学位論文要旨



No 211763
著者(漢字) 嶋作,一大
著者(英字)
著者(カナ) シマサク,カズヒロ
標題(和) 銀河・銀河団の回転速度関数
標題(洋) Velocity Functions of galaxies and Clusters of Galaxies
報告番号 211763
報告番号 乙11763
学位授与日 1994.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11763号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小平,桂一
 東京大学 教授 石田,けい一
 東京大学 教授 宮本,昌典
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 助教授 須藤,靖
内容要旨

 銀河は宇宙を構成する基本天体である。銀河はしばしば集団をなすが、それらは銀河団と呼ばれる。銀河団は宇宙で最大の孤立した天体と考えられている。銀河・銀河団がどのように生まれ、現在の姿に進化したかは天文学の最大の問題のひとつである。最終的には、様々な観測事実を無理なく説明するモデルを作るのがこの問題に対する目標だが、銀河形成の初期条件がまだよくわかっていないばかりでなく、形成・進化に伴う物理過程も非常に複雑であることから、この問題は攻略するのがたいへん難しい。わたしは、この銀河形成(これからは進化も含めて銀河形成と一括する)問題への取り組み方は次の2通りに分けられると思う。1つは銀河形成に伴う物理過程を典型的な条件のもとで詳しく調べ、素過程を明らかにする行き方、もう1つは銀河の性質で理論的に精度良くかつ少ない仮定で予測できるものを用いて観測と理論とを比較し、モデルの是非を調べるという行き方である。この両者は相補的な面を持つ。本研究の内容は後者に分類される。すなわち、銀河・銀河団の性質で観測・理論ともに比較的求めやすいものの1つである回転速度に着目し、宇宙における銀河・銀河団の数密度を回転速度の関数(これを本論文では回転速度関数と呼ぶことにする)として表し、銀河・銀河団を統一的に扱うとともに、現在最も成功している銀河形成モデルであるコールド・ダークマター(CDM)モデルとの比較を行った。

 一般に、ある天体のポピュレーション(集団)を研究する際には、その質量関数を理解することが1つの鍵になる。たとえば星形成論にとって星の質量関数を再現するモデルをつくることは重要な課題の1つであり、一方で質量関数を観測的に決定することは理論への大きな手がかりになる。これと全く同様に、銀河の質量関数も、銀河形成時の初期条件や進化の過程のさまざまな情報を含んでいるはずである。したがって銀河・銀河団の質量関数を調べることは銀河形成を理解するうえで1つの基本となる。

 質量関数を理論的に予測することは、銀河のほかの基本量、たとえば明るさを求めるのに比べて易しい。ところがこれを観測的に見積もるのは概して大きな不定性を伴う。なぜならば、大抵の銀河・銀河団にはダークマターが存在しているからである。たとえば渦巻銀河は観測限界まで回転曲線が一定であり、全質量はそのままではわからない。一方、観測で最も簡単に求まるのは光度だが、光度を理論的に予想するには星形成の歴史を追わねばならず、質量の計算に比べてはるかに難しい。

 それに対し、回転速度は理論・観測双方にとって見積もるのが比較的簡単な量である。ここで用いる回転速度は(GM(R)/R)の平方根で定義される(M(R)は半径R内の質量)。したがって銀河団のような実際には回転していない天体にも定義できる。回転速度は物理的にはポテンシャルの深さに対応し、等温平衡を想定すれば温度と考えることができる。実際、銀河・銀河団の観測は等温平衡の仮定と矛盾しない。理論的に回転速度を求めるのは、ダークマターがCDMのように無衝突粒子の場合基本的には易しい。一方、これを観測的に求めるのも難しくない。渦巻銀河は回転曲線から直接見積もれるうえに、楕円銀河に対しても、その質量分布に簡単な仮定を設けるだけで星の速度分散から推定できる。銀河団に対しては高温ガスの温度から静水圧平衡を仮定して求めることができる。

 回転速度関数の研究はこれまでにいくつかあるが、本研究のような動機、精度で求めたのは初めてである。また、本研究の後半では銀河の回転速度関数を宇宙の平均的領域の銀河(フィールド銀河)と銀河団銀河で比較しているが、これも初めての試みである。

 本研究では、まず宇宙における銀河・銀河団の平均的な回転速度関数を観測的に求めた。用いたデータは、銀河はRC3カタログ、銀河団はエッジ等の求めた温度関数である。まず、銀河の回転速度関数について、大部分の範囲で渦巻銀河が優勢である(すなわち銀河の回転速度の形を決めている)が、回転速度が大きくなるにつれて楕円銀河・SO銀河が優勢になることがわかった。そして、銀河の回転速度関数を回転速度の大きいほうに延長していくと、銀河団の回転速度関数に滑らかにつながることがわかった。二者の間のギャップは小さく、銀河と銀河団が力学的に1つのポピュレーションであることを示唆しているように見える。バーコールは銀河・銀河群・銀河団の光度関数が滑らかにつながることを示したが、本研究は彼女の結果を力学的な面から支持する。光度関数と速度関数を組み合わせて解析した結果、銀河団の光度は銀河の光度-回転速度関係から外挿した値よりも明るいことがわかった。CDMモデルのような標準的なボトムアップモデルは質量が回転速度の3乗に比例することを予想するが、上の観測結果とこの理論的要請が矛盾しないためには、銀河団の質量・光度比が銀河のそれよりやや小さくなければならないことが導ける。質量・光度比は観測的に直接測ることも可能で、それによれば銀河団の質量・光度比は銀河のそれより一般に大きいとされる。この観測事実はここで導いた結果と矛盾するようだが、初めに述べたように銀河・銀河団の質量は精度良く測るのが難しいうえに、銀河団の明るさの見積りにも大きな不定性があるので、今の時点で質量・光度比の矛盾を議論することはできない。ただし、通常物質すなわちバリオンが質量比で優勢であるようなモデルでは、銀河と銀河団とではその形成過程においてバリオンのふるまいが異なり、かつそれが質量と回転速度との間の関係を変える可能性があるので、形成の素過程の理論的研究が必要である。

 こうして求めた回転速度関数をCDMモデルの予想と比較した。CDMモデルは現在最も定量的議論が可能で、かつ最も成功しているモデルである。本論文ではプレス・シェヒター解析に基づき、ハッブル定数、密度パラメータ、宇宙定数、バイアスパラメータを変数にして回転速度関数を解析的に求めた。N体シミュレーションはこの解析解を支持する。比較の結果、密度パラメータが1、バイアスパラメータが2程度のモデルが観測とよく合うこと、密度パラメータが0.2の低密度モデルは他のパラメータをどう動かしても1桁程度も合わないことがわかった。しかし、他の重要な観測、すなわち3K黒体輻射の異方性や宇宙の大規模構造の観測はむしろ低密度モデルを支持する。この矛盾の原因がCDMモデルそのものが間違っていることにあるのかあるいは観測や途中の理論計算が誤っていることにあるのかはまだ明らかでない。しかし、回転速度関数が銀河・銀河団双方に適用できる現時点で最も有力なテストの一つであることには変わりはない。特にその観測的導出には不定性が少ないので、今後は銀河同定の方法など、理論計算に残っている曖昧な部分をなくしていくことが必要である。

 次に、3つの近傍銀河団について、それらに属する銀河の回転速度関数を観測的に求めた。3つの銀河団とはおとめ座、かみのけ座、A1367銀河団である。おとめ座銀河団の測光データはRC3カタログを用いたが、残り2つの測光データはモザイクCCDという大型CCDカメラを用いて木曽観測所で取得した。光度・回転速度関係は銀河のタイプによって異なるので、観測された銀河を楕円・SO銀河と渦巻銀河の2種に分類する必要がある。本研究では、表面輝度と中心集中度という2つのパラメータを用いてこのタイプ分類を試みた。得られた回転速度関数の解析の結果、これら銀河団銀河の回転速度関数の傾きがフィールド銀河のそれよりいくぶん浅いことがわかった。もしこの観測結果か正しいとすれば、これは銀河形成時の初期条件、もしくは進化時の環境の違いを反映していることになる。CDMモデルの解析解を単純に適用すると、傾きはフィールド・銀河団中で変わらないことが予想される。もしそうであれば、傾きの違いは銀河団という特殊環境による後天的なものとなる。タイプ分類を含めた観測精度の向上と、銀河団中の銀河が受ける力学的影響の理論的研究が今後必要である。傾きがやや浅いといういわば2次の効果を除けば、CDMモデルの解析解はこれら銀河団銀河の回転速度関数を傾き・ゼロ点ともによく再現することがわかった。したがって、CDMモデルは、フィールドと銀河団という銀河密度にして2桁以上違う環境での銀河の回転速度関数の観測結果を、統一的に説明できることになる。

審査要旨

 銀河は宇宙を構成する最大の基本天体であり、しばしば集団を形成する。これら銀河・銀河団がどのように生まれ進化するかを究明することは、現代天文学の最重要課題の一つである。本論文は、この課題に「回転速度関数」という新しい視点を取り入れて観測と理論の対比を行い、宇宙論模型の検証が可能なことを示したものである。

 著者は、最近の観測結果から、銀河及び銀河団が、電磁相互作用はしないが重力は及ぼすいわゆる暗黒物質(Dark Matter=DM)のハローに包まれ、ハローの質量分布が熱力学平衡にある粒子系のものに近いことが知られているのに着目した。このような系では、外縁部で重力とつり合う円運動の速さ(「回転速度」)は一定値をとり、その孤立重力系のポテンシャルの深さの良い指標となる。現実の銀河・銀河団は散逸性粒子(バリオン)からの放射で光っているが、外縁部においては非散逸性の暗黒物質の寄与が多大であると評価されている。著者は銀河・銀河団の力学特性を表わす量のうち、「回転速度」は観測的に高い信頼度で導出できることに注目した。

 一方このような観測事実に対応して、宇宙初期に大量の非散逸性の粒子が生成され その重力相互作用によって密度ゆらぎが成長し、銀河・銀河団を形成するポテンシャルの井戸が作られるという理論模型が研究されてきた。とりわけ、速度分散の小さい非散逸性粒子のみから成る冷たい暗黒物質(Cold Dark Matter=CDM)模型については多くの理論的考察がなされている。CDM模型では銀河・銀河団の「回転速度」を比較的容易に計算できるので、観測との対比検証は時宜を得た先駆的な試みである。

 第I章においては、まず宇宙空間に散在する銀河と銀河団について、「回転速度」の頻度分布関数(「回転速度関数」)を求めた。散在銀河はカタログに記載されたものから、ある空間内でできるだけ完全な約500個をとり出しサンプルとした。渦巻銀河では中性水素輝線の速度幅から、楕円銀河では中心部における星の吸収線の速度幅から「回転速度」を評価した。これらのデータがない銀河については、速度幅と明るさの間の経験的な関係式を用いて、明るさから速度幅を評価した。銀河団については、X線観測による銀河間プラズマの温度から「回転速度」を評価した。現在55個の銀河団が観測されている。

 銀河・銀河団を合わせて、「回転速度」が50km/sから2000km/sにわたる範囲で「回転速度関数」を観測的に初めて求め、これが比較的滑らかにつながる一つの関数で表現できそうなことを見出した。このことは、両者が同一のメカニズムで形成されたことを示唆する。銀河から銀河団までを、「回転速度関数」をもとに統一的に把握しようとした所に本論文の独創的な点がある。

 次にCDM模型が予測する「回転速度関数」を解析的に計算し、観測結果と比較した。その結果、密度パラメータ0が1に近い高密度宇宙で、バイアスパラメータbも1より大きいCDM模型のみが、観測結果を再現し得ることがわかった。銀河形成に果たすバリオンの役割は常に無視できる訳ではなく、スケールの小さい天体ほど、また低密度宇宙ほどその効果は大きくなる。したがって、今回の比較で観測を再現できないパラメータ領域を直ちに排除することは早計であり、より詳細な検討は今後のバリオンを含めた理論模型の発展を待たねばならない。また観測結果においても、「回転速度」の推定法の違いによる系統誤差については今後の検討が待たれる。

 第II章では、第III章に述べてあるモザイクCCDカメラを用いた銀河団の観測結果を加えて、3つの銀河団の中の銀河の「回転速度関数」を求めた。銀河団銀河のものは散在銀河のものに比べて空間密度が約2桁高いばかりでなく、高速側への減少勾配がより緩やかなことがわかった。これはCDM模型の予測とほぼ一致するが、銀河団という特殊な環境の中での相互作用などにより後天的に獲得された特性である可能性もある。

 以上のように、本論文はCDM模型の観測による検証という宇宙論の先駆的課題に挑戦し、「回転速度関数」を銀河及び銀河団について観測的に求め、理論予測と比較するという独創的な研究を明快にまとめたものであり、この分野の現状においては一級の成果と評価できる。よって審査委員全員は一致して、本論文は、著者が博士(理学)の学位を取得するための要件を充分に満たしているものと判定した。

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