学位論文要旨



No 211770
著者(漢字) 小室,裕造
著者(英字)
著者(カナ) コムロ,ユウゾウ
標題(和) 下顎骨の骨延長に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 211770
報告番号 乙11770
学位授与日 1994.04.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第11770号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長野,昭
 東京大学 教授 赤川,徹弥
 東京大学 教授 黒川,高秀
 東京大学 教授 町並,陵生
 東京大学 助教授 中村,耕三
内容要旨 I.はじめに

 生体の骨形成反応を利用したいわゆる仮骨延長法は、主に下肢の長管骨の骨延長法として整形外科領域において普及している。一方、膜性骨である顔面骨への応用はほとんど行われておらず、文献的にも1973年のSnyderらのイヌの下顎延長実験以降いくつかの実験報告がなされているだけであり、1992年、McCarthyらにより初めて臨床応用が行われた新しい分野である。これらの実験的報告のうち仮骨部の組織発生を観察したのはKarpらだけで、彼らはイヌの下顎骨を用い、主に膜性骨化によると結論している。しかし、四肢の長管骨延長の実験において、内軟骨性骨化によるとする報告と、膜性骨化が主であるとする報告があり、結論がない。本研究は顔面骨延長における骨形成の機序とリモデリングの過程を明らかにする目的で、家兎の下顎骨を用いた延長モデルを作成し、骨延長部の軟X線像と組織像の経時的変化とを観察した。さらに下顎骨延長に伴い発現の予想される咬合の変化、これに伴う顎関節への影響、および延長された骨の術後短縮の有無についても観察した。

II.材料および方法

 33羽の体重2.9〜3.4kgに成長した白色家兎を用い、全身麻酔下に実験を行なった。骨の延長には手指骨用の小型の骨延長器(ORTHOFIX M-100)を用いた。左下顎骨下縁に約2cmの切開を加え下顎骨前面で広頚筋を剥離挙上し、骨延長器用の皮質骨用螺子(Orthofix M-301)を2本、約3.5cm離して平行に刺入した。さらに骨膜を最小限の範囲で剥離し下顎骨を露出、電動ドリルおよび球形錐先を用い第一小臼歯前縁1mm前方で骨皮質切開した後、この部を用手的に骨折させ骨延長器の本体を皮質骨用螺子に装着した。術後2週後より、1日0.36mmの延長を2回に分けて、すなわち0.18mm/12hrs.の速度で、24日間で8.6mmの延長を行なった。延長終了後0、2、4、6、8、10週まで各々5羽ずつ屠殺し、下顎骨を採取した。また延長された骨の術後短縮の有無を観察するため、3羽の家兎において、延長終了後10週に延長装具を抜去し、2本の皮質骨用螺子が刺入してあった穴に歯科用補綴材料であるアマルガムを挿入し、その2点間距離を測定した。そしてその3カ月後に屠殺し、再度アマルガム間距離を測定した。

 評価法として、軟X線撮影、下顎骨長および下顎頭の測定、乾燥骨標本、脱灰および非脱灰研磨標本による組織像を用いた。特に非脱灰研磨標本はcontactmicroradiography(CMR)、Cole式H.E.染色、toluidine blue染色に使用した。

III.結果1.肉眼的観察および下顎骨体部長の測定

 延長終了後切歯は著明な交叉咬合を示し、臼歯は咬合面が斜めになる変形をみた。延長終了後8週以降の乾燥骨標本では、肉眼上ほぼ正常な皮質骨の外観を呈しており、骨切り断端と新生骨の境界は判別できなかった。延長終了後8、10週の10羽について行なった下顎骨体部長の測定では、延長側で79.6mm±2.65mm(Mean±S.D.)、非延長側は71.8mm±2.40mmで、平均7.8mmの延長が得られた(t検定p<0.001)。

2.軟X線像

 規格連続軟X線像では、延長終了後0週にはradiolucentであった延長部に、2〜4週で皮質骨の骨切り断端から仮骨が石灰化していくのが観察された。6週には完全に延長中央部まで石灰化骨で充填され、8週にはほぼ皮質骨化が完了していた。また10週では延長部の境界が不鮮明となった。

 延長終了後2週毎にそれぞれ5羽ずつ採取した下顎骨の軟X線像を観察すると、延長終了0週群の2羽で中央のradiolucentな部分をはさみ、その両側にscleroticzoneを認める三層構造を示した。2週群では、1羽においては延長部のほぼ全域に仮骨の形成を確認し、2羽においてはまだ中央にradiolucentzoneを有する三層構造を認めた。4週群では、4羽で延長部が新生骨で充填され橋渡しが完成しているのが観察された。6週群では皮質骨化が進み、8〜10週群では骨陰影は濃さを増し、骨切り断端との境界も分からなくなった。

3.組織像1)延長終了後0〜2週

 0週群では延長中央部は線維組織で充たされ、その両側に出血巣を伴った結合織や新生骨が長軸方向に沿って骨切り端に向かって配列していた。新生骨の断端をみるど、未分化間葉系細胞が直接骨芽細胞に分化し新生骨が形成されている像を認め、膜性骨化により骨新生が生じていることを示していた。また部分的にではあるが軟骨細胞が散在している像も認めた。この軟骨細胞群は、一部では骨端軟骨様に配列し明らかに内軟骨性骨化を示していた。2週群では2羽で新生骨が延長中央部で連続していた。軟骨細胞は0週、2週群の10羽のうち9羽に部分的に島状に形成されていた。

2)延長終了後4〜6週

 この時期には内腔の骨梁の吸収が進み、辺縁の皮質骨の連続が見られた。しかし中央部は、まだ層板骨の形態を示さず未成熟な皮質骨であり、類骨も広く認められた。

3)延長終了後8〜10週

 内腔を占めていた骨小梁も吸収され、辺縁の皮質骨化が完成し、正常な下顎骨に近い管状骨の形態を呈するようになる。

4.延長後の骨長の変化

 延長終了後10週目に、延長器を抜去し挿入したアマルガム間の距離は、その後3カ月後に測定しても3羽とも全く変化なかった。

5.延長による下顎頭の変化

 延長終了後8、10週の10羽において下顎頭の左右差を認めた。延長側下顎頭の横径は、5.1mm±0.34mm(Mean±S.D.)、前後径は、10.9mm±0.49mm、非延長側のそれはそれぞれ5.6mm±0.32mm、11.9mm±0.44mmで、延長側は非延長側にくらべ横径、前後径ともに小さくなっているのが観察された(t検定横径p<0.001、前後径p<0.01)。しかしH.E.染色標本による組織像では、延長側、非延長側とも関節面に炎症性反応や軟骨細胞の変成等の所見はなかった。

IV.考察

 今回、家兎の下顎を用いた骨延長モデルを作成し良好な骨形成が確認できた。しかじ家兎の下顎は骨内容積に占める歯牙の割合が高いため、皮質骨用螺子の刺入により歯牙を損傷したり、延長により歯牙が移動してしまう例があった。また実験に用いた延長器Orthofix M-100では、家兎の下顎骨には大きく、本来4本刺入すべき皮質骨用螺子が2本しか刺入できないなどの問題点もあった。

 骨形成の機序に関しては、過去にKarpらがイヌの下顎骨の骨延長において、膜性骨化が主体になると報告している。今回の実験では膜性骨組化、および内軟骨性骨化の両方の機序が働くことが明らかになった。これは一つには動物種による違いがあり、すなわち家兎においては軟骨が形成されやすいといえるのではないかと考えられる。また本術式では骨切り部が持続的に牽引されるため、骨切り部への血行という点では不利な状況にある。さらに下顎骨は咀嚼に関与しており常に動きが加わる。また本モデルでは骨延長器の螺子を2本しか刺入できず、固定性とという点で安定性に欠けていた。これら諸条件により軟骨が形成されやすい環境にあったともいえる。

 延長終了後2〜4週で延長仮骨は連続し、徐々にリモヂリングを受け皮質骨は厚みを増し、骨梁は吸収されてくる。そして8〜10週で管状骨の形態を示すことが明らかになった。この経過はKarp et al.の報告と同様であった。

 今回の実験で、家兎は著明な交叉咬合を呈し歯牙の変形をみた。また延長終了後8、10週群の下顎頭の形に左右差を認め、とくに延長側において前後、左右径とも小さくなっていた。しかし関節面には組織学的変化は認めなかった。これは今回延長したのが下顎体部の前方であったため、力学的負荷が垂直方向ではなく水平方向に加わったためと考えられる。

 頭蓋顎顔面領域において骨の延長を図る場合、従来の方法では術後短縮が大きな問題の一つとなっていた。今回の実験では延長後の骨の短縮は3カ月経過時において全く認められず、その効果の持続性が確認できた。この点は実際の臨床応用においては、非常に大きなメリットとなると考えられる。

審査要旨

 本研究は下顎骨を仮骨延長法により延長した際の骨形成の機序とリモデリングの過程を明らかにする目的で、家兎の下顎骨を用いた延長モデルを作成し、骨延長部の軟X線像と組織像の経時的変化について観察したものである。さらに下顎骨延長に伴い発現の予想される咬合の変化、これに伴う顎関節への影響、および延長された骨の術後短縮の有無についても観察し、下記の結果を得ている。

 1.延長終了後切歯は著明な交叉咬合を示し、臼歯は咬合面が斜めになる変形をみた。延長終了後8週以降の乾燥骨標本では、肉眼上ほぼ正常な皮質骨の外観を呈しており、骨切り断端と新生骨の境界は判別できなかった。

 2.軟X線像では、延長終了後0週にはradiolucentであった延長部に、2〜4週で皮質骨の骨切り断端から仮骨が石灰化していくのが観察された。6週には完全に延長中央部まで石灰化骨で充填され、8週にはほぼ皮質骨化が完了していた。

 また10週では延長部の境界が不鮮明になっているのが認められた。

 3.延長終了後0〜2週群の組織像では、延長中央部は線維組織で充たされ、その両側に出血巣を伴った結合織や新生骨が長軸方向に沿って骨切り端に向かって配列していた。新生骨の断端をみると、未分化間葉系細胞が直接骨芽細胞に分化し新生骨が形成されている像を認めた。また部分的にではあるが、軟骨細胞が骨端軟骨様に配列している像が観察された。したがって骨形成に関しては、膜性骨化及び内軟骨性骨化の両方の機序が働くことが明らかになった。延長終了後2〜4週で延長仮骨は連続し、徐々にリモデリングを受け皮質骨は厚みを増し、骨梁は吸収されてくる。そして8〜10週で管状骨の形態を示すことが明らかになった。

 4.頭蓋顎顔面領域において骨の延長を図る場合、従来の方法では術後短縮が大きな問題の一つとなっていた。今回の実験では延長終了後10週目に延長器を抜去し測定した延長部分の距離は、その後3カ月後に測定しても全く変化なく、その効果の持続性が確認できた。

 5.延長終了後8、10週群の下顎頭の形に左右差を認め、とくに延長側において前後、左右径とも小さくなっていた。しかし関節面には組織学的変化は認めなかった。これは今回延長したのが下顎体部の前方であったため、力学的負荷が垂直方向ではなく水平方向に加わったためと考えられた。

 以上、本論文は家兎の下顎を用いた仮骨延長モデルにおいて、骨形成には膜性骨化及び内軟骨性骨化の両方の機序が働くことを明らかにし、また延長部に形成された新生骨が管状骨にリモデリングしていく過程を示した。本研究はこれまで明らかでなかった、下顎骨の仮骨延長法における骨形成のメカニズムを解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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