学位論文要旨



No 211764
著者(漢字) 宮東,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,アキヒコ
標題(和) ラット下垂体におけるゴナドトロピン放出ホルモンの作用とその受容体の発現
標題(洋) Role of gonadotropin-releasing hormone and expression of its receptor in rat pituitary
報告番号 211764
報告番号 乙11764
学位授与日 1994.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11764号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川島,誠一郎
 東京大学 教授 木村,武二
 東京大学 教授 平野,哲也
 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 教授 守,隆夫
内容要旨

 下垂体のホルモン分泌能力は,産生細胞の数と個々の細胞の分泌機能の変化に伴って変化する.これらの細胞変化は,ホルモン産生細胞が分化,機能発現をする過程でさまざまな液性因子の調節を受けた結果おこるものである.従来から,下垂体の細胞集団の構成が大きく変化する発生過程においては,ホルモン産生細胞の数とその機能を調節する機構の存在を仮定した研究が進められてきた.

 ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)は,ゴナドトロピン(黄体形成ホルモン,LH;濾胞刺激ホルモン,FSH)の分泌調節に関与している.しかし,未分化なLH細胞の分化に対するGnRHの効果に関しては明確な結論がでていなかった.また,GnRH受容体は下垂体に対するGnRHの作用の第一段階に位置するが,従来は組織ホモジェネートを用いたラジオレセプターアッセイや,解像度の良くない標識リガンドを用いたオートラジオグラフィによって研究されてきた.GnRH受容体が果たす役割を解明するために,本研究では,GnRH受容体cDNAのクローニングを行い,下垂体でin situハイブリダイゼーションを行うことで,GnRH受容体mRNAの細胞レベルでの局在と,その発現量が様々な生理的状態でどのように変化するかについて検討した.

第1章器官培養したラット胎仔下垂体原基のLH細胞に対するGnRHの作用

 ラット胎仔の下垂体原基では,LH免疫陽性細胞が胎齢17日,FSH免疫陽性細胞が胎齢19日に出現することが知られている.それより以前の12日齢の胎仔の下垂体原基を器官培養すると,GnRHを処理したときだけLH免疫陽性細胞が現われるという報告と,それに否定的な報告があったので,まず,胎齢12〜14日に下垂体原基を摘出し,胎齢21日相当日まで器官培養したものをLHとFSHに対する免疫組織化学をおこなった.いずれの胎齢由来のものでも,LH,FSH免疫陽性細胞が現われた.さらに,培地中に10-9MのGnRHを培養初日の24時間だけ添加すると,胎齢13日,14日由来のものでは,対照群にくらべてLH免疫陽性細胞の原基中の細胞全体に対する割合が有意に増加した.このことから,少なくとも胎齢13日の下垂体原基はGnRHに反応し得ること,GnRHはLH免疫陽性細胞の数の増加を促進することがわかった.一方,胎齢13日に培養を開始した原基では,LH免疫陽性細胞が最初に出現する日は,GnRH処理の影響を受けず,胎齢17日に相当する培養4日目であった.次に,13日齢に培養を開始した原基で,培地中に放出されたLH量,胎齢21日に相当する培養8日目に組織中に含まれるLH量をラジオイムノアッセイ(RIA)によって測定すると,培養初日のGnRH処理による影響は受けていなかった.培養初日に加えたGnRHの,下垂体のGnRHに対する反応性に対する影響をみるために,培養8日目に,培養初日とは独立にGnRH添加を4時間行ったところ,培地中への急激なLHの放出と組織中に残るLH量の減少が観察されたが,培養初日にGnRHを加えた群では下垂体原基中に残っていたLH量は,対照群に比べて有意に低下していた.以上の結果から,下垂体原基のLH細胞のGnRHに対する反応性は,LH免疫陽性細胞が出現していない時期のGnRH処理によって変化することが示唆された.正常発生でも,この時期に視床下部にはRIAでGnRH様免疫反応性が,下垂体原基にはラジオレセプターアッセイでGnRH結合部位が報告されていることとあわせて,GnRHが生理的環境でもLH/FSH細胞の分化-成熟の過程を制御している可能性が示唆された.この時期にGnRH受容体をもつ細胞がどういう種類の細胞がについては明確な結論が出ていないが,将来LH,FSHを産生するようになる未分化なLH/FSH細胞である可能性が高いと考えられる.

第2章下垂体GnRH受容体CDNAのクローニング

 最近,マウスでGnRH受容体をコードするcDNAが単離された.GnRH受容体のcDNAが利用できれば,その発現調節機構や受容体をもつ細胞の同定など多くの有用な情報が得られるので,ラットのGnRH受容体cDNAのクローニングを行った.報告されたマウスGnRH受容体の塩基配列をもとにPCRプライマーを作製し,マウス下垂体RNAから逆転写PCR法で得た1kbの断片をプローブとして用いた.ラット下垂体のcDNAライブラリから,スクリーニングをおこなって得られたクローンは,全長1,317bpで,GnRH受容体の全翻訳領域を含むと考えられ,翻訳領域の上流,下流側にはそれぞれ172,161bpの配列をもっていた.推定アミノ酸配列は,327残基で,マウスGnRH受容体と同様に疎水性の膜貫通領域を7箇所もつGTP結合蛋白共役型受容体を示していた.マウスとラットでの相違は非常に少なく,一致率は塩基レベル,アミノ酸レベルとも90%以上であった。

 また,最近いくつかのグループによって報告されたラットGnRH受容体cDNAとは,翻訳領域と3’-下流側の塩基配列は完全に一致していたが,本研究で得られたクローンは5’-上流側の33bpから上流の配列が全く異なっており,異なった転写制御を受ける別のmRNA由来であることが推論される.

第3章下垂体におけるGnRH受容体mRNAの発現の様々な生埋的条件下での変化

 下垂体でのGnRH受容体の発現を調べるため,正常雌ラット,卵巣除去ラットでGnRH受容体のin situハイブリダイゼーションを行なった.プローブとして,第2章で得られたラットGnRH受容体cDNAからin vitro転写によって作製した,[35S]-UTPで標識されたアンチセンスRNAを用いた.ラット下垂体のパラフィン切片を0.3%Triton X-100,0.2 M HCl,2g/mlproteinase Kで処理した後,50%ホルムアミド条件下で42℃,16時間,1.5×104cpm/lのプローブとハイブリダイズさせた.オートラジオグラフィで得られたシグナルは,下垂体後葉には見られず前葉に特異的で,センスRNAプローブを用いた対照実験では全く検出されないことが確認された.

 さらに,下垂体のどの細胞にGnRH受容体が発現しているかを調べるため,数種類の下垂体ホルモンの抗体(抗LH,抗FSH,抗TSH,抗プロラクチン抗体)を用いた免疫組織化学と,GnRH受容体mRNAのin situハイブリダイゼーションとの二重染色を同一切片に対しておこなった.観察したすべてのLH免疫陽性細胞,FSH免疫陽性細胞ではGnRH受容体mRNAの発現が認められた.一方,TSH免疫陽性細胞,プロラクチン免疫陽性細胞ではGnRH受容体mRNAのシグナルは検出できなかった.このことから,GnRH受容体は主にLH/FSH細胞に発現していることが明らかになった.しかし,検討したどのホルモンにも陰性な細胞においても少ない割合ではあるがGnRH受容体の発現が検出された.この細胞が第1章で示唆されたような未分化なLH/FSH細胞なのか,ホルモン分泌-放出活動が活発あるいはホルモンの生合成が不活発なため細胞内のホルモン含量が少ないために免疫陰性であった細胞なのかは決定していない.

 正常雌ラットの発情周期の各段階と,卵巣除去ラットでのGnRH受容体mRNAと血中ゴナドトロピン量の変化を調べた.LH免疫陽性細胞の細胞ごとの銀粒子の数の度数分布パターンは,正常雌ラットでは発情期における分布の形が発情間期,発情前期のそれに比べて有意に変化していた.また卵巣を除去すると4日目には分布の形は正常発情周期のどの段階と比べても有意に分布の形が異なり,発現量が増加していた.この増加は卵巣除去後21日目にも持続していた.従来ラジオレセプターアッセイによって知られている下垂体のGnRH受容体量の変化とほぼ同様な傾向の変化を示したことから,卵巣除去後のGnRH受容体の増加はその合成量の変化によることが大きいことが示唆された.同時にRIAで測定した血中LH,FSH量の増加に対しても,この発現量の変化が関与していることが明らかとなった.

 以上,本研究では,GnRHの下垂体への作用とその受容体の発現について,次のことを明らかにした.(1)ラット胎仔の未分化な下垂体原基には,いまだLH細胞が出現していない時期にもGnRHに対して反応する細胞が存在し,この時期のGnRH処理はLH細胞の数,GnRHに対する反応性など,処理後の下垂体に長期的な影響をもつことがわかった.(2)下垂体でのGnRH受容体についての情報を得るため,ラットGnRH受容体cDNAのクローニングを行った.(3)GnRH受容体の細胞レベルでの局在,その発現の変化を,雌ラット(正常および卵巣除去個体)を用いて検討した.GnRH受容体の発現は主にLH/FSH細胞において見られ,その発現量の変化はLH/FSH細胞機能の調節に関与していることが明らかとなった.

 これらの結果をもとにして,GnRHのLH/FSH細胞の分化に対する作用におけるGnRH受容体の関与についてさらに展開するべき問題が残されている.すなわち,GnRHとその受容体は下垂体以外でもさまざまな生理的作用が考えられているがまだ解明されていないものが多く,それらの十分な検討である.

審査要旨

 本論文は3章からなり,第1章はラット胎仔下垂体原基の機能発現に対するゴナドトロピン放出ホルモンの作用,第2章はラット下垂体のゴナドトロピン放出ホルモン受容体のcDNAクローニング,第3章は下垂体におけるゴナドトロピン放出ホルモン受容体の発現の調節について述べている.ゴナドトロピン放出ホルモン(以下GnRHと略記する)はゴナドトロピン(LHとFSH)の分泌調節に関与する神経分泌物質として知られている.現在までに,下垂体のLH/FSH細胞の機能発現に対する作用を仮定した実験が行われてきたが,それに対して明確な結論はでていなかった.また,GnRH受容体は下垂体でGnRHが最初に作用する部位であるが,その分布,調節機構などまだ知られていない部分が多い.本論文において,論文提出者は,下垂体細胞や組織を対象にした実験を,分子生物学的手法と組み合わせて,これらの問題を解決することを目的とした.

<第1章>器官培養したラット胎仔下垂体原基のLH細胞に対するGnRHの作用

 第1章では,未分化な下垂体細胞に対するGnRHの作用を検討するため,ラット下垂体原基の器官培養系を確立した.LH/FSH免疫陽性細胞が出現する以前の胎仔の下垂体原基に,培養の初日に培地中にGnRHを添加すると,その後出現するLH免疫陽性細胞の割合が増加した.このとき,LH免疫陽性細胞が最初に出現する日,培地中や組織中に含まれるLH量は,培養初日のGnRH処理による影響は受けなかったが,LH細胞の,GnRHに対する反応性が変化していることが2回目のGnRH処理実験によって明らかとなった.これらの結果から,GnRHが生理的環境でもLH/FSH細胞の分化-成熟の過程を制御している可能性を推論した.このような働きを仲介する上で,反応経路の第一段階で機能するGnRH受容体の,GnRHによるLH/FSH細胞機能の調節に果たす役割について知るため,以下の2章で,cDNAをクローニングし(2章),そのmRNAの挙動について検討した(3章).

<第2章>ラット下垂体GnRH受容体cDNAのクローニング

 報告されたマウスGnRH受容体の塩基配列をもとに逆転写PCR法でプローブを作製し,ラット下垂体のcDNAライブラリから,スクリーニングを行った.得られたクローンは,全長1,317 bpで,GnRH受容体の全翻訳領域を含むと考えられたが,同時期に他のグループによって報告されたラットGnRH受容体cDNAと比較すると,翻訳領域と3’側下流域の塩基配列は完全に一致していたが,5’側上流域の配列が全く異なっており,異なった転写制御を受ける別のmRNA由来であることが推論された.このcDNAを用いて,第3章では,その下垂体内での局在と,発現の変化について検討した.

<第3章>下垂体におけるGnRH受容体mRNAの発現の様々生理的条件下での変化

 第2章で得られたcDNAをプローブとし,正常雌ラット,卵巣除去ラットでGnRH受容体のin situハイブリダイゼーションを行なった.GnRH受容体mRNAは,LH/FSH免疫陽性細胞に特異的にその発現が認められた.定量的in situハイブリダイゼーションによる細胞当たりの発現量の分布パターンは,発情周期や卵巣除去後に変化し,その変化は従来知られている下垂体のGnRH受容体量の変化とほぼ同様な傾向を示したことから,受容体量の調節にはその合成量の変化が重要な意義をもつことを明らかにした.LH/FSH細胞機能の変化に伴ってGnRH受容体の発現が変化することは明らかになったが,GnRH受容体の発現調節が,LH細胞の分化に対して果たす役割については改めて検討すべき課題として残された.

 以上のように,本研究は,GnRHは下垂体LH細胞の機能発現に対して促進的なはたらきがあることを明らかにした.また,その作用経路であるGnRH受容体のcDNAをクローニングし,下垂体での発現の変化について,新たな知見を得た.これらの成果は,最近下垂体以外でも知られてきたGnRHの様々な作用と合わせて,GnRHのもつ多様な生理的機能を解明していく上での重要な証拠であり,生物科学の進歩に貢献するものと評価される.

 なお,各章とも,朴民根,川島誠一郎との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,本論文提出者は,博士(理学)の学位を授与できると審査委員全員一致して認めるものである.

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