学位論文要旨



No 211766
著者(漢字) 中村,智樹
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,トモキ
標題(和) 炭素質コンドライトの衝撃変成作用 : 衝撃圧縮実験によるアエンデCV3およびレオビールCV3コンドライトの鉱物学的・組織的変化
標題(洋) Shock metamorphism of carbonaceous chondrites:mineralogical and textural diversity of experimentally shocked Allende CV3 and Leoville CV3 chondrites
報告番号 211766
報告番号 乙11766
学位授与日 1994.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第11766号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,弘
 東京大学 教授 床次,正安
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 神戸大学 教授 留岡,和重
内容要旨

 炭素質コンドライト隕石は、その全岩組成が太陽の化学組成にほぼ等しいことなどから、太陽系で最も始源的な物質であり、原始太陽系内で最初に生成した粒子が、そのまま集積してできた微惑星の一部であったと考えられている。そのような微惑星は、太陽系形成初期に互いに衝突合体を繰り返して、より質量の大きな原始惑星、さらには現存する地球型惑星に成長していったと考えられている。したがって、衝突合体のプロセスは、太陽系進化を考える上で最も基本的なプロセスの一つであり、またそれは、衝突の際の衝撃圧の痕跡が、炭素質コンドライトや他の多くの隕石に残されていることからも推定される。また、微惑星上の衝突現象で発生する巨大なエネルギーは、微惑星構成物質にさまざまな変化をもたらし、微惑星内の物質進化を促進する大きな要因であったと考えられている。しかしながら、衝突が微惑星構成物質におよぼす詳しい変成のプロセスについては未解明であった。また、一部の炭素質コンドライト(レオビール、エフレモブカ等)に見られる、コンドリュールが配向性をもち偏平するといった組織が、微惑星上の衝突現象でできたのかという点も不明であった。本研究では、微惑星上での衝突現象を実験室内で再現し、衝突変成の詳しいプロセスを知るために、炭素質コンドライト(アエンデ、レオビール)を用いて、衝撃圧縮実験を遂行した。また、衝突時の微惑星上の環境の多様性を、実験条件(衝突の回数・試料の予備加熱温度)をさまざまに変化させることで再現し、微惑星の環境が衝撃変成に及ぼす効果も考慮に入れた。さらに、炭素質コンドライトとは隕石タイプの異なる非平衡普通コンドライト(モーラビー)に対しても衝撃実験を行い、隕石タイプの違いが衝撃変成にどのように影響するかを調べることを試みた。

 アエンデCV3炭素質コンドライトを用いた衝突圧縮実験

 炭素質コンドライトの母天体である微惑星上では、衝突が繰り返し起こっており、また温度も上昇していた可能性があることをふまえ、室温・単発(#1、4)の衝突実験のほかに室温・二発(#2、5)、高温・単発(#3、6、7)の衝突実験を行った(表1)。

表1.アエンデCV3炭素質コンドライトを用いた衝突圧縮実験

 その結果、試料中に多く含まれる直径約1mm程度の球形のコンドリュールが、衝撃圧により衝撃圧縮方向と垂直に配同性をもってパンケーキ状に偏平した。コンドリュールの偏平率は実験条件によって異なり、衝撃圧の大きさ・予備加熱温度・衝撃の回数に比例する。コンドリュール中のカンラン石・輝石には、細かな割れや高密度の転位が生じ、光学顕微鏡観察では波状消光やモザイク消光を示すといった、太陽系空間内で衝撃を受けたコンドライトに見られるような衝撃圧起因のさまざまな組織が再現された。また、衝撃を受ける前は約30体積率の高い空隙率であったマトリックスが、衝撃により圧縮され空隙率が減少した。空隙率の減少幅は、衝撃圧の大きさ・予備加熱温度・衝撃の回数に比例する。衝撃を二度受けた試料は、衝撃を一度受けたものに比べるとコンドリュールの偏平率が高く、その構成鉱物は非常に細かく割れた組織を示し、マトリックスは均質に強く圧密されるという特性がある。また、21GPaの衝撃圧を二度受けた試料(#5)の組織は、レオビールCV3炭素質コンドライトとコンドリュールの偏平率、マトリックスの空隙率、カンラン石中の転位密度等の多くの点で酷似していた。高温下で衝撃を受けた試料は、室温で衝撃を受けたものに比べると、コンドリュール中のガラスが高温で軟化するためコンドリュールの偏平率が高く、マトリックスが部分的に溶融し、直径数十ミクロン程度のCa-Siに富むガラス質粒子が無数に生成されたり、Fe-S-Niに富む脈状のメルトが生成された。また、600℃に予備加熱した実験(#7)ではFe-S-Niメルトがコンドリュールの割れに侵入しShock blackeningが起こっていた。

 レオビールCV3炭素質コンドライトを用いた衝撃圧縮実験

 本実験の目的は、衝撃変成作用を受けた微惑星構成物質が、さらに高温下で衝撃を受けた場合に、どのように衝撃変成が進んで行くのかを、実験室内で再現することにある。レオビールは太陽系空間内で衝撃を受けた痕跡を残した隕石であり、そのレオビールに対して予備加熱の温度を変え、衝撃圧は一定にして高温・単発(#9、10)の衝突実験を行った(表2)。また、対照実験として同じ衝撃圧で室温・単発(#8)の衝突実験も行った(表2)。

表2.レオビールCV3炭素質コンドライトを用いた衝突圧縮実験

 その結果、室温で衝撃を受けた試料では、レオビール固有の衝撃組織以外の新たな衝撃変成の組織は見られなかったのに対し、660℃に予備加熱した実験ではコンドリュールのShock blackeningが起こり、マトリックスにはFe-S-Niに富む脈状のメルトが生成されていた。800℃に予備加熱した実験では、マトリックス中にFe,S,Ni,Al,Caに富む脈状組織が観察された。この組織を電子顕微鏡で詳しく観察すると、Fe-S-Niのメルト中にAl-Caに富むメルトが不混和の状態で存在していることがわかった。これらの元素は、炭素質コンドライトが、進化したユレイライトと呼ばれる隕石に進化する際に、炭素質コンドライトから取り除かれたと考えられている元素である。高温下で衝撃を受けたレオビールには、高温下で衝撃を受けたアエンデに見られたような、コンドリュールの著しい変形やマトリックス中のガラス質粒子の生成は見られなかった。

 モーラビーL3非平衡普通コンドライトを用いた衝撃圧縮実験

 本実験の目的は、炭素質コンドライトと非平衡普通コンドライトとの物性の違いが、衝撃変成にどのように反映するかを調べるという点にある。非平衡普通コンドライトであるモーラビーに対し、アエンデに対する衝撃実験と同じ衝撃圧で、室温・単発(#11、12)の衝突実験を行った(表3)。

表3.モーラビーL3非平衡普通コンドライトを用いた衝撃圧縮実験

 その結果、回収試料中のカンラン石・輝石には、衝撃を受けたアエンデに見られた衝撃起因の組織と同じ組織が確認されたが、コンドリュールの偏平率には明らかな差異が見られた。本実験で用いた非平衡普通コンドライト(モーラビー)のコンドリュール偏平率と比べると、炭素質コンドライト(アエンデ)中のコンドリュールの偏平率のほうが、明らかに大きいことが判明した。

 以上の実験結果により炭素質コンドライトの衝撃変成に関して、次に述べる5点のことが明らかになった。

 (1)一部の炭素質コンドライトに見られる、コンドリュールが配向性をもって偏平するといった組織は、炭素質コンドライトの母天体である微惑星上の衝突現象により生成されたと考えられる。

 (2)複数回の衝撃により、炭素質コンドライトの構成物質は非常に細かく粉砕され、均質に強く圧縮されると考えられる。コンドリュールの偏平やマトリックスの空隙率の減少は、一回の衝撃によるよりも大きい。また、レオビールCV3炭素質コンドライトは、その組織が二回の衝撃を受けたアエンデの組織と酷似していることから、微惑星上で複数回の衝撃を受けた可能性が高い。

 (3)高温下の衝撃により、炭素質コンドライトは部分溶融をし、それに伴いコンドリュールは強く偏平されShock blackeningを起こし、マトリックスにはCa-Siに富むガラス質粒子や、Fe-S-Niに富む脈状のメルトが生成される。

 (4)炭素質コンドライトのコンドリュールの偏平は、マトリックス中の空隙を潰す形で進行すると考えられる。従って、マトリックス中に空隙の少ない非平衡普通コンドライトでは、衝撃によるコンドリュールの偏平は小さい。

 (5)炭素質コンドライトが高温下で度重なる衝撃を受けると、マトリックス中のFe,S,Ni,Al,Caが選択的に溶け、それらの元素に富む脈状のメルトが生成される。このことは、これらの元素が炭素質コンドライトから分離される可能性を示しており、高温下の衝突を繰り返して炭素質コンドライトがユレイライトに進化したという説の妥当性を示唆する。

 これらの実験的結果により、炭素質コンドライトの母天体である微惑星上の衝突現象は、微惑星構成物質の始源的な組織や鉱物学的特質を衝撃変成により変化させ、微惑星がさらに分化した天体に進化する際に起こる元素分布の変化などを引き起こした可能性が高いことが判明した。また、衝撃変成の性質や程度は、微惑星上の環境に大きく依存することも明らかになった。

審査要旨

 太陽系最初期に形成された微惑星は、互いに衝突合体を繰り返し、より質量の大きな原始惑星、さらには現存する地球型惑星に成長していったと考えられている。従って、微惑星の衝突過程は太陽系進化の重要な基礎過程である。本論文では、微惑星構成物質の衝撃変成の、より現実の状況に近い詳しいプロセスを知るために、炭素質コンドライトを用いて、衝撃圧縮実験を遂行した。本論文は5章からなり、第1章は序章、第2章は試料と研究方法、第3章は結果、第4章はその検討と討論について述べられ、第5章は結論である。

 第1章では、太陽系で最も始源的な物質であり、微惑星の構成物質である炭素質コンドライトの特徴について述べ、その多くには衝突の際の衝撃圧の痕跡が残されているにもかかわらず、衝突による詳しい変成のプロセスは未解明である点を指摘し、実験的に衝撃組織を再現することの重要性を述べている。また、微惑星上では、衝突が頻繁に起こっており、地温も上昇していた可能性があることから、多様な環境下での衝撃変成を再現する必要性を述べている。

 第2章では、衝撃圧縮実験に用いた一段式火薬銃の概要、衝撃実験の試料と条件、回収試料の研究方法について述べている。本論文の衝撃実験の最も独創的な点は、実験条件を多様に変化させることで、単数回の衝撃だけでなく、複数回や高温下での衝撃変成作用を観察したり、天然に衝撃を受けた隕石にさらに高温下で衝撃を与えることで、極度に進行した衝撃変成作用を観察したことである。使用した隕石はアエンデCV3及びレオビールCV3隕石であり、設定された温度圧力範囲は、実際に炭素質コンドライトが太陽系空間内で経験した範囲を考慮し、衝撃圧は11〜21GPa、試料の予備加熱温度は25〜800℃、衝撃の回数は1〜2回である。また、炭素質コンドライトと普通コンドライトの衝撃変成の比較研究のために、モーラビーL3隕石にも衝撃圧11〜21GPaで衝撃実験を遂行している。

 第3章では、衝撃実験の回収試料の観察・分析結果を詳述している。特筆すべき結果としては、衝撃を受ける前は球形のコンドルールが、衝撃圧により衝撃圧縮方向と垂直に配向性をもって偏平することが明らかになったことである。その偏平率は実験条件によって異なり、衝撃圧の大きさ・予備加熱温度・衝撃の回数に比例している。また、普通コンドライトと比べると、炭素質コンドライトのコンドルールのほうが、大きく偏平することが判明した。炭素質コンドライトの構成物質は、複数回の衝撃で、衝撃圧起因の熱の影響をあまり受けずに、非常に細かく粉砕され、均質に強く圧縮される。高温下の衝撃では、熱の影響でコンドルールは強く偏平化され周辺部は不透明化を起こし、マトリックスは静水圧下での熱変成とは異なる特長的な部分溶融を起こす。また、衝撃変成が極度に進行すると、Fe,S,Ni,Al,Caが選択的に溶け、それらの元素に富む脈状のメルトが生成される。

 第4章では、実験結果に基づいて炭素質コンドライトの衝撃変成のプロセスを討論している。天然の炭素質コンドライトに見られる偏平なコンドルールが、衝撃圧起因であることを実験的に証明したことは、コンドリュールの偏平機構に関する30年来の論争に終止符を打ったという点で意義深い。また、コンドルールの偏平化が、普通コンドライトに比べ炭素質コンドライトで顕著であるのは、その偏平化がマトリックス中の空隙を潰す形で進行する為であることを指摘している。複数回の衝撃効果の研究から、レオビール隕石が太陽系空間内で複数回の衝撃を受けた可能性が高いことが判明したことは、天然の炭素質コンドライトの衝撃履歴を実験的解明したという点で重要である。高温下や、極度に進行した衝撃変成において、炭素質コンドライトが起こす特長的な部分溶融は、炭素質コンドライトが分化した天体に進化する際に起こる元素分布の変化に沿っており、微惑星上の衝突現象は微惑星の物質進化を促進した可能性があることを指摘している。第5章ではこのような結論をまとめている。

 なお、本論文の第3章および第4章は、留岡和重氏、関根利守氏、武田弘氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、実験および分析・観察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。ここに記載された成果は太陽系初期に於ける微惑星の衝撃変成作用を鉱物学的に解明したもので、この分野に大きく寄与するものであると審査員一同認めた。したがって博士(理学)を授与できると判定する。

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