本研究は、完全人工心臓の生理的な制御を実現することを目的として、生体自身による完全人工心臓の制御という新しい概念により、心臓が切除された完全人工心臓において唯一生体自身が制御可能な末梢血管抵抗に着目し、末梢血管抵抗の逆数(1/R)を基本入力とした自動制御法を1/R制御と名付け、心拍出量を計算する関数を構築することにより、日常活動時から運動時までの制御を一つのロジックで完全に自動的に行う制御を試みたものであり、以下の結果を得ている. 1.1/R制御により、長期的にも安定した制御が可能であることを慢性動物実験により示し、空気圧駆動式完全人工心臓の動物実験としては世界最長生存記録にあたる最長360日の生存を得た. 2.従来行われてきた心拍出量を正常値に保つように駆動条件を固定する固定駆動では、右心房圧や大動脈圧の上昇など循環系パラメータに異常を伴うが、1/R制御では循環系パラメータに異常はみられず、またこれらは長期的にも生理的な値を維持していた. 3.固定駆動では、心拍出量は24時間にわたりほぼ一定に保たれているが、1/R制御では、自然心臓と同様に、心拍出量は生体の状態により絶えず変動し、その変動状態も自然心臓と同様となっていた. 4.上半身下半身の血流量の分配状態をみると、固定駆動では心拍出量が一定のため上半身と下半身に血流量の奪い合い現象がみられるが、1/R制御では自然心臓と同様に心拍出量は上半身や下半身の要求量を反映して変動していた. 5.運動負荷を与えると、心拍出量は自動的に増加し、このときの拍動数増加率のプロファイルは自然心臓における心拍数増加率のそれらとほぼ同様であり、人工心臓の最大拍出量までは、1/R制御が自然心臓に匹敵する制御性を持っていた. 6.固定駆動では、甲状腺ホルモンの低下や軽度の貧血などの病態がみられるが、1/R制御では、生化学データやホルモン値に異常は見られず、長期制御例では貧血も改善し、心拍出量がヘマトクリット値の低下に伴い増加するという生理的な関係がみられた. 以上、本論文は完全人工心臓の新しい制御法により、完全人工心臓において従来より問題となっていた循環系パラメータの異常や制御性が悪いといった制御上の問題点を全て解決したものであり、完全人工心臓を装着した患者に健常人と同等な生活を可能とする制御法として、完全人工心臓の研究に重要な貢献をなすと考えられる.また、本論文は生体の循環制御系の解明にも役立つものと考えられ、さらに、生体に関数を与えて、生体がこの関数を用いて自身で循環系を制御できたということは、生体制御という観点からみても極めて異色のものであり、生体制御の研究分野においても重要な貢献をなすものと考えられる.以上より、本研究は医学の発展に寄与することが多いと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる. |