真核生物における遺伝子転写制御は、RNAポリメラーゼがTATAbox結合因子であるTFIIDをはじめとする基礎転写因子群と相互作用することにより翻訳を始める転写開始反応を制御することで主に行われている。個々の遺伝子は、そのプロモーターのTATAboxの上流に特異的なシス配列をもち、その配列に特異的な転写制御因子が相互作用し、基礎転写因子に働きかけることで特異的な転写開始反応を起こす。つまり,生命現象を解明するには,転写制御因子の解析が重要である。 近年、さまざまな生物から、各種転写制御因子の遺伝子が単離されているが,それらの多くは,DNA結合ドメインにより分類されている。さまざまなDNA結合ドメインが同定されているが、そのなかの一つであるbZIPドメインは、ベーシック領域(約20のアミノ酸)とそれに隣接するロイシンジッパー領域(約35アミノ酸)から構成されている。ベーシック領域は塩基性アミノ酸に富む領域で生体内でプラスに帯電しDNAと直接相互作用する。ロイシンジッパー領域は、七個のアミノ酸ごとにロイシン等の疎水性アミノ酸が繰り返す構造をもち,タンパク質間相互作用により二量体を作る機能を持っている。このロイシンジッパーによって二量体を作ることでbZIPタンパク質はDNAに特異的に結合できることがわかっている。 植物におけるbZIP遺伝子の単離についての報告は,すでに20以上あるが,トウモロコシのOpaque2(O2)を除いて生化学的手法によって単離されたものである。例えば、TGA1aとTGA1b遺伝子は小麦のヒストンH3プロモーターのシス配列hex1(-180から-160まで)をプローブとしサウスウェスタン法でタバコから単離された。TGA1aは,CaMV35Sプロモーターのシス配列as-1(-83から-63)やT-DNAノパリン合成酵素遺伝子のプロモーターのシス配列nos1(-131から-111)にも結合する。小麦HBP1a遺伝子もhex1を含むシス配列をプローブに単離された。トウモロコシOCSBF-1遺伝子は、T-DNAオパリン合成酵素遺伝子のシス配列ocs-1 に結合するbZIPタンパク質として単離された。小麦EmBP-1は、小麦Em遺伝子のABA誘導に関するシス配列Em1aに結合するタンパク質として単離された。タバコTAB-1遺伝子は、イネのrab16A遺伝子のABA誘導に関するシス配列motif-1に結合するタンパク質として単離された。motif-1に人工的に突然変異を導入した配列をプローブとして解析したところ、TAF-1は、motif-1よりも光に対するシス配列 G-boxにより強く結合することが報告されている。パセリCPRF1、2、3の3遺伝子は、パセリのCHS(chlcone synthase)遺伝子の光に対するシス配列box IIに結合するタンパク質として単離された。ここに挙げた九つの植物bZIPタンパク質の標的となるシス配列を比較してみると、興味深いことに全てのシス配列に5’-ACGT-3’の配列が存在することがわかる。これら九つのbZIPタンパク質のベーシック領域の相同性の高さから考えて,このACGT配列は、bZIP結合配列の中心のコア配列であることが推察された。TGA1aは複数のシス配列に結合できるが,TGA1bにはそのような性質がないことは、ACGTの外側の配列に対する結合親和性がタンパク質ごとによって異なることを示唆している。 また,TAF-1がG-boxの方に強く結合することや、HBP1aやTGA1aなどがともにhex-1に結合することは、bZIPタンパク質の単離に使われたシス配列だけをもとにそのタンパク質の標的遺伝子を推察することには無理があることを示唆している。そこで、それぞれbZIPタンパク質の植物内での機能をより正しく推察するためには、結合配列の網羅的な検索が必要となってくる。トウモロコシのO2は、遺伝学的に22kdゼイン種子貯蔵タンパク質の調節遺伝子であることがわかっているが、その結合配列に関しては二つのグループから異なる結合配列が報告されている。この違いも、O2の結合配列の再検索により解決できると考えられた。本論文では、第一章で、上記の10個の植物bZIPタンパク質を回文構造を持つ各種ACGT配列に対する結合親和性を基に分類し,さらに任意のACGT配列に対するこれらbZIPタンパク質の結合親和性を予測し、標的遺伝子を同定する方法について論じている。第二章で、第一章で論じたin vitroでの結合親和性が、in vivoにおける生物学的活性を反映していることを,新たに遺伝子を単離したイネのbZIPタンパク質(RAF-1)を例に証明している。第三章で、RAF-1の機能を同定するための手段として、イネ植物体におけるRAF-1の発現箇所を形質転換体を用いた解析で同定している。 第一章 上記の10個の植物由来のbZIPタンパク質のACGT配列に対する結合能を網羅的に調べた。まず、ACGT配列の一つ外側の塩基を変えた四種のプローブを合成した。それらの配列は、NNCACGTGNN(G-box)、NNTACGTANN(A-box)、NNAACGTTNN(T-box)、NNGACGTCNN(C-box)で、Nはランダムに合成した領域を差す。各プローブには下線を付けた塩基を基に名前を付けて括弧内に示した。10個のbZIPタンパク質についてすべて、これらプローブを用いてゲルシフトアッセイを行った結果、三つのグループに分けられた。グループ1タンパク質は,おもにG-boxに結合する。グループ2タンパク質は、G-boxとC-boxにともに強く結合する。グループ3タンパク質は、おもにC-boxに結合する。T-boxに結合するタンパク質は見いだされなかった。グループ1には、EmBP1、HBP1a、CPRF1、TAF-1、CPRF3、OCSBF-1が、グループ2には、O2、CPRF2、TGA1bが、グループ3には,TGA1aが分類された。この6ベースのコア配列に対する親和性の違いから、次のことが結論できる。1)コア配列に対する結合力の差のみからは、同じグループ内のbZIPタンパク質を区別することはできない。2)コア配列の認識の特異性には,幅がある。このことから、グループ2タンパク質のように特異性の低いbZIPタンパク質は、より多くの標的遺伝子を持つ可能性が考えられ、グループ1、3タンパク質のように特異性の高いbZIPタンパク質は,より特異的な遺伝子制御に関連している可能性が高いと考察できる。 次に、グループ内外のbZIPの結合特異性に違いがあるかどうかを調べるために、6ペースの外側の配列を変化させた10ペースからなる回文構造結合配列を持つプローブを合成した。それぞれの場所にA、G、Tの4塩基ずつの可能性があるので、4×4で16の回文構造を持つプローブをそれぞれG-boxとC-boxのコア配列に対して合成した。上記と同様に、ゲルシフトアッセイにより結合特異性を調べたところ、以下のことが明らかとなった。1)コア配列の外側の塩基に対する結合特異性に明らかな違いはあるものの、基本的には、調べた植物bZIPタンパク質は非常に類似した特異性をG-box配列に対してもC-box配列に対しても持つ。この類似性は、グループを越えて保存されている。例えば、TGA1aは、グループ3に属するが、過剰なタンパク質を用いて本来結合力の低いG-box配列プローブを用いてゲルシフトを行うと、グループ1やグループ2のbZIPタンパク質と類似した結合特異性が得られた。このTGA1aとG-boxとの弱い結合が,植物内でTGA1aの機能と関連しているとは考え難いことから、このグループを越えた類似性は、bZIPタンパク質とDNAの相互作用における物理的な構造に起因し,bZIPとDNAとの相互作用は、この原則を満たす配列が対象となり,ペーシック領域のアミノ酸配列に起因する荷電状態によって、その結合特異性の幅や、コア配列に対する親和性の差がうまれてくると推察できた。G-box配列のなかで、上記の条件を満たす配列は、GCCACGTGGC、GACACGTGTC、TCCACGTGGA、TACACGTGTA、AACACGTGTTで、C-box配列では、GTGACGTCAC、CTGACGTCAG、ATGACGTGATであった。 植物のプロモーター上のシス配列で回文構造をとっているものは少ないので,非対象のACGT配列に対するbZIPタンパク質の結合特異性を予測するために、点突然変異を導入したG-box配列をプローブにしてゲルシフトを行った。10bPの結合配列のどの場所に変異をいれた場合でも明らかな結合力の低下が観察され、特にACGTコアに変異をいれた場合の低下は顕著であった。このことは,bZIP量体が、その結合配列の両ハーフ配列に対して結合親和性を持つときのみ強い結合が起こると考察できた。この考えを確認するために、ヒストンプロモーターのシス配列であり,G-boxとC-boxのハイブリッドであるhex1モチーフに対するbZIPタンパク質の結合を調べたところ,グループ2のO2は強く結合するが、グループ1のHBP1a、グループ3のTGA1aは強くは結合しないことが確認できた。この結果により、回文構造の結合配列を基にあらゆるACGT配列に対するこれら植物bZIPタンパク質の結合親和性を予測することが可能となった. 第二章 第一章で調べた植物bZIPタンパク質の結合特異性が、植物細胞内でのbZIPタンパク質の機能に反映されるか否かを調べるために,イネの細胞系を用いてトランジェントアッセイを行った。この実験のため新たにイネのbZIP遺伝子を他のbZIPタンパク質のペーシック領域との相同性を利用して単離し、RAF-1(RICE ACTTVATION FACTOR-1)と名づけた。RAF-1は298アミノ酸からなり、bZIPドメイン以外での他のタンパク質との相同性は発見できなかった。ベーシック領域の相同性からRAF-1もACGT配列に結合すると考えられたが、上記と同じようにゲルシフトを行った結果、RAF-1は、グループ2に属し、G-box配列にもC-box配列にも同様に結合することがわかった。A-box配列も認識し、その結合配列はCCTACGTAGG、CTTACGTAAGであった。回文構造のACGT配列からRAF-1の結合配列であるものないものあわせて4つ、植物のプロモーター上で同定されたシス配列から、非対象なACGTハイブリッド配列を3つを選びテトラマーにして最小プロモーターにつないだGUSレポーター遺伝子を作成した。これらレポーター遺伝子をRAF-1エフェクター遺伝子と同時に、エレクトロポレーションによってイネのプロトプラストにトランジェントに導入しRAF-1の転写活性化能を調べた。RAF-1は、in vitroで結合した配列をもつレポーター遺伝子のみを活性化できた。このことは、in vivoでの機能がin vitroで同定した結合配列を反映することを意味している。このことから、上記の方法で予測した植物bZIPタンパク質のin vitroでの結合配列を各種プロモーター上で検索することでこれらbZIPタンパク質の標的遺伝子の同定が可能になると考えられる。 第三章 RAF-1遺伝子の標的遺伝子を同定するために、エレクトロポレーションによってRAF-1プロモーターをGUSレポーター遺伝子につないだ人工遺伝子をイネに導入し形質転換イネを作成した。葉や根での非常に弱い発現も確認できたが,RAF-1はおもに受粉後一週間ごろの子房で,将来、糊粉細胞となる部分で強く発現を始め、はい乳に澱粉が合成されている頃に、糊粉細胞でもっとも強く発現し、その後、種子の成熟、乾燥とともに,はい乳細胞で弱く発現することが示された。この結果から、RAF-1は、澱粉合成もしくは,貯蔵タンパク質の合成に関与している可能性が示唆された。 |