学位論文要旨



No 211757
著者(漢字) 片桐,政樹
著者(英字)
著者(カナ) カタギリ,マサキ
標題(和) 原子炉施設内放射能のIn-Situ非破壊定量測定法の研究
標題(洋)
報告番号 211757
報告番号 乙11757
学位授与日 1994.04.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11757号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 井口,哲夫
 東京大学 講師 高橋,浩之
内容要旨 1.はじめに

 原子炉施設の安全な運転、管理及び解体等にあたっては施設内部に存在する放射能を的確に把握しておくことが不可欠である。このため、施設内にさまざまな形態で存在する放射能を簡便にかつ迅速に測定したいという要請があったが、試料測定法や従来の非破壊測定法では測定対象が限られかつ定量するにも多くの較正試験を必要とし簡便に放射能濃度を求めることが困難であった。

 このため、原子炉施設内の現場でIn-situ測定を行い非破壊的に放射能濃度を定量することを可能とするIn-situ非破壊定量測定法の研究を行った。本研究においては、ガンマ線スペクトロスコピーを用いかつスキャンニング測定等を行うことにより測定現場において測定対象内部に存在する放射能を非破壊測定する測定システム及び定量するための解析法の開発が最も重要な研究テーマであった。

2.非破壊測定システムの開発研究

 非破壊測定法を現場で適用するには、測定箇所への持込み・設置が容易でかつ作業・操作性の良い測定システムが必要である。このため、装置の可搬化に必要な放射能測定システムの小型化の研究を行い、これをもとに非破壊測定システムを開発した。

 測定装置の可搬化にはガンマ線検出器の小型・軽量化が不可欠である。このため、ポータブルGe(Li)検出器を開発し鉛コリメータ付検出システムを60kgの重量まで軽量化しOGL-1(Oarai Gas Loop)を用いた沈着放射能の非破壊測定研究に使用した。

 小型・軽量化をさらに図るため、ジュール・トムソン効果冷却素子を用いてGe検出素子を冷却するガス冷却式Ge検出器の開発研究を行った。マイクロフォニック雑音の影響によるエネルギー分解能の劣化の改善方法を考案し、1. 3MeVガンマ線に対して3keVの分解能を持つガス冷却式Ge検出器を開発した。容積を従来のポータブルGe検出器の10分の1まで小型化したため、コリメータ付検出システムを20Kgの重量まで軽量化できた。

 また、簡便に現場においてGe検出器の使用を可能とするため、スターリング冷凍機を用いた小型電気冷却式Ge検出器の開発研究を行った。開発の結果、液体窒素の入手が困難な場所でのGe検出器の使用を可能とし液体窒素の保持に大きな負担があったものをメインテナンスフリーとすることができた。

 これらの小型Ge線検出器の信号増幅・処理に使用する増幅器及びアナログ・デジタル変換器の超小型・低消費電力化の研究を行い市販品と同等の特性を有しかつ約4分の1の低消費電力の電子回路を開発し電池駆動化を可能とした。また、波高分析装置の可搬化の研究を行いパルス波高の記録・転送を可能とした可搬型波高分布記録装置を開発した。

 開発した要素技術をもとにIn-situ非破壊測定システムを開発した。本測定システムは、現場でスキャンニング測定を行う検出システムの可搬性と測定手法にもとづく複雑な解析計算を高速で処理することを両立させるため、検出システム部と計算機部とを別々の機器とし両者の間をテレメータ装置によって接続する方式を用いた。本測定システムをJPDR(Japan Power Demostration Reactor)での実測試験に使用し、十分に実用できることを確認した。

3.配管・機器内部の放射能の非破壊測定法の研究1)沈着放射能非破壊測定法

 原子炉1次系等の配管・機器に沈着する放射能を測定するために、沈着放射能非破壊測定法の研究を行った。本測定法では、内面に沈着した微少な放射能を定量するために沈着放射能から放出されるガンマ線を測定対象の外側からコリメータ付Ge検出器で可能な限り望んで測定する。測定したガンマ線スペクトルを解析して求めたピーク計数率と沈着量換算係数を用いて沈着放射能濃度を求める。換算係数の導出法については理論式と実験式を組み合わせた近似計算方法を開発した。本方法を評価するためモックアップ実験を行い、換算係数の誤差は10%以内であることを確認した。

 また、本測定法をOGL-1の配管・機器に沈着した沈着放射能濃度のIn-situ測定に適用し、110mAg、54Mn等の13核種の放射能が0.37〜370Bq/cm2の濃度で沈着しかつ核種毎に沈着分布傾向が異なることを確認した。

2)状態分離測定法

 原子炉施設の配管内部には種々の状態(沈着、液体、ガス等)で放射能が存在する。このため、これらの放射能を状態毎に分離し非破壊的に定量測定する状態分離測定法の研究を行った。

 コリメータ付Ge検出器により配管内部に存在する沈着、液体及びガス放射能から放出されるガンマ線をスキャンニング測定する。各位置の計数結果は、各状態の放射能から放出されたガンマ線が検出器に計数された数の和である。従って、各状態の放射能が一様に単位放射能存在するとして計算により求めた計数値と未知数である各状態の放射能濃度との積を足し合わせた数に一致する。もし、スキャンニング分布が状態毎に異なっていれば、測定点の数をnとすると、n元連立一次方程式が独立に成立するのでこれを解くことによって、配管内部放射能を状態毎に分離し定量することができる。

 本研究の課題は配管内部に各状態で存在する放射能から放出されるガンマ線がGe検出器に到達する数を計算により求める解析法の開発であった。このため、検出器までの経路及びその間に存在する空気、水、配管、コリメータ等によるガンマ線の吸収計算を3次元的に行いコリメータを通して検出器に到達するガンマ線の数を求める解析計算法を開発した。

 本測定法を評価するため、実験装置及び汚染配管を模擬した配管線源を製作し配管内部放射能の測定試験を行った。配管線源に封入された152Eu及び60Co核種について沈着及び液体放射能を測定し放射能をを求め配管線源への封入値と比較した。その結果、沈着及び液体放射能をガンマ線エネルギーが異なっても、5%〜15%の誤差で分離測定できることを確認した。

3)鉛直方向分布解析法

 In,situ非破壊測定システムを用いて解体試験の状況にあったJPDRの放射能汚染した強制循環系配管の実測試験を行った結果、配管内部の沈着放射能は配管軸に対して鉛直方向に分布を持つことが判明した。配管内面への沈着メカニズムの解明などにはこのような沈着分布を求めることが不可欠なため、鉛直方向分布解析法を開発した。

 コリメータ付Ge線検出部がコリメータを通して望む範囲の配管内面の沈着放射能から放出されたガンマ線が検出器に到達する割合で測定したガンマ線計数率を割れば検出部が望む配管内面の沈着放射能濃度を求めることができる。

 実測データに本解析法を適用した結果、配管内部の鉛直方向の沈着放射能濃度分布を約10%の精度で測定可能であること確認した。

4.望遠測定法の研究

 原子炉を解体する際に、その解体作業計画の立案や放射能インベントリ量の推定を行うには圧力容器内の放射化した構造物や内壁等の比放射能及びその分布を測定することが不可欠である。このため、圧力容器内の目標箇所の放射能を周囲の放射能による妨害を受けずに遠方より非破壊的に定量測定する方法を開発し「望遠測定法」と名付けた。

 本測定法は、原子炉内の水を遮蔽体として目標箇所の放射能から放出されるガンマ線を中空の直管(ガンマ線ビームガイド)を用いて反対側に置かれたガンマ線検出器に導き測定し遠方から非破壊的に定量測定する方法である。検出器としてGe検出器を使用しガンマ線スペクトル解析を行うことによりバックグラウンドとなる散乱ガンマ線を除去し、直接検出器に入射するガンマ線のみを測定する。測定されたピーク計数を用いて、直管と目標箇所との幾何学条件、構造材の自己吸収等の補正行うことにより目標箇所の比放射能を求める。実際の解析では、目標となる構造材の放射能強度及び自己吸収計算方法を測定対象毎に作成する必要がある。

 本測定法の評価のためビームガイドを目標位置に設定する位置設定部とガンマ線測定・解析部から構成した望遠測定装置を製作し、JPDR圧力容器内の内壁及び炉心シュラウドの測定実験を行った。炉心シュラウド及び圧力容器内壁についての測定結果を試科測定法と比較した結果、それぞれ10%及び15%以内で一致することを確認した。

 測定実験の後、本測定法を用いてJPDR圧力容器内の放射化した炉心シュラウド、グリッド、底都支持板、インコアモニタチューブ及び圧力容器内壁の実測を行った。また、制御棒及びポイズンカーテンについては燃料プール内で測定した。実測の結果、圧力容器上部内壁の200Bq/gからインコアチューブの中心部の130MBq/gの約6桁の範囲にわたる比放射能を求めることができた。

5.結論

 原子炉施設内の配管・機器の非破壊定量測定のために、3つの測定法を開発し実際に原子炉施設内でIn-situ測定を行い測定法の評価を行うと共に実測に役立てた。また、非破壊測定法を原子炉施設内でIn-situ測定に適用するために必要なIn-situ非破壊測定システムを開発した。

 一方、原子炉圧力容器内の放射化構造物及び内壁の放射能については、望遠測定法を開発しほぼすべての構造物の放射能分布を測定可能とした。本測定法は解体試験の状況にあったJPDR圧力容器内の比放射能分布の実測に使用され1000点にのぼる測定箇所の測定に使用された。

 本非破壊定量測定法の研究により、原子炉施設内に内蔵するほぼすべての放射能をIn-situ測定で非破壊的に測定することを可能とすることができた。

審査要旨

 原子炉プラントの運転に伴って、機器、配管内等に核分裂生成物、放射化した腐食生成物や構造物等がさまざまな形態で付着していく。これらの放射能の存在状況につき、核種、量、分布等を適確に把握しておくことは、プラントの保守作業にとって直接的に必要なことであるが、その結果は人に例えると健康度の診断でもあり、健全なプラントの運転、さらには将来の解体作業にとって重要な役割を果たしている。

 このプラント内放射能診断は、一般に周辺からの放射線量が強い場所であり、従来サンプルを採取する方式が採用されてきた。この方法は破壊法であるので作業上の被曝も多く、かつ測定が可能な場所も限られていた。この状況に対し、放射線計測原理の点で革命的飛躍をもたらしたゲルマニウム半導体型ガンマ線スペクトロメトリーシステムを現場に持ち込んで、その場観察をする方法を開発すること、さらに実際に適用してプラント内放射能診断技術が大幅に向上し得ることを本論文では明らかにしている。本論文は9章より構成されている。

 第1章は緒言であり、原子炉施設内の放射能測定の現状がレビユーされ、その上で本研究の目的は小型の半導体型ガンマ線測定システムを開発し、具体的に原子炉施設に適用することであると述べている。

 第2章は、半導体検出器を小型化するための最大の技術的ポイントである液体窒素による冷却方式について検討したものである。具体的には小型ガス冷却式および小型電気冷却式を開発し、この方式の最大の課題であるマイクロフォニック雑音とそれによるエネルギー分解能の劣化を詳細に検討し、柔構造の採用や前置増幅器の周波数特性の改良により、この新方式による雑音を実用的レベルにまで低下させることに成功している。また同時に、電子回路の小型化、可搬型のパルス波高分析器の開発についてもまとめている。

 第3章は、前章の成果を基に現場に適用可能なガンマ線測定システムを開発し、それを評価した結果についてまとめている。測定対象として配管内に放射能物質の沈着や放射性水溶液の模擬状態を作り、コリメータ窓を通じ円周および軸方向にスキャニングすることにより標準較正実験を実施し、良好な結果を得ている。

 第4章は、原研大洗の材料試験炉JMTRに設置されている照射用ガスループ(OG -1)内に沈着された放射能物質を実測した結果をまとめている。その結果、110mAg,124Sbは出口より下流に行くにつれ自然に減少するのに対し、60Coは局所的に、54Mnは高温部に、131Iは低温部に付着するなど、核種により異なる付着傾向を定量的に明らかにしている。

 第5章は、配管内部に液体、気体、沈着物という形で放射能が存在する場合、円周方向にスキャンニングした分布測定結果より各成分の存在割合を推定する方式について検討したものである。モックアップ配管を用いて実測した結果、各状態毎に10〜14%で推定可能と結論している。

 第6章は、前章の結果を用いて原研JPDRの強制循環配管内の放射能測定を行った結果をまとめている。この測定結果はJPDRの解体作業を進める上で放射能インベントリー評価として必須事項であった。その結果、放射能沈着量として50Coが500〜1100Bq/cm2との結果を求めており、サンプリングによる非破壊測定値とも±5%の範囲で一致している。また、配管内沈着挙動、特に沈着分布の不均一性にも重要な知見を与えている。

 第7章は、放射能レベルの高い原子炉内圧力容器の放射能インベントリー測定用に望遠測定法を考案した結果をまとめている。これは原理的には極めて簡単で、圧力容器内に水を満たし、測定したい点から3〜7mの中空ガイドで放射線ビームを容器外に引き出して測定するものである。この手法の有効性を定量的に示し、望遠測定法として提案している。

 第8章は、この望遠測定法を用いて具体的に解体前のJPDR圧力容器内に適用した結果を述べている。2ヶ月で約1000点もの測定対象をサーベイし、炉心シュラウド、グリッド、底部支持板、圧力容器内面の放射能を評価している。この手法は極めて簡便かつ実用的な手法で、今後解体時の放射線測定として実用的であると述べている。

 第9章は結論であり、小型のゲルマニウム半導体検出器の開発がプラント内放射能診断には必須かつ有効であることを多くの実例を基に示すことができたと結論している。

 以上のように、本論文は極めて実用的な可搬型の小型半導体検出器をプラント診断技術の1つとして開発し、その有効性を示しており、原子力技術の進歩に対し大変重要な貢献をしている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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