛍光コンバータの厚さをパラメータとして、見かけの解像度がどのようになるかを簡単なモデルにより検討した。その結果、コンバータの厚さを40m以下にすれば、CR39トラックエッチ法と同程度以上の解像度になることがわかった。高速中性子テレビジョン用に開発したポリプロピレン樹脂製のコンバータでは薄いコンバータを製作することは困難であったので、製作が容易であるPMMAとZnS(Ag)の混合体による薄型コンバータの製作を行い、40m厚さのコンバータを開発できた。撮影性能の結果、CR39トラックエッチ法と比較して、同等もしくはそれ以上の解像度が得られた。また、コントラストの点でも、X線フィルムに直接露光しているので、CR39トラックエッチ法のように特殊なコントラスト強調処理を行わずに、よいコントラストが得られた。そして、フィルム法を、ロケットの固定分離ボルトの検査に適用した結果、固定分離ボルト内のOリングの検査が十分に行え、実用性も確認された。なお、フィルム法により、弥生のFNR撮影場で適正な画像を取得するためには、2×1010ncm-2の高速中性子の照射が必要であることが分かった。

 (B)CR39トラックエッチ法にて、画像を取得するためには、弥生での照射に約2時間、エッチングに約3時間、その後の乾燥及び転写にと、約1日後に画像が得られるのが普通である。また、フィルム法でも弥生での照射に約2時間、現像等に1時間かかる。そこで、画像の短時間取得及び実時間撮影を目的として、世界的にも研究されていない高速中性子テレビジョン法の開発に挑戦した。テレビジョン撮影技術についてはX線及び熱中性子テレビジョン法と同様のシステムを用いた。高速中性子テレビジョン法の開発での第1の課題は、高速中性子に感度がある蛍光コンバータの開発にある。この開発に当って、蛍光コンバータの発光メカニズムとしては、次のモデルを用いた。つまり、高速中性子がコンバータ内の水素原子に衝突し、反跳陽子を放出させ、その反跳陽子のエネルギーを蛍光体であるZnS(Ag)に付与し、ZnS(Ag)が励起し発光するというモデルである。この考えにもとずき4種類の蛍光コンバータの材料を選び、感度測定を行った結果、ポリプロピレン樹脂とZnS(Ag)を混合したコンバータが、開発した中で一番感度があることがわかった。厚さ2mmで蛍光体含有量が50重量%の蛍光コンバータの高速中性子及びガンマ線に対する感度を測定した結果、高速中性子に対して、4.8×102photons per neutronであり、ガンマ線に対し、1.2×106photons cm-2s-1permGyh-1であった。また、より高感度な蛍光コンバータを製作する目的で、コンバータの発光メカニズムについて定量的に検討した。上に示した発光メカニズムの考え方にもとずき解析式を考え、実験値と比較した所、よい一致を見ることができ、蛍光コンバータの発光モデルの妥当性が確認された。

 この蛍光コンバータを用いて高速中性子テレビジョン撮影を実施した結果、1フレーム画像では画質的に劣るため、約500フレームの画像積算を行い、暗電流補正及び、シェーディング補正を行い実用的な画像の取得に成功した。この時の照射時間は約20秒であり、同じ被写体を用いてのCR39トラックエッチ法との撮影比較を行った所、解像度的には若干劣るが、ほぼ同等の画質で得られた。よって、CR39やフィルム法に比べ短時間に撮影できること、照射時間が短いことによる撮影時の照射線量が桁違いに少なくてすむなど、メリットは極めて大きいことが分かった。

 次に、実用的なFNRを発展させるには、加速器による中性子源との組み合わせによる現場での検査方法を開発することが重要であるとの考えのもとに、弥生で開発した高速中性子テレビジョン法をベビーサイクロトロンより発生する低中性子束場に適用した。適用研究の結果、10cm直径の消火器の内部検査に十分に適用可能であることが分かった。しかし、直径10cmの固定分離ボルトの模擬体の撮影には十分な適用性が得られなかった。この要因としては、低中性子束場のため、蛍光コンバータの全光量が弥生と比較して約1/4と低いためと考えられる。しかし、大きな記憶容量を有する画像処理装置を利用し、画像積算を現在の4倍程度にすることができれば、同等の画像が得られると推定される。

 高速中性子テレビジョン法の撮影技術について開発を進めていく中で、取得画像に散乱中性子線の影響による画像歪みが生じていることが判明した。被写体を蛍光コンバータに密着させて撮影した時、被写体のエッジ部分において、あたかも濃度値が微分的に変化しているようなエッジ効果、及び濃度値の笠上げが見られ、見かけ上、中性子減衰率が小さくなり、この画像を利用して定量的な分析を行うことは問題があることが分かった。そこで、この散乱中性子を補正する方法として、被写体と蛍光コンバータの間の距離を離して撮影する方法を検討した。また、薄肉円板を被写体とした散乱線の振舞いについて、簡単なモデルにより、解析的に評価した。その結果、実験結果とモデルはほぼ同様の傾向を示し、被写体の大きさに比例して、被写体と蛍光コンバータの間の距離を大きくすることにより補正可能であることが分かった。

 以上をまとめると、従来、体系的な技術としては未確立であった高速中性子ラジオグラフィ技術に関し、高解像度撮影法では、X線や熱中性子ラジオグラフィと相補的に利用できるレベルにすることができた。また、高速中性子テレビジョン法に関しては、動的観察という最終レベルには線源強度不足のため到達していないが、短時間に画像を取得するという目的は実現でき、FNRシステムとしてはほとんど成功したと言える。よって、本研究で得られた成果は、高速中性子それ自体の特徴を十分に生かした高速中性子ラジオグラフィの発展に寄与することが多いとまとめられる。

審査要旨

 放射線を利用した物体透視法は、一般的にラジオグラフィーと呼ばれている。例えば、エックス線ラジオグラフィーは、医学的診断技術、工業的非破壊検査技術などに実用化されていることは周知のとおりであり、さらにエックス線テレビジョン法として動的な透視法の開発やエックス線顕微鏡などへの改良が進められている。このような透視画像は、使用する放射線の種類によって元素毎に感度や透視可能な物体の厚さが異なる。この点で、中性子はエックス線では見えない含水素系物質に適合していることから、相補的に用いられている。また、中性子のエネルギーによって熱中性子ラジオグラフィ(Thermal Neutron Radiography,TNR)や高速中性子ラジオグラフィ(Fast Neutron Radiography,FNR)があり、いずれも特徴を有しているが、特にFNRは中性子源と測定法において充分ではなく、広く用いられているとは言えない状況にある。本論文は、このFNRについて中性子源として適切な東大の高速中性子源炉「弥生」を用いて撮像法についての研究成果をまとめたものであり、5章から構成されている。

 第1章は序論であり、中性子ラジオグラフィの特徴や歴史的経緯をFNRを中心にレビューし、従来FNRの研究が散発的であり、系統的な研究がないことを指摘し、本研究はFNR技術をTNRと同レベルにするため、撮像法の技術開発を行うことを目的にすると述べている。この撮像法についても2つに分けて考え、1番目は空間的な分解能をミクロンオーダーにする高解像度撮影を目的とし、次に時間分解能をミリ秒オーダーにする実時間撮影法、つまり、テレビジョン撮影に分けて追究することとしている。

 第2章は中性子源として使用した「弥生」炉のFNR用の中性子場について特性測定結果をまとめている。コリメートされた高速中性子が106n/cm2・sec以上利用でき、しかもガンマ線が少なく、FNR研究やその実用化にも極めて適していると評価している。

 第3章は最初の目的である高解像度撮像法の開発についてまとめたものである。まず、従来より有用視されていた固体飛跡検出器であるCR-39を取り上げ、撮影手順や画像読み取り技術を最適化し、厚さ40〜100mmのウランの透視像や燃料ピン中の50ミクロンのアルミのスペーサ像の観察に成功し、TNRと同程度の分解能になり得ることを示している。

 次に、このCR-39は画像取得のための手順、エッチング、転写、読み取りに約1日も要し、かつコントラストが劣るという欠点を有しているので、これを改善するため通常のエックス線フィルム上に高速中性子画像を写すための蛍光コンバータ、つまり、高速中性子から光への変換フィルムの開発に取り組んでいる。この蛍光コンバータについては粉末状ZnS(Ag)シンチレータと含水素物質を混合するという指針のもとに多くの含水素物質との組み合わせを試み、最終的にPMMA樹脂(ポリメチルメタクリレート)を選択している。この蛍光コンバータとエックス線用フィルムでもCR-39と同程度のFNRが可能で、必要な処理時間を1/10に短縮している。

 第4章は、次の目的である高速中性子によるテレビジョン法と称する実時間透視法の開発についてまとめている。この場合には、入射パターンを蛍光コンバータ上の発光パターンに変換するので、このコンバータの役割が極めて大きい。そこでこのコンバータの発光メカニズムを詳細に実測解明し、第3章で開発したPMMA型コンバータを更に最適化することに成功している。その結果、高感度テレビとしてのSIT管とこの蛍光コンバータを組み合わせることにより、いわゆる高速中性子テレビジョンを作成している。また、この画像出力を画像強調、カラー化などの画像処理を行うシステムとして完成し、25〜50mm厚の鉄型容器中に入っている水の挙動、特に水中のボイドの動きを観察するという成果を挙げている。

 また、この高速中性子テレビジョンシステムを小型加速器、ベビーサイクロトロンの中性子源にも適用し、H-II型国産ロケットの分離ボルトの非破壊検査に利用できることを実証している。

 第5章は結論であり、「弥生」炉を用いたFNR技術は、当初の目的通りTNRと同レベルの技術になり得たとまとめるとともに、今後の課題はやはり中性子線源強度の増大と画像取得システムの高感度化にあるとまとめている。本研究はこのようにFNR技術を実用レベルにまで向上させ、放射線の利用技術の拡大、発展に対する寄与は極めて大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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